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Sky’s  作者: 白咲実空
#9.夜の太陽
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68/101

3

 火曜日の朝九時。空は快晴、雲一つない青が広がっている。陽繋ひけい駅から古橋で乗り換え、彩ヶ谷(さいがや)駅に着く。いつもの改札を抜け、集合場所となっている駅内のステバを目指す。

「ま、待って、玲奈れいな!」

 と、後ろから知った声に呼ばれ振り返ると、沙希さきが人混みの狭間から懸命に手を振って駆けてくる。どうやら別の車両に乗っていたらしい。

 沙希は白のフリルブラウスに黒のワンピースをレイヤードした格好をしており、髪型も馴染みのサイドテールではなく、最近よく見かけるポニーテールを揺らしている。ワンピースの色に合わせた黒のキャスケット、足元も白のソックスに黒の厚底スニーカーと、全体的にシンプルな大人っぽい組み合わせだ。

「せっかくのお出かけだから、お洒落していきなさいってお母さんが……」

 なるほど、お母さんが張り切った結果らしい。私は「可愛いよ」と褒めつつ、沙希と一緒に歩き出す。ステバに着くと、他の三人は既にドリンク片手に待機していた。

「遅いわよ。私より遅れるなんて、恥を知りなさい」

 美波みなみは白のバケットハット、白のノースリーブトップスの上に薄い緑のシアージャケットを羽織り、下は濃い緑のカーゴパンツ、ツイストデザインの白いウェッジヒールサンダルと、コーデだけ一見すると地味だが、美人が着ると完璧なコーディネートを完璧に着こなしている。

「いやいや、ちゃんと集合時間五分前だし。あと、自信満々に情けないことを言わない」

 李珠りずは低い位置でラフに巻き付けたお団子ヘア。青いフリルデニムのオフショルトップスに明るい黄色のパンツを合わせ、白のパンプスはローヒールのものを履いている。身長が高いこともあってか、美波に負けないモデルのような風格だ。

「沙希さんと玲奈さんは、飲み物どうしますか? 朝だから、電車乗る前に軽く何か食べていこうって話してたんですけど」

 瑠琉るるは花柄のトップスに灰色のロングスカートと清楚かつ可愛い恰好に加え、ショートヘアをアレンジで編み込みにしている。緑のリボンが付いた麦わらのストローハットも印象的で、どこかクラシカルな雰囲気も感じられた。

「軽くってことはコンビニかどっか寄るの? だったら私はお茶か水でも買おっかな」

 言いながら、私は視線を沙希のワンピース丈に落とす。ロングというほど長くもないが、膝下は確実にある。膝と踝の中間くらいだ。

「私も。飲み物はいいや」

 沙希も手を振ると、三人はじゃあそろそろ行こうと席を立つ。朝だからか、三人とも珈琲やアイスティーなど、甘い系は避けたタンブラーを持っている。私は後退して沙希の後ろに回り込み、皆を前に行くよう促して後ろのポジションをゲット……したのだが、目ざとい瑠琉がちらと私の方を向くと、パッと花が咲いたような笑みを浮かべた。

「あっ、玲奈さん、ミニスカなんですね!」

 あぁ、気づかれてしまった。いや、そう遠くない頃に気づかれるだろうとは思っていたけれど。

「パフスリーブの五分袖ブラウスとミニスカート、水色×黒ってところがお洒落ですよね! 白の踝ソックスと……靴は学校に履いているものとは違いますね。練習で見かけるものでもない。あ、厚底のスニーカーなんですね。こちらも水色で可愛いです!」

 可愛い、と言われるのは嬉しいが、この中で一人ミニスカートというのは少々浮いているような気がする。ただ遊びに行くだけなのに、張り切りすぎって思われた? 私は李珠や美波と違ってスタイルが良いわけでもないし、沙希や瑠琉と違ってTHE・可愛いって感じでもないのに、何か色々と間違えてしまった気がする。

 こんなことになるなら、昨日の夜誰かに何を着て来る予定なのか訊いておけば良かった。今すぐ服を買いに行きたい衝動に駆られるも、飲食店以外はまだどこの店も開いていないだろう。

 せっかく褒めてくれた瑠琉にネガティブをぶつけるのは申し訳ないので、曖昧に「ありがとう」と笑って濁す。李珠と沙希も可愛いと褒めてくれ、正直者の美波でさえ「なんかよく解らないけど良いんじゃない?」と言ってくれたのに、私は私の恰好が気になって仕方がない。自分勝手な疎外感を覚えつつ、私は遅れないよう皆の後ろをついていく。

 本日の行先は関東巡り、とは言っても一日で全ての県を見ることなど不可能なので、皆が行きたいところを擦り合わせた結果、埼玉と千葉へ行くことになった。遊びの延長線上に新曲のMVで使えそうな場所を探す目的があるため、商業施設やアミューズメントパークが目立つ都心は避けた。

 まずは埼玉県。彩ヶ谷駅からは乗り換え一回。一時間ほど電車に揺られた後、バスに乗車。

「ねぇねぇ、私ここ行きたい」

 前の席から李珠が手を伸ばし、スマホの画面を見せてくる。そこは、十メートル近くはあろう天井のギリギリまで本棚を設置した、見渡す限り本がぎっしり詰まった異世界のような空間だった。どうやら図書館と美術館と博物館を一緒くたにした、本好きなら人生で一度は訪れるべきスポットらしい。本はあまり読まないけど、せっかく埼玉に行くのなら私も行ってみたい。

「……って、徒歩で四時間もかかるじゃない。無理よ、そんな時間ないわ」

「でも、車だと三十分くらいだよ。タクシー使えないかな?」

 美波が反対するも、すぐに李珠が案を出す。行く気満々らしいが、そんな時間がないという美波の意見も解る。車で三十分でも、往復だと一時間。それにどのくらい滞在するのか解らないが、一時間以上は確実にかかる。

「李珠さん、読書好きでしたっけ?」

「いや? あんまり読まないけど、映えるから」

「あ……はい」

 瑠琉が微妙そうな顔をして笑う。あ、本好きとして中途半端な気持ちで行かれるのは解せない感じ? だとしたら私は黙っておこう。

 せっかく遊びに行くのなら、と李珠が行きたがる気持ちも解るが、なんせ距離がなぁ。でも、行きたい場所の希望を事前に各自が出しているとは言え、寄りたいところがあるなら寄ろう、計画通りにいかなくたって無問題の精神で今日は遊ぶことになっている。故に、真っ向から否定することもできない。それに、私もちょっと行きたいと思ったのは事実だから、ここで李珠一人を悪者みたくするのは良心が痛む。

 と、沙希が何も喋っていないことに気が付いた。沙希は元々あまり喋る方ではなく相槌を打つ係みたくなっていることの方が多いのだが、あまりにも喋らないのでちらと横を見ると、スマホ画面が目に入った。現在地点から、李珠が行きたいと言ったミュージアムまでのタクシー料金を検索している。沙希の顔色は青白く、しきりに瞬きを繰り返していた。

「あ、あー……。タクシーはほら、料金もかかるし、どこか別の場所にしない?」

「別の場所って?」

「……お昼は、李珠の行きたいところに行くとか」

「お昼かぁ。埼玉って何が有名なの? 里芋?」

「蕎麦……とか?」

 先日、テレビで芸能人が埼玉にある老舗蕎麦屋をリポートしていたのを思い出して言う。有名かどうかは知らないけど、そばアレルギーでもない限り蕎麦が嫌いと言う人はいない、と思う。

「蕎麦かぁっ。良いね、じゃあ蕎麦にしよう!」

 え、今の私の意見だけど良いの? 私、李珠が行きたいところにしようって言ったんだけど。瑠琉は「良いですね、蕎麦」と頷き、美波は「良いわね。丁度冷たい麺が食べたい気分だったの」と良い返事をする。沙希も、「私も蕎麦好き」と言うので、流れで昼食は蕎麦屋に行くことになった。

 目的地の山越やまごえで降車する頃、時刻は十時四十分を過ぎていた。まだお昼には早いので、まずは美波が行きたいと言った氷山ひやま神社に向かう。この時期は風鈴まつりが行われているようで、鳥居を抜けてすぐの入り口に沢山の風鈴が飾られているのを発見した。今日はあまり風が吹いていないと感じていたが、微弱な風量でも風鈴というものは結構棚引くものらしい。

「なんだか、暑さが和らいでいくわね。ほんの少しだけれど、涼しく感じるわ」

「そうだね。風鈴の音でそう感じるのかな? 気持ち良いよねぇ」

 伸びをして、境内を探っていく。神社とはいえ有名な観光スポットだからか、若者の姿が多く見られる。夏休みということもあってか人通りが盛んで、浴衣を着た外国人を何人も見かけた。

「本当に凄い……。うちとは大違い……」

 うち、と言うのは神北家の敷地にある神社のことだろう。遠い目をする瑠琉に苦笑を零し、カラフルな風鈴や青と白で統一された風車かざぐるまエリアなどを見て回る。

「ねぇ、美波はどうしてここに来たいと思ったの?」

「映えるから」

 え、意外すぎる。美波ってSNSとか全くやってないし、映えなんて単語とは無縁の性格をしていると思っていたのに。

「冗談よ。今のは李珠の真似」

 あ、なんだ。冗談か……。美波も冗談とか言うんだな。いや、割と言うか。クールな完璧少女って印象が出会った当初はあったけど、案外遅刻するし、けっこう笑うし、一緒にいると話も弾む。ふふっと笑った美波は、橋から池や新緑を眺め、そっと目を閉じる。

「風鈴まつりの画像を見つけたとき、新しい曲のイメージが湧き上がったの。実際に来てみればまた何か掴めるかもしれないと思ってね」

「そっか。掴めたの?」

「……さあね」

 曖昧な返事をする美波は、まだ瞳を閉じている。私も透明……と表現するには聊か緑に濁った池の根無し草を見つめ、森が広がっていそうな薄暗い新緑の木々に目を向け、景色をしっかり見渡した後目を閉じてみる。バサバサっと、鳥が羽ばたく。大きくはないけど、雀ほど小さくもないサイズだ。蝉の声が遠くで聞こえ、さっき風鈴の音を聞いていたからか、距離があるはずなのにちりんと涼やかな音色が耳朶に触れた、ような気がした。聴覚だけではなく、嗅覚も。緑や太陽の匂い。観光客が多いからか、知らない人の柔軟剤の香りが微かに鼻をつく。近くで幼い子供と親であろう大人が写真を撮りながらはしゃいでいる様子が判る。真っ暗なのに温かく、冷涼で、夏の気配がそこにあった。少し身体の位置をずらす。と、指先が肌に触れた。

 目を開けると、美波が微笑を浮かべていた。指先を見つめると、美波の白い手の甲があった。

「何を考えていたのかしら?」

「……何も。頭空っぽだった」

 ただ、強いて言うなら、

「私たち以外の観光客が邪魔だな、とは考えてた」

 人が多いせいでどこかむさ苦しい。たまにきつい柔軟剤や香水、体臭が鼻をつくし、食べ歩きをしているのかソース系の匂いもする。蛍光色のピンクや黄色といった派手な色の服を着た、顔も派手な外国人と日本人のおばさんが多く、時々視界を横切ると目がちかちかしてくる。風鈴エリアならそこまで気にならないのだが、自然ばかりのここだと変に目立つのだ。

「ふふっ、あははっ! 玲奈ってやっぱり最高ね!」

「えー……、どういう意味?」

「その毒舌なところ、私は好きよ」

 毒舌……そういえば小学生の頃から、玲奈ちゃんは動物に例えるとスカンクだとか言われた。おならが臭いのかと腹が立ったが、友達は違うと笑った。どうやら偶に毒を吐くところが、スカンクたる所以らしい。

 私は毒を吐いている自覚はない。否、毒は吐いているのかもしれないが、毒舌と言われたり腹黒いと言われたりするのはあまりピンとこない。言われて気分が悪くなるわけではないが、私はそんなに自分の意見を言わない奴ではないし、周りは私をどちらかと言えば消極的な人間だと捉えているらしいが、私は我慢して生きているわけではない。言いたいことはちゃんと言っているつもりだ。

「ねぇ玲奈、あなたもう少し──」

「おーい、二人ともー」

 美波が最後まで言うより先に、風車エリアにいたはずの沙希が駆け寄って来た。美波は言葉を引っ込めると、沙希の方に身体を向ける。そこまで重要な話ではなかったのかもしれないが、言いかけてやめられると気になってしまう。が、今は沙希の話に耳を傾ける。

「李珠と瑠琉がおみくじ買おうって言ってるんだけど、二人はどうする?」

「そうね。せっかくだし買おうかしら。玲奈は?」

「私も。お守りも買いたいな」

 拝殿の隣、神札授与所に向かう。元日に引く普遍的なおみくじから恋愛用、健康用、仕事運用など様々な種類のおみくじがあるのだが、一番の驚きはおみくじの形だった。ただ紙を折り畳んでいるのではなく、魚を模した掌サイズのキーホルダーがまぁまぁ底の深い箱の中に所せましとぎゅう詰めになっている。その光景、もはや金魚すくいのようだった。たぶん金魚じゃなくて鯛だけど。どうやらこの鯛の中におみくじが入っているらしく、私は普遍的な運勢が判る赤色のおみくじを買う。だが、ただ買うだけではゲットできず、釣り上げる必要があるとのこと。

「そこの竿使うんだよ。難しすぎはしないけど、不器用さんには難しいかもね」

 李珠の言う通り、鯛が敷き詰められた箱の周りに竿が入った小箱が取り付けられている。竿は玩具のような手作り感があって、垂れた釣糸がへにゃへにゃになっているものもある。李珠は既に鯛をゲットしたようで、目を細めてニヤニヤしながら美波が竿を使う様を見ていた。案の定、不器用な美波は毛鉤と鯛のストラップが引っかからず苦戦している。

「もう嫌になったわ。李珠、あなたがやりなさい」

「えー? 美波の運勢調べるのに、私が引いたら意味ないじゃん」

「大吉を引きなさい。それ以外は許さないから」

「エスパータイプじゃないから無理だし、自分で引きなさいってば」

 ぎゃいぎゃいする二人を横目に、私も瑠琉と沙希に見守られながら釣りに挑戦。私が釣り上げる鯛は、期間限定らしい青色の鯛だ。ストラップの輪っかが大きめに作られているため、夏祭りのヨーヨー釣りよりか断然簡単な仕様になっている。釣り糸を垂らして、五秒でクリア。一匹の鯛が私の手元にやってきた。

「上手いです、玲奈さん」

「センスあるね」

「いや、簡単だし……ひっ」

 美波が睨むとそれなりの凄みがあって怖い。私は圧を感じながら、そそくさと順番待ちをしている後ろの人に竿を渡して距離をとる。

 離れたところからおみくじを確認すると、中吉と書いてあった。風邪はひくけど大病の心配はなし。待ち人は来ない。忘れ物は見つかるけどすぐではない。勉強は頑張れば大丈夫。金運は良くもなく悪くもなく……とまぁ、全体的に良くも悪くもない、平凡なことが書いてあった。平凡が一番と言えば聞こえは良いが、変わり映えのしない毎日であると神様から直接伝えられるのは何と言うか……もう少し彩り豊かな日々になっても良いのではないかと欲が出る。

 おみくじは結び、鯛のストラップはトートバッグに付ける。私が付けているのを見た瑠琉と沙希も、それぞれピンクと赤の鯛を鞄に付け始める。李珠と美波も青の鯛を鞄に付け、自然とお揃いの形になったことで小さく笑い合う。

「美波って結局自分で取ったの?」

「まぁ、五分五分? 美波が選んだ鯛を私が釣った」

「それ、ほぼ李珠が取ったんじゃん」

 そんな会話をしつつ、次の目的地へ向かう。

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