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Sky’s  作者: 白咲実空
#10.ヒビキ
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75/110

2

「一時半からもう一回、見てくれるみたいです」

 控室に戻ってきた瑠琉るるは、安堵に満ちた表情をしていた。李珠りず美波みなみ玲奈れいなも一息吐き、良かったと零す。私は椅子に腰かけた状態で、ただ俯いていることしかできない。

沙希さき、大丈夫?」

 玲奈に問われ、私は正直に首を横に振る。落ち着いていた心臓が瑠琉の言葉で再び緊張感により引き締まり、鳥肌が全身にぶわっと広がる。

「ごめん……」

「それはどういう意味の謝罪かしら。もしかして、あなただけステージに立たないとか言い出すんじゃないでしょうね」

「ちょっと美波さん、沙希さんも悩んでるんですからそんな言い方──」

「だってそういう意味でしょう? じゃないと、どういうことなのよ」

「迷惑かけて、ごめんなさい」

 もう一度、今度は意味も含めて頭を下げる。美波はそっぽを向いて「そんなこと……くだらない」と一蹴する。が、私の中の申し訳なさは消えるどころか薄まってさえくれそうにない。

「……私、人前で踊れないの。踊れるかもしれないって、今日は来たんだけど。緊張がダンスに表れちゃって、歌も笑顔も、アイドルに必要な要素全部、頭から飛んじゃう」

「ダンスが好きなのに人前で踊れないって、どういう……。だって、ダンス部だったって聞いたわよ。一番上手かったとも。玲奈、あなたは知っていたの?」

 「同じ中学だったのでしょう?」と問う美波に、玲奈は口を噤む。私を気遣って、べらべら喋らないよう配慮してくれているのだろう。そうだ、説明するなら私の口からじゃないと。

「中学の、ときね……」

 私は李珠、美波、瑠琉に全てを打ち明けた。玲奈とは同じクラスだった時期があったというだけで具体的な関係性は明かさず、ダンス部で起こったこと、苛められたこと、文化祭のステージに一人で立ったこと、不登校になってしまったこと。

 家族にも、カウンセラーの先生にもあまり話したことはなかったのに、不思議とSky′s(スカイ)の皆に話すことに抵抗はなかった。ほんのちょっと勇気を出して喋り始めれば、後は淡々と事実を並べていくだけ。悲劇のヒロインになりたいわけでも、同情を誘いたいわけでも、心配されたいわけでもない。ただ、私という人間を少しでも知ってもらいたかっただけ。人前で踊れないことの言い訳になってしまうだけかもしれないけど。

 皆は黙って、私の話を聞いてくれていた。

「それで、不登校になっちゃって。高校はできるだけ遠いところが良いなって感じで、彩ヶさいがや碧天へきてんを受験したって感じ?」

 何も面白くない話を自嘲混じりに話し終えると、暫しの沈黙が流れた。気まずい。

「だ、だから、ってわけじゃないんだけど。言い訳にしかならないんだけど、人前で踊るのは、難しくて……。勿論夏祭りのステージには出たいし、皆に迷惑もかけたくないから、頑張って克服しようとは思うん、だけど」

 どうやって克服すれば良いのか解らない。それに、二回目の挑戦は一時半と瑠琉は言った。あと一時間程度でどうにかなるとは思えない。

 この花雫かだ祭りのフリーステージに立てるのは、たった七組だけ。今日控室に来ていた人達は十人以上で、グループはざっと見た感じ四、五組くらい。ステージに立つ参加資格を得るための面談は今日と明日、明後日の三日かけて行われるらしいので、明日以降も四、五組来るとなれば五組から八組は落ちる計算だ。パフォーマンスの技量と内容のバランスで決まるとのことだが、そもそも人前でパフォーマンスができない人がいるグループに参加資格なんか与えられるわけがない。

 私一人のせいで皆までステージに立てないなんて、そんなのは嫌だ。

「……いっそ、私なしの方が良い、かも」

「それじゃあ意味ないよっ」

 黙って話を聞いていた李珠が、この時ばかりは即答した。

「せっかく皆で練習してきたのに、一人が抜けたら意味ないじゃんっ」

「それは……でも、抜けた分のスペースはあと二週間もあれば埋まるだろうし」

「そういうことじゃなくてっ、だって、沙希が考えて、沙希を主導に、軸にして頑張ってきたんだよ? 沙希がいないと意味ないよ!」

「李珠……。でも……」

 私は、この中で一番ダンスが上手い自信があった。謙虚に考えても、李珠と接戦しているくらい。でも、人前で踊れないんじゃあそっちの方が意味なんてない。パフォーマンスは、誰かに見てもらわないと輝かないのに。

 上手いとか、上手くないとかじゃない。人前に立てるか立てないか、ライブをする前提が整っていない人間は、グループの足を引っ張るお荷物にしかならない。このまま参加資格を得られないより、今から私が抜けて四人だけでも参加資格を得てライブをした方が良い。

「ごめん、皆。せっかく頑張ってきたのに、私のせいで」

「……っ、沙希さんは、それで良いんですか?」

「……え」

「ここで、頑張らないでどうするんです? これからも、ライブをする機会に恵まれるかもしれないのに。慣れておかないと、トラウマを克服しておかないと、沙希さんは一生ステージに立てないかもしれないんですよっ? Sky′sが全員でライブできないなんて、私、そんなの嫌です」

 悲劇のヒロインにはなりたくない。そう思いつつ、私は自分自身を、可哀想な人間だと思っていたのだろう。私はいない方が良い、いなくたってこの四人なら充分なライブができる、そんな言い訳をして、弱い自分から逃げていたのだと、瑠琉の言葉を聞いて思い知った。

 瑠琉は……否、皆、私のためだけじゃなくて、Sky′sのために頑張れと言っているのだ。私を含めたこの五人でライブをしたいと言っていて、私もそう思っている、五人の気持ちが一つだからこそ、頑張れと言っている。

「沙希さんずっと、できるかできないの話しかしてません。沙希さんは、ステージに立ちたいと思っているはずなのに立てないと、できないと決めつけてできるようにするための道筋を考えていない。そんなの……そんなやり方、私は嫌です」

「瑠琉あなた、ハッキリ言いすぎじゃないかしら……」

「それは……美波さんには、言われたくありません」

 それはそうね、と美波は薄く笑う。少しだけ緩んだ空気に瑠琉が僅かに目を見開き、「す、すみません私……」と俯く。

「美波さん関係なく、確かに言い過ぎたかも、です。私はただ、沙希さんが踊りたいと思っているのなら、私も沙希さんとステージに立ちたいと思っているから、だから……」

「私が、踊りたいと思ってるなら……」

「そ、そうです。もしそうなら、一緒に頑張りたいなって、思ったんです」

 瑠琉の語尾が自信なさげに小さくなっていく。が、言っていることに間違いはなかった。そう、私は、踊りたい。ダンスが好きで、誰かの前で疲労したい欲求は、小学生の頃から変わっていない。

 「私も緊張していますから」と瑠琉は言う。だから一緒に頑張ろうと、手を差し伸べてくれる仲間がいる。不登校だった中学時代は、学校の先生から頑張って登校するよう何度も言われ、嫌気が差していた。頑張れなんて簡単に言うな、と心の中で毒を吐いた。

 でも、自分がやりたいこと、目標を叶えるために頑張ることは、当たり前じゃないか。逃げ癖がついていたのかもしれないけど、頑張りたいことを頑張らないほど落ちぶれたくない。少なくとも、頑張る前から頑張れないと、決めつけて、諦める奴にはなりたくない。

「……私も、ステージに立ちたい」

「沙希さんっ……!」

 瑠琉だけじゃなく、皆の顔が明るくなる。だが、

「でも、どうすれば人目を克服できるのか、解らない」

 続く私の言葉に、皆が一様に肩を落とした。でもでもだってになってしまうが、だって、どうすれば良いのか解らないのだ。夏祭りのステージで踊りたい。言うだけで叶うなら悩んでいない。二回目の参加資格を得るチャンスまで、後一時間もない。五十分で私のトラウマをどうにかする方法について、私達は考える。真っ先に口を開いたのは玲奈だった。

「緊張がダンス、つまりは精神面に表れるって言ってたよね? 私もそうだからなんとなく解るんだけど……、取り敢えず今日は、お面を被って参加するっていうのは?」

「そのお面はどうするんですか? 近くにお面を売っている場所なんて……」

 瑠琉の尤もな指摘に玲奈は軽く頷きを返すと、壁際に寄せられたテーブルに向かう。そして、端っこに置かれていた四つ折りの紙を持ってきた。広げると、過ぎ去った七月のカレンダーであることが判る。玲奈は私に向かって表面を向けると、何やら位置を調整しながら近くにあったセロハンテープを一枚短く切り、私の前髪をかきあげ、額にカレンダーを貼り付けた。で、きゅぽんっとペンの蓋を外す音がした後、皆から見て裏面……白紙であろうところに何やら描き始める。時折紙越しにペン先と鼻筋が当たるこそばゆさを覚ええつつ、待ってみること数分。

「これは、どうかな?」

「おおっ、可愛い!」

「本当。目とか、なんか全体的にキラキラしてるわね。少女漫画みたいだわ」

「玲奈さん、絵描くの上手いですね」

 顔でも描かれたらしいが、せめてテーブルの上に一旦紙を置いてから描いてほしかった。顔に映ってないよね? ていうか、使用済みとは言え勝手によそ様のカレンダーを再利用して良かったのだろうか。

「沙希、これでどう? 緊張しない?」

 これでどうかと言われても……あ、薄っすら裏にどんな顔が描かれてるか見える。あー、確かに上手い。少女漫画というより、大人向け漫画の萌え系作画みたいな感じ……ってそうじゃなくて。

「緊張はしないかもだけど前が見えない。これはこれで、踊れないと思う」

「あーそっか。暗いのか」

 暗いとかじゃなくて。視界の端っこから光が入ってくるから寧ろ明るいまであるんだけど、そうじゃなくて。

「あ、段ボールでも被れば良いんじゃないかしら。ほら、目の部分だけカッターで開けるの。そうすれば、前も見られるし緊張もしないでしょう?」

 良い案でしょう? みたいな感じで言ってるけどそれはそれでだいぶ目立たない? 余計緊張しそう。あ、でもそれで言えばこのカレンダー作戦も緊張するのか。するわ、緊張。

「駄目ですよ美波さん。段ボールなんて被ったら、せっかくの衣装が台無しになってしまいます。今回は髪飾りもあるんですから、それを隠してしまうのは衣装係として見過ごせません」

 そういうことじゃないって。てかそれで言ったらこのカレンダー作戦も、髪飾りは付けられても衣装台無しになるって。

「ね、ねぇ、李珠はどうすれば良いと思う?」

 私はカレンダーをべりっと剥がし、李珠を見る。李珠なら何か良い案を出してくれるのではないか、と根拠のない希望を抱いていたのだが、李珠は腕組みをして渋い顔をしていた。どうやら、何も思いついていないらしい。

「緊張……。もしかすると、李珠さんとは遠い距離にある単語なのではないでしょうか。ほら、アイドルのオーデションを何回も受けたと言っていましたし、全国配信されたオーディション番組にも出演していましたし」

 この中で唯一、Colorful(カラフル)Stars(スターズ)オーディションと穂條李珠ほじょうりずを追いかけていた瑠琉が難しい顔をしてそう言った。李珠は「そうなんだよねぇ」と否定せず、うんうん頷いて答える。

「ごめん、沙希。ちょっときついこと言うかもしれないけど、これはもう、慣れるしかない」

「慣れる……」

「そう。私も、最初のオーディションはマジで吐きそうだった。三十分の待機中に六回はトイレに行った。しかも、実技も面接もぼろっぼろ。泣きながら帰った」

 壮絶すぎる。

「でも、次第にどうでも良くなっていくんだよ。養成所で、大勢いる同期の前で一人で踊らされたりとか、オーディションで面接官にどぎついこと言われた後に歌ってみたりとか、そういうの繰り返してたらさ、どんなふうに見られてるんだろう、どんなふうに思われてるんだろうってプライドが削れて、最終的には消滅する。ま、アイドルだから客観的に見て自分がどう映ってるかってのは意識しといた方が良いんだけど……でも、評価っていうのはパフォーマンスが終わった後にされる。パフォーマンスをしている最中で、評価なんか良いようにも悪いようにもコロコロ変わる。舞台に立つ前も、立ってる最中も、私は客観的な私なんか一切気にせず、頭空っぽにして、今まで積み上げてきた穂條李珠を全力で出すことだけに注力する。で、評価された後に反省会して、次に繋げるの。言いたいこと、解る?」

「解るような、解らないような……?」

「つまり、何も考えずに、自信を持って踊れば良いってこと! ダンスだけじゃない。歌も表情もスタイルも、今まで頑張ってきたんだから。今の沙希が一番最高の状態なんだから、周りの目なんて気にする必要ないの! 解った?」

 解った……けど、そういうことでもないような気がする。

「ごめん李珠、私が悩んでるのはもはや体質的なことであって……。ほら、嫌いな食べ物克服しようとしても、どうしてもえずいちゃったり、吐いちゃったりすることあるでしょ? 努力すれば何でもできるって豪語する人でも、本当にできないことはあるみたいな……。そういう感じで、私は自分が周りにどう見られてるのかが気になるって理由で人目を気にするプラス、どんなに自信を持とうが大丈夫って自分に言い聞かせようが、反射的に人目を怖がっちゃう自然の摂理みたいな感じで、人目が無理って理由もあって──」

「じゃあ慣れだ」

「あれ? ループした?」

 言いたいことが伝わっていないのか、と心配になったが、そういうことではないらしい。

「もうね、慣れるしかない。カレンダーも段ボールも、そんなことしたって意味ない。人前に顔を晒さないと、一生慣れないと思う。必要なのは勇気だけ。それ以外はいらない。邪魔」

「そんな、鬼軍曹みたいな……」

 呆れる美波に、李珠はまさに鬼軍曹のような顔をした。

「もし今回の夏祭り、参加できないってことになったら、それはそれでしょうがない。受け入れるしかないよ。沙希だけのせいじゃない。全員の力不足ってことで乗り越えるしかない」

「でもそんなの、申し訳な──」

「申し訳ないとかじゃない。沙希が人目怖くて踊れないって言うんなら、それが今の私達の実力。脅してるように聴こえるかもしれないけどそうじゃない。ただ、もう、慣れるしかない。何かしらのステージに立つ資格を得られるまで、そして観客の前でライブが披露できるようになるまで、そしてゆくゆくはアリーナ、ドーム……大勢の前で自信を持って、ファンサもできるようになるまで!」

「む、無理だよそんなの──」

「無理じゃない!」

「ひぃっ⁉」

 マジで鬼みたいな顔だった。のけぞる私、額に手を当てる美波、「この時代に根性論か……」と遠い目で呟く玲奈、何やら影響を受けたらしく激しく頷いている瑠琉。

 李珠は私の手をとって一気に距離を詰めると、

「まずは復唱! 私は可愛い!」

「う、うぅえっ⁉」

「私は可愛い! さん、はい!」

「わ、わわ、私は、かあいい!」

「声が小さい! 私は可愛い!」

「私はっ、可愛いっ!」

「私は可愛い⁉」

「私は可愛い!」

 地獄のレッスンが始まった。このレッスンは美坂さんが多目的ホールに呼びに来るまでの間ずっと続き、美波と玲奈は巻き込まれるまいと思ったのか途中で控室を退室、瑠琉は途中から一緒に「私は可愛い!」と連呼していた。

 一組だけ室内に残っていた参加者グループのバンドらしき人達が、口を開けて私達をガン見していたのが印象的だった。

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