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「うわっ、もうこんな時間!」
李珠が見せてくれたスマホには、十九時五十分と表記されている。確かに、そろそろ帰らなくてはいけない。私の家には明確な門限が定められていないが、たぶん二十時を過ぎると父から小言を頂くことになってしまう。特に瑠琉は厳しいようで、祖父から一時間説教をくらう可能性があるとのこと。
「沙希は? 門限大丈夫なの?」
李珠が問うと、沙希は曖昧に笑った。
「私は連絡さえ入れておけば……寧ろ、喜ぶと思う。友達と遅くまで遊ぶなんて、今までなかったから」
何とも言えない理由だが、沙希は問題ないようだ。玲奈は連絡を入れれば大丈夫、李珠は両親が共働きで二人ともまだ帰らないからバレない、とのことだった。
「でも、もう帰ろっか。遊んでばっかりで、することしてないし」
玲奈の言うすることとは、私の場合は作曲を指す。李珠は作詞、沙希はダンスの振り付け、瑠琉は衣装、玲奈は動画の編集やスケジュール管理。門限が近い人もいるため、エオンを出る。
「ごめんね美波。美波の行きたいとこだけ、行きそびれちゃって」
李珠が言うも、私は首を横に振る。
「構わないわ。私は特に行きたい場所もなかったし。それに……楽しかったから大丈夫よ」
「あれっ? 今デレた?」
「デレてないから。あぁもうくっつかないでちょうだい鬱陶しい!」
空は晴れており、前を向けば濃紺、後ろを向けばオレンジと面白い色をしている。「綺麗なグラデーションだぁ」と沙希が立ち止まって写真を撮り、李珠が「それ送って」と言うとグループLINEに写真が送られてくる。
濡れたアスファルトを靴が叩き、ペタペタと音を鳴らす。
「じゃ、私達こっちだから」
「また明日……って、夜に通話で会いますけど」
李珠、瑠琉と別れる。私は手を振りながら、李珠の背中をじっと見つめる。
「……李珠」
私の近くにいないと気づかないような声。気づかないなら気づかないで良い。なのに、李珠は気づいた。数メートル離れた距離から、「ん?」と瑠琉と共に振り返って私を見る。
「……何でもないわ。また明日」
「うん。また明日。そうだ、美波って透映に住んでるんだよね?」
「ええ。そうだけど、何?」
「いや、また会議室として家借りるかもしれないし。ただの確認。じゃね」
手を振って、今度こそ別れる。
「なんで今呼び止めたの?」
玲奈に問われ、私は「別に。気まぐれよ」と苦しい言い訳を口にする。が、玲奈も沙希もそれ以上は問うて来ず、学校の話をしながら歩く。駅前で二人とも解れ、私はもう暫く、バス停まで足を進める。
まだ遊べるなら晩御飯でもどう? なんて、どうして言えなかったのだろうと仄かに後悔する気持ちを喉の奥に押し込めて、私は一人、バスが来るのを待った。
*
夜。Sky′s会議という名のただの雑談を終えて、通話を切る。ちらとベッドに置いたスマホに目をやると、時刻は二十三時を過ぎていた。いつもはこれからパソコンを開くのだが、今日は帰ってすぐ小一時間ほど集中して作業に取り組んだので、続きは明日で構わない。学校の課題も、今日は金曜日だから問題ない。そんなに量があるわけでもないし。
部屋の明かりを消し、横になって目を閉じる。
あの日。新たな魔法使いを見つけた日。そして、私が魔法使いになった日。
私が、新たな道を選んだ日のことを思い出す。
「奏は、遠くへ行きたいと言ったわ」
カラオケボックスの個室で、私は目の前に座る李珠と沙希に事の顛末を説明した。私と奏がどうなって、私はこれからどうしたいのか。全て聞き終えた李珠はただ一言、
「美波も、行きたい場所へ行けば良いんだよ」
「行きたい場所……。私は、私の曲を誰かに届けたい。奏にも、あなた達にも。私の曲を必要としている誰かに、届けられたら良いの」
「じゃあ、そこに行こうよ」
マイクを持って、李珠は歌う。さっき歌った可愛さ全開のアイドルソングとは違う、かっこいいロック調の曲。これもアイドルソングらしい。
「アイドルって、いろんな形があるよね。私も最近調べて解ったんだけど」
ポテトをつまみながら沙希が言う。
「可愛いとかかっこいいとか、でもそれだけじゃ言い表せない、そのグループにしか生み出せない色がある。自分のやりたいこととか、好きだって気持ちを込めて、歌って踊る。らしさを極めることが、アイドルに一番大切なことなんじゃないかって、私は思うんだ」
行きたい場所に行って、やりたいことをやって、好きを、好きと言って。
私は曲作りが好きで、私が好きな曲が、誰かにも伝わってほしかった。でも、私の曲はそもそも、私だけの曲ではなかった。私が作った曲を奏が歌うことで、その曲は私が大好きな、誰かに伝わる曲になっていた。
じゃあ、私の想いを奏に伝えるためにはどうすれば良い? 今までの奏と、これからの奏に聴いてもらうためには、私が曲を作るだけでは、足りない。
歌い終わった李珠が、マイクを差し出してくる。私は受け取ると、デンモクではなくスマホを手にした。
奏は歌うことが好きだと言った。歌が一番、私の想いを伝えられるから、と。今の奏が何を好きなのかは、解らないけれど。
奏に伝えるためには、奏と同じ方法で伝えれば良いのではないか。
『マジックアワー』が流れ始める。私は初めて、自分の声を、自分の曲に乗せる。これは私が一人で作り、初音メグに歌ってもらった曲。私が想いを込めた曲だから、私が歌えば、一番届くはず。
潮風が吹き、海の香りが運ばれてくる。胸の奥から熱く、弾ける音が込み上げて来て、全てを吐き出すように歌う。上手い歌い方とか歌の技術とか、そういうのはよく解らない。でも、私が作ったからだろうか。今まで歌ったどれよりも、一番歌いやすく、一番感情が波に乗る。
歌が好きと言った奏の気持ちが、歌ってみて解る。確かに、想いを伝える手段として最適だ。
「やっぱり、美波の歌、好きだな」
拍手をしながら、李珠が笑みを浮かべる。
「美波らしい曲だから、私も沙希も、歌いたいって思ったんだ」
沙希もうんうんと頷いている。私は、想いを伝えたいのは勿論、もっと歌いたい、と単純に思った。奏が歌ってくれた頃は、奏が歌う以外ありえないとすら感じていたけれど。今は……私の曲は、私が歌わなくてどうするとまで思っている。
歌の上手さは李珠に劣るけど、表現力は私が一番だ。
「ねぇ、私も歌って良いかしら?」
私の曲を、良いと言ってくれるなら。私も、私らしく歌いたい。覚悟、とかそんな大層なものは持ち合わせていないけれど、ただ歌いたいから歌う。私が歌う理由なんて、それだけで良い。




