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Sky’s  作者: 白咲実空
#7.ワタシ
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54/100

5

 私らしさ、について考えていた。

 自室で一人、黄色みを帯びた電気の明かりを眺める。室外機が立てるガラガラ音をぼんやりと耳にしながら、生まれ育ったこの家、この部屋をじっくり眺めまわす。

 思えば、この部屋をネット上に晒すのは自己紹介動画が初ではない。カラスタの書類選考を通過し、二次審査以降の舞台となる合宿に参加する前に一度、スタッフが簡単なプロフィール動画を撮りたいということで、通っていた養成所とよく行くカラオケ店の他にこの部屋を利用したのだ。

 好きなアイドルのMV、お気に入りのアイドルグッズ、集めたアイドルのCD……アイドルが大好きなことをアピールして、どうしてアイドルを目指したのか、どんなアイドルになりたいかを楽しそうに喋る。別に、楽しそうは演技ではない。カラスタは、最終的に落ちるまでは本当に楽しかったし、合宿に行く前も凄くワクワクしていた。

 ただ……当時の私は、今の私からするとやっぱり、どうしたって好きになれそうにない。

 小さい頃から可愛くて歌もダンスも上手いアイドルが好きで、私も皆を元気にできる、輝くアイドルになりたいです。なんて、今思い返しても薄い、ぺらっぺらの言葉だ。因みに嘘ではない。可愛くて歌もダンスも上手いアイドルは好きだし、誰かを元気にする、輝くアイドルになりたいと今でも思っている。

 けれど、それだけじゃなかった。昔も今も、それだけじゃない。有名になりたい、沢山可愛いって、好きって言ってほしい。私の歌を聴いて、ダンスを見て、私を推してほしい。私の努力を認めてほしい、私を天才だと、才能があると言ってほしい。

 なんて、これは黒い感情なのだろうか。間違っている感情、だとはどうしても思えない。だってアイドルは、自分だけでは絶対に輝けない。誰かに推してもらって初めて、真の輝きを得られるものだと私は思うから。

 だから私は、こんな私も認めてほしい。思ってること、考えてることを全部話すわけじゃない。ただ、私の本性をちらりと見てもらいたいだけ。当たり障りのないことを言って、嫌われないように笑みを浮かべていただけのあの頃とは、違う。私は、私を推してほしい。

 だから私は、私を語る。

「あー、あ、あ、あーあー……こほん。うん、喉の調子オッケー」

 ローテーブルにミニ三脚を置き、スマホを横向きにセットする。前髪をちょちょいと整えて、私は可愛いと心の中で十回くらい唱えて、録画ボタンを押す。

「皆さんどうもこんにちは! Sky′s(スカイ)のメンバー黄色担当、りずです!」

 軽く手を上げて、ウインクを決めた。


          *


 スマホの画面に雫が落ちた。涙、なんて器用な演出ではない。普通に雨の雫が落ちてきただけだ。しかし同時に落とされたため息は不器用なほどに重く、大きな密度が詰まっていた。

李珠りずさん……?」

 ダンス練習を個人練習に変更してもらったため、今日の放課後はフリー……基、バイトの予定だった、のだが。

 空を見上げた瑠琉るるが鞄から傘を出す。私にも空間を半分分けてくれるが、切迫した感情がありがとうを喉奥で堰き止める。代わりに、我慢ならない個人的な感情を吐露してしまった。

「……今日のバイト、無くなった」

 瑠琉が気まずそうに、表示されたLINEのメッセージに目を落とす。

『お疲れ様です。突然ですが、今日のバイトは欠勤してください。急な連絡でごめんなさい。理由は、穂條さんの過去(ネットの番組? に出ていたそうですね)に関係する事情、詳しく言うと現在ホテルでバイトをしているのは本当かといった旨の連絡を数件頂いているからです。数件、というのは本当に数件で多くはありません。ですが、三日ほど前からホテルの前を利用者ではない男性の方が数名(これも二、三人ですが)怪しい風貌で歩いている姿が確認されています。また、穂條さんがSNS上で何故か当ホテルでアルバイトをしている写真が投稿されていることからも、穂條さんには自信の身の安全を確保していただくため、今日はお休みをとってほしいです。今後のシフトについては現在協議中で、また連絡します』

 全て読み終えた瑠琉が再び空に目をやったので、私はスマホを鞄に突っ込んだ。お互い立ち止まったまま、暫し無言の状態が続く。何を言うべきか。こんなの何でもないと明るく振舞うべきなのか。今からでも沙希と玲奈、美波を集めてダンス練習をするべきか。いっそ大袈裟ってくらい怒り狂って、日頃のストレスを全部ぶちまけて愚痴を聞いてもらうか。

 沈黙の結果選んだ回答は、

「……ごめん」

 余計、瑠琉を困らせてしまうような陰鬱としたものだった。

「色々と、ごめん。私の事情で振り回して……。他の皆にも、申し訳ないや」

 静謐な空気を纏う家々に、暗い影で塗りつぶされていく道路に、細い糸が落ち、張り巡らすように視界を冷たく染め上げる。瑠琉は黙り込み、私をじっと見つめている。私は、力なく笑った。

「当たり前だよね。何ヶ月も働いたバイトならともかく、まだ一回しか働いてない新人なんだもん。その新人が変な事情抱えてて、お店に迷惑かけようとしてるんなら……いるだけで迷惑になっちゃうのは、私も解るからさ。だから、もしクビになったら、それもほんと、ごめん。せっかく皆、バイトしようって意気込んでたのに、私だけ……。また、私のせいで……」

「私は、バイトをする予定はありません。ですから私に謝るのは筋違いですよ」

 厳しくも優しくもない淡々とした声音の中には、少々の同情が滲んでいるような気がした。

「私の方こそ、ごめんなさい。全然、李珠さんの力になれなくて。YouTubeのこととか、ライトさんのこととか、今後どうするか、とか。そういうの全部、李珠さんとか玲奈さんに任せきりで、私何もできなくて……」

「それは違うよ。解らないことは解る人に任せれば良いし、これから詳しく勉強していけば良いんだから。そうじゃなくて、私……まだちょっと、怖いのかもしれない」

「怖い……?」

 口にして初めて、あぁそうか、私は怖かったんだと解る。ゆっくり息を吸って、吐いて、瑠琉の瞳を見た。

「私は、私を見てもらいたい。カラスタでの私じゃなくて、YouTubeで活躍するりずを、見てもらいたい。でもそのためには、カラスタの穂條ほじょう李珠と向き合わないといけない……ごめん、何言ってるか解らないかもしれないけど、私がどんなにカラスタの穂條李珠を否定しても、無かったことにしても、穂條李珠を知っているファンとかアンチは、忘れてくれない。りずとして活動してても、穂條李珠が過っちゃう……」

 私は今、どんな顔をしているのだろう。自分でも自分の感情が、もうよく解らなくなっていた。

 ただ、怖い。怖くて、不安で。

「なのに、皆、りずを受け入れてくれるかな……?」

 瑠琉に訊いたって仕方がないのに、そう、悲痛に問う。

 四日前、ライトからのDMに無視をするよう言った、玲奈の提案はこうだった。自己紹介動画でりずは、カラスタの過去に軽く触れること。「カラスタ? あーごめん何言ってるのか解んないや」と小芝居を入れて、カラスタには触れないでくださいと視聴者にやんわり伝える。そうするともし今後ファンからカラスタ関係で弄られても、「カラスタって何ですか?」とお決まりの言葉をふざけるように返せば、そういうキャラクターとして定着するだろう。

 そしてその自己紹介動画を上げれば、ライトが配信でSky′sのことをとやかく言っている今なら、Sky′sの情報を、穂條李珠の情報を欲している人はすぐに動画を見て、拡散してくれる。りずのキャラクターも定まるし、Sky′sの知名度も上がるのではないか、というわけだ。

 だから私は昨日、自己紹介動画を撮り直した。子芝居を入れて、始終笑顔で、明るい調子で。

 なのに、何度撮り直しても、画面の中の私の笑みは、貼り付けたようにぎこちなくて。

「ライトとか、アンチに、今度はなんて言われるんだろうって。知名度が上がっても、否定されたらどうしようって考えたら私、笑顔なんかできなくて……。どうしよう、どうしよう、瑠琉……」

 声が、指先が、震える。どうして、と頭の中で何度も唱える。どうして、四日前までは皆がいるから、一人じゃないから頑張れるって信じることができていたのに。どうして、私が頑張らないと、Sky′sは皆のものだけど、私がどうにしかしないとSky′sが、皆が、悪く言われてしまうかもしれないのに。どうして? どうして、こんなに不安なの?

 玲奈れいなは大丈夫って言ってくれた。美波みなみも失敗したってどうにかなるって言ってくれた。沙希さきだって一緒に頑張ろうって言ってくれた。

 私は一人じゃない。皆、私の味方でいてくれる。なのに私は、顔も名前も知らないどうでも良い人達に私を否定されたくなくて、前に進むことができない。

 水中で、溺れているかのよう。上を目指せば光に届くと頭では理解しているのに、泳ぎ方が解らない。手を伸ばしたって、誰も──。

「李珠さん」

 瑠琉は、私の手を掴んで言った。

 そして優しく、温かく、握る。繋がった掌の体温が私の血管に巡り、何かで詰まっていた頭の中に心地良い風穴を開ける。すぅっと入ってきた涼しい風が、私をじんわりと冷やしていく。

「……瑠琉?」

 繋いだ手に目を落としてもう一度瑠琉を見れば、瑠琉は真剣な眼差しで私をじっと見ていた。

「李珠さん、私の家に来ませんか?」

 小降りになった雨が、パラパラと地面を弾むように叩く。明るさを取り戻す空の下、私は繋がった手にもう一度目を落として、「……うん」と小さく頷いた。

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