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Sky’s  作者: 白咲実空
#7.ワタシ
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57/100

8

 バイトは月曜日に再スタートを切った。学校が終わってすぐ、私は一度制服から私服に着替えるため家へ帰る。ラフなパーカーと短パンを着用し、家を出るとホテルへゴー。

 スパイのように周囲を警戒しつつ、誰からも見られていないことを確認してエントランスに入る。更衣室で従業員用の制服に着替え、まずは店長がいる事務室に足を運ぶ。

「ご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした」

 欠勤という選択をとらせてしまったこと、ホテルに怪しい人をうろつかせてしまったこと、諸々について謝罪すると、店長は予想に反してへらりと笑った。

「ううん、僕の方こそ勝手な判断で穂條ほじょうさんに迷惑かけちゃってごめんね? 穂條さんさえ良ければ何も気にしないで、今後も働いてくれると助かるんだけど……」

 四十代の男性に軽く頭を下げられる経験なんてほとんどなかったので、少々面食らいながらも「勿論です」と答える。良かった、てっきりクビになってもおかしくないとすら考えていたから。

 二度目の出勤となる今日も、私は尾形おがた先輩の指導の下働くことになっていたので今度は尾形さんを探す。途中すれ違った社員さんに訊ねると、どうやら二階の清掃を行っているとのことなのでそちらへ向かう。

「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

 店長にしたのと同じように謝ると、尾形先輩は「う、えと……」と暗い顔をバスタブに落とす。

「す、すいません、急な欠勤で……」

 結構怒っているのでは、ともう一度謝ると、尾形先輩は「違う……」と幽霊のような細く重い声で言った。

「欠勤は店長の判断だから、穂條さんは悪くない。私が言いたいのは……安心したってこと」

「安心?」

「うん。辞めなくて、良かった……」

 まだ主戦力になっていない私だが、それでも必要としてくれている人がいることに安堵する。バスタブの掃除を代わり、一週間ぶりに清掃を開始する。暫し無言で行い、次は備品の補充、という時に尾形先輩が口を開いた。

「私も、ネットに写真上がってる」

 いきなりすぎて、何を言われたのか思考が一瞬停止する。が、意味を理解すると「え」と声が漏れた。

「尾形先輩もしかして、有名人だったりします……?」

 前髪長くてあんまり顔見えないけど、よくよく観察すると美人だし。配信者とかだったりして。だが、尾形先輩はゆるゆると首を横に振った。

「Googleのストリートビューに、映ったことがある。モザイク掛かってたけど、友達から凄く連絡来て、これ絶対あんただよねって爆笑された……」

「あ、そういう……」

「全身黒のジャージで、片手に缶ビール持ったまま信号待ちしてるところだったから、本当に黒歴史。マジで、許せない……」

 普段はどこか頼りなさげに話す尾形先輩が、今だけ不穏なオーラを発している。怨念、とでも言おうか。唇から紡がれる一音一音が禍々しい。

「後、店長も」

「店長?」

 尾形先輩はこくりと頷いて、続ける。

「店長も、写真は載ってないけど、ネットで凄い悪口書かれてる」

「え」

「このホテルの口コミで、一件だけ。予約を当日にキャンセルしたお客様が、店長にキャンセル料を請求された。その請求額が一般常識では考えられない額でおかしいと伝えたら、逆切れされて二度と来るなと言われた。あと、人格否定もされて、死ねとも言われたみたいな」

 あの温厚そうな店長がとてもそんなことを言う人には見えないが、と思っていると尾形先輩は小さくため息を吐いた後、

「事実は、HPに書いてある定額のキャンセル料を店長が請求したら、お客様が払いたくないって駄々こねて、店長がいくら金額を下げても嫌だ嫌だってお客様は頑なに払おうとしなかったの。それで、じゃあもういいですって店長が……普通の、いつもの温厚なトーンで言ったら、言ったのにも関わらず、お客様が勝手に被害妄想をして、あることないこと書き込んだだけ」

 と、怒りを抑えた声音で言った。酷い話だ。

 しかし、何故尾形さんは急にこんな話をしたのだろう。世間話の一環? 後輩と距離を縮めよう的な? それとも、尾形先輩が被害に遭ったストリートビューは最近の出来事で、ただ愚痴を吐きたかっただけとか──

「だから、気にしなくて大丈夫」

 ──なんてのは、私の想い過ごしだったらしい。何故尾形先輩が突然ネットリテラシーの話をし始めたのか。この一言だけで、充分理解できる。

 胸がギュッとなるのを感じながら、私は「はい」と頷いた。尾形先輩も、「うん」と頷く。

「今時、写真撮ってる人はそこら辺にいて、配慮なんてせずに無関係の人を映したままSNSに上げる行いなんてざらにある。勿論ざらだからと言って容認されるようなことではないけど……、穂條さんが責任を感じる必要はない。悪いのは、勝手に盗撮して、勝手に上げた人、だから」

「尾形さん……」

「私はアイドル? とか、配信とか、晒し系とか、そういうのよく解らない。YouTubeは、癒される動物の動画しか見ない、から」

 なんて正しいインターネットの使い方。私人逮捕とか暴露とかを、あははこいつ馬鹿だなーと嘲りながら見てしまう私はぜひ見習うべきだ。尾形先輩は「だからえっと」と相変わらず口をもごもごさせながら、私に何かを伝えようとしている。私のために、言葉を選んでくれているのだろう。

「だから、色々、気にしないで。案外周りも、気にしてないよ……たぶん」

 たぶん、か。最後の一言がなければ完璧だった気もするが、なければないで無責任だと思った可能性も否めない。優しい気遣いに笑みが零れ、「ありがとうございます」と返すと、尾形先輩の頬が若干赤くなった、ような気がした。


 本日の業務は二時間で終了。全身の疲労に苛まれながら更衣室に向かう。と、尾形先輩も付いて来た。どうやら今日は私と一緒に退勤できるらしく、「お酒、買って帰ろうかな」と珍しくほんの少しだけテンションが高くなっていた。

 着替えを済ませ、アイドルの話をしながらホテルを後にする。時刻は十八時半。見惚れてしまうほど真っ赤な空が、私と尾形先輩の足元に黒い影を作る。

「待って、穂條さん」

 速足になっていたつもりはないのだが、ホテルの駐車場、出入り口付近で立ち止まる。ほぼ横に立っている尾形先輩の表情を窺うと、尾形先輩はいつになく真剣な面持ちで前を見据えていた。

 コンクリート製の塀、その裏側に、誰かが後ろ向きで立っているのが見える。体格的に男性だろうか。それも一人ではない。二人、どちらも男性か。

「尾形先輩、あの人達は……」

「店長から聞いてると思うけど、最近よくいる怪しい人。ホテルの利用者じゃないから、不審者」

「不審者は酷いっスねー」

 へらへら笑うことは、私にもよくある。私だけじゃない。今までにもへらへら笑っている人達を見たことはあったが、ここまで嫌悪を感じるへらへらは初めてだった。男性にしては高い声の持ち主で、へらへらへらりと笑うそいつに、私は見覚えがあった。

「ライト……?」

 答え合わせをするように名を呼ぶと、「ピンポーン」と言いながらライトは塀から姿を現す。二十代……には見えない。童顔だからか、私と同い年くらいに見える。サングラスをしているせいではっきりとは顔が見えないけど、地味でもイケメンでもない、普通の面が薄っすらと確認できた。

「ライト……?」

 私がSNSに盗撮された写真を上げられたことは知っていても、深い事情は知らないらしい尾形先輩が不審な瞳をライトに向ける。ライトはへらりとした面を崩さず、「そうでーす」とおちゃらけた挨拶をした。

「YouTubeで配信してるライトって言いまーす。宜しくです、お姉さん」

 何の用か、上げた写真を消してほしい、言いたいことは山ほどあったけど、無視をして立ち去ることに決める。やばい奴には関わらない方が良いと言う玲奈れいなの教えと、尾形先輩を巻き込むわけにはいかないという考えに基づいて。

 だが、私の目の前にライトは立ち塞がる。「待ってよー。無視とかひでーじゃん」と言ってくるが、関係ない。私がこいつに構う道理は、ない。

「すいません。そこ、通りたいんですけど」

「通らせるわけにはいかないっしょー? ねぇねぇ李珠りずちゃん、なんで僕のDM無視したの? コラボできないとか、よっぽど忙しいの? もしかしてそのバイトのせい? 今日も働いてたみたいだし、YouTuberに転生するみたいだけど、あんまり活発に活動はしない感じ? ひっそりと暮らしていきたい的な?」

 うるせぇな、黙れよ。そう言いたいけど、ここはホテルの敷地内で、私はここで働いているバイトだ。立場上、客の可能性が僅か一パーセントでも残っている人相手に、下手な言葉を使うわけにはいかない。これ以上、ホテルに迷惑をかけるわけにはいかない。私はあまり賢くないけど、そこら辺は理解している。

「でも李珠ちゃんさ、自己紹介動画ともう一本、公開予定になってるじゃん? 今日、だっけ? 配信で視聴者と一緒に見る予定だけど、なんで動画作る暇はあるのに僕の配信には上がれないの? あ、それか今夜上がる? バイトも終わったし、暇でしょ?」

 自己紹介動画はSky′s(スカイ)メンバーの、一人当たり三十秒程度の動画が五本。それとライトが言ったもう一本と言うのは、先日撮影した自己紹介クイズ動画を指す。こちらは十分の動画で、前編。後編もじきに上がる予定だ。

 Sky′sのチャンネルをしっかりチェックしているライトに気持ち悪さを覚えつつ、私は丁寧に、表情は硬いまま頭を下げた。

「ごめんなさい。今日はちょっと予定があって」

「予定って何? なんで? 僕のこと避けてるの?」

「……すいません」

 これ以上話したくない。そう思って前に進もうとしたのだが「ちょいちょいちょい」とライトがまたも通せんぼする。いい加減にしてほしい。そんなイライラが伝わっているのかいないのか、ライトは笑みを崩さず「そういやさー」と塀の方へ目を向ける。

「李珠ちゃんのファン、来てるよ」

「は……?」

「正しくは元ファンで、僕のリスナーだけど。あ、でも僕、彼とは初対面だから。今日偶々会っただけだから、勘違いしないでね」

 塀の裏側から、もう一人の男が顔を出す。そいつは……そいつも、見たことのある風貌だった。

 二十代くらいの、ガリガリの体型。

「李珠ちゃん……覚えてる? 僕のこと」

 出てくる声も、体型に似合うほどに細い。四月、だったか。まだYouTubeでアイドルになるなんて考えもしていなかった、あの日。美波みなみに現実を突きつけられ、何もかもが嫌になって、学校をズル休みして、コンビニに向かうはずが河川敷に向かう羽目になった道中。

 雨が降っている中、こいつと出会ったのだ。

 謝れよ、と私にこいつは言ったのだ。

「李珠ちゃん、僕に、触んなって言ったよね……? あ、あのいい方はさぁ、ないんじゃないかなぁ? 僕、凄く、傷ついて……」

 それは、お前が勝手に触ろうとしてきたからじゃん。言い方はよくなかったかもしれないけど。

「え、それほんとなの李珠ちゃん。ほんとだとしたらめっちゃ態度悪いじゃん。駄目だよー、せっかくのファンにそんなこと言っちゃ」

「ファンじゃない、じゃないですか。てか、どうしてあなたもここに……」

「ライトの配信、見て。ライトが、李珠ちゃんがここのホテルで働いてるって言うから」

 キッとライトを睨みつけると、ライトは「いやいや待って」とへらりと笑う。

「ここ、とは言ってないじゃん。僕はただ、彩ヶさいがやのホテルに李珠ちゃんがいるかもーって言っただけで」

「でも写真、晒しましたよね? ここの制服着てる私の写真、晒したじゃないですか?」

 ついに堪えきれなくなって、そう問うてしまう。ライトはニッと薄気味悪い笑みを浮かべて、

「だから?」

 とあっけらかんと言い放った。

「だから……? だからって、晒し行為は犯罪で──」

「この程度で犯罪とか、李珠ちゃんもっと法律について勉強した方が良いよー? 今のご時世、そこらで写真撮ってる人はいくらでもいて、映りたくないのに勝手に映り込んじゃって、勝手にSNSに自分の顔が映ってることなんてざらにあるんだから。じゃあなに? 李珠ちゃんはそういうのも一枚一枚徹底的に、裁判所が裁くべきだって言うの?」

 曇った顔をしたのは、隣の尾形先輩だった。先ほどの自分の言葉を、悔いているのだろう。

「ごめん、穂條さん。気にするな、なんて簡単に言って……」

「そんなっ、尾形先輩のせいじゃないです!」

「ちょっとちょっとやめてよー、僕が悪者みたいに言うの」

 うるせぇよお前が悪者だろうが。ライトも、名前も知らないもう一人の男も、突然私の前に現れて、突然私を煽って、突然私を口撃して、突然、私を陥れようとしている。

 気持ち悪い。執着が、読めない真意が、非常識な行動・言動が、態度が、顔が、全部が、気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

「李珠ちゃん、僕……」

「キモっ」

 二度目の、暴言。男は酷く傷ついたような顔をして……かと思えば、酷く激高した。

「……んだよっ、キモいって! キモいのは、お前だろ⁉ 謝れよ! 夢ちゃんに、BlooMe(ブルーミー)に!」

「ほら李珠ちゃん、彼はこう言ってるけど。ま、正直僕も、謝罪も何もなしにYouTubeで生きていくなんて、無理だと思うよ? そんな礼儀知らず、だーれも受け入れてくれないんじゃないかなー?」

 煽るような物言いに、腹が立つ。が、耐える。耐えろ、耐えろ、耐えろ。こんな安い挑発に、のっちゃいけない。これ以上、周りに迷惑はかけられない。尾形先輩の前で、こんな──。

「穂條さん」

 私の肩に、手が添えられた。尾形さんの手は優しく、温かく、頼りがいがあった。

「今、穂條さんは穂條さんなんだよ」

「えっ……」

「今の穂條さんは、ただの穂條さん。バイト中の、従業員としての穂條さんは、もういない。だから、良いんじゃないかな。思ったこと言って、良いと思う」

「尾形先輩……」

「先輩、じゃない。尾形那津おがたなつ。改めてよろしくね、李珠ちゃん」

 何故か、名を呼ばれたことが、妙に嬉しかった。泣きそうになってしまって、涙を逃がすように「那津さん」と口を動かす。「うん」と微笑を浮かべた那津さんに、私の胸がきゅうっと熱くなる。

 那津さんは、私がカラスタ経験者だろうとアイドル志望だろうと、穂條李珠の勝手なイメージを抱かず、目の前の私と接してくれる。今の私と、向き合ってくれる。那津さんだけじゃない。店長も、他の従業員の方も、解らないことは訊けばちゃんと教えてくれて、私のことを見てくれる。私の過去を知った上で、私を雇うと言ってくれる。

 沙希さきも、美波みなみも、瑠琉るるも、玲奈れいなも、親だってそうだ。私のことを想ってくれて、考えてくれる。

「ありがとうございます、那津さん」

 言って、大きく息を吸い込んだ。相変わらずへらへらしているライトと、何かに怖がるような瞳をしている男に向かって、私は、腹から声を出して、声を大にして、空中を裂かんばかりの声量で、

「けいびいんさあああああああああああああああああああんっ! 女性二人が、男性二人にナンパされて、放してくれませえええええええええんっ! 助けてくださあああああああああいっ!」

 空に向かって、そう言い放った。こう言えばすぐ逃げるだろう、と思ったのだが、ライトと男は揃ってぽかんとしている。

「え、ちょ、李珠ちゃん……?」

「い、今なんて……あ、いや、僕、僕はぁ……」

 余裕の剥がれ落ちた表情が痛快で、私は動かない、もしくは足が竦んで動けなくなってしまったのだろう二人の隙を突いて、言いたいことを、言った。

「私、絶対謝らないから! BlooMeには謝っても、お前らファンとアンチには、絶対、死んでも謝らないから! お前らがどう思おうと、私の行動をお前らに制限される謂れはないから! だから私は好き勝手やる! お前らがどんなに私の歌が下手って言ったってダンスが見てられないレベルって言ったって顔がブスって言ったって、私は歌もダンスも好きで上手くなるための努力は絶対にやめないし、私は私が可愛いって私に言い聞かせ続けるから! つか言い聞かせるとかじゃなくて事実私は可愛いから! 私はやりたいことをやってやりたくないことはやらなくてやらなきゃいけないことはやるの! そのやらなきゃいけないことにお前らのお気持ちを理解する行為は含まれてないから! いくらお前らが私のことを嫌いって言っても、私は私が大好きだから! 後、お前らのことは私、大っ嫌いだから! マジでウザい! 私のこと嫌いなんでしょ⁉ 嫌いな奴の職場にまで押しかけて突っかかって来るってどういう思考回路⁉ Twitterに毎日毎日悪口書いて、四六時中私のこと考えてるの? 暇か! 嫌いならこれ以上関わってくんな! もし一億歩譲って私に非があったとしても、だからって人を傷つけていいわけないから! 世間知らず! 常識を持て! 私はもうお前らに関わらない! 絶対に関わってやるもんか! お前らの言うことなんか絶対に訊かないから! 配信にも上がらないし謝らない! 絶対に、私は私が大好きだって、死ぬまで言い続けてやるから! ばああああああああああああああかっ!」

 喉が焼き切れるかと思った。喋っただけなのに汗が凄い。酸素濃度が薄いと感じるのは気のせいだろうか。呼吸を落ち着けるために吸っては吐いてを繰り返し、最後に一度ゆっくり深呼吸をする。赤が藍に飲みこまれていく空に、一陣の清風が流れた。

「大丈夫ですかー⁉」

 後ろを向くと警備員が二人、私達の方に向かってくるのが見えた。

「うおっ、やべっ」

「あっ……クソ!」

 ライトと男が走り出すも、警備員は諸悪の根源を視界にばっちり捉えてくれていたようで、「待て!」と二人を追いかける。私と那津さんの横を過ぎ去っていく警備員に、私は思わず吹き出して、何故か爆笑してしまった。


「本当に、ありがとうございました。わざわざ送ってもらっちゃって」

 道の街頭に光が灯り、空がすっかり宵の色に染まった頃。私は家の前で那津さんに頭を下げた。那津さんは首をゆるゆると横に振って、「大丈夫」と小さな声で言う。

「暫くは、一人で帰らない方が良いかも。さっきの人達とか、他にもファン、いるんでしょ? ストーカーとか、遭うかもしれないから……」

 過保護すぎる、と言いたいところだが、侮っていると痛い目に遭うことは解っている。今日だって、まさかライトと他一名と顔を合わせることになるなんて思っていなかったのだから。那津さんの言葉を有難く頂戴して、「気を付けます」と答えた。

「じゃあ」

 那津さんが控えめに、物凄く控えめに手を挙げて、別れを告げようとする。

「待ってください」

 引き留めて、私は少し頬が赤くなるのを自覚しながら、那津さんに言った。

「Sky′s……私が所属してるアイドルグループなんですけど、もし良かったらYouTubeで動画、見てください。この後上がる予定なんで」

 カラスタ時代は、配信を見てくださいとか歌を聴いてくださいとか、そういうことを言う相手が周りにいなかったため、こうやって自分の活動を誰かに宣伝したのは初めてだった。那津さんはアイドルに興味がないと言っていたから、もしかしたらあまりハマらないかも、面白いと思ってもらえないかもしれない。でも、知り合いの人に見てもらって正直な感想を貰いたい気持ちと、純粋に私のことを応援してもらいたい欲求がぶつかり合った。

 那津さんから、返事はない。ただ私をじっと見つめたまま、無表情を浮かべている。

「あっ、興味なかったら全然! ていうか、お忙しいですよね! ごめんなさいなんか──」

「いいよ」

「アイドルって好きな人は好きで興味ない人はとことん興味ないと思いますし……えっ?」

「いいよ、見る……ううん、見たい」

 静かな声で、けれどはっきりと、那津さんは言う。

「見たいから、見るね」

「……っ、ぜひ!」

 アイドルオーラマシマシ+私らしさ全開の笑顔で言うと、那津さんも那津さんらしい笑みを浮かべた。それは月影のように儚くて、月光のように惹きつけられる蠱惑的な笑みだった。


          *


「どうも皆さんこんにちは! Sky′sの黄色担当、りずです! 歌とお洒落が大好きだけど、今一番頑張ってるのは言葉の勉強! 黄色の他に作詞も担当しているので、明るい心を更に元気にしちゃうような、暗い心に寄り添えるような、誰かの心に届く歌詞を私の歌声と一緒に届けられたら良いなって思ってます! てわけで、私の自己紹介はこれでおしまい……ん? なんか言ってないことあるだろって? あー……ちょっとあの、何のことかは解らないんですけどね、はい。あ、そうだ! 言い忘れてたことがあった! えっと……これこれ、これです! もし、もーっと私のことが知りたいよって人はこちらの、『Colorful(カラフル)Stars(スターズ)オーディション大研究』という書籍を見てもらえればね、私に関する情報が載っているので、ぜひぜひご購入ください! あ、案件じゃないですよ? ただの宣伝、自己PRですね。はい、では他のメンバーよりちょっと長くなってしまったと思うので、怒られたくないのでね、そろそろ終わろうかと思います! 以上、りずの自己紹介でした!」

 自室、ベッドに仰向けの状態で、私は自分の動画を見終えるとコメント欄に移動する。

 『りずちゃん可愛い!』『りずちゃん推します!』『大物きたかもしれなくて草』『カラスタのこと知らないフリしといて自らカラスタの書籍を宣伝するとかいう意味不明な行動好き』『思ったより元気そうで安心しました! また推します!』『YouTuberになるの普通に楽しみ』『アイドルのりずちゃん見たいと思ってたから絶対見る! チャンネル登録しました!』『カラスタの経験を活かしてもっともっと羽ばたく姿、期待してます!』

等々、数はおよそ三十近くあり、視聴回数は動画を後悔してまだ三十分しか経っていないにも関わらず千回を超えている。チャンネル登録者数は百人と、『ReVenge(リベンジ)』の時とは違い結構増えた。

 大手YouTuberからすれば、大した成果ではないのかもしれない。いつか登録者が一日で百人増えても、ただの日常の一部になってしまうのかもしれない。でも、今は、初めてYouTubeで得られたファンという存在が何よりも愛おしく感じられる。数じゃなくて、誰かに見てもらえた、応援してもらえた事実が、堪らなく嬉しい。

 中には数件、心無いコメントもあった。ここにコメントしていないだけで、Twitterで穂條李珠と検索すればまた悪口が書き込まれているかもしれない。でも、今はあんまり心が痛くならない。

 私を好きだって、推したいって言ってくれる人がいるのだから。

 この世界で生きる人は腐った人ばかりだと感じていたけれど、優しい人も確かにいるから。

 私も優しく生きよう。腐らず、懸命に、生きてやろう。カラスタの穂條李珠もSky′sのりずも、両方が私。過ちは省みて、後悔はエネルギーに変えて、好きを一直線に追いかけて。そうして私は、私を好きになっていく。大好きで、い続ける。

私はスマホをベッドに置くと、勉強机に向かう。作詞ノートを開いて、思いついたフレーズを書き留める。私は私が大好きだ、と。まずはそう、書いた。

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