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毎朝五時に起きて四キロのランニング後、境内の掃除、終われば学校がある日は学校、ない日は夏休みの課題、廊下もしくは窓の拭き掃除、その日の晩御飯と明日の朝・昼ご飯の買い出し、衣装製作、自由時間、衣装製作、読書、推し活……これが私の休日のルーティンであり、Sky′sの活動がある日は手伝いの一部を休むか自由時間を削ることになる。手伝い以外の時間がほぼ自由時間だった数ヶ月前に比べ、Sky′sで頑張ると決めた今の生活は充実していると感じる反面、やることが山積みで疲労が蓄積されていく。
加えて夏の日差しが降り注ぐ中ダンスの練習をするものだから、こまめな水分補給をしているとはいえ体力と精神がゴリゴリそぎ落とされていく。五人で練習する際は安いスタジオを借りることにしているが、一人で練習するのにスタジオを借りるのは値段的にも距離的にも躊躇してしまう。別に遠いわけではないが、この暑い中歩くという行為を脳が拒否するのだ。
そういえば、朝って烏はいないよなぁ、と白む空を見上げてため息を吐いた。雀が数羽、ちゅんちゅん言いながら頭上を電線から電線へ羽ばたき移る。太陽が新緑の木々を照らす様もほんの一ヶ月前なら爽やかさを感じていたのに、今ではただ眩しく、暑く感じるだけ。熱風が横切り、夏用の効果を全く発揮していない巫女服の裾を揺らした。
今日も、この後は課題をしなくてはいけない。本日の掃き掃除をため息で締め括り、家へ戻……ろうとした時だった。
「瑠琉―」
さっきランニングで別れたばかりの李珠さんの声だ。振り返ると、鳥居の前に李珠さんと、沙希さん、美波さん、玲奈さんが集合している。あれ、今日って何かの待ち合わせでもしていたっけ?
「皆さん、どうしたんですか?」
鳥居まで駆け寄ると、李珠さんはへにゃりと笑った。
「いやー、迷惑じゃなければなんだけど、もし良かったらお手伝いさせてもらえないかなーなんて」
「お手伝い? 家の、ですか?」
合宿に神北家を使う話は白紙になってしまったから、バイトをさせてくれ、的な話だろうか。確かに人手が足りないと祖父母が嘆いていたけれど、誰かを雇うとなれば話は別。私のお手伝いでさえ家計がひっ迫している状況なら時給が下がってしまったりするのだ。
「あの、申し訳ないんですけど……お給料は、出たとしてもあんまり良くないかも」
「えっ、違う違う、そうじゃなくて……。ほら、今日って確か、凄く忙しい日なんでしょ?」
李珠さんと沙希さんから話を聞いたらしい玲奈さんが、そう言ってくる。もしかして、ただの善意でお手伝いに来てくれたのだろうか? だとしたらお人好しがすぎる。こちらからしたら凄く助かる話ではあるけど……。
「まぁ、少しでもお給料が出るのなら貰いたいのだけれど──」
「美波は黙っておこうか。あのさ、瑠琉」
美波さんを押しのけ、李珠さんが口を開く。
「瑠琉、最近疲れてない?」
「えっ……。そんなことは……」
「嘘。疲れてるよ。授業中は眠そうだし、練習終わったらすぐ帰るし、会議も話すこと話したらすぐ通話切っちゃうし」
「す、すみません。中途半端にしてるつもりはなくて──」
「あぁいや、責めてるんじゃなくて、心配してるの。身体壊しちゃわないかって。で、練習量減らしたりとかも考えたんだけど、生憎夏祭りが迫ってるせいであんまり削れそうにないしさ。そこで、じゃあ瑠琉が練習と同じくらい大変そうな家の手伝いを私達も手伝って、瑠琉の負担を減らそうって考えたわけ」
「……え」
「私たち神社詳しいわけじゃないから勝手は解んないけど、掃除はめっちゃ綺麗にやるし、草抜きとか買い出しとか、雑用だったら全然やるからさ! だから、お願いします!」
李珠さんが頭を下げると、沙希さんと玲奈さんも「お願いします」と頭を下げる。美波さんは「一人より五人の方が速く綺麗に終わるんだから、遠慮なく使いなさい」とどこか上から目線な言い方だったが、手伝いを了承してくれていることに変わりはない。
胸の奥がじん、と熱くなる。箒を握る手に、無意識に力が込められた。
「ありがとうございます、皆さん。本当に、ご迷惑をおかけして……」
「迷惑なんて思わないことね。私達が勝手に決めて、勝手にお願いしてるんだから」
「美波の言う通り! 良い運動にもなるし!」
李珠さんが「ね?」と言うと、沙希さんも「うん」と頷き玲奈さんは笑みを浮かべる。
思えば、衣装製作の時だってこうして皆さん、私の作業を手伝ってくれた。私はいつも助けてもらってばかりで今回も助けてもらうのは少々心苦しいけれど、現在の優先順位は夏祭りに向けた歌とダンスのレベルを上げるため練習時間を確保することだ。美波さんの言う通り、ここは皆さんの善意に甘えて、掃除を速く終わらせた方が効率の良い一日になる。
「解りました、ありがとうございます。ですが……」
が、今日は手伝ってもらうより先に、私は少し気になったことを問いかけた。
「美波さんと玲奈さん、今日、学校じゃありませんでした?」
確か、英語の授業が二人とも入っていたはずだ。
「ギクッ」
「ぐっ」
呻く美波さんと玲奈さん。李珠さんは二人が学校であるということを失念していたようで、私の言葉に目を丸くすると「あぁっ」と声を上げた。
「ほんとだ! 何当たり前みたいにここ来てるの⁉ 制服は? 持ってきてるんだろうね?」
「いやまぁ、一応持ってきてはいるけど……」
「あら、玲奈は真面目ね。私はもう家に置いて来たわ」
「何してんの⁉ 美波なにしてんの⁉ てか、気づかなかった私もだけど、沙希もなんかおかしいなって思わなかったわけ⁉」
「え、二人とも今日は鰐淵先生お休みだから授業ないって昨日……」
「信じない! 二人の言うこと、これからは信じない!」
玲奈さんは真面目そうだから、たぶん美波さんがサボろうって言い出したんだろうなぁ。あれ? でも確かこの前の自己紹介クイズ動画の撮影をした時、玲奈さんは実はサボり魔みたいな話を聞いたような気が……。
取り敢えず、私は美波さんに制服と英語の教科書一式を貸すため部屋へ向かったのだった。
*
「掃除とは、客人の御心をもてなすだけの行為でない! ただ綺麗にするだけでなく、庭、座敷、風呂……、常日頃使わせてもらっている感謝の意を込めて、まるでまだ一度も使ったことがないというほど丁寧に、清く、美しくだな──」
「お爺ちゃん、そういうそれっぽいことは言わなくて良いから、役割だけパパっと決めてよ」
カンカン照りの日差しが照り付ける廊下にて、祖父の言葉を遮って呆れ混じりの声を漏らす。客人には甘いくせに手伝いに来てくれる人には家族のように接するのだから、困ったものだ。李珠さんと沙希さんの暑さに蒸された顔に、申し訳なさが募る。
「コホン……まずは掃除の前に恰好じゃな。確か予備の巫女服があったはずじゃから──」
「おーじーいーちゃーんー?」
この暑い日に巫女服なんて拷問でしかない。私だって今から私服に着替えようと思っていたところだったのに。李珠さんは「巫女服着てみたい!」とはしゃいだ様子だが、私は静かに首を横に振った。巫女服は浴衣みたく涼しく見えるものだが、夏は暑く冬は寒いだけ。お勧めできない。
「李珠さんと沙希さんには私のジャージかTシャツを貸しますから……」
「あ、それなら大丈夫。私も沙希も、自分のジャージ持ってきてるから」
そう言って、李珠さんと沙希さんはトートバッグから高校の体操服を取り出した。祖父はやや不服そうではあったが、「まぁ良い」と渋々了承する。
「コホン、では役割を発表する」
ようやく本題に入った祖父に、李珠さんと沙希さんが居住まいを正す。そんなに緊張する必要はないが、まぁ人の家だからそうもなるか。
「まず、穂條リス!」
「李珠です!」
「穂條李珠!」
「はいっ!」
「お前さんは風呂掃除だ。ホテルでバイトしてると聞いたからな」
「了解であります!」
「続いて一条沙希!」
「はっ、はい! 沙希です!」
「お前さんは窓拭きを頼む。水拭きをしたあと乾拭きだ。できるな?」
「り、了解です!」
「お爺ちゃん、私は? せっかく二人……午後からまた二人来ますけど、せっかくなら皆さんで掃除をした後、皆さんで勉強会をしたいと思ってるんだけど」
「ああ、構わん。瑠琉、お前は草むしりじゃ。あと打ち水もな」
「はーい」
「じゃあ、解散!」
祖父の掛け声で各々が各々の持ち場へ赴く。李珠さんは以前泊まりに来たことがあるからお風呂の位置は把握しているようだ。足の動きに迷いがない。が、沙希さんは窓拭きと言われてもどこから手を付ければ良いか解らないだろうから、私が案内する。とは言っても、まずは雑巾とバケツを持ってくる必要があるから、行先は風呂場横の洗面所なんだけど。
「瑠琉―、洗剤って使って良いの?」
李珠さんが洗面所の整理棚から風呂掃除の洗剤を持って問うてくる。勿論と頷きを返し、李珠さんには追加でスポンジと手袋を渡す。次に沙希さんには、水を入れたバケツを渡した。私は手に雑巾を持って、「こっちです」と案内を再開する。
神北家はそこまで大きな家ではない。和風建築というだけで厳かな雰囲気はあるが、お城かと言われれば全く違う。ただ、一般家庭よりほんの少しだけ大きい。
「ほぇー、広いんだね。ここって何帖くらいあるの?」
沙希さんが襖の開いた部屋の様子を窺って息を吐く。私には住み慣れたただの家だが、洋風の家に住んでいる方にはやはり物珍しく映るらしい。
「ここは客室ですから八畳くらいですね。沙希さんにはここの窓をお願いします」
客室に面した廊下の窓は普遍的な引違い窓だが、一応丁寧に掃除をしないと後で確認に来た祖父に怒られてしまうので、裏面を掃除する場合は面倒だが外に回ってもらうよう頼む。沙希さんは「解った」と言いながら濡れた雑巾で窓を拭こうとして……固まった。
「どうしたんですか? 解らないことがあれば、遠慮なく訊いてください」
「あぁうん……いや、この窓ってどうやって開けるんだろうと思って」
沙希さんは窓の鍵を持ってくるくる回す。そういえば、小学生の頃から私の家に遊びに来る人は皆、こういう反応だったような。
「これは捻じ締り錠と言って、この棒をここに差し込んで……ほら」
金属の棒を窓枠に差し込んで捻じると施解錠ができる仕組みだ。開けて見せると、「おおー! レトロー!」とよく解らない感想が飛ぶ。まぁ、何か楽しそうだし良いか。
「それじゃあ私はこっちで草むしりしてますから、何かあったら読んでくださいね」
「うん、解った。ありがとう」
沙希さんに窓ふきを任せて、私は庭へ向かう。そういえばお爺ちゃん、私だけ外掃除にしたのは、一応は李珠さんと沙希さんが客人だからと気を遣ったが故なのだろうか。だとしたら文句はないけれど、私もできれば室内が良かったなぁ。
内心でそうぼやきながら、草木をサクサクと踏みしめる。神社の掃除なら石畳の上を歩くことが大半なので気持ち涼しく感じるのだが、境内の敷地内にあれど神社とは少し離れた場所にある我が家の周りは雑草が茂っている。ズボンのポケットから軍手を出し、鎌を持ってくれば良かったと後悔しながら手で抜いていく。そういえば打ち水もしろと言われていたのだっけ。まぁ濡れた草を触りたくないので、後にしよう。
草抜きをすること数十分。時々正面で窓拭きをする沙希さんと手の振り合いを交わしつつ、一旦立ち上がって腰を伸ばしつつ、着々と作業を進めていく。どうしてか、いつもは暑さに対する無意味な苛立ちとやる気のなさのもと手伝いをしていたのに、今日は作業の手が滞らない。暑い、けど友達が、仲間が一緒に手伝ってくれているという事実が、私の心を軽くする。
一時間程度で草むしりを終えると、窓拭きに李珠さんが加わっていた。お風呂掃除が終わって合流したらしい。私も後で手伝おうと思い、まずは溜まった草をゴミ袋へ詰めて玄関先へ持って行く。そこらにいた祖父にどこへ置いとけばと訊き、適当な場所に置いた後、打ち水の道具を準備する。と言っても大した準備物はなく、水の入った桶と柄杓だけなのだが。
水桶をえっちらおっちら運んでいると、鳥居の方からこちらへ向かってくる二人の影があった。美波さんと玲奈さんだ。二人とも片手にビニール袋を持っていて、随分と疲弊した顔色をしている。
私が手を挙げると、気づいた二人も小さく手を挙げた。
「もしかして、お買い物に行ってくれていたんですか?」
「そうそう。学校終わったら李珠からLINE来てさ。じーちゃんから買い出し頼まれたから学校終わったらついでにスーパー行って来てって」
玲奈さんの言葉に、私は静かに笑ってしまう。だって、じーちゃんって。まるで自分の祖父みたいに語る李珠さんは、この短時間+前回のお泊りで大分距離を縮めたらしい。
「美波さんも、暑い中ありがとうございます」
「本当よ。メモに入ってないアイスも買っちゃったんだから」
「ふふっ。お婆ちゃんなら許してくれると思います。あ、お金渡さないとですね」
「あー、後で良いよ。瑠琉、今から打ち水でしょ? 道具的に」
玲奈さんに言われ、私は「そうですね」と引き下がる。祖父が頼んだと言うことは、祖父がお金を渡してくれるだろうし。
「因みに、晩御飯は何ですか?」
「メモのラインナップからして焼肉ね。高級なお肉が入っていたから」
「あんまり期待しないの。ごめんね、瑠琉」
「いえ、私もそうだと嬉しいです」
家の中に入っていく二人を見送って、私はもう一度庭へ向かう。両親がフランスへ行ってしまって、少しだけ寂しくなってしまった家に、今は大切な人達が出入りしている。そんな、喜ばしい事実を噛みしめながら。




