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どこか暗いような教室の中に入ると、クラスメイトが会話を中断して私達の方を見る。よくある光景だ。朝だって、誰かが登校してくるたびに自分の友達じゃないかと、そんな期待を込めてクラスメイトは開かれた戸の方を見る。遅刻した人が授業中に戸を開けば、誰もがそっちに意識を奪われる。
学校ではよくある、特に珍しくもない風景。なのだが。
「……なに?」
誰もが、私達を見ている。視線を外そうとせず、談笑を再開させようともせず、じっと、探るような視線を投げている。
「なに、だって」
李珠の唇から漏れた無意識の呟きに反応したのは、教卓に腰を預けて腕組みをした、高橋さんだった。高橋さんは間宮さんと風浦さんを引きつれてこちらまでやって来ると、思い切り私達を睨みつける。
張り詰めた空気に、高橋さんの静かな、だけども沸騰寸前の声が落ちる。
「ねぇ、一応確認なんだけど、あんた達って文化祭出るんだよね?」
思わず、私達は顔を見合わせた。そして私達は、揃って窓際の方にいる八尾坂くんに目を向けた。八尾坂くんは両手を合わせ、口パクで“ごめん”と言っている。どういうことだ、と思考を巡らす私達を他所に、高橋さんは喋り続ける。
「ねぇ、ここは集団生活を学ぶ場なんだから、クラスの皆で決めたことにはきちんと従って、誠心誠意、役割を全うするんだよね?」
どこかで聞いた言葉だ。誰が言ったんだっけと考えるまでもなく、美波が一歩前に出た。
「そうね。けれどごめんなさい。今ここにいる私達五人全員は、文化祭には出られないの。一日目も二日目もね」
言いやがった。と思ったが、美波の判断は正しかった。ここで白を切ったって仕方がないのだから。目つきの変わる高橋さんに、美波は淡々と答える。
「本当に申し訳ないのだけれど、私達には私達の都合があるの。確かにここは集団生活を学ぶ場だけれど、私達の日常は学校生活が全てではないから……。約束を破ってしまう形になってしまったことに関しては謝るわ。本当に、ごめんなさい」
美波にしては珍しく、喧嘩腰ではない素直な謝罪だ。綺麗に腰を曲げる美波に倣って、李珠も、玲奈も、瑠琉も、遅れて私も頭を下げる。
そんな対応が意外だったのか、高橋さんは面食らったように黙っていた。そんな中、手鏡を見ながら前髪を弄っていた間宮さんが、口を開く。
「もー、良いじゃん葵。別に穂條さん達いなくたってなんも問題ないし。それに、八尾坂くんが言うにはシフトが五分くらい延長になるだけでしょ? せっかくの文化祭なんだから、私、いっぱい働きたいって思ってたし!」
え、間宮さん良い人。なんだ、高橋さんの友達だからてっきり高橋さんに似た系統の人だと思ってたけど、やっぱり陽キャはただ女王様にくっついているだけでは陽キャになれない。陽キャとは、自分の意見を相手に嫌味を感じさせず伝えることができる能力を持っている。
「そうだよ。文化祭なんて強制イベントじゃないし、アカペラ歌唱大会に出られるってなったら、そっち優先して当然だよ。文化祭なんかより、よっぽど良い思い出になるだろうし」
風浦さんも、最後の方の言い方には少し棘を感じたが、反対はしていない。間宮さんと風浦さんがあっけらかんと言うので、余計に黙る高橋さん。あれ? 風向きが私たちの方に向いている気がする。
「あー……私達も、文化祭までは手伝えることあったら、できる限り協力はするからさ。と言っても、放課後はみんな用事あって難しいんだけど、でも、総合の時間とか! それに、文化祭頑張れない分、体育祭はガチでやるし」
李珠がこのまま平和的解決を試みる。間宮さんと風浦さんもにこやかな表情で、「うんうん、がんばろー」、「打ち上げとか来れる?」と好意的なことを言ってくれる。そうするとクラスの雰囲気も緩み、あちこちから私達に声が掛けられる。
「アカペラ歌唱大会とか、マジで凄いよな。友達に自慢して良い?」
「応援とか……あー、無理だ。文化祭だった」
「優勝したらほんと凄いよね。いや、出場できること自体がほんと凄いんだけど」
広がる笑顔に、私も自然と笑みが零れる。なんだ、李珠達はクラスの皆から遠巻きにされているとか言っていたけれど、そんなことないじゃないか。実際は関わろうとしなかっただけで、皆、応援してくれている。
中学時代とは全然違う。こんなに優しいクラスがあったのか──。
「やだなー。私は心配してただけだって」
温かい空気を握り潰すような、声。高橋さんの言葉一つで、教室の空気は忽ち元に戻る。支配という名のバトンを手にできたことを喜ぶように、高橋さんは口の端を上げて、笑った。
「穂條さん達も文化祭楽しみたかっただろうに、参加できなくて可哀想だなーって」
嫌味と捉えることもできる。が、今この状況で、わざわざネガティブに捉える必要はない。李珠も解っているようで、「そうだね」と曖昧に笑った。が、高橋さんは止まらなかった。
「だって、アカペラ歌唱大会だよ? 出場者の中にはプロもいるのに、優勝なんかできるわけないじゃん」
空気が変わる。張り詰めていた空気が、別の苦い形で一変する。私達の目の色が、変わる。
「ゆ、優勝できるかどうかなんて、やってみないと解らないじゃないですか」
喧嘩なんか慣れていないだろう瑠琉が、声を絞り出して反論する。その勇気を、高橋さんは容易く笑い飛ばした。
「いや解るでしょ。だって私、夏祭り……花雫祭りのステージ見てたもん。出てたね、Sky′s」
高橋さんが、後ろの方に隠れている私を見る。
目と目が合い、私は心臓を掴まれたような感覚になり、動けなくなってしまう。
「一人、転んだ奴いたじゃん。誰かは忘れたけど」
呼吸ができなくなったような気がした。どこを見て良いのか解らなくなって、下を向く。横で、ダンっと床を踏む音がした。
「ちょっと、今それとこれとは関係ないでしょ」
玲奈だった。玲奈が、高橋さんに詰め寄っている。
「それとこれって?」
「今は文化祭についての話をしてたはずでしょ? なんでそんな性格悪いことが言えんの?」
「ちょ、玲奈っ」
はっきり言う玲奈を、李珠が止めに入る。しかし、時すでに遅し。
「性格悪い? 誰が、性格悪いって?」
高橋さんに火が点いてしまった。間宮さんと風浦さんが気まずそうに、高橋さんからほんの少しだけ距離を取る。高橋さんと玲奈が、真っ向から睨み合う。
「葵、ちょっとは空気読みなよ。言うことがいちいち自己中すぎる。気に入らないことがあるならハッキリ言ったらどう? 遠回しに傷つけようとして、そういうところが性格悪いって言ったの」
「葵? 誰のことを名前呼びしてんの? あんたなんか、入学した時にちょっと話しただけで今は全然友達なんて思ってないから。あっちにもこっちにも良い顔して、で、最終的には穂條さん達の方行くって、なに? YouTuberごっこで人気者にでもなったつもり?」
「論点ずらさないでよ。どうしてそうコミュニケーションが下手なの」
「下手なのはどっちだよ八方美人。あんたこそ、思ってることあるならハッキリ言ったら? いっつも本音隠してばっかりで、どうせ裏で私のこと笑ってるんでしょ?」
「は? 何が……?」
「惚けんなよ」
口調が荒々しくなっていく高橋さんを止める人は誰もいない。間宮さんはスマホを弄り始め、風浦さんは完全に傍観者へまわっている。
李珠はさっきから玲奈を止めようと肩を掴んでいるが、玲奈も止まらない。美波は額に手を当ててため息を吐き、瑠琉はあわあわしている。
私は。
私の、せいだ。
玲奈が私を庇ったから。思えばいつもそうだ。私は玲奈や李珠に助けてもらってばかりで、いつも美波や瑠琉の陰にぴたりとくっついてばかりいる。
私だって、動かないといけない。
何か。何か、言わないと。
頭で考えるより先に、口が勝手に言葉を滑り落す。
「ゆ、優勝、できるよ」
震えた、けれど確かな声。振り向いた玲奈と高橋さんは、揃って私を見ている。
クラスメイトも、皆、私に注目している。
私は、カラカラに乾いた喉から、何とか声を絞り出して、言う。
「夏祭りは、ダンスが上手くいかなくて転んだけど、今回は歌、だけだから。だから、絶対、優勝できるよ!」
一五HRの生徒、三十人。その全員の前で、私はそう、宣言した。
精一杯の、下手な笑みを貼り付けて。




