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Sky’s  作者: 白咲実空
#4.始まり、終わり、始まる朝
31/35

7

「衣装の進捗、どう?」

 3回目の問いかけに、耳を塞ぎたくなった。穂條ほじょうさんは私の顔を覗き込みながら、目を合わせようとしない私に対し乾いた笑みを浮かべる。

「ごめんね、何回も訊いちゃって。ウザかったら、ほんとごめん」

「……いえ、私が悪いんです。いつでも良いと言ってくれる言葉に甘えて、いつまでも完成させない私に、責任があるんです。本当にごめんなさい……」

「こっちが頼んでるんだから、神北かみきたさんが謝る必要はないわ。寧ろ、私達が謝るべきよ。神北さんだって暇ではないのに時間を作ってもらっているのだから。おまけに3人分の衣装を手作りよ? 時間が掛かって当然だわ」

 見兼ねたのだろう清瀬きよせさんが、ため息を吐いた。「そうそう」と一条いちじょうさんも口を挟む。

「ほんとに、手伝えることあったら言ってね? ていうか言ってほしい……。私達の衣装なんだもん。私達も、できる限りのことはしないと」

 私は俯き、下唇を噛む。

 引き受けなければ良かった。

 見栄を張らず、自分に期待なんかしなければ、自分の力量を正確に把握していれば、こんなふうに気を遣わせることも、穂條さん達に完成しない衣装を待つという無駄な時間を過ごさせることもなかった。

 スカートを握りしめる。大した努力もしてないくせに指に巻かれた絆創膏が、酷く目障りだった。

「神北さん」

 穂條さんが私の名を、否、苗字を呼ぶ。一度名前で呼ばれてから、一度も呼ばれていない。あれはおふざけで呼んだだけだから。そうとは解っていても、他人行儀な響きに、我儘だけど距離を感じてしまい、苦い味が口内に広がる。

「無理、してない?」

 穂條さんはしゃがみ、席に座る私と目線を合わせる。無理はしていない。無理をしないといけないくらいなのに。思い詰めるほどのことなんかしていないのに。

「……すみません」

「や、謝ってほしいんじゃなくて」

「私は、弱い人間です」

「……瑠琉(るる)?」

 狡いと思う。本当に卑怯だと思う。自分がこんな奴だったなんて、自分で自分に失望する。でも、頼んでいるのは穂條さん達の方だから。

「衣装の進捗……実は、全然なんです。3人分だからとか、そういうことじゃなくて。単に、私が怠けているせいで、全く進んでいないんです。おかしいですよね。服作り好きなのに、趣味って言っておきながら、YouTubeとか読書とか、別の趣味に逃げてしまうんです」

 穂條さん達からすれば、全力で夢を追いかけている人からしてみれば、意味の解らない話だろう。解ってほしいとは言わない。穂條さん達とは、住む世界が違っていたのだ。

「本当に、ごめんなさい。今ミシンで縫い始めている段階ですが、留めたボタンの位置がおかしかったり、ウエストの絞りが甘かったりと、本当に、上手いとは言えない出来で……。全然綺麗じゃ、なくて。でも、穂條さん達は焦らなくて良いって言ってくれてるのに私が勝手に焦って、中途半端なところ見ないフリして、取り敢えず完成させようって必死になっちゃって。でもそれって結局、穂條さん達のこと何も考えてない……完成させれば良いやって私のエゴで、進めちゃってるから……」

 言いながら、泣きそうになってきた。泣くな、泣いて良い立場じゃない。

「だから、今から2つの提案をするので、穂條さん達にはどれか、選んでもらいたいです」

「え?」

「ん?」

「提案?」

 穂條さんと清瀬さんが眉を寄せ、一条さんのおうむ返しの呟きに私は大きく頷きを返す。

「はい。1つは……今更にはなりますが、私以外の方法で衣装をどうにかするというものです。穂條さん達は自分達のために、少しでも時間を有意義に使うべきです。ただその場合は……せっかく待ってもらったのに完成させることができなくて、本当に申し訳ないです」

「2つ目は?」

 清瀬さんに促され、私は深く息を吸い、吐き出す。

「もう1つは……」

 腹を括って、私はもう1つの提案を口にした。

「私を、監視してください」


          *


 というわけで、監視されることになった。

「お邪魔しまーす」

 穂條さんと一条さんと清瀬さんが、神北家の玄関で挨拶する。時刻は6時。3人ともお泊りセットらしきリュックやバッグを持ち、穂條さんは馴染み深い紙袋も追加で持っている。

「これ、つまらないものだけど」

 それは近所の和菓子屋のどら焼きで、3人で折半して購入したものらしい。

「そんな……私の方から来てほしいとお願いしたのに」

「あぁいや、私達が買ったわけじゃなくて、普通に親のお金から出てるから」

「泊まるのなら失礼のないようにって、母がね。ま、神北さんが気にすることじゃないわ」

 清瀬さんの言葉に、一条さんも激しく頷いている。私は紙袋をありがたく頂戴すると、先に部屋で待っててほしいと言って台所へ向かった。

 祖母に紙袋を渡し、飲み物の用意をする。祖母が挨拶に行こうとするのを「どうせ晩御飯になったら会えるんだから」と阻止し、お盆を持って部屋へ。

 2階に上がると、立ち止まっている穂條さん達がいた。

「ごめん、この家広すぎて……」

 部屋が解らないという穂條さんに、また「すみません」と謝り、誘ったのは私なのになんとなく気まずいなぁと失礼なことを考えながら、私の部屋に案内する。

 人が泊まりに来るということで、部屋は片付けておいた。裁縫セットも生地も机の上に纏めたし、埃をかぶっていたミシンだって軽く磨いた。掃除機もかけてピカピカの部屋を、穂條さんは「綺麗な部屋だねー」と普段から綺麗にしていることを信じて疑わない調子で言う。

 真ん中に折り畳み式のテーブルを置き、お盆を載せる。麦茶を4人分のコップに注ぎ、咳ばらいを一つした後、

「本当に、良かったんですか?」

 と、学校の校門で別れるまで何度も訊いたことを、もう一度訊いた。清瀬さんが、またかと呆れた表情をする。

「私も李珠りず沙希さきも良いって言ってるんだから良いでしょ。それとも、この家に泊まるのが不味いとかそういう話?」

「い、いえ。ここに泊まっていただくのは全然……。そうではなく、本当に、私を監視していただくという選択で、よろしいのかなぁと」

 今だって、私は信じ切れずにいる。穂條さん達は優しいから私を切り捨てるなんて選択ができなかっただけで、気を遣って泊まりに来ているのではないか、と。

「神北さんさ、何か勘違いしてない?」

「え?」

 私の心配を見抜いたのか、穂條さんはにっこり笑った。

「私達が、神北さんに頼んでるんだよ。衣装を作ってほしいって。だから監視するのも、泊まりに来たのも、全部私達のエゴなんだよ?」

「どうして、そこまで私に──」

「だって神北さんのデザイン、ほんとに好きだなって思ったから」

 ここまで思ってくれて、頼ってくれているのに投げ出そうとした自分が恥ずかしかった。もし監視の提案を出さず、私が勝手に衣装作りを断っていたら。穂條さん達が私を必要としてくれるチャンスを、自ら潰してしまっていたら。私に服飾関係の仕事をしたいなんていう資格は、なくなっていたのかもしれない。

 ここで逃げたら私は一生、立ち止まったままだ。

「解りました。私、絶対完成させてみせます。それまでどうか、見守っていてください」

 私に任せてくれる人がいるのなら、私だってその人に真摯に向き合いたい。覚悟を決めた私に穂條さんがガッツポーズをし、清瀬さんは穏やかな笑みを浮かべる。麦茶を飲んでいた一条さんだけ、眉を寄せた。

「私達って、見守るだけで良いの? 教室でも、サボってしまう私を監視してほしいみたいなこと言ってたけど。サボらないように見張るのが、私達の仕事?」

 私は大きく首肯し、早速机に向かうべく立ち上がる。

「はい。1人だとどうしても、スマホや読書などの誘惑に負けてしまうので」

「あ、それ解る。私もテスト期間中とか、勉強してたはずなのにいつの間にか部屋の掃除してるときあるもん」

穂條さんの共感に一条さんも「解る解る」と共感する。清瀬さんは全く共感できないのか、「テスト勉強より掃除の方が簡単ってこと? そんな人間いるの?」と瞬きをしていた。私は苦笑を浮かべて曖昧な返事をする。

「そう、ですね。楽な方に逃げてしまいがちになると言いますか……。そのせいで、衣装もまだ、1着も完成させていないんです」

「意外ね。神北さんって頭良いイメージあったから、サボり癖があるなんて知らなかったわ」

 清瀬さんの指摘が深く胸に刺さった。そうなんです。私昔から真面目とか頭良いとか言われるんですけど、家での勉強時間はあんまりなくて。見たいテレビ番組や読みたい小説が目の前にあると平気で勉強なんて後回しにするし、早く起きた朝にその日提出の課題をしていることだってあるんです。小中高と教室で大人しく過ごしているおかげか、成績優秀な文学少女とか呼ばれているけど……実際は、勉強はあんまり好きじゃない、可愛い女の子が好きなオタクなんです。大人しい=真面目みたいな風潮、本当にやめてほしい……。

「でも美波みなみだって、成績優秀な美少女、高嶺の花って印象あったけど、部屋めちゃくちゃ汚いじゃん」

 穂條さんが私をフォローするように、清瀬さんに槍を投げる。

「え、そうなんですか?」

「そうそう。この前掃除したとか胸張って言ってたけど、またすぐ汚くなったじゃん。Zoomで会議する度に、床に積みあがった本の数が増えてるし」

「掃除なんて虫が湧くようになったらすれば良いのよ。それに、散らかっていた方が案外便利なのよ? いちいち片付けなんてしていたら時間の無駄だし──」

「美波って朝弱いよね。私も朝は得意じゃないけど美波は結構酷いっていうか……。この前カラオケに集合した時だって、11時に集合したのに寝坊した美波が5分遅れで来てさ。ごめんって謝る声が低すぎて。怒るの私達の方なのに、あれ? 逆切れしてる? って思って──」

「ちょっと沙希、あなたまで一緒になって何を言うつもりかしら」

 槍は見事クリティカルヒットしたようで、清瀬さんがやいやいと2人の指摘に鋭く噛みつく。ポカンとする私に、穂條さんが言った。

「ごめんね、勝手な印象押し付けちゃって。悪気はないから、許してあげて?」

「あ、いえそんな……」

 そっか、もしかしたら私も、清瀬さんや穂條さんに勝手な印象を押し付けてしまっていたのかもしれない。この3人は特別な人間で、私とは住む世界が違うから。そんな線引きをして、弱い自分から目を逸らしていた。

「じゃあ、私は早速作業に取り掛かりますから。何かあったら遠慮なく声をかけてください」

 この人達の衣装を作るなら、自分の弱さから目を逸らしてはいけない。自分の弱さを認めないと、私はきっと成長しない。

 机に向かい、作りかけの生地に触る。昨日の続きから再開すると、背後の声が静かになった。邪魔をしては悪いと、気を遣ってくれたのだろう。

「ねぇ、ほんとに手伝えることってないのかな?」

「神北さんがお願いをしてこないということは、ないんでしょ」

「私達に服作りの知識なんて全然ないもんね。邪魔になっても悪いし、課題でもしよっか」

 そんな会話が聞こえた後、部屋には再び静寂が訪れる。ミシンの稼働音と、問題集にシャーペンを走らせる音が、耳を擽る。

 穂條さんも一条さんも清瀬さんも、学校の課題や他のすべきことがあるにも関わらず、私に期待して衣装作りを任せてくれた。だったら私は3人の邪魔をせず、1人で作り上げる責任がある。全神経を目の前の服に捧げることが、今の私の重大な課題だ。


 課題が終わった穂條さん達は、「漫画借りても良い?」と律儀に私に了承を得た後、漫画を読み始めた。

 晩御飯の時間になり、1階の和室にて皆でカレーを食べる。1人ずつお風呂に入り、再び皆が部屋に集まる。「居間でテレビを見てても良いですよ」と声をかけるも、「それじゃ監視にならないから」と3人に言われ、それもそうだと意気込み、作業に集中する。

 穂條さん達はトランプをし、UNOをし、人生ゲームをし、すごろくをし、スマホゲームの対戦をし、ルーズリーフにお絵描きをする。私は作業の手を緩めず、3週間と4時間かけてようやく、1着だけ完成させた。

 穂條さん用の衣装を見せると、穂條さんは瞳を向日葵のように輝かせ、2人は拍手をしてくれた。だが、こんなことで喜んでいる暇はない。まだあと2着残っている。

「ねぇ、2着目もまた、そのハトロン紙? ってやつで写すところから始めるの?」

 心配そうに問う穂條さんに、私は首を横に振る。

「いえ、裁断までは2着とも終わっているので、後は試し縫いをしてミシンで縫って、リボンやボタンを付けるだけです」

「だけって言ってるけど、そこが1番大変なところなんじゃない?」

「まぁ、1番の山場ではありますが……大丈夫です。皆さんはもう寝てください」

 時計は12時を回っている。監視をしてと頼みはしたが、皆の睡眠時間を奪うわけにはいかない。依頼人がこの家にいるというだけで緊張感はひとしおだ。それに、明日は土曜日だから徹夜をしても問題ない。

「この部屋じゃ狭いでしょうから、隣の空き部屋をどうぞ。掃除はされていますし、3人寝られるスペースはありますから」

 ここだとミシンの音が煩くて眠れないだろう。と遠回しに言うと、穂條さんは明るくない表情ではありつつも頷いてくれた。一条さんと清瀬さんも隣室に移動し、私は欠伸をかみ殺しながら作業に取り掛かる。

 ミシンの音と時計の秒針を刻む音だけが部屋を満たす。あまりにも静かなので、気分転換にYouTubeでフリーBGMを流した。小学生の時買ったにしてはえらく真新しい服作りの参考書を本棚から引っ張り出し、ページと手元を交互に見ながら布と布を繋ぎ合わせる。時折、救急車やバイクが家の傍を通り過ぎる。

 2時半になるとBGMも終わり、ミシンの稼働音のみが部屋に落ちる。

 肩と腰が痛い。そういえばトイレに行くのを忘れていた。喉も乾いたし、お盆にのせた麦茶は底をついている。1階に下りてお茶のペットボトルでも持ってきて、ついでにトイレも行こう。少し休憩を挟んでからまた……いやいやいや、休憩は駄目だ。一度休憩をすると、ミシンの前に戻れなくなってしまう。穂條さん達がいるのに、泊まり込みで完成を待ってくれているのに、私の怠惰で喜びを先延ばしにするわけにはいかない。

 お茶の補給とトイレだけ行っとこう。ドアを開け、薄暗い廊下に足を入れた時……私の足が、何かを踏んだ。

「むぎゅっ」

 しかも声までした。

「っ……⁉」

 私は驚くと絶叫してしまうタイプなのだが、人間は本当に驚いたとき声が出なくなるらしい。ふにょっとしている割に固さを持った物体から足を離す。目線を下げると、寝袋をもぞもぞと動かす、すっぴんも充分可愛い穂條さんと、暗がりの中でもはっきりと目が合った。

「お、おはよう?」

「……今、2時半ですけど」

 にへへと笑う穂條さん。私はドッドッと激しい音を鳴らす心臓の辺りを抑えながら、冷静なツッコミを返した。

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