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川柳の紙を机の上に出し、シャーペンの先でコツコツ叩く。アイディアなんて浮かんでこず、カーテンが開いた窓の外に目をやった。相変わらずの雨模様に、ため息を吐く。
「何のため息ですか……あぁいや、何でもないよ。ただ、なーんにも浮かばないなって思って。難しいね、川柳って。誰か文芸部とか詩人の人いないの?」
自分で考えなさい、とコメントが付く。その通りだ。
「声遠い? あーごめん、ペンケースに立てかけてるからかな。持って喋るのめんどいから、悪いけど音量上げて。ごめんね」
スマホの画面には、銀髪の美少女がお姫様の恰好をして表情をコロコロ変えている。私とは似ても似つかないが、今の私はこの女の子、名前をイレイナと言う。本名にイを足しただけだが、異世界ものっぽい名前で割と気に入っている。
「イレイナさんは部活入ってないんですか? あー、入ってないね。帰宅部。お家大好き人間だから。休日一緒に遊ぶような友達はいないんですか? もしかしてぼっちですか? え、違いますけど。友達くらいいますけど。体育の時間にペア作ってって言われて困ったことありませんけど何か? なんだ俺らとは違う……そうそう、あなた達とはね、違うんです」
笑いながら言うと、リスナーが拗ねてしまった。
「住む世界が違うようなのでもう配信には来ませんって、ごめんごめん。冗談よ冗談。や、ペアに困ったことないのはほんとだけど。待ってって、聞いて聞いて。あのね、休日一緒に遊ぶ友達がいないのは事実よ。これはほんと。何て言えば良いのかな。友達はいるけど親友ではない、みたいな」
今日の合計視聴者数が30人を超えた。休日の昼間はやっぱり暇をしている人が多いのだろう。適当な雑談をしながら、川柳を考える。
「あ、みのあおむしさんこんにちはー。1週間ぶりくらいですね。奥さんにスマホ見すぎッて怒られてた、あらら、気をつけて。奥さんは大事にしましょう。家族は大事よ、ほんとに。家族と友達どっちが大切だと思いますか? え、それは環境によるでしょ。ほら、あんま良くない親とかいるじゃん。そう言う人は友達の方が大事っていうだろうし。私? 私は家族。友達いないから? そう、よく解ったね……って違うから。友達はいるから」
昨日一緒に遊んだ、というかカフェでお喋りをした宇美花たちのことを思い出す。中学の時から仲が良くて、時々一緒に遊んだりもしていたけど、中学を卒業して昨日再会するまで、一切連絡をとっていなかった。そう考えると、宇美花たちとは友達以上親友未満だったことになる。深く考えたことはないし、さっき休日一緒に遊ぶ仲は親友みたいなことを言っておいてなんだけど、私も宇美花も、お互いが教室で独りぼっちになることを恐れてつるんでいた部分はあったのかもしれない。
「友達……って必要なのかな。人によるとは思うけどさ。私はさ……私は、1人の方が好きなんだよね。友達とか、誰かと一緒にいると、楽しいって思うこともあるんだけど、1人になりたいなぁって時がめっちゃあるの。修学旅行とか苦手なんだよね。あれって2泊とか3泊とか友達とずーっと一緒にいるでしょ? 楽しいけど苦痛じゃない? 自由時間も班で行動するのが絶対だし。1日のうち2時間で良いから1人になる時間くれって思うもん」
『解る』、『俺は修学旅行でも常に1人だったから問題なし』、『それは問題あるやろw』、『そもそも修学旅行に行ってない』、『苦痛は解る。友達同士が喧嘩とか始めたら一気に地獄になる』、『あんなん1拍でいいよな』等々、私の意見に賛同するコメントが多く流れてくる。
「だよね、うんうん……。人間は群れる生き物だからねぇ、悲しいですよ全く。この前も話したけど、多様性多様性って言いながら認めてくれないんだもん。まだ世間は人間1人では生きられないって言ってるんだもん。じゃあ1人で生きられる時代はいつくるのよ」
『ひねくれ乙w。修学旅行楽しめないのを周りの責任にすんな。早く普通の感覚を身に着けられると良いね。社会不適合者ww』、こんなコメントが流れて来て、思わず舌打ちが出る。
「おっとすみません、柄が悪かったですね。ただちょっとね、旅行先を間違えた方向音痴の方が来てしまったようなので、失礼しました。えー、無視です皆さん。無視しましょうね、はい」
『方向音痴は草w』、『母国の治安が相当悪いんだろうなぁ』、『祖国に帰れ』、『無視無視』と、一瞬だけ荒らし行為を非難するコメントが溢れる。『二度と外に出るな社不が』とアンチに倍返しするようなコメントが流れたところで、不味いと思い話題を変えた。
「そういやこの前さ、この前って言っても昨日なんだけど、駅の前でおじさんとちょっとぶつかっちゃってさ。私はスルーしたんだけど、おじさんに舌打ちされて」
悪意の矛先を変えたことで、今のアンチは逃がす。バイバイ、もう二度と来るなよ。そんな念を込めながら、昨日のストレスを発散させる。
だけど、どうしても先ほどのアンチコメントが私の心にしこりのような形で残ってしまう。
誰だって悪意には敏感で、楽しかった・嬉しかった経験より、傷ついた経験の方が記憶には残りやすいのだ。
普通の感覚、という言葉。数値で表すことなんてできない、人によって基準値が異なるものだが、じゃあ、あのアンチにとっての普通の感覚とはどの程度を差すのだろう。アンチだけじゃない。私の配信を見に来てくれるリスナーは?
普通の感覚って、何なんだろう。
『普通じゃないよ、そんな奴』。一瞬私に向けたコメントかと思ったが、今は昨日のぶつかりおじさんについて話していたとすぐに理解する。
「あはは、だよね。おかしい人っているよね」
おかしい人。普通の感覚じゃない、異常な人。先日、私は普通の人なんていないという話をしなかったか。この世界に真っ白な人間はいないのだから、謙虚に生きようね、と。
矛盾、していないか。私なんかが、人の悪口を言っている。誰かに愚痴を聞いてもらって良いはずがないのに。
「てかさ、川柳だよ川柳! 月曜が提出日なんだから、皆もっと真剣に考えてよ!」
ガワを被った配信は、自分の顔がリスナーに見えないから便利だ。
私の話題修正を露骨だと捉えた人はおらず、『自分で考えなさい』、『人任せで草』とすぐに川柳に関係したコメントで溢れる。安堵しつつ、不安を悟られないように口を動かす。
雨の音に耳を傾けながら、部屋で独りスマホに向かって喋り続ける。だって休日に遊ぶような友達なんていないし、今の私にはこれしかないから。
私の小さな笑い声が、蒸された空気にじんわりと浮く。女子らしさをあまり感じない、かと言って豪快とも言い難い、聞いていて不快さは感じないよう計算された笑い声は、薄っぺらくて人工的で、私は大嫌いだった。




