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母という存在は、子供を授かった瞬間に母となることを強制される生き物らしい。自分という個の人生には一旦区切りをつけ、母の人生を開始するのだ。それ即ち、子のために生きるということなのだが、私の母は母と個の人生、どちらもを大切にする人だった。
それは父も同じで、二人ともがデザイナー、カメラマンの仕事に専念しながら私の子育てにも専念していた。保育園の送り迎えは一度も祖父母に連れ添ってもらったことはないし、小学校・中学校の保護者が参加する行事も父か母が毎回顔を覗かせた。偶の休日は必ず家族三人で出かけたし、私の誕生日は欠かさず有休をとってくれる。
だからこそ、恩を仇で返すような真似をしてしまったのは、申し訳なく思っている。
「瑠琉、私とお父さんね、フランスでお仕事することになったの」
会社が転勤するよう言ったのか、それとも自主的に海外へ足を運ぶことを決めたのか、どちらかは解らなかったけど、どちらでも良かった。両親が海外で何をしようが、明確な夢をもっていなかった当時の私からすればどうでも良いことだったから。
自慢の両親、ではある。夢を追いかけて、叶えて、大人になって子供を育てながらも、自分らしさを見失わず、人生を歩き続けている。私の母はデザイナーで、父はカメラマンをしているんです。そう言って、羨ましがらない友達はいない。けれど、いつしか言えなくなってしまった。
放課後は友達とショッピングかカラオケに行って遊び、特に勉強に打ち込むでもなく、せっかく入っていた部活も特に成績を残すことなく引退し、好きなアイドルを追いかけたり本を読んだりする日々。波のない平らな線を歩く日常。
「瑠琉、進路は決まったの? 将来の夢は? お母さん、絶対応援するからね」
夢を持つことが、何かに打ち込むことが当たり前な母。父も、「瑠琉は将来、何になるんだろうなぁ」なんて、お酒を飲みながら目を細める。
両親は、私にとって眩しすぎた。
「ごめんなさい」
フランスへ引っ越す、と言われた時。私は、断る理由も思いつかないのに、ただそれだけを口にしていた。
「私、日本にいたい。こっちに友達もいるし……。私はお母さんとお父さんと違って、海外に行く用事はないから」
怖かった。知らない環境、地方なら兎も角海外だなんて。
「私、もう高校生になるから。だから、大丈夫だよ。お爺ちゃんとお婆ちゃんのことも、心配だし」
「瑠琉……」
母は何かを言おうとして、やめたようだった。ただ感情を殺したように、私をじっと見つめた。「解った。じゃあお母さんとお父さん、海外に行くから」
ごめんね、と母はそう、それだけ言った。あぁ、海外へ行っちゃうんだ、なんて、私が後押ししたくせに、そんなことを私は思った。
夢を叶える人として、個の人生を生きる人として、その選択は正しく、眩しい。
やっぱり、私は母とは違う。何の才能もなければ、努力する根性だってない。
私の方こそ、期待を裏切ってしまってごめんなさい。口にはしなかったけれど、そう思った。




