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Sky’s  作者: 白咲実空
#9.夜の太陽
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71/101

6

 未だ本館前の花壇に固まっていた李珠りず達を招集して、私の口から事情を説明する。一緒に探してほしいと頭を下げれば、閉館時刻まで残り僅かだと焦った李珠がすぐさま来た道を引き返す。瑠琉るる美波みなみも、それぞれ違う方向を探すと言って駆けて行った。沙希さきは忘れ物センターに届いていないか確かめに行き、私は最初に来た花畑エリアへ戻る。

 向日葵の黒い影を踏みつけて、ストラップを探す。花を荒らすわけにはいかないので花畑の中には足を踏み入れていない。あるとすれば、通り道だ。よく目を凝らし、地面を見つめる。ふと顔を上げたとき、朱に染まりかけた空に気づいて心臓の鼓動が速くなる。

「バス停と、駐車場の方はなかった。そっちは?」と李珠。

「いいえ。展望台まで行ってみたのだけれど」と美波。

「私も、美波さんと山を手分けしてみて、池も見たんですけどなかったです」と瑠琉。

「忘れ物センターもないって。資料館もぐるっと見てみたんだけど……」と沙希。

 私も首を横に振ると、少しの沈黙が落ちた。人と植物の黒い影が伸び、心なしか向日葵の首も長くなったように感じる。暮れの風が吹いた。仄かな黄が混じった青白磁の空に、薄っすらと三日月が浮かんでいるのが見えた。

 聞いたことのあるような、ないようなBGMが園内に響く。勿論、閉館を知らせる音楽だった。

「ありがとう、皆」

玲奈れいな……」

 やるせなさを覚えるような沙希に、私はもう一度首を横に振る。

「ストラップ、失くしちゃったのは残念だけど、皆が一生懸命探してくれただけで充分。せっかく遊びに来たのに、最後はこんな形になっちゃって申し訳ないけど……良かったら、また皆で来ようよ。で、またお揃いのストラップでも買おう」

 切なさを悟られないよう、笑顔で。申し訳ないだけではなく、また遊ぼうとポジティブな言葉で終わらせる。効果はあったようで、李珠は「そうだね、また来よう」と同様に笑顔を浮かべた。瑠琉と美波も柔らかな笑みを浮かべ、沙希は、複雑そうに、だけども僅かに口角を上げて頷いた。

 しらあけ公園前のバス停で、狛駅行のバスに乗る。後ろの座席が五人掛けになっていたので、五人で横に並ぶ。バスが発車し、私達は時に喋り、時にスマホを弄り、時に窓の景色を眺めながら振動に揺られる。

「ねぇ玲奈、今日楽しかった?」

 隣に座る李珠が、唐突にそんなことを言った。私は勿論、と頷く。

「楽しかったよ? あ、他にも写真撮ってるんだけど、またグループに送っとくね」

 そんなに変なことは言っていないと思うのだが、李珠は「そう……」と浮かない返事をする。楽しくなさそうと思われていたのだろうか。それとも、ストラップを引きずっていると気を遣われた?

「李珠?」

「あっ」

 私の声に被せて、李珠が小さく声を上げた。李珠は私の後ろ、窓の外を見て目を見開いている。何か面白いものでも見つけたのかと振り返れば、そこには確かに、面白い光景が広がっていた。思わず食い入るように見つめてしまう。

「ねぇ、ちょっと降りてみましょうよ」

 同じように景色を見ていた美波が、丁度バスが停車する頃を見計らってそう提案する。反対意見はなく、私は降車ボタンを押す。

 しらあけ公園とこま駅の中間地点、田園風景が広がる田舎町。そのだだっ広い水面に、空が映っていた。ただひたすらに美しい、穢れ一つないスカイブルーを、切れ切れになった数片の黄雲が波のように流れている。遠くの方はオレンジに淡く彩られ、黒い山の形が小さく見える。空を閉じ込めたガラス玉のような世界を、私達は歩いた。

 翠色の小草を踏みしめる度、サクサクと子気味良い音が鳴る。足の肌に触れる葉先にこそばゆさを感じながら、反射した空に目を細める。綺麗だね、と言い合いながらスマホを向け、李珠と、沙希と、美波と、瑠琉と、五人で、何枚も写真を撮る。

「ねぇ、ここ」

「うん! すごく良いと思う!」

 沙希の言葉に、食いつくように私は言う。ここが良い。ここ以外、ありえない。

「あっ、あっちに土手がありますよ!」

 興奮した瑠琉が、土手のある方を指さして言う。私達は土手めがけて一目散に走る。水路を挟む橋を渡り、河川敷まで一気に駆け抜ける。周りに誰もいないからか、はしゃぐ声がいつもより大きくなっていた。なでらかな傾斜の土手に李珠が座り、美波は草原をベッドのようにして仰向けに寝転がる。瑠琉は土手には上がらず、その場が乾いた土であることを確認するとハンカチを敷いてから座り、沙希はハンカチを敷かず瑠琉の隣に腰掛ける。私は立ったまま、流れゆく空模様を静観していた。

「ここって、許可とれるのかな」

「ちょっとやめてよ。せっかくファンタジックな気分に浸っていたのに、現実的なワードを持ち込まないで」

 渋い顔をする美波に「ごめんごめん」と返しつつ、話を続ける。

「田園って、誰かの所有地でしょ? だったら許可撮らないと駄目だよなーって」

「あ、確かにそうですね。人様の家みたいなものですし……」

「いやー、玲奈がいてくれて助かるよ。私達だけだと、そういうの気にせず撮影しちゃいそう」

 李珠の言葉に、沙希もうんうんと同意を示す。そうかな。私がいなくても、誰かがどうにかしたと思うけど。

「ま、玲奈の功績は大きいわね。スケジュール管理に動画の企画と構成、動画編集もこの中だと一番できるし、撮影場所の許可も率先して取ってくれるし。リーダーって感じ」

「り、リーダーなんてそんな、大層な呼び方しないでよ。どっちかと言うとマネージャーみたいな感じ? 私、表に立つより裏方の方が好きだから」

「あら、それならどうしてアイドルになったのかしら」

 そういえば少し前、私は美波に同じことを訊いた。学校の昼休み、教室から窓の外を眺めながら、「どうしてアイドルになったの?」と。美波はアイドルに興味がなさそうで、曲を作るだけのポジションを好みそうなのに。

 紙パックの牛乳をストローで吸い上げながら、美波は言ったのだ。

 歌いたいと思ったから、と。

「……アイドルっていうよりかは、YouTubeの方に興味があったんだよね」

 頭に浮かんだ言葉をそのまま、舌に乗せて転がした。

 配信は、もうやっていない。SNSのアカウントと一緒に消した。リスナーと顔を合わせるのが怖かったから逃げてしまったけど、私はやっぱり……さっきは裏方が好きだと言ったけど、表に立って目立ちたい気持ちも持ち合わせているのだ。

「適当に喋って、適当に面白いことやって、誰かに見てもらうのが好きで……あと、写真とか動画撮影も。何で好きかって訊かれると解らないんだけど、なんか好きなんだ」

 でも、一人だと何をすれば良いのか解らなかった。ゲーム実況も、適当なお喋りも、一人だと何か間違ったことを言ってしまいそうで、怖くなった。だから私は、アイドルを利用したのかもしれない。皆と同じことをして、同じ目標をもって、皆と喋っていれば、私は間違っていないって安心できるから。沙希を伝って、私は新たな居場所を手に入れた。

 それが、ずるいことだと理解していながら。私はまた、ずるをした。

「私は私の好きなことをしながら、皆の夢を支えたいって思うんだ。李珠はアイドル、美波は曲作り、瑠琉は服飾、沙希はダンス。皆の好きを手助け……なんてかっこ良すぎるかな。ええっと、お手伝いする代わりに、私をYouTuberとしてSky′sに置いてほしいっていう、等価交換みたいな?」

 これは、嘘じゃない。私なんかが誰かの夢を支えられるのかは解らないけど、支えたいと思うのは本当だ。思うだけじゃ、意味がないのかもしれないけど。

「あ、勿論アイドルは本気でやるからね? 歌もダンスも、得意かは解らないけど好きだし。頑張りたいから」

「じゃあ私も、玲奈の好きを応援する」

 李珠が、白い歯を見せて笑った。

「皆が皆、それぞれ違う役割をもっていて、お互いの足りないところを補いあってる……。こんなに凄いチームって、なかなかないよ」

「まーた李珠は、よくそんな恥ずかしい台詞が言えるわね」

「お? そういう反応するってことは、美波も同じように思ってるのかな? かな?」

「あぁもう鬱陶しい。かなかなかなかな、虫みたいに言わないでちょうだい。あーあーあー、何も聞こえない、聞こえないわ」

 空が桔梗色にたそがれる。温い風の行先を示すように、通りの街路灯に明かりが付く。落ち着きを取り戻した私達は、黒くなり始めた道を再びゆっくりと歩き始めた。

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