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MK726の音楽は終わり、清瀬美波の音楽が続いた。灰色の雲が広がる真夏のようで、海中にどこまでも沈んでいく難破船のような、何かを掴めそうで掴めない、輝きを模索している音だけが、広がっていた。
それでも、美しさを失った、枯れてしまった向日葵から種を集めて、また植え直すように、私は曲を作り続ける。
土曜日の朝、自室で1人、辞書を参考に歌詞を書きながら、同時にメロディーを作っていく。
「んー……」
とはいえ、やはり歌詞が浮かんでこない。『マジックアワー』や『砂』は奏のことを考えていたから自然と言葉が浮かんでいたのだが、自分だけの世界となると何を書けば良いのか解らなくなる。
DTMに触れたばかりの私はどんな曲を作っていたのだろう。何かヒントがあるかもしれないと、私はスマホでMK726のチャンネルを開いた。過去の動画を遡ると、『星』というシンプルなタイトルが表示される。中学に入学したばかり、奏と出会う少し前に投稿されたものだ。
「うーん……。あんまりセンスないわね」
自分で作った曲とは言え、機材も何も揃っていない、DTMの使い方すら怪しい時代の曲だからか、聴いていてむず痒くなってくる。楽器の音はバラバラだし、メロディーと初音メグの声が噛み合ってないし、最初から突っ走ってるせいでサビの盛り上がりがいまいちだし。
歌詞も、拙くて恥ずかしい。
やっと見つけた僕だけの星、掴んで離さない輝き、世界を照らすほどの光……、
「僕の星、大好きな、星……」
字幕に表示された歌詞を読む。心にじんわりと、当時の想いが蘇ってくる。
未知の世界に足を踏み出した、ただひたすらに瞳を輝かせていたあの頃が。
「……もう、何よ」
せっかく何かが掴めそうだったのに、LINEの通知を知らせるバイブ音に顔を顰める。不機嫌になりつつ確認すると、穂條さんからだった。
友達リストに追加してから、内容を確認する。
『急に追加してごめんね! 名前で判ると思うけど同じクラスの穂條李珠です! 実は清瀬さんの曲をカバーして、私と沙希で歌いたいと考えています! 許可ほしいです!』
カバー? 許可? 突然すぎて情報が頭に入りきらない。だって、誰かに私の曲をカバーしてもらったことなんてないから。
このメッセージの続きに、1本の動画が送られてきていた。『マジックアワー 歌ってみた』というタイトルに、オレンジ色の空の写真を貼り付けたサムネイルが目に飛び込んでくる。既に動画、というかカバー済みの音声を録音しているということは、許可が貰える前提で、一応念のためにメッセージを送ってきたのだろう。
「勝手すぎるわ……」
ぼやきつつ、初めて自分の曲をカバーしてもらえたことによる高揚感で指が画面を滑る。
動画は、サムネイルに貼られたオレンジ色の空から始まった。雲が僅かに動き、烏らしき鳥が画面を横切ったことから、どうやら写真ではなくタイムラプス撮影したものらしい。動画が始まって5秒後、曲が始まった。
「……っ⁉」
魔法が、掛かっていた。
空をバックに表示された歌詞を目で追いかけながら、穂條さんと一条さんの声を集中して聴く。知らない色で溢れた世界が、目の前に広がっていく。
真っ白な砂に流れ星が落ちたような、空に舞い上がった水飛沫が星屑となったような、未知の輝きが私の目の前に表れて、眩しいのに目を細めるなんて勿体ないことはできなくて、私はその光に手を伸ばす。
欲しい。その輝きに、私も触れたい。
私の知らない『マジックアワー』は、美しい星空と三日月を残して終了した。脱力した私は椅子の背もたれに身体を預け、息を吐く。
私はスマホを握りしめて、立ち上がった。ベランダの扉を開けると、爽やかな香りが涼しい風に運ばれてくる。鳩がベランダのすぐ傍を横切り、新緑の葉がさざ波のように揺れた。乱れる髪を抑えながら、サンダルに履き替える。
「あっ、もしもし李珠?」
スマホを唇に近づけて言うと、くすぐったい心地に鼓動が跳ねた。案の定、「え、いきなり何? なんて言った、今」と面白い反応が返ってくる。
雲一つない青空を見上げ、春の陽気を鼻で吸い込む。一呼吸置いてから、私は続ける。
「驚いたわ、李珠と沙希が魔法使いだったなんて」
「魔法使い?」
沙希の声だ。どうやら2人は今、一緒にいるらしい。
「ねぇ、今どこにいるの? 遊んでるの?」
問うと、李珠が戸惑いを隠しきれない様子で言った。
「遊んでるっていうか……カラオケにいるけど。歌の練習で」
「朝からカラオケ? 声出るの?」
「いやもう1時だし……。ところで、清瀬さ……み、美波はどうしたの? 何か用事? あ、さっき送ったやつの許可の話?」
「ふふっ、そうね。それもあるけど、別件もあるわ。今そっちに行くから、場所を教えて」
「え、来るの? いや良いけど……ね、良いよね? うん、良いって言ってるから、じゃあ駅前の……あぁいや、地図送るから、ちょっと待って」
暫し待つと、李珠と沙希がいる位置情報が送られてきた。高校の近くなので、そこまで時間は掛からなさそうだ。
「ねぇ、別件って何? 電話じゃ駄目なの? 怖いんだけど……」
「ところで李珠と沙希は、どうして私の曲をカバーしようなんて思ったの? 歌い手にでもなるのかしら?」
「質問に答えてよ……。はぁ、まぁ良いか」
李珠は、沙希と一緒にアイドルとしてYouTubeでデビューするという話をした。そのための第1歩として、まずはカバー曲をアップしてみるつもりらしい。話を聞いて、私の口角がニマニマと上がっていく。あぁ、こんなに爽快な気分はいつぶりだろう。
「どうしてカバー曲なのかしら? 歌い手じゃなくアイドルを目指すのなら、持ち歌が必要だと思うけれど。第一あなた、コピーバンドは嫌いではなかった?」
「う、煩いな、心境の変化ってやつ。いちいちほじくり返さないでよ。それに、曲はその……そんなにすぐにはできないから」
「あら、作曲経験がないの?」
「ないに決まってるじゃん。美波じゃないんだから」
「あらそうなの。それはとっても好都合ね」
「は? なんで?」
喧嘩売ってんの、とでも言いたげな口調に、笑ってしまった。「何がおかしいの」と頬を膨らませている様子の李珠に、私はたっぷりと間を開けて、告げる。
「ねぇ、ここにとびきりの魔法使いがいるのだけれど」
「はぁ? 美波、さっきから何言ってるの?」
「私、魔法使いなの。李珠と沙希の声に、私が魔法を掛けてあげると言っているのよ」
「……意味解んない」
「その代わり、李珠と沙希も私に魔法を掛けてほしいと言っているのよ」
「いや、ますます解んないし」
「説明は後よ。ご飯を食べたらそちらに行くわ」
「え、ちょっと待っ──」
何か言いかけていたが、合流した時に聞けば良いか。思い切り伸びをしてから、部屋に戻る。
1階に下りる前に、ルーズリーフにメモを残す。今、思いついた曲のテーマを。
「再出発……うん、とても良いわ」
我ながら素晴らしいテーマだと感心し、ペンを置く。
笑みをこぼし、部屋のドアを開ける。陽が差し込む階段を、軽い足取りで駆け下りた。




