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私の推しは、学校にもいる。
「ああああああああ、売り切れたクッソマジでクッソクッソくっそぉ……」
涙交じりの声で、今日も彼女は私の心を明るく照らしてくれる。あぁ、悔しがっている声も可愛い。良いよね、暴言吐くタイプの子。負けん気が強い子とかキュンキュンしちゃう。
「それって、この前ぜったい欲しいって言ってたアクスタ?」
私の二推し、清瀬さんが問うと、彼女は机に顔を突っ伏した状態で呻く。
「そう……。星奈ちゃんのアクスタ、今日の12時から予約受付開始で今見たらもうなかった」
「人気のアクスタなら12時ジャストにサイトへ行っておかないと売り切れて当然でしょう? 開始から20分も経ってから行って、間に合うはずがないでしょうに」
「授業中だったからスマホ触れないじゃん! しかも今日は猶更!」
「向井くん、3時間目から戻ってこないね」
そう心配そうに言ったのは一条さんで、ゴールデンウイーク明けにサイドテールで登校するようになってから私の三推しになった。が、今では清瀬さんと同じくらい、私の中で一条さんの好感度がうなぎ上りになっている。性格は大人しい印象があったけど体育の時間の運動神経には思わず見入ってしまうし、ふとした時に見せる笑顔が可愛い。好き。
「数学の時間に弄ったのが、彼の敗因だったわね。池谷先生は厄介だから、あの人の授業では誰一人としてスマホなんか触っていなかったのに。調子に乗った馬鹿もいたものだわ」
清瀬さんが呆れを滲ませた声で言うと、一条さんが「まぁ、おかげで今日は皆、授業中大人しいよね」と苦笑する。え、推しと推しが喋ってるんですけど、え、無理いや無理じゃないもっと見たい。
「あーあ、誰か星奈ちゃんのアクスタくれないかなぁ。お金は払うからさぁ」
私がこの学校で1番推している彼女──穂條さんはスマホを見つめながらそう憂いた。大きなため息を二度三度と吐く穂條さんに、清瀬さんは弁当箱の蓋を開けながら言う。
「お金を払うというのなら中古で買えば? どうせ、後1時間もしたらフリマサイトに出品だれているでしょうよ」
「転売ヤーから買えってこと⁉ やだね、そんなことしたらファンの名が廃る!」
穂條さんと清瀬さんが何やら言い合いを始め、それを執り成しながらお弁当を食べる一条さん……あぁ、何て幸せな空間。録音してラジオ感覚で流せば、良い睡眠ができそう、いや会話に集中するあまり逆に寝られなさそう。
「瑠琉ちゃん、次だって」
「あ、はーい」
幸せラジオを永遠に聴く夢は叶わず、友達の春さんに呼ばれて私は廊下に出た。今日のお昼休みは担任の先生と個人面談をするため、出席番号順に呼ばれたら職員室へ行かなければいけないのだ。
お昼の廊下は騒がしく、常に何処かから笑い声が響いている。麗らかな日差しに眠たくなる目元を擦りながら、職員室の戸をノックした。
担任の小口先生は、30代前半のひょろっとした男性教師だ。髭を剃って髪型を整えればイケメンになるような気がするけど、残念ながら独身なので身の回りのことを1人でするとなると自分に費やしている時間などないらしい。
来客用であろうソファ席に座ると、正面に座った小口先生が咳ばらいを一つしてから問うた。
「で、早速だが神北は、専門志望で良いのか?」
小口先生が見ているのは、先日提出した志望調査表だ。私は第一志望を専門学校、第二志望を公立大学、第三志望を私立大学と書いた。無難、だと思う。
「はい、服飾を学びたいと思っています」
「へぇー、服飾……好きなのか?」
頷くと、小口先生は「服飾かぁ」と平坦な感想を繰り返した。まぁ、興味はなさそうだ。
「まぁ、あんまりこういうことは言いたくないが、専門志望でも3年生になる頃には変わってたりするかもしれないし、いつ変わっても良いように勉強はしっかりとしておくように」
それは勿論その通りだ。それに、専門学校でも普通に筆記試験はあるので気は抜けない。
「親御さんは? 応援してくれてるのか?」
「母と父には話す機会がなく……。えっと、最初の面談でも言ったと思うんですけど、今は祖父母と一緒に住んでて、祖父母にもまだ、話してはない、です」
語尾が尻すぼみになってしまうのは、応援してくれるか解らないのと、専門学校なので国公立大学に比べ学費が高くなってしまうからだ。
「そういや、神北の親御さんって──」
「今、フランスにいます。母はデザイナーで、父はカメラマンを……」
「へぇー……ってことは、教師は身近にいるってことか」
「あはは、そうなりますね……」
母がフランスに行ったのは、つい最近だ。私が高校受験をする際、母が一緒にフランスへ行こうと言ったのだが、私は無理を言って断ってしまった。そのせいで、学費や他の面でも色々と、あまり両親に我儘を言いたくない。
「まぁ、神北が本気だって言うのなら、俺は止めはしないさ。頑張れよ」
「は、はい。頑張ります」
本気なら、の部分がやけに強い響きを伴っていたような気がした。その後、学校生活のことや勉強の進捗具合などを訊かれ、そろそろ終わりかという時、小口先生は思い出したように口にした。
「そういや神北、服飾に興味があるんだったら、服飾部には入らないのか? 確か、部活ってまだ入ってなかったよな?」
「あ……」
小口先生の言う通り、この学校には服飾部がある。新入生レクリエーションで行われた部活紹介で、服飾部は自作の服を使ってファッションショーを開いていた。作られた服もそれを身に着けた人の容姿もレベルが高くて圧巻の光景だった、のだが。
「入ろうかなって思ったんですが、少し迷ってて……。私の家、神社だから、あんまり部活に顔を出せないかもしれないなぁって思って」
「ほーん、神社の家って大変なんだなぁ」
「そうですね……。元旦なんかは特に」
乾いた笑いを零すと、小口先生は深くは追求せず、「ま、頑張れよ」と先生らしい応援の言葉を投げかけて面談は終了した。
職員室の戸を閉めながら、息を吐く。家の手伝いを言い訳にしてしまったことを、少し恥じた。本当は、ただ勇気がないだけなのに。
4月、部活の体験入部期間中に服飾部の部室周りをうろうろしていたことを思い出す。一度だけ部長の人に気になるのかと声を掛けられたことはあったが、あの時も決心がつかず逃げてしまった。
桜乃夢ちゃんなら、穂條さんならきっと、迷わずに飛び込むのだろうな。なんて、自分じゃない誰かで置き換える。憧れの人に置き換えることで、平凡な私には無理だとできない自分を肯定する。
憧れながら近づこうとしない。そんな自分が、私はあんまり好きじゃない。
今日の個人面談は私が最後なので、急ぐ必要もなくゆっくり教室へ戻った。後ろ戸から入ると、私を待っていたらしい春さんと十架さんが窓際の隅っこの席から小さく手を振ってくれる。私は2人のもとへ向かいながら、教室全体をちらりと見渡した。あれ? 穂條さん達の姿がない。お昼を食べ終わって、何処かへ行ったのだろうか。
「お疲れ瑠琉、小口になんて言われたの?」
十架さんがお弁当の包みを開けながら訊いてきた。私は十架さんの隣の席の人がもう暫く帰ってこないことを確認してからそこへ座り、同様にお弁当を広げた。
「普通に進路のこととか、学校生活のことを訊かれましたよ」
「うわー、春と同じこと言ってる。良いよね、春も瑠琉も。勉強できるから、特に文句も言われなくてさ」
「十架ちゃんこの前の中間テスト、赤点採っちゃったしね」
春さんが苦笑して言うと、十架さんは「そうそう」と不満そうに頷く。
「物理基礎ってなんであんなに難しいの? 私、2年生からの選択科目は絶対に物理なんか取らないから。基礎でも無理なのに、進化版なんかもっと無理」
「でも十架ちゃん、国語は70点だったよね」
「そう! 小説読解と詩で満点だった! 古典はクソだったけど」
詩と言えば、清瀬さんと穂條さんの詩が授業中に発表されていた。清瀬さんの『砂』は大切な人との思い出をテーマにしたような、儚くも美しい時の流れを感じられる綺麗な詩で、穂條さんの『Dream』はタイトル通り、夢に向かって突き進んでいく力強さを感じる詩だった。私には文才なんかないから、穂條さんと清瀬さんはやっぱり特別な人だなぁと渇仰したのだ。
「詩と言えば、清瀬さんと穂條さん、面白いことやってるよね。後、一条さんも」
私と同じく詩から穂條さん達を連想したらしい春さんがそう言った。面白いこと? と首を捻る私に、十架さんは思い当たることがあるようで「ああ、あれね」とブロッコリーを咀嚼しながら頷く。
「何ですか? 面白いことって」
穂條さんと清瀬さんと一条さんが、揃って面白いことをしている……そんなの、気になるに決まっているではないか。何をするか解らないけど、絶対応援したい。
オタクな自分がハチマキを巻く準備を始める。そんな私の心境を知らない十架さんは、何でもないことのように、まるでコンビニスイーツに新商品が登場したとでも言うような明るいけども明るすぎないテンションで、あっけらかんと、
「アイドルやるんだって」
と、そう言った。
私の手から箸が落ちた。箸は床に落ち、春さんと十架さんが揃って「あぁー……」と静かに嘆く。私は、勿論それどころではなく、衝動に任せて勢いよく、本当にガタっと大きな音がなるくらい勢いよく、席を立った。
「る、瑠琉……?」
「瑠琉ちゃん……?」
不審者を見るような視線を春さんと十架さん、他の方々からも感じるが、今はそれどころではない。今、十架さんは何と言った?
「今、穂條さんと清瀬さんと一条さんが、アイドルをすると、言いました?」
「え、うん、行ったけど。瑠琉? 大丈夫?」
「大丈夫では、ありません」
春さんが箸を拾って机の上に置いてくれるが、私の頭は突然訪れた衝撃ニュースを整理するのでいっぱいいっぱいだ。故に、黙々と食を進める春さんと十架さんの傍ら、私は暫し立ったまま、放心状態になっていた。




