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2時間目の国語総合、町田先生から中間テストの結果が返却された。私の結果は96点。小説問題の最後、主人公の気持ちに当てはまる4択クイズを間違えていた。
「えー、このクラスの国語総合は、平均点が72点、100点は3人でした。皆さんはやっぱり古文が苦手みたいなので、やっぱり古典の単語テストを次回の授業から毎回行いたいと考えています」
町田先生が穏やかに言うと、一部の生徒が「えー?」と唇を尖らせる。町田先生はふふっと笑いながら、
「今はまだ皆さん1年生ですから簡単なテストにしていますが、これが3年生になってくると共通テストの過去問から問題を引っ張ってきて、50分で解いてもらうことになりますからね。それに今回のテストの最後の問題、詩を書いて提出するだけで10点は貰えるなんて、そんな慈悲はこれで最後です。次回の期末テストからは当然ありませんので」
町田先生の発言に、再び大袈裟な悲鳴やブーイングが飛び交う。町田先生がそれら全てを笑顔で封殺していくのを横目に、私は自分の解答用紙にもう一度目をやった。
国語総合最後の問題、自由に詩を書きなさい。これは第1回目の国語総合の授業が行われた際に、「初回だから今日は少し遊びましょう」と町田先生が生徒に詩を書かせたことが起因している。中間テストの範囲が町田先生の口から発表された際、複数の男子生徒が少しでも簡単な問題をと懇願したため、町田先生の慈悲から「前に書いたものとは別の詩を書いて出せば10点はあげます」というサービス問題が生まれたのだ。
私の詩には花丸が描かれており、「素晴らしい!」と赤ペンでコメントが付けられていた。
ちらと町田先生を見ると、目が合った。町田先生は私に嫋やかな笑みを向けると、未だブーイングを飛ばす生徒に向かって、「そういえば」と自分勝手な接続詞から言葉を紡いだ。
「今回の詩、実に素晴らしいものが幾つかありました」
次の瞬間、生徒達は顔色を変えて「おぉっ?」と歓声のようなどよめきを上げる。「俺じゃね?」、「いやお前のはないわ」、そんな会話が聞こえてくる。町田先生は咳ばらいをひとつすると、もう一度私の方を見て微笑んだ。嫌な予感が、した。
「清瀬さん、発表しても良いかしら?」
嫌な予感が当たり、小さなため息が出る。もしここで嫌だと言えば、町田先生なら急にごめんねと言って大人しく引き下がってくれるだろう。だが、他はきっと違う。空気の読めない奴と、異物のレッテルを貼り付けるだろう。
「……別に、構いません」
特に断る理由もなかった。顔が見える人達に私の創造を露見するのは好きではないが、私は有名な詩人でもない平凡人間だ。故に私の詩を皆に聴いてもらったところで、家に帰る頃にはみんな詩の内容なんか忘れている。私の詩は特別でも何でもない、恥ずかしいとか笑われたくないとか、そんな土俵に立てているかも怪しい現段階で、出し渋るなんておこがましい。私の変な妄想と過度な思い込みで町田先生を困らせたくはないし、授業を滞らせるわけにもいかなかった。
町田先生は「ありがとう」と言ってから、教卓に置いていた紙を持ち上げた。
「砂
砂を注ぐ 小瓶に少し 真っ白な砂
蓋をする 飾る 仕舞っておく
大事な大事な私の砂
赤く焦げてしまっても 瓶に亀裂が入っても
大事な大事な私の砂
いつか忘れてしまっても 絶対消えない私の砂」
抑揚のある声で読み上げると、町田先生は静まり返る教室を見渡し、「どうでしたか?」と全体に問いかける。しかし感想を呟く人はいない。その代わりなのか、私の前に座っている人が拍手をした。拍手は次第に大きくなったが、同調圧力で作られた拍手の中身は空っぽで、そこに感情があるようには思えなかった。
拍手が止んだタイミングを見計らって、町田先生が「続いて」と口を開く。
「次は、穂條さんの詩を読んでいきましょう」
町田先生含め多くの視線が、穂條さんに向けられる。私も例に漏れず一瞥すると、穂條さんは町田先生をガン見していた。
「穂條さん、良いですか?」
「え……あ、はい」
同調圧力に負けたのだろう。穂條さんは明らかに動揺した言い方で了承するも、顔色はあまりよろしくない。町田先生はそんな穂條さんの緊張に見て見ぬふりをして、穂條さんの詩が書かれているのだろう紙を持ち上げる。
「Dream
壊してしまおう 一回全部
最下層まで落ちてしまって さぁもう一回上ってみよう
私の進む道に間違いはないの 後悔なんて、ないの
暗い場所にも光はあるの 前を進めばどこかには辿り着くの
私は私を愛しているの
壊して 崩して 全てが崩壊しても
私は私を愛し、信じる 愛し続ける
それが私のDream」
笑い声が聞こえた。後ろ、否、前、隣。四方八方から、黒い笑みが飛ぶ。皆が穂條さんに、気づかれないと思い込んでいる声量で囁き合う。同じ方を向いて、同じ歩幅で、同じ速度で、同じ景色を見たがって、同じであることに安心して、同じ笑みを浮かべて、何の罪も犯していないふりをしている。
「とても良い詩ですね。私もこの詩を胸に刻んで、生きていきたいと思いました」
町田先生が言うと、潮が引くように教室が静まり返った。ただ1人、
「……はい。そうでしょう? 先生」
穂條さんの力強い声が響いた。町田先生は柔く頷くと、今度は私に目を向ける。
「清瀬さんの詩も、私はとても好きです。まるで、大切な記憶が掘り返されるみたいで」
「あ、ありがとうございます」
私は何気なく穂條さんに視線を送る。すると穂條さんが、私の視線に気づいたのか小さく振り返った。私は慌てて目を逸らし、机上の教科書をわざとらしく捲ってみる。
私の心の波が、小さく揺れる。




