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Sky’s  作者: 白咲実空
#12.Me Should Want
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1

 日曜の午後。普段全く外に出ない私は、珍しく巡逢じゅんほう市を訪れていた。ピンクや青、黄色など一色で統一されたお店が多いこの街はやたらと可愛いが溢れている。クレープ、わたあめ、ポップコーンなどのキッチンカー、パンケーキ、パンケーキ、パンケーキのカフェ。あちこちから漂ってくる甘い香りは食べ物だけが原因ではなく、行き交う人々の香水も混ざっていたりするため、長時間出歩いていると段々頭がくらくらしてくる。

 少しでも離れようと、歩道橋を渡る。階段を上がりながら街全体を見渡して、私はうげぇと声にならない声で呻く。

 カラフルな街は目に悪い。チカチカするったらないんだから。まぁ、普段からパソコンとスマホばかり見ている方が、よっぽど目には毒なのだろうが。

「あ、お姉さん。ちょーっとお時間良いですか?」

 歩道橋を渡り切り、再び可愛い街道に戻って来たところで声をかけられ、振り返る。黒いサングラスをかけ、黒いキャップ棒を被った、髭の濃い……お兄さんというよりかはおじさんといった方が正しい風貌をしたおじさんは、立ち止まる私のもとに近づいてくると、肩にかけたボストンバッグの中をごそごそ漁り、何かを出して見せてきた。

「ワタクシ、こういう者で……」

「はあ」

 受け取ると、名刺だった。株式会社書読(かくよむ)社……それと、momo編集者の下には水鳥治みずどりおさむと名前が書かれている。書読社は誰もが知っている大手の出版社で、momoは確かファッション雑誌だったような気がする。そうだ、李珠の部屋に置いてあるやつだ。

「お姉さん、モデルに興味ありませんか?」

 名刺を凝視する私に、おじさんはそんなことを言ってきた。真昼間の巡逢市。すれ違う人々が、私とおじさんをちらちら見ている。

「読者モデル、興味ありませんか?」

「ないですね」

 即答すると、おじさんは笑顔のまま固まった。想像とは違った反応だったのかもしれないが、私は読者モデルになんて興味ない。そりゃ、名刺の出版社名を見て驚きはしたが、だからってコロっと読者モデルを始めてしまえるほど、柔軟な性格はしていない。

 おじさんは頭を掻きながら、「そうですかぁ」と項垂れる。ほんの少しだけ、もし私が読者モデルになったらなんて妄想が働く。けれど、私は首を横に振って立ち去ろうとした。

「あー待って待って。名前だけ、教えてくれない?」

 迷う。だって、もしかしたら出版社を偽った詐欺かもしれないし。

「あ、本名が難しいならさ、偽名でも良いよ。えっと、もし興味もってくれて連絡しようってなってくれた時、名前知らないと不便だから」

 電話をすることにはならないと思うが、初対面の、しかもけっこう年上の男の人を相手に、いつもの調子で断ることは憚られる。断る理由も思いつかず、私は小さな息を吐くと、

「みなみです」

 と、それだけ言った。おじさんは「おっけー、みなみさんね」とにこやかに言って、一礼すると去って行った。

 私は名刺をズボンのポケットに突っ込み、さっさと歩き出した。


 駅前のカフェはどこも洒落ており、日曜ということもあってどこも混んでいる。故に、駅から離れたカフェを玲奈が予約しておいてくれたのだが、そのセンスは素晴らしいものだった。ウッドスタイルのナチュラルな内装は照明が控えめで、太陽光と観葉植物が目に優しい。混んでるは混んでるが、店の外まで人が並んでいるということはなく、さっさと帰らなければというプレッシャーを感じない。

 四人掛けのテーブル席に着いた玲奈れいな沙希さきが、揃って振り返ると私を見つけた。「おーい」と玲奈が手を振ってくる。私は対面の席に腰を下ろすと、ふぅと息を吐いた。

「このお店で心底安心したわ。もし李珠りず瑠琉るるも一緒だったなら、絶対カラフルなお店に連れて行かれるでしょうから」

「あはは、あの二人ならお昼ご飯でも構わずパンケーキ注文しそうだよね」

 玲奈の言葉に「ほんとそれ」と返した時、店員さんが水の入ったコップを持ってきてくれた。私はそれを一口だけ飲むと、沙希からメニュー表を受け取る。

「二人はもう注文したの?」

「うん。だけど、ドリンクだけ。私と沙希、二人ともティー」

 なら私だけがメニュー表を独占するわけにはいかない。テーブルの上に広げ、三人で見ながらなんとなく会話を始める。

「そういえば、さっきスカウトされたわ。読者モデルにならないかってね」

「えっ、凄い!」

「凄いけど、気をつけた方が良いよ? 巡逢でされるスカウトは、詐欺が多いって聞くし」

「ええ、私もそう思って断ったわ」

「いや嘘でしょ。本音は?」

 沙希に問われ、私は静かに答える。

「音楽を作るのとSky′s(スカイ)の活動で忙しいから、読モなんてしている時間はない」

 ほら、やっぱり、玲奈と沙希からそんな声が上がる。私は料理を決めたので、椅子の背にもたれた。すると、二人も決めていたようで「呼んで良い?」と玲奈が訊ねる。私と沙希が頷くと、玲奈がテーブル隅に置かれた呼び出しボタンを押す。店員さんはすぐに来てくれた。

「チーズとバジルのトマトパスタと、ティーを一つ」

「トマトとシラスのペペロンチーノと……、沙希は?」

「あ、えと、チーズとバジルのトマトパスタ、でお願いします」

「かしこまりました。チーズとバジルのトマトパスタが二つ、トマトとシラスのペペロンチーノが一つ、ティーが一つ、ですね。少々お待ちください」

 店員さんが去って行くと、私達は水に口をつけ始める。

「そういえば、私達のティーこないね」

「混んでるからね。忘れられてるってことはないと思うけど」

 沙希と玲奈がそんな会話をしている最中、私は鞄からスマホを出した。そして、予め調べてきた例のものを見せる。

「ねぇ、一応私の方でも候補はいくつか調べてみたのだけれど」

「あ、見せて見せて」

 玲奈が言いながら、私のスマホに入っているメモ帳アプリに目を通す。

「スムージー店のレジスタッフ、アニメショップの品出し、ライブの案内業務、ライブハウスのスタッフ……うん、私のとあんまり変わらないかも。やっぱやるとしたら、品出しとかレジスタッフだよね」

「そうね。接客は私も得意ではないし」

「わ、私やっぱり、李珠と同じホテルの清掃か、瑠琉の神社でお手伝いできないか、頼んでみよう、かな……」

「は?」

「えぇ……」

 接客どころか、裏方の仕事もできないと言う沙希に、私は顔を顰め玲奈は困った笑みを作る。沙希は「あぅ……」と気まずそうに水を一口飲み、口を湿らせてから言い訳を始めた。

「だ、だって、知らない人がいるところで働くのは、ハードルが高いっていうか……」

「何言ってるのよ。あなたが接客は無理だって言うから、品出しとかイベントの雑用とかの仕事を調べたっていうのに……。それに、彩ヶさいがや陽繋ひけいには知り合いがいるから、できるだけ知り合いがいないところでって理由で、こうして巡逢まで来たんでしょう?」

「そ、れは、そうだけど……」

 テーブルの下で指をこねこねし始める沙希。私はため息を吐いて、玲奈に目をやった。玲奈は「んー」と言葉を選びながら、沙希を説得にかかる。

「ま、まぁ、今日は下見に来たんだし、まだ決めるのは早いよ。そんなに緊張せずにさ、肩の力抜いて楽しもう? ほら、遊ぶぞーって感覚で」

「……玲奈は良いよね。コミュ力あって器用だから、接客でも全然いけそう」

「そ、そんなことないよ。私も接客より品出しとかの方が好きだし」

「好きとできるは違うよ……。玲奈なら、もし品出し希望だったのに接客に回されても、何とかできるでしょ? 私は無理……接客になんて回されたら、飛んじゃう……」

「飛ぶのはやめようね? や、冗談だって解ってはいるんだけど、もし本当に飛んじゃったりしたら、Sky′sの名前にも傷がつくことになっちゃうからね?」

「じゃあやっぱり瑠琉の神社が良いよぉー。知らない人がいるところなんて無理だよぉー……」

 泣いてはいないが、今にも泣きそうな顔で懇願を始める沙希。が、沙希の気持ちも解らなくはない。私だってできることなら瑠琉の神社で働きたかった。が、生憎とバイトは募集していないと瑠琉には言われてしまったのだ。

「こういうカフェだって一人じゃいけないんだよぉー? いつも行ってるファミレスとかカラオケ店だって皆がいるから行けてるだけで、一人じゃ無理なんだよぉー」

 それにしても、沙希の対人スキルはけっこう致命的なレベルと見た。中学時代のことを考えると致し方ないとは思うが、夏祭りのステージのようにSky′sとして今後も表舞台に立つことを考えると、徐々にでも良いから人と接することに慣れさせておいた方が良い。

 それに、もうすぐ地上波に出陣することになっているのだ。

 高校生限定アカペラ歌唱大会。夏祭りのフリーステージとは規模が違う。芸能人と、スタッフと、観客に囲まれたキラキラしたステージで、私達は歌う。歌わなければ、ならない。

「大丈夫よ、沙希なら」

「こ、根拠は?」

「だって……」

 私は数日前のことを思い出す。学校の、昼休みの時間。高橋たかはしさんに対峙した、沙希の姿を。

「人前で堂々と、優勝宣言ができてしまうんだもの。沙希なら怖いものなしだと思うわよ」

「へぐぅっ⁉」

 どうやら触れられたくないことだったのか、沙希は胸の辺りを抑えて呻く。私は涼しい顔で、更なる追撃を打ち込んだ。

「所詮バイトよ? 人前で歌って踊ることに比べたら、よっぽどハードルが低いんじゃない?」

「へぅっ」

「あなたにとって最難関だった人前で踊るというミッションを今夏でクリアしたんだから、接客業だろうが裏方作業だろうが、こなしてもらわないと困るわよ」

「うぐっ」

「少し思ったのだけれど、あなたは好き嫌いの傾向が人一倍強いのではないかしら。カフェもカラオケも一人じゃ行けないと言うけれど、そもそも一人で行こうとしたことはあったの?」

「あひゅっ」

「知らない人がいるところは無理なんて、それで将来就職できるとでも本気で思っているの? それか、ニートになるつもりかしら」

「もがぁっ」

「言われる前に言っておくけれど、大した挑戦もせずに自分のことを社不だとか言うのはやめなさいよ? 本当の社会不適合の方々に失礼だし、それに──」

「み、美波みなみさーん、もうその辺で……」

 玲奈に止められ、私は沙希を見た。そこには、腹を抑えてテーブルに顔面をこすりつけている沙希がいる。私は「とにかく」と話を続ける。

「私も玲奈もいるんだから。三人同じバイト先なら、知らない人ばかりって環境でもないでしょう? これ以上の高望みはせず、堅実にバイトを探しましょう。楽をしたいとか、そういう欲求は抑えてね」

「おお、美波が珍しくまともなこと言ってる……」

「失礼ね玲奈、私はいつだってまともよ」

 なぜ私がこんなまともなことを言っているかというと、単純にお金が欲しいからである。

 今回、私と沙希と玲奈が巡逢市に集まった理由は、アルバイトを探すためだ。普通にネットで探してさっさと応募しても良かったのだが、沙希が地元の陽繋と高校がある彩ヶ谷は知り合いの学生が多いからという理由で、わざわざ巡逢市のアルバイトを探し、更にはブラックじゃないかどうかの下見までしようという話になった。

 私も知り合いがいないよりかはいた方が良いため、沙希と玲奈について来たのだ。

「もし三人一緒なら、怠くてシフトを交代してもらいたい時だって楽に交代できるのだし」

「おっと? まともじゃない発言が聞こえたような……」

「空耳よ空耳。さぁ、ところであなた達の候補は何処なのかしら? 聞かせてもらいたいのだけれど」

 アルバイト先の目星を、玲奈と沙希がスマホを通して見せてくれる。私達はじゃあどこから見て回るかを決めていきながら、運ばれてきたパスタを綺麗に完食したのだった。

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