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Sky’s  作者: 白咲実空
#9.夜の太陽
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 次はお昼ご飯だ。目的地、なんて言い方をしたが、夏休み中ということもあってか有名店はどこも混んでおり、適当に空いている店を探しながらぶらぶら歩く。この時点で私は別に蕎麦だろうが何だろうがどうでも良かったのだが、丁度蕎麦とうどんが中心の食事処が見つかり、そこに来店する。瓦屋根が特徴的な古民家だ。古いだろうが、古い店の方が美味しかったりする。

 店内の戸を開けるとテーブル席とカウンター席、座敷が目に映り、家族連れが二組と老夫婦らしきペアが数組いた。座敷が空いていたので靴を脱いで上がり、座布団をひとつ断りを入れて追加してから五人で座る。

「私、うどんにしよっかなー」

 蕎麦に興味をもっていたはずの李珠りずが、メニュー表のざるうどんを目にしてそう零す。沙希さきも同じものが良いと言ったので、李珠と沙希は揃ってうどんと天ぷらのセットになった。

 私は蕎麦の案を出した第一人者として、蕎麦にしておく。瑠琉るる美波みなみも蕎麦にするようで、ざる蕎麦と天ぷらのセットが三つ。お冷を持ってきた店員さんに注文して、先ほど神社で撮った写真やおみくじの結果を共有するなどして待つこと数分。十分もしないうちに、うどん二つと蕎麦二つが運ばれてきた。食堂らしい真四角の黒い盆に、メインと薬味、天ぷら、汁物、漬物が並んでいる。うどんも蕎麦も艶やかな麺の上に刻み海苔がまぶされ、薬味はわさびやおろし生姜など、天ぷらは海老にカボチャ、なすに、鱧まである。漬物は大根と人参の紅白なます、汁物はわかめと斑が入った味噌汁。更に蕎麦は、食べ終えた後に汁を飲めるよう湯の入った急須まで用意されている。

 いただきますと手を合わせ、四六時中ついているのであろう壁掛けテレビのニュース番組を小耳に挟みながら食を楽しむ。

「ねぇ、ハンドメイドのアクセサリー売ってるお店があるらしいんだけどさ、後で行ってみない?」

「李珠さん、あちこちに行きたい気持ちも解りますが、時間は有限なんですから。近いところならまぁ……良いかもしれませんけど?」

「ちらちらと私達に視線を送るのはやめてちょうだい。良いかもしれませんけどじゃなくて、私も行きたいですとはっきり言うなら言いなさいな」

「私は良いと思うよ? 地図で見た感じ、そんなに遠くないみたいだし。ねぇ、玲奈?」

「え、私? 私も……うん。良いんじゃないかな。行けるなら、行ってみたい」

 食事処を後にして、ハンドメイドのお店に向かう。氷山ひやま神社周辺の通り道沿いにあるようで、アクセサリーショップだけではなく古着や帽子、靴など、多様な露店が軒を連ねていた。てっきり建物があるお店を想像していたのだが、李珠が言っていたのは市場の中にあるお店のことだったらしい。バスを降りた際、視界の遠くにちらとカラフルな提灯が見えたのはこれだったのか。

「見て見てこの帽子! なんか貴族が城下町にお忍びで来てる感じしない?」

「李珠さんは何を被っても似合います! 可愛いです!」

「何よ沙希、あのお店が気になるの? あんなにじろじろと見て……」

「う、占いってさ、一人じゃけっこう勇気いるっていうか……。ね、ねぇ、誰か一緒に行こうよ」

「良いよ。私も気になってたし」

 沙希の誘いにのり、占いの区画へ足を踏み入れる。占い一回四百円と書かれた木札が会議室で見るような机の上に立てられている。まぁ高いが、沙希と折半で二百円なら安い。あ、でもこれって、一人ずつ占ってもらうならやっぱり一人が四百円払う必要がある、のか? そうだろうな。プリクラじゃないんだし。

「お嬢さん、何を占いましょうか?」

 占い師は黒ずくめの服に華美なアクセサリーを付けた魔女のよう……ではなく、そこらで売ってそうな明るめのワンピースを身に纏った、沖縄の露店で見かけるような柔和なお婆さんだった。話しかけやすそうであり、話しかけにくそうでもある。人によって印象は変わるだろう。

「う、占いをしてもらいたいんですけど」

 沙希が話しかけると、お婆さんは「そうかい」とゆっくりした動作でメニュー表的な紙を出す。

「相性占いなら、二人で四百円よ」

 なんて優しい人なんだろう。自ら安いプランを紹介してくれるとは。

「れ、玲奈れいな! 相性占いにしよう! これなら二人で二百円ずつってことだよね?」

「そうだね。そうしよっか」

 二百円を出しあって、お婆さんに渡す。しかと受け取ったお婆さんは、タロットカードを机の下から出してくる。カードを切ってシャッフルし、前から六枚を、裏を見せて机の上に広げる。

「それ、好きなのを三枚ずつ選びな」

 六枚とも、月の模様が描かれている。表を捲れば何かしらの絵が描かれているのだろう。タロット占いってもっとこう、時間が掛かるものだと思っていたのだが、意外とシンプルなものだ。いや、露店で、しかも四百円で商売をしている人なのだから、結果の正当性にはあまり期待しない方が良いのかもしれないが。

 占いをしたいと言ったのは沙希なので、沙希から選ばせることにする。沙希は迷いながらも、上三枚から左右の二枚、下三枚からは真ん中の一枚を取った。たぶんシール付きウエハースとかアニメのランダムグッズとかも、いろんな箇所から取るタイプなんだろうな。

 私は余った三枚を取り、お婆さんが「横に並べてみて」と言うので横に並べる。沙希も懸命に考えながら並べ終えたところで、お婆さんがにっこりスマイルで口を開く。

「まず、右のカード……じゃなかったわ。あなた達から見て、左ね。左のカードを捲って」

 あっぶな、右のカード捲りそうになったじゃん。左のカードを捲る。私のカードは……あれ? 待って、私のカード、向きが逆じゃない? 正しい位置に戻すと、天使のような少年がラッパを吹く様子を、地上から人々が両手を上げて崇めているようなイラストが描かれていた。カード下に文字が書かれているので読もうとしたが、逆さになっていて読めない。沙希のカードを一瞥すると、ちゃんと読める向きで書かれていた。もしかして、私のカードって逆向きの方が正しかったりする?

「待ちなさい」

 もう一回向きを正そうとすると、お婆さんが柔い笑みでいて鋭い声で静止した。

「審判……の、逆ね」

「審判の逆?」

「ちょっと待ってね。えーと……」

 お婆さんが机の下から四つ折りの紙きれを出して広げる。ふむふむと頷いて読んでいるが、カードイラストの意味をメモ書きしているのではあるまいな。

 お婆さんは紙切れを仕舞うと、コホンと咳払いして、

「あなた、後を引きずるタイプでしょう」

 さも天帝の命を授かった凄腕占い師のような風格を醸して言った。私は瞬きを通常より速いスピードで繰り返し、「……は?」と素の声で返す。

「えーっと、これ、相性占いですよね? 恋愛とかじゃなくて」

「とかじゃなくて、あなたとその子の相性占いよ。あなたはその子に、後を引きずる面倒臭い奴だと思われているわ」

「えぇっ? 思ってませんよ!」

 その子こと沙希が、首をぶんぶん振って否定する。あの、違うって言ってるんですけど。適当なことを言って関係にヒビを入れるのはやめてもらいたい。

「いいえ、私には解ります。あなた達が選んだ右のカード」

 左な。

「そこには、お互いがお互いをどう思っているかが描かれています。えーと、A子さん」

「玲奈です。隣は沙希です」

「玲奈さん、あなたは沙希さんに、拘りが強く執着も強い……そのくせ我は弱くて、自己主張も弱い。積極性に欠けるけれど、人一倍強い思いを秘めている、ように感じられています」

 違いますか、とでも言いたげに私を見るが、そこは私ではなく沙希だろう。沙希が私に対して抱いているらしいのだから。私が沙希を見ると、沙希は「え? うーん」と思い当たる節を探すように腕を組む。さっきみたいに違うと即答してほしかったのだが、考えこまれると怖い。

「そこまでは思ってないけど……自己主張が弱いは当たってる、かも?」

「え、そうかな?」

「うん。たぶん私だけじゃなくて、他の皆もそう思ってるよ。だから私個人が玲奈に抱いてる感情ってよりかは、玲奈の性格的な? 特性みたいなものだと思う」

 そこでふと、神社の境内で美波が言いかけたことを思い出した。玲奈、あなたもう少し。あの続きは、何だったのだろうか。何故今思い出したのか解らないけど、今頃気になり始めてくる。

「では次に、沙希さんのカード」

「はい! お願いします!」

 どこか緊張する面持ちで、沙希はカードに目を落とす。沙希のカードは、目と鼻と口がついた絵本で見るような太陽が描かれていた。イラスト通り、太陽と言う名のカードらしい。

「ふむ。明るい子、と思われているようね」

 薄っ。小学校の授業とかでよくやる、友達の良いところを挙げてみましょうで取り敢えず真っ先に浮かぶ抽象的な印象だ。明るいってなんだよ。昼休みにドッジボールしに行く奴のこと? クラスの発表会で真っ先に意見言うような子? どこをどんなふうに明るいと思っているのか具体的に言ってくれないと、安く思っていた四百円が惜しくなってくる。私は二百円しか出してないけど。

「え……私って、明るいかな?」

 そもそも沙希は自分が明るい存在であることに疑問を感じているようで、首を傾げる。まぁ、大人しめの性格ではあるけど、暗いって感じでもないだろう。四月の頃は授業中に先生から当てられるとどこか怯えながらぼそぼそ喋っていた記憶があるけど、今は普通の声量で普通に喋ってるし。李珠や美波、瑠琉も大人しそうな見た目ではあるが自分は持っている子だし、やっぱり良い環境に囲まれていると影響を受けるものだ。

 少なくとも、苛められる前の沙希を取り戻しつつあるように感じる。

「沙希は、元気だよね」

「元気?」

「運動が得意で、ダンスの練習も誰より頑張ってる。この前だって、李珠がへばってるのに沙希だけ追加で個人練習してたし」

「……そっか。確かに私、まだコロナ罹ってない!」

 病気云々の話はしていないのだが、体調と体力って似たようなものだし、そういうことで良いか。

「コホン。では次に、真ん中のカードを捲ってみましょうか」

 お婆さんに言われ、私と沙希は真ん中を捲る。

 私のカードは、また逆の向きになっていた。虎……いや、ライオンか? 大型の動物を撫でる女性の姿が描かれている。カードの名前は『STRENGTH』。力、みたいな意味だっけ。

「真の力を表すカードね。物理ではなく心の、精神面の方。でも逆さだから、あまり良い意味ではないわ。真ん中のカードは玲奈さんと沙希さんの今後の未来が描かれているのだけど、このカードは……仄暗い。玲奈さんが、沙希さんに不誠実な行いをしてしまうかもしれない」

 不誠実な行い。ドキッとする響きだが、悟られないよう平静を装う。

「えっと、そうならないためにはどうすれば良いのでしょう?」

「自分のことばかりではなく、相手の気持ちをちゃんと考えること」

 道徳の授業みたいなことを言われてしまった。が、話には続きがあった。

「それと、物事の本質を見極めること。何が一番大切で、何を優先すべきなのか、考えなさい」

「はぁ……」

 よく解らない曖昧な回答だが、いつかの未来に意味ある助言として響いてくるかもしれない。さっきまでは薄っすら詐欺師みたいな人かもしれないと思っていたが、今回だけやたら真面目に聞いてしまう。不安が顔に出ていたのか、沙希が苦笑を零す。

「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。それより私のカードはどうですか? 明るそうですけど」

 確かに、沙希のカードは明るそうだ。白馬に乗った騎士が旗を持っているイラスト。真ん中のカードは私と沙希の今後を表しているそうだが、もしかしたらさっきのカードの続きみたいなもので、明るい未来を示してくれているのかもしれない。

 カードをじっと見つめたお婆さんが、ふむと頷いて口を開いた。

「このカードは……死、ね」

「ぜんっぜん良くなかった⁉」

 沙希がツッコミをいれ、私も額に手を当てる。終わりだ。私達の未来は、明るくなどなかった。だが、お婆さんは反対に「うふふ」と上品に笑う。

「死、と言うと不吉なイメージがあるけれど、このカードは逆さではないからポジティブな意味よ。死はね、生まれるという意味でもあるんだから」

 生まれる、つまり一新するみたいなことだろうか。

「このカードはね、恋人と別れたばかりの人が引きがちなカードなの。これから導き出せる道は二つ。一つは、完全に別れた人のことを忘れて新たな道を歩むか。もう一つは、よりを戻して再び〇から歩み始めるか。あなた達がどちらになるかは解らないけど、どちらになっても互いに……あぁいえ、これは沙希さんが引いたカードだから、少なくとも沙希さんはとっても良い気持ちで再スタートを切ることができるわ」

「ということは、私が何かやらかして沙希に愛想尽かされて、沙希が私を捨てて新たな道を歩む?」

「そういうことになるわねぇ」

「そういうことにならないよ! 別れるかもしれないし、そうじゃないかもって今言ったじゃないですか! 玲奈も、どうしてそうネガティブになるの?」

 いやだって、文脈から察するに……ねぇ? お婆さんはクスクス笑いながら、「大丈夫、運命は変えることができるわ」と言うが、私が愛想を尽かされる未来はお婆さんの中でほぼ確定してしまったらしい。

 落胆するが、カードはもう一枚残っている。

「それじゃあ最後に、左のカードを引いてちょうだい」

 右な。私と沙希は息を飲んで、残った右のカードを引く。このカードがどんな意味をもたらすのかは解らないが、今までの説明を聞く限り、逆さのカードが良くない意味を持っていることはなんとなく解った。であるならば、逆さじゃないカードであればもう何でも良いまである。

 ええい、ままよとカードを捲ると、

「……ん?」

 そこには、QRコードが描かれてあった。否、描かれてはいない。写真、だろうか。画像がカードに貼り付けられている。これまでの西洋チックなイラストは欠片も見当たらない。最近のタロットカードは、こういった現代的なデザインも取り入れて……。

「このコードを読み取っていただくと、私のLINEが追加されます!」

「えーと?」

「LINE?」

 狼狽える私と沙希を他所に、お婆さんは今日一番の笑顔で「はい!」と大きく頷く。

「このLINEから私の占い講座に会員登録ができますので、良かったら……」

 夢の世界から現実世界に引き戻されてしまったように、背中を焦がす夏の日差しがより熱く感じられた。「結構です」と、私と沙希の揃った声が蒸された空に浮かび上がった。

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