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Sky’s  作者: 白咲実空
#11.ブレない道筋
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 九月一日。それは私にとって大好きな日であり、大嫌いな日でもある。

『今日は九月一日。多くの学生にとっては夏休み明け、二学期が始まる一日目ですが、番組が行った独自のアンケート調査によりますと、小中学生の半分以上が学校に行きたくないと回答。そして、九月一日に不登校になった経験があると回答した人が、なんと全体の──』

 テレビを消して、私はソファーに放ってあった鞄を持つ。と、いつきから抗議の声が上がった。

「おい、なんでテレビ消すんだよ。見たくないんなら、せめて別のチャンネルに変えろよ」

 そんな樹は二学期始めの今日はサッカー部の朝練がないからと、優雅に朝食を摂っている。食パンにベーコンと目玉焼きをのせ、ブラックペッパーで味付けをした無駄に豪華な献立だ。私なんて、白米にのりと味噌汁、弁当の余りであろう小さいミートボールを三つだったのに。いつもより遅く起きた私が悪いんだけど。

 テレビを点け直すと、不登校特集とかいう不快でしかない情報番組が再び耳を突いてきたので、チャンネルを変える。釣りをしているおっさんの映像が流れたところで、私は鞄を肩に掛け直すとリビングのドアを開けた。

「いってきまーす」

 一応声をかけるも、返事はない。樹は特に感情のない瞳でテレビを見ながらパンを齧り、母はゴミ出しに行き、父は既に仕事に行っている。私は息を吐き、玄関へ向かった。

 ランニングシューズを履きそうになって、慌ててローファーに履き替える。と、暫く学校に行っていなかったせいで、今更身だしなみがおかしくないか気になってきた。折り畳みミラーで顔のチェックと、サイドテールが綺麗に纏まっているか、ヘアゴムに付いたリボンがちゃんと見えるかの確認をする。

「私は、可愛い……」

 小さく呟いて、控えめに笑ってみる。うん、なんか本当に自分が可愛いような気がしてきた。

 九月一日火曜日。大嫌いな今日この日、私はもしかしたら、例年よりこの九月一日が楽しくなるんじゃないか。そんな期待に胸を躍らせながら、扉を開ける。

 雲一つない晴天の下、まだ蒸し暑い夏の空気を鼻から吸い込み、駅までの道を歩く。途中、何人か同い年らしき人達とすれ違ったけど、前みたいに逃げ出すことはなく俯いて通り過ぎることに成功した。まだ人への恐怖心は拭えないけど、以前に比べると少しづつマシになってきたように感じる。

 駅の中に入る。と、いつもの二番ホームに玲奈れいながいた。スマホを弄っていた玲奈は私の気配に気が付くとすぐに顔を上げ、「おはよ」と手を上げる。私も手を上げて、傍に駆け寄る。

 七時のホームには会社員や学生の姿が多く、皆、ドア番号の辺りで列を作っている。私が玲奈の隣に並ぶと、後ろにいた会社員が舌打ちする。小さいけど明確な音に、私の心臓は大きく跳ねて、思わず一歩下がってしまう。すると、玲奈が微笑を浮かべた。

「行こっ」

「え?」

「どうもすみませんでしたー」

 玲奈は後ろを振り返り、会社員に笑顔で、棒読みで言う。私はさっさと歩き出す玲奈の後ろをついていきながら、ちらと後ろを振り返る。面食らった会社員がじっと私達を見ていて、気まずくなってすぐ前を向く。

「れ、玲奈、駄目だよ」

「え、何が?」

「ああいうふうに挑発するの、良くないよ。逆ギレされるかもしれないし……」

「ああ、大丈夫大丈夫。だってここ、駅だよ? こんなに人が沢山いて、駅員さんも見守ってくれてて、なのに大事にするほど、あの人も馬鹿じゃないでしょ」

 なんか最近、玲奈が李珠に似てきたような気がする。いや、李珠ならすみませーんと笑顔で言いながらも列を抜けない気がする。なんなら、すみませーん抜けた方が良いですかー? と相手に訊きそうですらある。なんて、私の勝手な妄想だけど。

「ご、ごめんね玲奈。列、せっかく並んでたのに……」

「ああ、良いよ良いよ。あの様子だと、どの道座れそうになかったし」

 そう言って、玲奈はホームの奥へ行く。

「お、こっちの方が座れそうだね」

 既に五人ほど並んでいるが、確かにこっちの方が人もおらず座れそうだ。すると、電車がきた。目の前を勢いよく走る電車を見て、私も玲奈も肩を落とす。

「座れないね」

「だね」

 電車が停まり、ドアが開く。陽繋で降りる人は少なく、私と玲奈は電車の中に入ると人の間を縫うようにして空いているつり革につかまる。

「座れたことあったっけ」

 玲奈に問われ、私は「ないね」と呟く。変な間が空いてしまったので、私の方から会話のボールを投げてみる。

「いっそ始発駅の豊川とよがわまで乗って、座席を確保して古橋ふるはしまで行ってみる、とか?」

「なにその無駄足。あとお金も勿体ない」

「そうだね。確かに」

「ところで、古橋から陽繋ひけいまでに二駅あるけど、その間にもう席埋まってたりしない?」

「休日は空いてるかもだけど、平日のこの時間じゃ無理かも」

「じゃあ古橋から豊川まで立ちってことじゃん。きついって」

 玲奈の笑い声が電車の走行音に吸い取られる。綺麗な顔だな、と思いながら私の胸はどこかそわそわしてしまう。

「あー、今日から学校マジ怠いわー。もう一回夏休み来てくんねーかなー」

「だよな、アンコール希望」

「アンコール、アンコール」

 そんな馬鹿みたいな会話をする正面の座席に座った男子生徒に、心の中でヘドバンの如く頷く。……って、そうじゃなくて。

「きょ、今日、九月一日だねぃ」

「ん? なんか言った?」

「あ、えと……」

 聞こえていなかったらしい。玲奈が首を傾げて私を見てくるので、私は咳払いをした後もう一度口を開いた。

「今日、九月一日、だなーと……思って」

「ああ、うん。そうだね」

 あ、あれ? 淡白すぎない?

「二学期ほんと怠いよねー。美少女かイケメンの転校生でも来てくれたら良いのに」

「そ、そうだね」

 あれ、これもしかして、そもそも九月一日が何の日か知らないのでは? 一応LINEのプロフィール設定にも登録して公開設定にしてあるし、SNSの紹介文にも載せてあるし、それに、自己紹介動画でも言ったはず……。あ、いや、それか知っててスルーしてる? 知ってるけどまだ触れる間柄ではないということ? 友達ではあるけど、そこまでの距離感じゃない?

 無言の時間が続く。終点の古橋になり、乗り換えのため電車を降りる。

 なんとなく玲奈の顔を見られなくて速足になっていると、電車を降りた玲奈が急に駆け足になり、私を追い抜いて行った。

 玲奈は私の横を通り過ぎていく傍ら、少しだけ大きな声で言う。

「誕生日、おめでとうっ」

「……ぬわっ⁉」

 思わず立ち止まる私を玲奈は振り返って見ると、満足そうな笑みを浮かべて電車へ向かって駆けて行く。その左手にスマホが握られているのを確認した私は、真っ赤な顔で後を追った。

「玲奈っ、も、もしかして録って……」

「んー、これは動画よりショートかな? タイトルは、『誕生日を祝ってほしくてチラチラしてくるさきちゃん』とか?」

「やめてやめて! せめて別のタイトルにしてぇっ!」

 満員電車で藻掻くわけにもいかず、私は控えめな声で、だけども必死に抗議の声を上げた。

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