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Sky’s  作者: 白咲実空
#4.始まり、終わり、始まる朝
27/32

3

 私が穂條ほじょうさん推しになったのは、昨年の8月まで遡る。8月1日、ColorfulカラフルStarsスターズオーデションというアイドルオーデション番組がABAMATVで配信された。Colorful*Stars、略してカラスタは有名な芸能事務所で、数多くのアイドルグループを生み出している。そのため私が通っている中学でもカラスタの新オーデションは話題になり、受験勉強の息抜きに私も見ていた。

 一次審査の時点では、特に穂條さんに注目してはいなかった。その時から私は桜乃夢さくらのゆめちゃんを推していて、桜乃夢ちゃん一筋だったから。カラスタの中では桜乃夢ちゃんがぶっちぎりでファン数を獲得していて、対照的に穂條さんはあまり目立つようなタイプではなかった。

 穂條さんは歌も上手く、ダンスも上手い。上手いけど、表現力に欠けると審査員は言った。だけど穂條さんより人気のあった人が脱落していったのには、やはり番組の面白さを追求した運営のエゴが起因していたのだろう。可愛くて愛嬌のある人を沢山カメラに映して、誰もがあの子はアイドルになれると思い込ませてから、脱落という衝撃を与える。だって緩急が激しい物語の方が面白いから。そういう意味では穂條さんは、良くも悪くも影が薄い存在だった。言葉を選ばずに例えるなら、ドッジボールで避けるのだけ上手くて、最後まで残ってしまう子、みたいな。

 だから、私はあの番組をそこまで熱心に見てはいなかった。あの番組はネット上では概ね高評価だったけど、私はあまり好きではなかった。

 でもあの番組で唯一、好きなシーンを挙げるとするならば。桜乃夢ちゃんが最終選考で披露したライブとか、桜乃夢ちゃんに関係する以外のシーンを挙げるとするなら……。

 最終選考で落ちた、後一歩だったのに、自分1人だけが落ちてしまった。そんな残酷な現実を目の当たりにした穂條さんの表情は、穂條さんの推しでなくとも見ているこちらまで泣いてしまいそうなほどの痛ましさがあって。穂條さんは、こう言ったのだ。

 合格したメンバーに、祝福なんてできない、と。

 当たり前だと思う。私はあそこで嘘を吐かず、素直に悔しさを吐き出した穂條さんを、好きになった。

 だって、眩しくないわけないのだ。

 自分の好きに対して真っ直ぐで、憧れに近づくために努力して、自分の悔しいという感情を認めて、そして今、諦めずにまたアイドルになろうとしている。

 そんな人が、眩しくないわけがない。


 穂條さん達には、噂の真相を訊くことができなかった。穂條さんとも一条さんとも清瀬さんとも私はあまり話したことがなく、掃除場所も委員会も3人とは違うから話すタイミングもない。私の後ろの席の清瀬さんはボカロPをしているのだが、教室で自分の曲の話をされることを酷く嫌っていることから、アイドルやるの? と訊くのも躊躇われる。

 十架とおかさんとはるさん曰くYouTubeでアイドル活動を行うみたいだけど、穂條李珠ほじょうりずと検索をかければ出てくるのはカラスタでの穂條さんばかり。次に一条沙希いちじょうさきと検索すると、ダンス大会の動画が幾つか並んだ。1つを確認してみると、一条さんが小学生の部のダンス大会で優勝している動画だったので、取り敢えず高評価ボタンを押しておいた。最後に清瀬美波きよせみなみと検索をかけるも、ヒットはしない。

 それとも本名では活動しないのだろうか。それか、まだデビュー前? 十架さんと春さんもチャンネル名は知らないって言ってたし。

「こーら、瑠琉るる。仕事中にスマホは禁止!」

 鋭い声が私の思考を遮り、液晶画面を触る指の動きを止める。隣を見れば、同じ図書委員の玲奈れいなさんが渋い顔をしていた。

「へぅっ、すいませぇん……」

 素直に謝りスマホをカウンターの上に置くと、玲奈さんの表情も和らいだ。

「ま、今のは注意喚起の意味もあるんだけどね」

「注意喚起? えっと、私に対して、ですよね?」

 玲奈さんは首を横に振ると、後ろの席の方で読書をしている数人の男女グループを控えめに指さした。

「あのグループ、さっきまでスマホ触って小声で笑い合ってたから、わざと聞こえるように注意したの。瑠琉を見せしめにしたってわけ」

 ごめんね、と小さく謝られたが、私も悪いことはしていたので注意は受け取っておく。

「それにしても、瑠琉が仕事中にスマホ触ってるなんて珍しいね。いつもは本読んでるのに。何見てたの?」

「あっ、えーと……」

 クラスメイトのプライベートを調べていました、なんて人聞きの悪いことは言えない。あ、でも玲奈さんは同じクラスだから、もしかしたら穂條さん達のアイドル活動について、何か知っていることがあるかもしれない。

「あの、玲奈さん。穂條さん達が今やっている、面白いことについては知っていますか?」

 私は誤魔化したり嘘を吐いたりするのがあまり得意ではないので、率直に訊ねる。玲奈さんは面食らったように目を小さく見開くと、思い当たることを探しているのか顎に手を当てて考え込む。知らないならいいんです、と言おうとした矢先、

「もしかして、YouTubeのやつ?」

「そうっ、それです! 玲奈さんはチャンネル名とか、そういう情報知ってたりしませんか?」

「え、なんで?」

 え、なんで? 何でって訊かれると、特に深い意味はないのだが。あれ? もしかして私、玲奈さんに、なんでこいつ他人のプライベートな情報をそんなに知りたがってるのキモ、とか思われてたりする? ち、違ういや違わないのかもしれないけど。

「お、応援したいんです」

「応援……」

「はい! クラスメイトがYouTubeでアイドルなんて、推したいに決まってるじゃないですか!」

 玲奈さんは「推す……」とおうむ返しに呟く。推したく、ない? 普通の人はクラスメイトがYouTubeでアイドル活動をすることに興味なんて示さないの? 私の好奇心はもしや、人一倍強かったりするのだろうか。

 心配になっていると、玲奈さんは唐突に吹きだした。

「あっははははは!」

「あ、あれ? 私、そんなにおかしなこと言いました?」

 変な意味で受け取られていた場合、撤回か訂正をしたいのだが。玲奈さんは「違う違う」と笑いながら、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。そ、そんなに笑わなくても。

「いやいや、瑠琉があまりにも純粋だから」

「純粋?」

「そ。いやー、心が清らかになるよ。瑠琉と喋ってると」

 そんなことを言われたのは初めてで、褒めてはくれているだろうから取り敢えず「ありがとうございます?」と返しておく。何故今の話の流れから私が純粋ということになるのかは疑問だが。寧ろ人の名前を検索して色々と調べていたのだから、純粋とは程遠いのでは?

「うーん、チャンネル名とかは知らないなぁ。というか、たぶんまだ活動してないんじゃないかな?」

 落ち着きを取り戻した玲奈さんが、「曲も作ってる途中だろうし」と付け加えて言う。さらっと聞き流しそうになったが、ちょっと待ってほしい。今、聞き捨てならないことを聞いた気が。

「え、どうして玲奈さんが穂條さん達の……えっと、曲の進捗状況を知っているのですか?」

 問うと、玲奈さんは「あぁ」と、推理小説なら間違いなく事件解決のヒントになる世間話を話すキャラクターのような声音で、さらりと言った。

「放課後、偶に教室で会議してるんだよ」

「会議?」

「うん。曲の歌詞とか、活動のスケジュールとか。たまーに見かけるよ」

「た、たまーにというのは、いつ?」

「うーん、いつかって訊かれても……私が見かけたの2回だけだし。あ、でも両方とも、雨が降ってた日のような?」

 雨よ降れ。あぁでも、もう放課してから随分と時間が経っているし、帰宅部の生徒は既に家に着いているだろう。それに、今日は雲一つない快晴。きっと雨は降らない。

「雨かぁ……。梅雨を待てば、会えるかもしれませんね。その時に気になること、訊いてみようと思います」

 雨の日限定で穂條さん達が会議をしていると、まだ決まったわけではない。もしかしたら別の条件下で教室を使っているのかもしれないが、雨という情報源しか得られない以上それに頼るしかない。毎日穂條さん達が下校するのを見送るまで教室に居残りしたいところだが、今日みたいに図書委員の仕事がある日や家の手伝いが待っている日は不可能だ。

「雨……」

 ぽつり、とそれこそ雨が降るみたいに、玲奈さんが仄かな声で呟いた。湿り気を帯びた、もの悲しさを感じる色を纏った響きだった。

「玲奈さん? どうかしましたか?」

 何か気に障ることでも言ってしまったのかもしれない。そう心配したのだが、玲奈さんはいつもの笑みを浮かべた。

「ううん、大丈夫。今日は、人少ないね」

「あ、はい。そうですね」

 話題の逸らし方が露骨だと感じたのは、私の気のせいなのだろうか。玲奈さんの顔色は体調が悪そうでも不機嫌そうなわけでもなく、いつもの色をしていた。

 大丈夫、と玲奈さんが言った以上、私が気にしすぎるのも失礼だろう。もし何かあったのなら、その時に話を聞けば良い。そう考えて、玲奈さんと小さな声でお喋りをする。

 図書室から1人、また1人と姿が消えて、私と玲奈さんの2人きりになる頃には、真っ青だった空が仄かなオレンジと藍色のグラデーションに染まっていた。

 図書室を施錠し、玲奈さんと2人で職員室まで歩く。鍵を返すと玲奈さんから、「教室見ていく?」と何気なく訊かれたが、私の用に玲奈さんを連れて行くのも申し訳ないので「今日はいいです」と断った。

 昇降口で靴を履き替え、なんてことない会話をしながら通学路を歩く。玲奈さんは電車通学をしているので、市街地に差し掛かる横断歩道の前で別れる。

 車が行き交う。近くの中学の制服を着た男の子が自転車に跨り、私の横を通り過ぎる。保育園に行っていたのだろう帽子を被った幼女が、お母さんと手を繋いでよちよち歩く。お母さんのもう片方の手には買い物袋があり、ネギが飛び出している。小学生の集団が手を振って各々の家路にばらけていく。美容院のシャッターが閉まる。家々に明かりが灯っていく。

「……あ」

 服屋の前で、私は足を止める。ショーウインドウに飾られた、純白のノースリーブワンピース。ただのマネキンが、ほんの一瞬だけ桜乃夢ちゃんに見えた。

 桜乃夢ちゃんが着ていたシンプルなものとは少し違って、こちらは裾にフリルが付いている。スカートもふんわりと広がっており、ただのワンピースというよりかはアイドルの衣装みたいな、お姫様が着るドレスみたいだな、と見惚れてしまう。

「もし宜しければ、着てみますか?」

「へぅっ⁉」

 誰、と思い声のした方を向くと、普通に店員さんだった。20代後半くらい、だろうか。赤色のエプロンがよく似合う、綺麗な女性だった。店員さんの手には箒が握られており、どうやら軒先の掃除をしていたらしいことが窺える。

「あー、えっと……」

 可愛い、とは思うけど似合う自信はないし、一度試着してしまえば間違いなく買わざるを得なくなるコースだ。お財布的にも、今ではないだろう。

「すみません。今日はちょっと──」

「店員さーん、これ買いたいんですけどー……」

 お店の扉が開いて、お客さんだろう人が店員さんに声をかける。思わず私もそちらを向くと、そのお客さんと目が合って……思考が一瞬にして停止してしまった。

「……神北かみきたさん?」

「ひゃ、ひゃい!」

 どうして、穂條さんがここに? 穂條さんは私をじっと見つめた後、「えっと……」と言葉を探し始めた。そうだよねあんまり話したことないクラスメイトとこんなところで会ったら気まずいよね私は嬉しいけど。

「ほ、穂條さん、お買い物ですか?」

 無難な質問をすると、穂條さんは「そうそう」と続けて言う。

「沙希と美波も一緒でさ。今、そこのワンピース買おうかなって思ってたとこ」

 そこのワンピース、というのは私が今見ていたワンピースだ。店員さんが、無言で私に目線を送ってきた。たぶん、買われちゃうけど良いんですか? 的なことを言いたいのだろう。私は静かに頷いて、胸のモヤモヤに蓋をして笑みを浮かべる。

「そうですか。穂條さんなら絶対、似合うと思います」

「あぁいや、着るのは私じゃなくてさ、美波」

「え、美波さんが?」

 あの美しいクールビューティが、この可愛いワンピースを?

「絶対、似合うと思います……。ほんとに、え、見たいです」

 はっ⁉ しまった、願望がつい口に……⁉

「だよね、私も沙希も絶対似合うって言ってるのに、踏ん切りつかないみたいでさ、今から試着させるから、良かったら神北さんも背中押してあげてよ」

 私の願望を気にすることなく寧ろ叶えてくれた穂條さんは、店員さんに「試着良いですか?」と確認をとって店の中に消える。私も後に続いて、お店の中に入った。こじんまりとしたお店だが、壁と床が木製のベージュで、フルーツの絵が壁に掛かっていたり猫の置物が棚にあったりと、童話に出てくるお家みたいな可愛らしい内装だ。店内を見渡しながら歩いていると、ルームウェアの一角に一条さんと清瀬さんがいた。2人は私を見て、目を丸くする。

「神北さん? あなたもお買い物かしら?」

 清瀬さんに初めて声をかけてもらった! あぁ、澄んだ水の塊みたいな瞳の中に、私が映っている! 感動! 私なんか映して、目が汚れてしまわないと良いけど。

「お買い物ではなく……えっと、清瀬さんがワンピースを試着するというので、その……」

「神北さんにも見てもらおうと思って」

 畳んだワンピースを持ってきた穂條さんが、私の隣に並んでそう言った。清瀬さんの眉間には解りやすく皺が寄り、「は?」と低い声を漏らす。

「あなた、小学生の頃か弱い生徒を教卓に立たせて、あーやまれ、と先陣切って手拍子をしていたタイプの人間でしょう」

「は? しないよそんなこと。寧ろ、やめなよ可哀想じゃんって止めてたよ」

「あ、そういうことは実際にあったんだ……」

 一条さんの口の端が引き攣っている。清瀬さんも気まずくなったのか一瞬だけ口を閉じ、すぐに別の話を持ってきた。

「だとしても、李珠はきっと断罪系とかざまぁ系とか、そういう1人の醜態を集団で囲い、やんややんやする漫画や小説が好きなのでしょうね」

「ちょっと、どうしてそんな話になるのさ」

「あなたと沙希に見られるだけならともかく、よくも関係のないクラスメイトまで巻き込んでくれたわねと言っているのよ」

 関係のないクラスメイト……。そう、だよね。私はこの3人と同じクラスメイトというだけで、仲は別によくないし、何ならまともに会話したのだって今日が初めてだし。

「あの、私やっぱり帰りま──」

「いいよいいよ気を遣わなくて! それとも神北さん、何か用事あった? 無理に連れ込んじゃったなら謝りたいんだけど」

 穂條さんの言葉に、私は首をぶんぶん横に振る。

「い、いえ。清瀬さんのワンピース姿を見たいと言ったのは私ですし、用事も今日は特に──」

「待ちなさい。あなた今、私のワンピースを見たいと言ったかしら?」

「ひぃっ⁉」

「ちょ、美波! 神北さん怯えてるじゃん!」

 穂條さんが私から清瀬さんを引き剥がしてくれるが、たぶん清瀬さんは本気で怒っているわけではない、と思う。思いたい。多分、ワンピース姿を見られるのが単純に恥ずかしいだけ、なのではないだろうか。

「あの……そもそもどうして、清瀬さんがワンピースを着ることになったんですか? さっき穂條さん、店員さんにこのワンピース買いたいって言ってましたけど、清瀬さんが買うのなら、清瀬さんが気に入ってないとおかしい、ですよね?」

 会話が途切れたタイミングで、疑問に思っていたことを口にしてみる。すると、清瀬さんが感動したように「そうなの。あなたの言う通りおかしいのよ」とうんうん頷く。穂條さんはため息を吐いて、「だって」と切り出した。

「予算的にもイメージ的にも、このワンピースが1番合ってたんだもん」

「予算? イメージ?」

「そう。MVのね」

 MV……。MVとはミュージックビデオのことであり、アイドルやバンド、最近流行のボカロ曲とかだとアニメーションMVなんていうものも製作されているのだとか。つまり、穂條さん達がMVを撮る、ということは。

 MV、アイドル、YouTube。これら3つの単語が、私の中で線となって繋がった。

「それって、アイドルのですか⁉」

「あ、やっぱり噂になってたんだ」

 私の叫びをあっさり穂條さんが肯定すると、清瀬さんが額を抑えて呻く。

「当たり前でしょ。放課後にYouTubeとかアイドルとかいうワードを出して会議してたら、通り過ぎた人達は色々と勘繰るでしょ。だから教室で会議は嫌だったのよ」

「雨の日は移動怠いからっていつものカフェ拒否したの美波じゃん!」

「ま、まぁまぁ。どこでやろうが、いずれはバレてたと思うよ? 皆、その……目ざといというか、こういう話題には敏感だから」

 3人の話を聞く限り、玲奈さんの読みは当たっていたようだ。今日は雨降ってないけどこんなところで会えたのは、何かしらの縁があるのかもしれない。

「それで、予算とイメージと言っていましたが……そのワンピースはMVで着る衣装ですか?」

 今のうちに情報収集をして古参を名乗る準備をしておこう。推しに認知してもらいたいとはあまり思わないタイプだけど、知り合いになれるチャンスがあるならなっておきたいのが、ファンの性、だよね? 間違ってないよね? あれ、私もしかして狡いことしてる?

 焦る私の心境など知らず、素直で優しい穂條さんは何の躊躇いもなく貴重情報を教えてくれた。

「そう、これ着て踊るの」

 穂條さんがワンピースをぴらっと開く。穂條さんの言葉に、私は違和感を覚えた。

「え、踊る? MVの私服で遊ぶシーンとかに使う感じではなく」

「ではなくて、これ着て踊るの。アイドルのライブ衣装として」

 「お金なくってさー」と穂條さんは笑った。つまり、衣装を沢山用意することはできないから、1人1着支給されたワンピースのみで、MVを作るらしい。

「……そのワンピース、色違いはあるんですか?」

 私の問いに、穂條さんは首を横に振る。

「ないよ。この白いやつだけ」

「じゃあ、穂條さんと一条さんの衣装はどうするんです?」

「似たようなのを探すしかないよね。全員これでも良かったんだけど、店員さんがこのワンピースの在庫もうないって言うから。まぁでも、アイドルの衣装ってメンバーによってデザイン違うのが当たり前だし、違うワンピース買ってもそれはそれで、それっぽくなるでしょ」

 私のこめかみに青い筋が走った。私は別に推しを全肯定するオタクではないが、今までの推しはみんな炎上とは程遠いエンジェルばかりだったため、推しに対しこんな感情を抱くのは初めてのことだった。

「……穂條さん、それは違います」

「え」

 私の声のトーンから感情を察したのか、穂條さんの笑みが固まった。固まる穂條さんとキョトンとする一条さん、何か嫌な予感でもしたのか一条さんの背後に隠れる清瀬さん、3人に向かって、私は声を上げた。

「アイドルの衣装は確かにメンバーによってデザインが異っています! ですがそれは、メンバー1人1人の個性や特徴的な部位を強調するためにデザインされた、デザイナーの想いが込められたが故の仕上がりなんです! それをあなたは何ですか⁉」

「はっ、はい!」

 1歩、大きく距離を詰めると穂條さんが1歩小さく後ろに下がる。近距離で推しの顔を見ても、私の鼓動は弾んだりなどしない。今は、そんなことでトキメいている場合ではない。

「なぜその白のワンピースを清瀬さんに着せようと思ったのです⁉ なぜノースリーブを清瀬さんに選んだんです⁉ 穂條さんでは、一条さんでは駄目な理由は⁉」

「み、美波が買い物できる日が直近だと今日くらいしかなくて……。だったら先に美波用の衣装を買っちゃおうっていう──」

「そんな理由で⁉ 白が1番似合うとかノースリーブが1番似合うのが清瀬さんだからとか、そういう理由なら解るのに、ただ都合に合わせただけ⁉ 清瀬さんの個性も身体の特徴も何も考えず、そんな理由ですか⁉」

「あ、そうそう! 美波は白似合うし、ノースリーブも似合うなぁと思って──」

「そんな今更とってつけたような理由には騙されませんよ? いいですかよく聞いてください。清瀬さんの個性は見た人全てを釘付けにする、言い換えれば強烈な睨みで硬直させてしまうメデューサのような美貌です! 一見するときつい印象を与えがちな美人で近寄りがたいですが! 喋ってみても心にくる言葉をズバズバ言い放つ鞭のような人ですが! 物語の登場人物で例えると、可愛らしい見た目の主人公と敵対する美人かつセクシーな悪役だけども、主人公に諭されて光堕ちしてからはめっちゃ綺麗で美しくて、きつかった印象も親しくなってからは頼りになるお姉さん的な感じでかっこよく見える! 清瀬さんはそういう人です!」

「ちょっと何言ってるか解らないのだけれど、あなた褒めてないでしょ?」

「そんな清瀬さんの身体的特徴は抜群に長い手足と160はある身長! それとDはありそうなバストです!」

「ちょっと、人の胸のサイズを小売商店で発表するのはやめてくれないかしら⁉」

「ですが清瀬さんは大人びた雰囲気があります。なので丈はロングの方がたぶん雰囲気に合ってる……ちょっと待ってくださいね」

 私は鞄から適当なノートと筆記用具を出すと、1番最後のページに衣装のデザイン案を描く。3分ほどで完成したイラストを見せると、穂條さんと一条さんが「わぁっ」と目を輝かせた。

「ノースリーブだと幼さを感じるような気がしたので、ネックラインは鎖骨ごと見せるショルダー・ラップにしてみました。ギャザースカートの丈は足首がちらりと見える程度の長さですが、風で揺れた際に生足を見たいので靴下はソックスで、まぁクルーソックスでも良いですけど私個人の好みで言うと白のソックスが良いです。そしてワンピース全体の色は深い海のような青で、胸元の紐リボンはグループカラ―に合わせて統一してほしいので仮で黒としました」

「凄い! 何言ってるか解らないけど凄いよ神北さん!」

「うん! 私もちょっと驚いちゃった……」

 穂條さんと一条さんはお気に召したようだが、どんなに万人受けするデザインでも着る人が気に入ってくれないと価値はない。私はデザイン案を清瀬さんに向かって突き出すように見せると、清瀬さんはやや引いたようだったが咳ばらいを一つした後、

「……まぁ、鎖骨を出すのは気になるけれどロングだし、可愛すぎず綺麗だし。これなら、そうね。着てみたいかも、しれない」

 と、ほんのり頬を朱色に染めた。

 初めて、私のデザインが誰かに認められた。初めて誰かのために服のデザインをしたという事実もあるが、私がデザインした服を「着てみたい」と言ってくれる人がいるなんて……。

「あれ? 神北さんフリーズしちゃった? おーい、さっきまでの勢いはどうしたー?」

 穂條さんが目の前で手を振ってくれ、正気を取り戻す。しまった、あまりの感動に思考が飛んでしまっていた。

「す、すみません。今までずっと自分の着てみたい服とか、テーマを決めた服のデザインばかりしていたものですから……その、人に褒められた経験があまりなくって」

「え、そうなの? こんなに良いデザインなのに、勿体ないね」

 穂條さんは私のデザインを暫し見つめ、「あっ、そうだ!」と声を上げた。

「ねぇ神北さん、今日この後、時間ある?」

「え、はい。7時までなら……」

「じゃ、一緒に来てよ!」

 穂條さんは私の手を引くと、ずんずん歩き始める。私はされるがままになり、一条さんと清瀬さんは顔を見合わせ疑問符を浮かべながらも、私と穂條さんの後に続く。

「あ、あのお客様、そちらのワンピースは……」

 店員さんが焦ったような声で店内を出ようとする穂條さんに訊ねる。まさか買わないなんて言いませんよね? と言いたげな表情の店員さんに、穂條さんは爽やかな笑みで告げた。

「あ、買わないので戻しといてもらって良いですか?」

 空の色が変わり暗くなり始める店内に、店員さんの「かしこまりました」と言うか細い声が溶けていく。流石、大人気番組で祝福できないと言い切った人だな、と関係ないかもしれないけどそんなことを思いながら、私は穂條さんに手を引かれて店を出た。

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