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Sky’s  作者: 白咲実空
#5.カリギュラレイン
36/39

4

 今年の梅雨は例年より長いらしく、6月の終了まで残り数日を切った今日も、強くもなく弱くもない雨が窓を濡らしていた。湿気のせいで髪の具合は最悪。朝ヘアアイロンで整えても、学校へ行くために外へ出れば時間が経った綿菓子のようにくしゅくしゅになってしまう。

 欠伸をかみ殺しつつ、小口おぐち先生の話に耳を半分だけ傾ける。要約すると、もうすぐ期末テストが始まるから勉強をしておけということらしい。どうでも良い。テストなんて、平均より上を目指せば赤点も補習も回避できる。普通に勉強すれば大丈夫だ。

 そんな私の怠惰な思考が伝わったのか、小口先生が私の方を見た。目が合い、背筋を正す。ぼんやりしていただろ、なんて皆の前で指摘されたくない。

 が、どうやら違ったらしい。

「終わる前に、1つだけ話がある。えー、先週提出してもらった人権川柳だが、その優勝作品が決まった」

 教室は静かだった。小口先生は咳ばらいをひとつすると、頭を掻きながら言った。

「優秀作品は、4組の相田紗英あいださえさんの作品だ。認め合う 個性の色で 溢れる世界……うん、良い川柳だな」

 なんだ、私と目が合ったから私が選ばれたのかと一瞬期待したが、単なる期待で終わってしまった。どうでも良いと思いつつ、気にしてしまった自分が少し恥ずかしい。

「それともう1つ、審査員特別賞で選ばれた川柳がある」

 次いで小口先生の口から出た審査員特別賞という単語に、生徒達の頭に疑問符が浮かぶ。そんな賞もあったの? という顔だ。

「審査員特別賞は……来栖玲奈くるすれいなの川柳だ」

 小口先生の声色は、雨が降る前の曇り空に似ていた。自分のクラスの生徒が何か特別な賞を貰ったというのに、あまり喜んでいないように思える。

 私は周囲から送られる細やかな視線に気づかないフリをして、小口先生をじっと見つめる。小口先生は敢えて真顔でいる私ともう一度目を合わせると、こくんと頷いた。

 まるで、読み上げて良いんだな? と確認でもとるように。

「えー……来栖の川柳、読むぞ。健常者 実は少数 みな病気」

 教室に、別の種類の沈黙が落ちた。人権川柳なんぞに一切の興味を示してこなかった生徒が皆、ほとんど皆、突然転校してきた外国人でも見るような目を私に向けてくる。

「おめでとう来栖。交流センターの方から、プレゼントが届いてるぞ」

「……はい」

 やけに重くなった身体を動かし、教卓まで歩く。小口先生よ、プレゼントを渡す前に何か言うことがあるのではないだろうか。ほら、相田さんの時は言ってたじゃん。良い川柳だねって。

 受け取ったプレゼントは箱……ではなく、白い封筒だった。見覚えのあるレターふうの、テンションが少し上がる封筒だ。

 HRが終わってから開けてみると、予想通り図書カード500円分だった。鉛筆とかクリアファイルより全然嬉しい。だが、図書カードは500円じゃ足りない。最近の漫画は1冊650円程度が当たり前で、四コマ漫画だと800円はするのだ。いや、ここは単行本じゃなくて漫画雑誌を買って、いろんな漫画を読み漁る選択もアリ。

「ふっ、くくっ……」

 図書カードを見つめている私がそんなにおかしかったのか、前の席から笑い声が聞こえた。目を向けると、清瀬きよせさんが肩を震わせて俯いていた。

「ふはっ、ふふっ……」

美波みなみさん! そんなに笑ったら失礼ですよ!」

「あら、あんなに面白い川柳を聴いて、笑わずにいられる方がどうかしているでしょう」

 どうやら笑っているのは図書カードを見つめる私ではなく、私が書いた川柳についてらしい。それにしても意外だ。清瀬さんは周囲に興味を示さないタイプだと思っていたから、人を笑うようなこともないと思っていた。否、これは私が清瀬さんに勝手に抱いているイメージか。清瀬さんだって、真っ白な人間ではないだろうから。

 にしたって、何も私がいる目の前で笑うだろうか。私の川柳を聴いて困惑だったり嘲笑を浮かべているだろう人達は、今は多分トイレに行っている。悪口は基本トイレと決まっているのだ。私に聞こえないよう配慮してくれている人達に比べ、清瀬さんはどういうつもりで笑いを堪えなかったのだろう。

「あら、ごめんなさい。聞こえていたのね」

「そりゃ、まぁ……」

 私の顔を見た清瀬さんが、何と話しかけてきた。意外な展開に、何と返したものか戸惑う。だって、喧嘩を売られているものだと思っていたから。でも瑠琉るると一緒だから、そんなわけはない、のか?

「それにしてもあなた、面白い才能を持っているのね」

 後ずさる私の心情を無視して、清瀬さんはぐいと身を乗り出してくる。間近で見る清瀬さんの顔は大変美しく、アイドルデビューすれば絶対人気になりそうだ。

「面白い才能なんて……今回はたまたま、偶然だよ」

「いいえ、面白いわ。あれを書いたあなたも、あれを審査員特別賞に選んだ交流センターの人も、どちらも面白い」

「えーと、それは褒めてるのかな?」

「み、美波さんなりに褒めてるんです! そうですよね、美波さん」

 瑠琉が清瀬さんに確認をとると、清瀬さんは「ええ、褒めてるわよ」と当然のように首肯した。普段無口で静かな印象の清瀬さんが興奮気味に笑う表情は、家のしきたりに縛られたお姫様が心を許した従者にだけ見せる無邪気な笑みのようだった。そうだ、令嬢とメイドの友情を描いた、心がほっこりする日常系の漫画を買おう。最近pexivから書籍化された、面白そうなやつがあったし。

「来栖玲奈、ね……覚えておくわ、来栖さん」

 髪をふぁさっと手でなびかせて、悪役令嬢のような風格で清瀬さんはそう言った。

「なんか、部活系アニメに出てくる主人公のライバルみたいなこと言うね……。あ、あと私のこと、玲奈で良いから」

「あらそう。じゃあ玲奈、覚えておくわ」

「うん。私も美波って呼ぶから」

「ええ、構わないわ。また新作の川柳を書いたらぜひ見せてちょうだい。あなたのセンス、とても気に入ったから」

「残念ながら川柳の趣味はないんだけど……」

「そう、残念ね……」

 美波は本当に残念そうに肩を落とした。え、気まずいんですけど。私、文芸部とかに入部した方が良い感じ?

「えっと……、私に詩人の才能はないよ。読書感想文とか他の文芸のコンクールとか、出したことはあっても賞とったことはないし。ほんと、今回が偶然だから。なんでかなー、思ったこと書いただけなのに」

 私より美波の方が、詩人の才能があるだろう。ボカロPをしているということは歌詞を書いてるだろうし、先月だったかに披露した国語の詩も先生に絶賛されてたし。

「思ってること……なるほど。それが玲奈の本性というわけね」

「本性? 人聞き悪いなぁ。私、そんな特別な人間じゃないからね? いたって普通だから」

「あら、普通ではないわよ」

「えっ?」

 思いがけない返答に、裏声が出てしまった。素の声、と言っても良いかもしれない。仮面人間の正体を見破ったミステリードラマの探偵役のように、美波は不敵に唇の端を上げる。

「玲奈、あなたは確かに一見すると何の変哲もない女子高生よ。でも、絶対に普通ではない」

「……なんで」

「さぁ、どうしてかしら。でもね、私の勘が告げているのよ。玲奈は私の好きなタイプだって」

「す、好きなタイプ……」

 はわわわわ、と口を開けて頬を赤らめているのは瑠琉だった。何を興奮しているのか、「み、見てません私は見てないし聞いてませんおふたりの世界を、そんなっ」と林檎のような顔を手で覆う。私もどういう意味か解らなかったので、冷静に訊き返す。

「好きなタイプって、え、恋愛的な意味で?」

「まさか。少女漫画でいうところの、おもしれ―女ってやつよ」

「恋愛的な意味じゃん」

「そこは置いといて、私はね、あなたみたいな人間が大好きなの。人間みたいな人間がね」

 何を言っているのかよく解らなかったが、意味を訊ねる前に瑠琉が徐に席を立った。やをら歩を進めると、前戸を開けて教室を去ってしまう。あれ、何か変な勘違いされた?

「あの子、最近解ったのだけどああいうところがあるのよ。変な妄想をして、自分で勝手に解釈して勝手に納得する、みたいな。変な勘違いを広められる前に、訂正しておかないと」

「ああ、うん」

 瑠琉とは同じ図書委員で、時々一緒に図書室のカウンター席に座っているが、確かに小説の推しカプの妄想を延々と語っていることがある。私と美波のカップリングを想像しているのなら、ぜひとも止めていただきたい。

「あっ、待ってその前にさっきの話──」

 私は普通じゃない、という話について詳しく訊きたかったのだが、教室に美波の姿は既になかった。声は届かず、宙ぶらりんになってしまう。

「普通じゃない……」

 反芻してみるも、真意は解らなかった。


 やはり日本の学校という教育システムは良くない。歳の近い精神的に未発達な人間を狭い建物に閉じ込めるなんて、集団生活と言う名の弱肉強食は学ぶことができても価値観や視野は狭くなる一方だ。人がちょっと特殊な川柳を書いたくらいで、廊下や昇降口、校門までの道を歩くだけでチクチクチクチク。「あの子があの川柳の?」、「捻くれてるよね」なんて囁きあっちゃって。自分じゃない誰かの話をすることが楽しみになっているなんて、さもしい人間ですこと。もっと外に目を向ければ、周囲のことなんてどうでも良くなるというのに。

「高校も疲れるなぁ……」

 呟き、空を見上げる。雨は降っていないが、今日もどんよりとした雲に覆われていた。生温かい風が、じっとりと肌に絡みつく。もうすぐ7月だ。この風も、すぐ熱風に変わるだろう。

 高校生になれば何かが変わると思ってた、なんて漫画の主人公のようなことを考えていたわけではない。夢への道もこの景色も、自分から動きださないと何ら変わらないのだ。そんなことは解っている。でも……。

「あーあ」

 低いトーンで呟く。どす黒い、透明な色だった。

 もう疲れた、と大して疲れることをしていないのに身体が悲鳴を上げている。盛大な悪口を聞かされたわけでも、嫌がらせをされたわけでもない。私の身には何も起こっていない。にも拘わらず、疲れている。何故か、気分が下がる一方だ。

 今日は平日で、明日も平日で。今日はもう学校が終わったばかりなのに、明日は学校なんて行きたくないなと逸る心で考えてしまって。

 ぶんぶんと首を振り、今日は早く帰ってゲームでもしよう、なんて。

 考えていたところに、LINEが鳴った。LINEの通知はよくくるのだが、何故だか嫌な予感がして躊躇ってしまう。ええい、と差出人を見て、肩を落とす。

『今日暇? この後空いてたら遊ばない?』

 どうやら先日会った他3人も一緒らしい。宇美花うみかからのLINEにため息を吐きながら、『いいよ』と億劫な動きで文字を打った。

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