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「こんらぁ瑠琉!」
祖父は、私の部屋に足を踏み入れるなり叱責を飛ばした。
「ハサミや針を床に散らかすでない! ちゃんと片付けないと危ないだろう!」
「ご、ごめんなさい」
と、口では謝るも正直今はそれどころではない。祖父の顔を見る暇も惜しく、私は這いつくばって床一面を見渡す。ない、ないないない。どこを探してもない。
「なんだ瑠琉、探し物か?」
異変に気付いた祖父が、今度は窺うように訊ねる。私は涙目で祖父に縋った。
「お、おおおお願いしますお爺ちゃん! 晩御飯は後にして、混紡を探してください!」
「こん……? なんだそれは、新しいアクセサリーか」
「違います生地です! ワンピースに使う生地、せっかく買ってきたのにぃ……」
「ワンピース?」
いつも細い祖父の目が、久しぶりに見開かれる。祖父がこんな表情をしたのは、母がフランスへ行くと言ったとき以来だ。あの時の祖父は私を置いていくことになった母を激しく責めると同時に、出発前には仏壇の前で母の成功を祈って手を合わせていた。
「瑠琉……お前、服を作るのか?」
「う、うん。知り合いの、だけど」
「本気なのか?」
何故、そんなことを訊くのか解らなかった。だって母のようにフランスへ行くわけでも、コンテストに出るわけでもないのに。
「誰かのための服なら、絶対に投げ出してはいかん。仕事で大切なのは、信用を得ることだ」
「も、勿論。投げ出したりはしないよ」
「そうか。なら、何が何でもやり遂げなさい」
私を絶対的に信じているかのようなその眼差しが少しだけ目に痛くて、私は俯いてしまう。祖父は座り込む私を暫しじっと見つめた後、何も言わずに部屋を出て行った。
「あっ……」
引き留めようとしたが、既にドアは閉められており。
「混紡、探して……」
私は再び、床に這いつくばるのだった。
深夜2時。机に突っ伏しながら、見栄を張ってしまったことを酷く後悔する。否、見栄とは少し違うのかもしれない。だって私はファミレスで、穂條さん達にこう言った。
服作りは好きですが、あまり経験はない、と。
思い出し、大きなため息を吐く。そう、服を作ったことはある。古着をアレンジしてスカートを作ったりしたことは何回もあるけど、型紙の用意から始めた経験は数回程度。どれも思ったように上手く作れず、途中でやめてしまったり、完成させても誇れるようなものではなくて、押し入れに仕舞うか捨ててしまった。
服作りは好き。嘘じゃない。あまり経験はない。これも、嘘ではない。
嘘は吐いていないのだが、その後がよろしくなかった。
『あまり経験ないってことは、ちょっとはあるってことでしょ? 服作ったことあるなんて凄いよ! 勿論、手伝えることあったら何でも手伝うからさ、何とかお願いできない?』
穂條さんのおねだり、上目遣いを添えて。この攻撃に私は伏してしまったのだ。よくよく考えてみれば、やっぱり私は見栄を張ってしまった、ような気がする。情けないから認めたくないけど、認めざるを得ない。凄いと言われ、お願いしたいと言われ、自分の実力不足なんて棚に上げて、「まぁ、できるだけやってみます」なんてプロみたいなことを言ってしまった。
私は机の上に転がった型紙とハトロン紙を見て、絶望する。
「ど、どうすれば……。デザインはできてるけど、ああでも失敗しちゃいけない……」
衣装代は完成後、穂條さん達に請求できる予定だが、型紙もハトロン紙も、生地だって失敗する度に買い替えていたら申し訳なさすぎる。その場合は自分のお財布から出すのが良いんだろうけど……私のお財布は現在あまり豊かじゃないし。
「と、取り敢えずYouTubeで作り方を……」
調べよう、とスマホに手を伸ばす。
そう。思い返せばいつもこうだったのだ。小学生の頃から調べ物はYouTubeなどのネットを利用する癖がついている。図書館で小説を読むついでに服作りの本を1冊くらい借りてくれば良いのに、見るのはいつもスマホばかり。
これが私の、良くないところ。
いつの間にか、空が明るくなっていた。
「……嘘」
お婆ちゃんが掛けてくれたのだろう毛布が、背中からぱさっと落ちる。拾うこともせず立ち上がり、カーテンを恐る恐る全開にする。太陽の日差しが、燦々と部屋に降り注ぐ。
ゆっくりと、視線を机に戻す。ハトロン紙には序章も序章、プロローグの冒頭部分のような全く進んでいないけど何となく弄ってみた線が写っている。あれから見つかった混紡は一切使われることなく、購入した店の袋ごと部屋の隅に置かれている。七時丁度を知らせるスマホの画面が薄暗くなり、ぱっと消えた。
「ああああああああああまたやっちゃったああああああああああああああああ」
いつもこうだ。いつもいつもこうだ。だって昨日は家に帰ってからずっと服作りのことしか考えてなくて、型紙とノートに描いたデザイン画ばかりを見ていたから、そりゃ好きなYouTuberさんの動画が上がってたらつい見ちゃうし、気分転換に音楽をかけ始めたらそりゃ寝ちゃうっていうかあああああああ。
穂條さん達がいつ衣装を着てMV撮影に臨むのか詳しい日程は聞いていないが、もし私のせいでいつまでもアイドルデビューができなかったらああああ……。
「瑠琉、起きてるのかい?」
祖母が私を起こしにやってきた。祖母は部屋着で頭を抱える私を見て、にっこりと微笑む。
「おや、服作りにそんなに熱中していたなんて、何かに夢中になるのは良いことだからねぇ。まぁ夜は寝ないといけないけど、一度くらいは大目に見ようかねぇ」
違うんです、私ずっとYouTube見たり音楽聴いたりしてただけで何1つすべきことはしてないんです、と言おうとしてやめた。良い案を思いついた。
私は普段、6時に起きて鳥居の前を掃除し、元気に学校へ行く。そんな私が夜も眠らず鳥居の掃除も忘れて趣味に没頭していた、ように祖母には見えていたのなら、今日くらいは服作りに熱中したいから学校を休みたいと言えば通ずる可能性があるのではないだろうか。騙すようで少々胸が痛むけど、今日こそは絶対に服作りを進めると神に誓う。だからどうか、どうか神よっ……!
「お婆ちゃん、私今日、学校休みた──」
「行きなさい」
「……休み──」
「行きなさい」
「……はい」
ちゅんちゅんと、雀が窓の傍を通り過ぎて行った。




