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Sky’s  作者: 白咲実空
#5.カリギュラレイン
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1

 昇降口にはペトリコールの匂いが充満していた。下校時間のため開かれた扉の先には、さあさあと糸のような雨が降っている。

「ねぇねぇ、傘持ってないから相合傘しよーよ」

「えー? あんたとー? しょうがないなぁ」

 私の横を、仲が良さそうな女の子2人が通り過ぎていく。私は上履きをロッカーに仕舞い、靴を取り出す動作を随分とゆっくり行う。

 さて、どうしたものか。

「あれ、玲奈れいな?」

 振り返ると、同じクラスの李珠りずが立っていた。

「もしかして、傘持ってないの?」

「ああ、うん。忘れちゃって」

 嘘を吐いたってどうしようもないので、苦笑いを浮かべる。すると、李珠は迷うことなく手に持っていた黄色の傘を差しだした。

「はいこれ、使って」

 いくら何でもお人好しがすぎるだろう。勿論、受け取れるわけもなく、

「いいよ、李珠が濡れるでしょ?」

「大丈夫大丈夫。それにこれ、お礼だから」

「お礼?」

「私、玲奈のおかげで今すごく楽しいんだよね」

「そうなの? 私、そこまでのことをした覚えはないんだけど」

「したよー。YouTuberのこと!」

 あれは確か、4月のことだったか。そういえばそんな話を李珠とした覚えがあった。

「でも、傘は良いよ。李珠が濡れるでしょ? 雨も暫くしたらやみそうだし、図書室にでも行ってこようかなって、今考えてたところ」

「いやいや、ほんとに良いんだって。私、鞄の中に折り畳み傘もあるから──」

「李珠―」

 ほんの一瞬、全身の機能が停止する。再開してすぐ、私は靴を履いた。

「ほんとに大丈夫だから、ありがとっ」

 手刀を切り、「じゃあね」と一方的な別れを告げて走り出す。背後から「えっ、ちょっと!」と困惑した声が聞こえたが、すぐ雨で滲んだ空気に溶けた。


 目立ちたがりな人間が増えたな、とトイレでTikTokを撮っている人を見て思った。陽側の人間なら解るのだが、その時撮っていた人達は陽よりかは陰よりの種族だったから、尚のこと強く思う。授業中に手を挙げて意見発表しないくせに、TikTokで撮影した動画は多くの人に見てもらうことを望んでいる。目立ちたがりの境界線は果たしてどこにあるのだろう。

そういえば、SNSに自撮りの写真を上げる際、加工は勿論だけど自信がない顔のパーツは隠して撮る人が増えた。口元なら手で隠したり、片目を加工でぼかしたり。

つまり、目立ちたい時と目立ちたくない時がある、ということか。いや、そんなのは当たり前だ。誰だって自分の得意分野なら積極的に動くし、苦手分野なら消極的に身を潜める。いや待て、勉強が得意なのに授業中は手を挙げない人がいて、顔に自信がないと言いながらSNSに自撮り写真を上げる人がいる。これは? この場合はどうして、得意分野なのに目立ちにいこうとせず、苦手分野なのに目立ちにいこうとするのだろう。矛盾している。

 結局のところ、得意分野は褒めてほしいし、苦手分野はそんなことないよと褒めてほしい。褒めてほしいのだ、人間は。別に世界一の頭脳や美貌を求めているわけではない。あなたは平均よりも優れていますよ、言い換えればあなたより下の人間はいますよと誰かに言ってもらうことで、人と人を比べがちな生きにくい社会で、懸命に生きようと努力しているのだ。

 だけど、世の中にはそんなのはくだらないと一蹴する人がいる。勉強は周りに認めてもらうためではなく自分のためにするものだ。容姿を磨くなんて、あなたはそのままでも充分可愛いんだから、周りと比較せずありのままの自分を愛しなさい。どれも親になった大人が言いがちな台詞だ。が、こういった台詞を鵜呑みに信じ我が道を行く性格になってしまった人間が、この現代社会を生き抜くことができるかと問われれば、答えはNOに近い。

 どれだけ努力したって、上司や社長の評価次第で頑張っていないことにされる。髪や服にお金を掛けなければ、毎日お風呂に入らなければ、不潔と言われて周りの人が遠ざかる。私は私だから、これが僕だから。それはそれで良い。個性は大切だ。が、大切にすべき道を誤れば、自己中の烙印を押されてしまう。

 そう考えればYouTuberなんて、自己中が集う職場ではないだろうか。努力が苦手でも、不潔でも、どんな個性でも武器になる。得意を見せれば褒められ、苦手を見せれば笑われて、どんな評価もネタになって面白さに繋がる。視聴者のニーズを追求したエンターテインメントを目指すも良し、自分のやりたいことだけをやって自分を解ってくれる人とだけ接する己の道を進むも良し。両者に共通している点は、己の承認欲求を満たしたい。この世界の誰かに、自分が生きていることを知ってもらいたい。自分を解ってくれる人と巡り合いたい。

 上司や社長なんていらない。我が道の先で、最高の評価を与えてくれる人と出会いたい。

 そう考えれば、やはりYouTuberは自己中の溜まり場、承認欲求に飢えた、一般の人間とは別種の生物なのである。

「なんだけど、じゃあトイレでTikTokを撮っている人間は承認欲求に飢えた自己中じゃないのかって言ったらさ、そういうわけでもないじゃん? だって、顔に自信がなくても目立ちたいから撮るわけでしょ? インスタに日常の写真上げてる人は? Twitterに思いの丈を綴ってる人は? YouTubeとTikTokはともかくSNSやってない人ってほとんどいないじゃん。見る専は除いて、今は投稿してる人の話をしてるんだけどさ。身近な友達とか親とかじゃなくて世界中の人が見られる場所で自分の情報を開示する人っていうのは、皆、承認欲求に飢えてる自己愛を満たしたい生物ってわけ。だって違うなら、こんな場所行ってさー、彼氏できてこんなことしてさーって話は親と友達にすれば充分なわけよ。でもわざわざネットに上げるってことは、楽しい思い出を自慢したいわけでしょ? こういうこと言ったらなんか、いや違くてー、楽しい思い出を共有したくてーっていう人いるけど、それも言い換えるとさ、楽しい思い出を皆に見てほしいってことになるじゃん。あ、いやいやそんなつもりはないよ? 私もインスタやってるし、こうやって配信もしてるわけだから、自慢が悪いって言ってるわけじゃないの。寧ろSNSみたいな自慢合戦の競技場で自慢しないでくださいってアンチコメントしてくる奴はじゃあSNSすんなよって話だからね。そうじゃなくて、まぁ何が言いたいってさ」

 現在解放されている全ステージをクリアし、報酬をゲットする。集めた素材を早速キャラクターのレベルアップに使いながら、手だけじゃなくて口も動かす。

「なんか長くなっちゃったけど何が言いたいって、私は普通の人間ですみたいな顔してそこら辺歩いてる人も、どっかおかしいってこと。おかしいって言ったら言葉悪いけど、承認欲求が人一倍強かったり、些細な言葉で傷ついちゃったりさ、どこかしら、極端に傾いてる個性……っていうか、ゲームふうに言い換えるとステータスかな? HPが極端に低かったりさ。そういう、人より劣ってる部分が自分には絶対あって、自分にも弱さがあるってことを自分で認めてあげて、この社会を生きていこうねって、そういう話がしたかったんです、はい」

 『自分は完璧人間だって思い込んでいる人ほど、自分の弱さを認めないプライド高い人間だしクレーマーになりやすい』。そんなコメントが流れてきて、「そうそう」と頷き返す。

「私は今さ、承認欲求に飢えてない人を一般人って言ったけどさ、一般人なんてもはや絶滅危惧種だよ。だってほんとに誰にも見られたくない、私なんて消えちゃいたいって思ってる人はどんどん自分からし……おっと、あんまりこういうことは言わない方が良いよね。だからさ、自分だっておかしい奴なんだから、他人のおかしい部分を笑うのはおかしいよねって話」

 デイリーミッションが終わる。スマホゲームの良いところは、デイリーミッションとイベントの報酬を全てゲットすれば、後は課金でもしないとやることがほとんどない、ゲームに時間を取られすぎないところだ。時間的にも今日の配信はここまでだろう。

 ゲームアプリを閉じ、配信アプリの雑談画面に切り替えて、一呼吸置いてから口を開く。

「真っ白綺麗な人間なんていないんだから。ま、トイレでTikTok撮ってる奴は、普通に邪魔だからどっか行ってほしいけど。あのおかしい感覚は、ちょっと直してほしいよね」

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