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もう夜ご飯の時間ということで、私達はファミリーレストランに訪れていた。私の隣に一条さん、正面に穂條さんと清瀬さんが座っている。
「ふぁ、ファミレスなんて久しぶりに来た……」
一条さんが、高級レストランにでも来たように、慣れない空間に緊張しているのだろう。私もあまり来る機会はない。大体のご飯は家で食べるし、偶の外食にファミレスは選ばないのが神北家だ。おかげで、今日はミラノ風ドリアを頼んでみた。神北家でもシチューなんかは作るが、ドリアなんて洒落たものを食べる機会はないからである。
「ど、ドリンクバーとか頼んで良いんだよね? あ、私だけ? それとも皆で1つずつにする?」
「沙希なに言ってんの? ドリンクバーならさっき注文した時に一緒に頼んどいたよ。丁度400円だったから、1人100円ずつね」
穂條さんが壁に設置されているタッチパネルを指さして言うと、「あ、そうなんだ。そういうシステム……」と一条さんがふんふん頷く。あれ? 一条さんって私よりファミレスに慣れてない?
「ご、ごめんねなんか慌てちゃって。私友達少ないから、こういうところ来る機会なくて──」
「く、暗い話はやめて、本題に入りましょうか! 穂條さん、私に用って?」
「友達が少ないことを暗い話だと決めつけるのはどうかと思うわよ。1人で過ごす時間の方が気楽って人もいるでしょうし」
「はぅっ」
清瀬さんの正論パンチに何も言えなくなり口を閉ざす。一条さんからは「良いんだよ。実際、暗い話だし」とどんよりしたテンションで言われ、私はますます身を小さくした。
「そ、そんなことより本題だよ本題!」
穂條さんが手を叩いて言う。テーブルに置かれた私の烏龍茶が、カランっと氷を揺らした。
「神北さんにお願いしたいことがあってさ」
「お願いしたいこと?」
「そう。さっき美波の衣装、デザインしてくれたでしょ? あんな感じで、私と沙希の分も頼めないかなーと思って」
「え、良いですけど……。もしかして、MVで使うんですか?」
「そうそう」
こんなお願いをしてくるなんて、清瀬さんのデザインを相当気に入ってくれたってことなんじゃ……。胸に熱いものが込み上げ、いそいそとテーブルにさっきのノートと筆記用具を出す。
「MVのテーマはありますか? 曲の歌詞とか、できるだけ合わせたいので」
私のやる気が伝わったのか、穂條さんはリングノートを1冊出すとテーブルに広げた。
「作曲はまだ途中なんだけど、歌詞はちょこちょこっとね。テーマは、再出発」
「再出発……」
1ページ目に書かれた《再出発》という単語から線が引かれ、《アイドル》、《ダンス》、《音楽》と繋がっている。アイドルは穂條さん、音楽はボカロPをやっている清瀬さんだろうから、残ったダンスは一条さん、だろうか。
「ダンスというのは一条さんの特技、というか趣味みたいなものですか?」
「う、うん……。特技って自信を持ってはまだ言えないけど、趣味ではあるよ。1回諦めちゃったけど、最近また続けてるんだ」
「というと、この再出発は一度諦めた夢、もしくは好きなことをもう一度続けたい、みたいな意味で合ってますか?」
「え、よく解ったね」
穂條さんが超能力者を目の当たりにしたように私を見てくるが、私は苦笑する。
「えっと、穂條さんがカラスタ経験者って知ってたので。なんとなく読解するとそうかなと」
「へぇー、本当にカラスタって有名なのね」
メロンソーダを飲みながら清瀬さんが眉を上げる。
「もしかして神北さん、カラスタ見てたの?」
穂條さんに訊かれ、私は少しだけ目線を泳がす。その反応を見て、穂條さんは概ね察したらしい。笑いながら、「いいよいいよ」と繰り返す。
「カラスタ有名だし。私の恥ずかしい最後を見られたのは少しショックだけど──」
「は、恥ずかしくなんかありませんっ!」
私は思ったより大きな声が出てしまった自分に困惑し、慌てて「すみません」と萎んだ声で言った。
「……もし私が穂條さんの立場だったら、きっと逃げ出していたと思います。あそこで1人だけ落ちるなんて、番組の都合上仕方ないとは言え耐えられないでしょうし。ですから、自分の素直な想いを、悔しいって気持ちを言葉にできた穂條さんは、私凄く、尊敬してるんですっ」
「そ、尊敬って……そう真っ直ぐな目で言われると、何か照れるな」
穂條さんは頭を掻き、はにかんで笑う。そう、こんなに可愛いんだから、自信を持って良い。
「本当に、穂條さんは凄いです。普通のオーデションを受けるだけでも勇気がいるのに、全国で配信されるオーデション番組にも出るなんて。本気だからできることです」
「そんな、出るだけなら誰でも……。まぁ、書類審査はいるけど」
「書類審査を通過したのだって、穂條さんが努力したからでしょう? 夢に向かって本気で、そこまで頑張っている人が口にする悔しいという言葉は……絶対、恥ずかしいものではありません。寧ろ尊いものだと私は思います」
「尊いって……」
「なんか、愛の告白みたいね」
清瀬さんが言うと、一条さんが「確かに」と同意を示す。え、そんな、告白だなんてそんな。
「神北さん、顔赤いわよ」
「こ、ここ、告白したわけじゃないですからねっ?」
「あはは、解ってるよ」
あ、初めて一条さんの笑みを間近で見た。可愛い……。
「そ、それでえっと、デザインですよね! 今すぐ描きますので少々お待ちを!」
このままだと顔が沸騰してしまいそうだったので、無理矢理話を元に戻す。すると、店員さんがお盆に載ったミラノ風ドリアと他の料理を運んできた。食べたいけど、今すぐ描くと言った手前食べられない。あ、でも早く食べちゃった方が、もし皆が先に食べ終えてしまった時、私が皆を待たせてしまうことになるのでは?
「神北さん、あーんしてあげよっか?」
「ふぇっ⁉」
神に稲妻を撃たれたような衝撃が走り、持っていた鉛筆を落とした。口をパクパクさせながら穂條さんを見ると、穂條さんはにんやりと意地悪な笑みを浮かべ、まだ何も掬っていないスプーンを私に向けた。
「いやぁ、神北さんがあんまり私のこと褒めてくれるから、もしかしたら好きなのかなぁと。もし今から私を推してくれるなら、特別大サービスのファンサしちゃうけど、どうする?」
今からじゃなくて半年ほど前から推させてもらっているのですが……。それに特別大サービスのファンサにしては特別大サービスすぎる。こんなの、アイドルがファンにやって良いファンサじゃない! 勘違いしちゃう! 穂條さんのガチ恋勢になっちゃう!
「あの、あのののののののの」
「ちょっと李珠、あなたのせいで神北さんがおかしくなってるわよ?」
「壊れたCDみたいになってる……」
一条さん、顔覗き込まないで! 近い! 近いです距離がががががが。
「ほらほら瑠琉ちゃん、あーん」
穂條さんが今度こそドリアを掬って私の口元に近づけてくる。あれ、待って今さり気なく名前呼びされた? る、瑠琉ちゃんって、言った?
「あ、あわ、あわわわわ……。せ、せっせせせせせっかくですが、お、おおお断りさせて、いただきます」
「ん? いただきます?」
「お断りさせていただきます! 少々、刺激が強すぎる、ので……」
100メートル走でもした後のように息を切らしながら言うと、穂條さんはまたも意地の悪い笑みを浮かべて、「じゃ、MV公開後の打ち上げまでお預けってことで」とスプーンを下ろす。
その言葉に、私は「えっ」と再度大きな声を上げてしまう。
「打ち上げ、行っても良いんですか?」
私は衣装のデザインをするだけだし、そのデザインだってまだ本当に採用されるかは決まってないし、そうこれは採用試験みたいなもので……。
あれ? ということは、もし失敗して不採用になったら、私は今後一生、穂條さん達のアイドル活動に関わることはできないのかな。否、私はただのファンなのだから、関係者になって近づこうとしたこと自体がおこがましかったのではないだろうか。穂條さん達の誘いにほいほい乗っかって……もしかしてそれも試験だったんじゃ? 私が害悪オタクかそうでないかを見分けて、今のうちに厄介払いしておこうみたいな? え、それだったら既に試験は終了している? 私、もしかして不採用?
「何言ってんの? 勿論だよ」
穂條さんが、涼しい笑みを浮かべて言う。え、不採用なの? 本当に?
「だって衣装作ってもらうんだもん。打ち上げとは別に、ちゃんとお礼もしたいしさ」
続く穂條さんの返答は、私の予想の遥か斜め上をいった。烏龍茶のグラスに付着した水滴が、つうっと落ちてコースターにシミを作る。一条さんはたらこパスタ、清瀬さんはカルボナーラを食し、穂條さんはしらす丼に箸を立てる。
美味しそうに食事をする3人の顔を順番に見て、最後、私は自身のノートに目を落とす。描きかけのマネキンは残念ながらあまり上手いとは言えず、禄に勉強もせず独学と思想で作られたデザインも、とても良くできたものとは言えず……。
「……衣装を、作る?」
食器が擦れる音と同じボリュームで問いかければ、的確に音を拾った3人が同じタイミングでうんと頷く。
「……私が?」
自分自身に指を向けて再度問いかければ、同じタイミングの頷きが3人分返ってきた。
暫し、時が止まる。じっと、3人は私を見つめている。私は下を向き、状況を整理した後、
「ええええええええええええええ⁉」
と、今日1番の絶叫を、店内に響かせた。




