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高校に入って新たに作った、私のTwitterアカウントのフォロワー数は〇人に等しかった。ところがどっこい、レフトだかライトだかの迷惑系YouTuberに目を付けられてから一晩だった現在、フォロワーは三百人に増え、おまけにSky′sのYouTuberチャンネルの方も、『ReVenge』の視聴回数も五十から五百回に増え、いいね数は六十、コメント数は二十件、チャンネル登録者数は三百人を突破と、数字という数字が増えていた。
が、素直に喜べる事態ではない。なんとなく居心地の悪い学校生活を送った後、私の家に集まった面々は揃いも揃って浮かない顔をしている。それもそのはずで、私は『ReVenge』のコメント欄を見ながら重いため息を吐いた。
「のうのうとアイドルしてて草。動画も曲も衣装もダンスも全部低クオリティ(笑)。必死か……」
「取り敢えず、コメントは削除してアカウントごとブロックすれば良いんじゃないかしら」
「け、決断が速いな……」
が、美波の判断は間違っていない。普段SNSを利用していて、アドバイスとアンチの見分けは私にだってついている。こいつは切っても良い部類だ。
が、玲奈は難しい顔をした。
「でもこれ、二十件中十三件はこういうのばっかりだよ? いちいち全部ブロックしてたら、ライトって人になんて言われるか……」
「な、何て言われるんですか? 嫌なことを言ってくる人をブロックするって、悪いことじゃないですよね?」
「例えば、都合の悪いことは聞く耳持たないグループとか、図星だから悔しくなって、ブロックすることで逃げてるんじゃないか、とか。ライトとかこういうアンチって、話通じないんだよ。どんなに私達が違うんです、こうこうこういう理由でーって言っても、何とかして私達が悪者っていう方向に話を進ませたがるの。何て言うのかな……」
「自分の正義が絶対なんだよ」
暗く冷たい声が落ちた。沙希が、自分のスマホをじっと見つめながら、言った。
「自分の正義を、信じて疑ってないの。今回だってそうだよ。李珠がホテルでバイトしてて、Sky′sっていうグループでアイドル活動してることが色んなところに広がって、別に誰がどんな形でアイドルになろうがその人の勝手なのに、李珠が悪いことしたわけじゃないのに、ファンを傷つけた人がもう一度アイドルになろうなんて虫が良すぎるだとか、お前らが勝手に傷ついて勝手に、期待したのかなんなのか知らないけどさぁ、そんなの、そんなのさぁ……」
喋りながら下を向き、項垂れるように声を萎ませる。自分事のように怒って、悲しんでくれる沙希に胸が熱くなるのと同時に、酷い気持ち悪さを覚えた。昨日の比じゃない。とにかく寒くて、泥沼に片足を突っ込んだような焦燥感が、全身に絡みついて鼓動を速くする。
「……ごめん」
自分でも驚くほど泣きそうな、力のない声だった。
「な、んで、李珠が悪いんじゃ……」
「MVも、曲も、衣装も、ダンスも、全部、全部良いものなのに、私が原因で飛び火した。私が先にTwitterとかで、謝罪とか、弁明とか、今後の活動とか、そういうの説明してれば違った結果になったかもしれないのに……」
Sky′sの知名度が上がると、いずれ私がカラスタ出身ということもバレるだろう。でもバレたって無視をしよう。なんて、自己中心的な考えだった。皆にも迷惑が掛かることを、考えていなかった。
「……っ、ホテルは、バイトは大丈夫なんですか? 写真、バイト中のだったんですよね?」
ライトに上げられた写真のことを瑠琉が問う。私は俯いたまま、静かに答えた。
「解んない。先輩からも店長からも、LINEは何も来てなくて……。金曜日にまた何か言われるかもしれないけど、現時点では何も……」
「そう、ですか」
「ごめん皆、ほんと、ごめん」
バイト先のホテルにも、迷惑をかけてしまうだろう。アンチが押しかけてきたりしたら……考えただけでゾッとする。ぼやけていく視界のピントを皆に合わせることができなくて、ただひたすらに俯いた。
でも、俯いてしまったら、涙が零れそうになってしまって──。
「寧ろ、チャンスじゃないかしら?」
頬に熱い雫が流れて、カーペットにシミを作る。けれど、顔を上げた先に映った美波の顔は対照的なほど強く、凛々しいものだった。
「炎上商法……正しい意味は、わざと視聴者を激怒させて知名度を上げる戦略のことだけれど、今回の場合も強ち間違ってはいないでしょう。炎上した、より炎上させられたという表現が正しい。つまり、私達は間違っていない。何も、悪いことはしていないのよ」
「美波……?」
「だから私達は堂々と、このウェーブに乗って知名度を上げるのよ。李珠、あなたのDMにライトからメッセージがきているのではないかしら?」
まだ話していなかったが、確かにきている。私がアイドルとしてYouTuberになった事情を訊きたいから今夜の配信に上がってほしい、という内容だ。行くつもりは、なかったのだが。
「その配信、全員で上がってやりましょう。調べたところライトの登録者は二万人。配信の平均同接人数は五百前後程度……けれど、カラスタ出身のアイドル、それもカラスタを一番盛り上げた人の話を聞くことができるとなれば、千はいくんじゃないかしら」
「美波、カラスタ見たの……?」
「ええ。あなたが言ったのでしょう? メンバーについてもっと知っておいた方が良いと」
確かに言ったけど、人の黒歴史を勝手に漁るのはやめてほしい。
「ね、ねぇ美波、ほんとにやるの? 同接って、推測の数字なんて当てにならないよ? ちょっとしたきっかけ……扱うテーマ次第で、いつもは二桁しか来ないのにその日だけ一万超えたりとか、あるんだよ?」
玲奈の怯む声色にも、美波は果敢に頷いてみせる。
「そうなれば儲けものね。私達の知名度が、努力せずとも勝手に上がるんだから。働かずにお金が入る生活ほど、理想的な生活はないでしょう? 使えるものは使わないと、損よ」
「私、行きますっ!」
瑠琉がピンと手を伸ばした。震えた声だったが、表情に迷いはなかった。
「そのライトって人の配信に行って、私達の想いを伝えましょう! そうしないと、誤解されたまま活動を続けるのは苦しい、ので……」
「私も行く」
次に同意を示したのは沙希だった。沙希は目元を袖でぐしぐし擦ってから、少し赤くなった目で私を真っ直ぐに見る。
「ちょっと怖いけど……五人いるなら、平気。皆で行けば大丈夫だよ」
五人、と沙希は勝手に言ったが、私は心配になって玲奈に視線を送る。玲奈は目を泳がせた後、やはり厳しい顔で首を横に振った。
「……私は、やっぱり反対」
「どうしてかしら」
「相手がやばい奴かもしれないから。人を盗撮してネットに上げるような奴に、何を言っても無駄だよ」
「それは解ってるわよ。でも──」
「Sky′sの知名度は、上がるかもしれない。でももし相手を逆上させるようなことになったら? バイト先だけじゃない。高校とか家とか特定される事態になったら……責任とるの、私達じゃ無理だよね?」
紛れもない正論に、私と美波は言葉を詰まらせる。沙希と瑠琉も俯き、沈黙する。
「皆、熱くなりすぎてるよ。メンバーを守りたいって気持ちは私も同じだけど……やばい奴には関わらない方が良い。下手に手を突っ込んだら、火傷どころじゃ済まないと思う」
「でもっ、じゃあどうしたら……」
どうしたら、良いと言うのだ。このまま黙っているだけでは、ライトに好き放題言われてしまうのではないか。そうしたら、皆に迷惑が掛かってしまう。皆は良いよって、優しいから言ってくれるかもしれないけど、私は嫌だ。だってせっかく、再出発したのに。Sky′sの活動はまだ、始まったばかりなのに──。
「だから、別の方法でいこう」
意を決した声音に、瑠琉が小さく息を飲んだ。
「他の方法、というのは……?」
「ライトと接触せず、私達の知名度を上げる方法。今、Sky′sの知名度はネットで徐々に、地味にだけど上がってる。なんで上がってるかっていうと、李珠の転生……カラスタ出身者がYouTuberに転身したことが話題になってるから。だから、それを利用する」
玲奈の瞳は私を映して放さなかった。そうだ。だって玲奈は、提案をしているだけに過ぎない。この問題は私が原因で、解決する鍵も私が握っていて、どう進むか、どう転ぶかの決定権は私にあるのだから。
ただSky′sの知名度を上げるだけではない。穂條李珠という人間を、YouTubeの世界で生きるりずという人間を、Sky′sを、今後どうしていくのか、何処に向かって進んで行くのか、方針を決めてしまおうと、玲奈は言っているわけだ。
私は……自惚れては、いけない。皆が私について来てくれたわけではない。皆、皆の意思で私と手を繋いだのだ。繋いでくれた、ではない。だって私も、皆の手を繋いだのだから。私がSky′sを作ったわけじゃない。皆で、Sky′sを作ったのだ。だったら当然、Sky′sは私のものじゃない。
「解った。……玲奈の考え、訊かせてくれる?」
生唾を飲んで、腹を決める。
大丈夫、今の私は一人じゃない。だからきっと、乗り越えられるはずだ。




