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烏が飛んでいる先で西日が淡く、濃く光っている。赤と黒が同居した長い長い廊下に、私達は座り込んでいた。
「つっかれたぁー」
言って、李珠さんが雑巾をバケツに投げるようにして入れる。淀んだ水がちゃぷんと跳ね、磨かれたばかりの廊下に点を落とした。玲奈さんが「あーあー」と雑巾でそこを拭く。「ごめんごめん」と李珠さんが謝る。
「瑠琉、手伝いはもうおしまい?」
美波さんに訊かれ、私は立ちあがりつつ首を横に振る。
「いえ、後は晩御飯の支度ですね。皆さん食べていかれるのでしたら、手伝ってください」
「うへぇー、理屈は正しいけど鬼だぁ」
やる気の低下を隠そうともしない李珠さんに対し、
「も、もうひと頑張り……」
沙希さんは生まれたての小鹿みたいな足で何とか立ち上がる。無理もない。神北家の廊下という廊下を何往復もして磨いたのだから。
「晩御飯ってどこで食べるの? ここ?」
玲奈さんが指したのは、すぐ後ろにある客間。朝、沙希さんが「広い」と言っていた場所。
「そうですね。人数が多いですから、ここになると思います」
「じゃ、私運ぶ係―」
「あっ、玲奈ずるい! じゃあ私は食べる係で!」
「それは手伝いとは言わないんじゃ……。えっと、私は何をすれば良いかな?」
「沙希は真面目ね。私は嫌よ。昼に買い出し行ってきたんだから」
「確かに、私も美波と買い出し行ったから……。よし、じゃあ運ぶ係は沙希に譲ろう」
「えー、私はぁ?」
「へへっ、ラッキー」
「あら、真面目さんが本性を現したようね」
美波さんの言葉に、笑い声が重なる。
私は手を伸ばし、李珠さんを、そして美波さんを引っ張り上げる。沙希さんも玲奈さんを引っ張り上げて立たせ、全員で台所へ向かう。
「そういや、課題する時間なかったね」と李珠さん。
「アイスを食べる時間もね」と美波さん。
「ダンスの練習も結局してないね」と沙希さん。
「ま、全部夜にやりますか。皆何時までいられるの? あー、それより、私達何時までいて良いの?」
玲奈さんに気を遣われ、合宿の件を思い出して申し訳なく思いながら首を捻る。
「祖父母が寝るまでなので……九時まででしょうか」
「瑠琉のお爺ちゃんお婆ちゃん寝るの早っ」
「そうでしょうか? ご老人なら普通だと思いますけど」
李珠さんは二世帯住宅ではないから、あまり想像できないのかもしれない。台所に着くと、祖母から役割を与えられて手伝う形となった。夕食の献立は焼肉だ。私は祖母と野菜を切って、みそ汁の用意。他の四人はホットプレートの準備や食器を運ぶ。後、人数分の座布団や飲み物の準備。
「じゃあ、よーい、始めっ」
「はーい」
祖母の掛け声に合わせ、五人の声が重なる。それぞれの役割を果たそうと、動き出した時だった。
「Surprise! En ce moment, mon amour!」
台所横の裏口がバンっと音をたてて開き、昭和レトロな花柄インテリアが揃う我が家には違和感しかない、中世的な顔をした長身の女性が入って来た。
真っ白なノースリーブワンピースから覗くほっそりした長い手足。その指の爪は両方アクアマリン色で揃えられ、足は甲の部分が白のクロスデザインとなっているスエード素材のサンダルを履いており、頭はつば広の黒いハット帽子を被っている。首回りを飾る金色のチェーンネックレスは地味過ぎず派手過ぎず、それより真っ赤な口紅がよく似合って、大きい目と小さい鼻が整った位置にあるモデル顔負けの美貌に、目が吸い寄せられてしまう。
「めっちゃ綺麗……」
と、李珠さんが初めて薔薇を見たような反応で目の前の女性を凝視する。私は目を丸くして、女性の名前……否、普段の呼び名を、口にした。
「お母さん?」
「そう! お母さんだよっ、瑠琉!」
カラン、とスプーンが落ちた。味噌が入ったスプーンだった。それは祖母が落としたもので、祖母は普段の柔らかい目をこれでもかと見開いて、「……は?」と珍しい声を落としたのだった。




