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自分の自己紹介部分は、自分で編集することになった。無料編集ソフトを使って、パソコンでポチポチ作業を進めていく。夕方の五時から始めて、もう夜の十時だ。晩御飯と入浴は済ませているが、その時間を省いてもかれこれ三時間半は机にかじりついている。
たった一分程度に収まるよう編集すれば良いだけなのに、案外時間が掛かる。凝れば凝るほど、終わりが見えないと感じられる。
十一時。そろそろ寝ないと。明日も学校だし、夜更かしはお肌に悪い。残りは明日にしよう。
仕上げ磨きをするためリビングへ行くと、テレビが付いていた。音楽番組で、今話題のアイドルグループ、BlooMeが『オンリーアイドル』を披露している。すると、番組がニュースに切り替わった。お母さんがリモコンを操作したのだ。
「ちょっと、なんで変えるの?」
食卓でご飯を食べていたお母さんは、口の周りのご飯粒を手で拭いながら「えっ? えっと、ホホホ」とらしくない笑い声を上げる。私は静かなため息を吐いて洗面所へ移動した。
「別に気にしてないし。私もう寝るから、気にせず好きなもの見てなよ」
「あらそうなの? じゃあ遠慮なく……」
チャンネルが戻り、『オンリーアイドル』が聴こえてくる。私は歯を磨きながら、無言でそれを眺める。音をよく聴くために、口を閉じてブラシを動かす。
「良かった」
不意に呟いたお母さんの優しい声色に、ゆっくりと振り向いて瞬きする。お母さんはふふっと笑って、
「李珠がアイドルを嫌いにならなくて、良かったなぁって」
そんなことを、言った。私は視線を下げて、何も答えず洗面所へ戻る。ペッと唾を吐いてから、「全然好きだし」
と、説得力のない小さな声で言った。それでもお母さんには、ちゃんと伝わったようだ。
「無駄じゃないもんね、全部。お母さんは全部、やって良かったことだと思うの。だからね、李珠」
あんまり後悔しないでね。
お母さんに返事はせず、私は最後にお茶を一杯飲むとリビングを後にした。
*
今日の放課後はダンス練習、なのだが、私は朝一番に手を合わせて謝った。
「ごめん。今日バイトなんだ」
放課後の用事くらい誰だってある。友達と遊びに行きたいとか、テストの点数が悪くて補習とか。Sky′sの皆は寛容だからよほどの回数を欠席しない限り大抵の用事はあーはいはいとスルーしてくれるのだが、今回は内容が内容なので、すぐにオッケーを貰えはしなかった。
「バイト? 聞いてないのだけれど」
真っ先に不穏な顔をしたのは美波で、「聞いてる?」と全員に問う。勿論他の皆も今日初めて聞いたわけで、ゆるゆると首を横に振った。私は申し訳ないと思いつつ、明るい声で話す。
「編集ソフトとか、衣装代とか、撮影用の機材とか。やっぱりお金がいるじゃん。勿論ダンス練習とか会議にはできるだけ出るからさ」
「ちょっと待ってください。編集ソフトや衣装代は、個人の費用ですから良いですけど……。撮影用の機材って、カメラや照明のことですよね? 皆で使うものなのに、李珠さんだけに出させるというのは……」
暗い顔をする瑠琉の指摘は尤もだ。反論されることは解っていたが、正直、私が皆に「じゃあ皆もバイトしようよ」と気軽に誘うのは躊躇われる。
「でも、皆だって放課後、暇じゃないでしょ? ただでさえ練習とか会議で時間取っちゃってるのに、更にバイトしようなんて言えないよ。こういうのは、時間に余裕ある人が率先してやるべきだし。それに、確かに皆で使うものではあるけど、カメラも照明も、買ったら私の部屋に置いとくつもりだよ? それってつまり私のものになるってことで、私のものなら私がお金出すのは普通──」
「何か勘違いしているようだけれど、私達は別に、あなたに入ってと言われてSky′sに入ったわけではないの。私達がやりたいと思っていることをやっているだけなのだから、時間を取っているなんて勘違い発言は恥ずかしいと思いなさい。今すぐ撤回することね」
美波の言葉は強いが、温かい。玲奈も苦笑しつつ頷いた。
「言い方はあれだけど、言ってることは間違ってないよ。それに、朝は四キロ以上ランニングして、終わったら自分で自分のお弁当用意して、朝から美容のためにお肌のケアして、練習や会議が終わってからも自分の時間をストレッチや歌の練習、作詞の時間に当ててる人に、余裕があるとは思えないなぁ」
確かに、加えて学校の勉強もしなくてはいけないので、時間の余裕はない。ないけど、Sky′sの活動を豊かにするためにも、できる人からバイトをしていった方が良い。
「ねぇ、バイトって、何処でするの?」
勇気を出して、「皆もバイトしようよ!」と求人アプリ広告のようなことを言いかけた矢先、沙希が期待するような瞳で訊ねてきた。これはチャンスかもしれない。私は意気揚々と告げる。
「ホテルの清掃スタッフ。時給はなんと一一〇〇円!」
「あ、接客じゃないんだ」
沙希が意外そうに、「李珠ならカフェとかやりそうだと思ってた」と言う。そりゃあ、私だってお洒落なカフェで可愛い制服着てバイトしたかったけど。
「私が接客業やったら、もしかしたら、バレちゃうかもしれないし……」
また美波に自意識過剰と言われるかもしれない。そう危惧したが、美波は「ふーん」と興味なさそうに相槌を打つだけだった。
「清掃スタッフかぁ……。どこのホテルですか?」
「駅の近く。ビジネスホテルだけど、何と温泉があるらしい……。瑠琉もやる?」
「うーん、私の場合、バイトするくらいなら家の手伝いをしろと言われそうです。実際、結構その……文句はないお給料が出ますし」
「そっかぁ。良いなぁ、実家で働けるって。楽とは思わないけど、同業者は家族とか知ってる人ばっかりなわけでしょ? 人間関係のストレス少なさそう」
「ふふっ、それはありますね。まぁ、来客が多すぎて人の名前と顔を覚えられないんですけど」
私はちらと美波を見る。美波は私が言うまでもなく、「そうね」と憂鬱そうに息を吐いた。
「バイト、私も考えてみるわ。できることなら音楽で食べていきたいけれど、その土俵にはまだ立てていないし。でも、どこが良いのかしら。鉄板どころで言うと、接客とか……?」
「み、美波が接客かぁ……」
「何よ、沙希。何か言いたいことがあるなら聞くけれど」
「ば、バイト先の話だよね! 私はどうしよう……。私も李珠みたいに清掃とかの方が良いなぁ。接客は、あんまりやりたくない……」
「おっ、じゃあ私と一緒にホテル行く?」
「李珠さん、言い方……」
「でも、彩ヶ谷駅の近くはちょっと……。家から近いところが良いなぁ」
「でも陽繋って、あんまりお店ないよね」
玲奈が嘆息し、沙希も「そうそう」と眉を下げる。まぁ、別に今すぐ探す必要はない。夏休みが始まってからの方が、色々と準備もしやすいだろう。
「因みに李珠って今日からバイトなの? それとも面接?」
玲奈の指摘はいつも鋭い。私は言いづらさを感じながら、控えめな声量で言った。
「今日から仕事。面接は、二週間前に終わって──」
「ちょっと、なんで二週間前に面接行ってきたって言わなかったのよ?」
「だって採用されるか解らないし、さっきも言ったけど、バイト始めたって言ったら、皆にも強制しちゃいそうで……」
言いながら気づく。結局今日、自分からバイトって言ったじゃん。いつか言わなければならなかったのなら、確かに二週間前、というかバイトをすると決めた段階で皆には相談しておくべきだった。案の定、玲奈がスマホを見ながら渋い顔をしている。何を見ているのかは訊かなくともなんとなく解る。七月のスケジュール表だ。
「李珠、週三でバイトって言ってたよね? 何曜日か固定されてたりするの?」
「一応、その、えっと、月曜と金曜と土曜──」
「全部ダンス練習の日じゃないっ⁉」
「そうですね申し訳ございませんっ!」
美波の怒声を、瑠琉が「まぁまぁ」と嗜める。が、怒るのも無理はない。が、私の意見も聞いてほしい。
「私だって、ダンス練習の日は避けようと思ったよ? でも店長が、月曜と金曜は祝日で連休になることが多くて、それでお客さん多くなるからって……」
「じゃあ土曜日はどういうことかしら? 日曜日でも良かったじゃない」
「それはほら、一週間のうちに一日くらい、何もしない日がほしいでしょ?」
「まぁ、解らなくはないけれど……」
理解してくれたようで何よりだが、土曜日はバイトを終えても半日残っているため問題はないにしろ、月曜日と金曜日のダンス練習は来られなくなってしまったことが確定する。この際日曜日を振替にしてもらっても構わないけど、それはそれで私以外の四人が一週間動きっぱなしということになってしまう。
私が口を出すべきではないと判断し、スケジュール管理係の玲奈の意見を待つ。玲奈はスマホとにらめっこした後、「よしっ」と強く頷いた。
「ダンス練習は、次の曲ができるまで個人でやることにしよう」
次の曲とは言葉通り、新曲を指す。私達が今練習している曲は先日YouTubeに上げた『ReVenge』で、夏祭りのイベントに向けて磨きをかけていたのだが。
「ダンス担当の沙希も、それで良いよね?」
「うん、良いと思う。皆だいぶ動き合ってるし。ミスもほとんどしないし。全体で合わせる必要は、なくなってきてると思ってたから」
「つまり、次いつ集まるかは私と李珠次第ってことね」
美波が私に目を向けてくる。作曲家と作詞家次第、と言いたいのだろう。もっと具体的に言うと、美波が作曲をしてから私が作詞の順番なので、美波がサウンドを持ってきた時点で私がどれだけ早く歌詞を完成させるかに掛かっている。ここで怯んではいけない。ただでさえバイトで時間を削っているのだ。これ以上心配をかけさせるわけにはいかなくて、力強く頷いた。
そこで、チャイムが鳴る。もうすぐHRが始まるため、会議は一旦中止。
自席に戻ると、横からぽつりと声が聞こえた。
「煩いから他所でやれっつーの」
低い低い声、だけど、矢というほど鋭くもない。紙飛行機が当たったような、その程度の感触。それに、私に言われたと断言するのは早計だ。猿のように騒いでいた男子に言ったのかもしれないし。
隣の席に座る高橋さんの言葉には、無視を決め込んだ。




