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「花雫祭りって、彩ヶ谷でやるお祭りよね?」
洗濯物を畳みながらママが言い、私は突っ込んでいた歯ブラシが喉奥に届きそうになって思わず咳き込む。「きったねーな」と文句を垂れる樹を無視し、私は歯磨きを終えるとママに訊ねた。
「ど、どうして?」
「今日スーパーに行ったら谷口さんに会ってね、花雫祭りのチラシを女の子から貰ったって言うから見せてもらったのよ。それで話を聞いてたら、Sky’sっていうグループが出るみたいね」
Sky′sのことは、ママには話していない。わざわざ話すようなことでもないと思ったから……というのは言い訳に過ぎず、YouTubeで顔を晒して活動しているなんて怒られるかもしれないからと怖くて告白できなかったのだ。怒られる心配は、Sky′sが有名になってバレたらしようと先延ばしにしていたのだが、ママの口ぶりからしてどうやら、
「ねーちゃん、アイドル始めたんだな」
やっぱり、動画を見たらしい。しかも樹と一緒に。
小憎たらしい笑みを浮かべる樹に、私は敢えて澄ました顔を作る。
「別に。私が何しようと樹には関係ないでしょ」
ママ、は含むことができなかった。何故かと言われれば上手くは言えないが、ママを部外者にはできないと強く感じた。
「あのねママ、私、その……」
「また、ダンスを始めたのね」
良かった、とママは畳んだ洗濯物を持って、脱衣所へ向かう。タオルを置くママに、私は訊ねる。
「反対、しないの?」
「家は……部屋は良いけど外は映さないこと。あと、光の反射なんかで住所がバレることもあるらしいから、そういうのにも気を付けてね。それに、夜はできるだけ早めに帰ること。無理そうならお友達の家に泊めてもらうか、近くのホテルに泊まりなさい。お金なら後で渡すから。……って、あんた小学生の時、散々ダンスの大会で新聞やらテレビやらネットやらに顔も名前も載ったんだから、今更って感じの問題よね。まぁでも、気を付けなさいよ」
「でも母さん、父さんには言うの?」
「父さんは駄目ね。危ないって言うでしょうから、まだ黙っておきましょう。沙希、バレないようにやるのよ?」
樹とママが笑い合い、私一人だけがポカンとしている。私の話をしているはずなのに、私だけ爪弾きにされたような気分だ。
「……怒らないの?」
「そりゃ心配だけど……」
ママは洗濯物を終えると、次に明日のお米の準備を始める。内釜に入れたお米に水を注ぎ、研ぎながら、ママは言った。
「何かをする時に心配が付きまとうなんて当たり前だもの。それでも沙希がやりたいことに飛び込んでくれたことが、ママは嬉しい」
お米を研いで、水を捨てて、また注いで、研いで、捨てて、注ぐ。ママの手は白く、以前より血管が浮いているように見える。
明日のお米は、朝食に並ぶ他、部活に勤しむ樹のお弁当用にもなっている。私は夏休みを満喫しているためお昼は普通に家で食べるが、新学期が始まればきっと、私のお弁当にも昨夜のお米が並んでいる。
いつも、並んでいた。中学生の時、不登校になって以降も、私はお昼になると必ずママのお弁当を食べていた。今日は学校に行けると信じて作ってくれたお弁当をプレッシャーに感じることもあったが、半年も経てばお弁当の存在が当たり前になっていた。申し訳なさを感じながら暗い気持ちで食べるお弁当の味はよく解らなかったけれど。
ママだって、楽しい気持ちで作っていたわけじゃないはずで。
「花雫祭り、行っても良い?」
「え、大丈夫なの? あれ土日でしょ? 父さんは……」
「父さんは土日出張で帰ってこないから平気。あ、駄目だった?」
ママと、樹も一緒に私を見る。勿論、駄目ではない。ダンスの大会だって、しょっちゅう見に来てくれていたし。せっかく応援してくれているのだから、突き放すのは申し訳ない。
それに、
「うん。……見に来てほしい、かな」
久しぶりのステージだし、人目を完全に克服できたわけじゃないから、上手には踊れないかもしれないけど。
それでも、今の私を見てほしい。
「貸して、それ」
「え、沙希?」
「私が洗う。あと何回?」
ママからお米を奪って、冷たい水に手を突っ込む。透明になりそうでならない、綺麗に濁った水中を、私は懸命にかき混ぜた。




