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Sky’s  作者: 白咲実空
#4.始まり、終わり、始まる朝
30/33

6

 いつもは推しを見て朝のエネルギーを頂戴するところだが、今日は目が合いそうになると顔を背けてしまう。できるだけ話しかけられないように休み時間はトイレへ行ったり十架とおかさんやはるさんと談笑に興じていたりしたのだが、帰りのHRが終わった後すぐ、待ってましたとばかりに穂條ほじょうさんが私の席までやって来た。

「ねぇ、衣装の進捗はどう?」

 あ、う、と言葉を詰まらせる私に、前の席の清瀬きよせさんが振り返って言う。

「昨日の今日でそんなすぐにできるわけないでしょ」

 清瀬さんの言葉は尤もで、穂條さんは「そっかー」と相槌を打つ。ごめんなさい、何も進んでいないんですと正直に告白する勇気は出ず、俯く私に穂條さんが気遣うように言った。

「あぁ、急がなくて大丈夫だから。ただ、完成が楽しみでさ。焦らせちゃったらごめんね?」

「いえ、そんな……」

 寧ろ、焦らせてほしいくらいだ。細かい日程や完成予定日について打ち合わせをしておかないと、また私は怠けてYouTubeに逃げてしまうような気がする。否、今日こそは絶対に、生地を使う段階まではいくつもりだけど。


 と、意気込んでいた時期が私にもあった。焦らせてほしいと願ったあの日から1週間。型紙とハトロン紙の段階は終え、生地を使うところまではきたものの……。慎重に丁寧に、でも待たせるわけにはいかないと考えすぎてしまい、作業が順調に進んでいるとは言い難い。あ、作業ってなんか職人っぽい響き……ってそうじゃなくて。

「ねぇねぇ、衣装の進捗はどう?」

 頭をぶんぶん振る私に、穂條さんが話しかけてきた。穂條さんなりに気を遣ってくれているのだろう。1週間も経てばなんか進んではいるだろうと予想したのか、前回進捗を訊いたときから今日まで、穂條さんは一度も衣装の話題を口にしなかった。

 素敵な気遣いと自分の不甲斐なさに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「すみません、まだ少し掛かりそうで……」

「そっか。何か手伝えることあったら遠慮なく言ってね」

 少し掛かりそうなんて、嘘吐き。まだミシンにも触れていないくせに。

 見栄を張ってしまう自分が、嫌いになる。


 服作りの動画を見て作業を進め、また服作りの動画を見るその前に、服作りとは関係ない動画を見てしまう。これがよくない。本当によくない。休憩のつもりで別の動画を見たり、テレビでも見に行こうと一旦机を離れてしまったらその日はほとんど戻らない。デザインは完成しているから後は形にするだけなのに、当たり前だけど器用さとセンスが求められる服作りを長時間集中して行う耐性が私には備わっていないようだと、この3週間で嫌になるほど理解した。

 今日はここまで進めたからもう良いよね? と大して進んでもいないくせに自分は頑張ったと思い込ませ、次の日に回してしまう。本物のプロなら、1分1秒でも時間があればできる限り作りこむだろうに。

「今日はどうする? 私の家で会議にする? チャンネル名とかアイコンとか、そろそろ決めたいし。美波みなみも曲できたんだよね? せっかくなら皆で聴きたいし」

「でも、毎回李珠(りず)の家使わせてもらうの申し訳ないよ。カラオケで歌の練習と、ちょこっと会議するくらいで良いんじゃないかな?」

「そうね、私もそっちに賛成。会議より歌の技術、磨いた方が良いでしょ」

 帰る準備をしながら、3人がそんな会話をしている。本気なんだな、と鞄を持つ手に力が籠る。私は、どうなんだろう。母みたいなデザイナーになりたくて、でもフランスに行ったり沢山の人に認められるようなデザインを描く自信はなくて、だったら服飾関係の仕事に就きたいな、なんてふわっとした夢を持つようにした。

 ……どうして私、服飾の仕事をしたいと思うようになったんだっけ。

 何か1番大切なことを忘れているような気がして、思い出そうと目を閉じても、何も解らない。ただ1つ解ったことは、夢に向かって突き進む穂條さん達が私の目には酷く眩しく、羨ましく見えたということだけだった。


 いつの間にか5月は過ぎ、6月の2週目に突入していた。糸のような雨が降るなぁ、と窓の外を眺めていると、鋭い痛みが指を突く。針で刺してしまったらしい。赤い血がぷっくりと膨らむ指を見てため息を吐き、傍に置いた救急箱から絆創膏を出す。ティッシュで血を拭き取ってから、適当に貼る。

 作業に戻ろうとすると、開いた押し入れの隙間に視線がいく。そこには紙袋に入った緑色のワンピースドレスがあり、穂條さん達の衣装を作る前に試作品として縫っていたものだ。上手くできなくて、試作品に費やしている時間なんてなくて、そんな様々な言い訳をして結局あれも未完成のまま終わっている。そのせいで、今手にしている穂條さんの衣装も、あまり出来が良くない。縫い目はズレるし所々ほつれるし、またやり直さなくては。

 ため息が、漏れた。

 羨ましかった。桜乃夢さくらのゆめちゃんが、穂條さん達が、私にはすごく眩しくて、キラキラして見えた。あんなふうに何かのために頑張って、自分を磨いている人達に憧れて、私もそうなれたらてずっと、なりたい自分に焦がれていた。今こんなふうに衣装作りを頑張っている自分は、なりたかった自分のはずで。

 私だって、頑張っているはずなのに、何かが違う気がする。

頑張ることで得られる達成感は、無味乾燥としていた日々に充実感を与えてくれるには充分で……。あぁそうか私、充実してる日々に気持ち良くなっていたんだ。私は、何かを一生懸命にやっている私が、好きなだけかもしれない。

 知らなかった。何かに本気になることが、こんなに難しいなんて。

 やっぱり私は、特別な人間になんかなれない。

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