2
飽きもせず、今日も1日が巡ってくる。
目覚ましのアラームで脳を覚醒させると、ベッドから身を起こす。床に積み上げられた音楽関係の雑誌や小説をを避けながら部屋を出て、1階へ下りる。寝ぐせでウェーブがかった髪は、毛量が少ないおかげでそれなりに見栄えが良いため櫛で軽く梳かすだけに留め、朝食のトーストを牛乳で胃に流し込むと朝の支度は大方終わる。制服に着替え、鞄を持って家を出る。
7時40分、バスに乗る。透映市のそこそこ綺麗な海岸を眺めながら、欠伸をかみ殺す。太陽に反射してキラキラ光る海面がやけに眩しくて、目を逸らした。
運賃を払い、降車。
暫く歩いて、すっかり見慣れた校門を潜る。視界に映るのは、古びた校舎と雑草が目立つ校庭、電柱からこちらを見下ろす鳩、所々に白い雲が浮かんでいる普遍的な空。後は全て、雑音のようなモザイクが掛かっている。まるで、時が止まっているかのように。
昇降口に入る。靴がタイルを踏み、ペタペタと音が鳴る。音が、靴箱の前で止まる。私は立ち止まったまま、靴箱から人がいなくなるのを待つ。
穂條さんが、こちらを向いた。
私より数秒早く登校していたらしい穂條さんは、靴を靴箱に仕舞うと、私から視線を逸らすことなくその場で立ち止まった。早く行ってほしいのだけれど、穂條さんは動かない。
「……おはよ」
穂條さんがそう言った。周囲の喧騒に溶けてしまいそうな、呟くような挨拶だった。私の思考は一瞬だけ停止してから、「おはよう」と穂條さんに向かって挨拶を返す。
穂條さんは世間話をするわけでもなく、私に背を向けると歩き出した。私は靴を脱いで、すのこに上がり、靴を持ち上げる。
ただ、クラスメイトと挨拶を交わしただけだ。友達でなくとも、顔見知りの人と会えば挨拶くらいする。何も不思議なことはない、はずなのに、私の心の線が一度、大きな波を打った。波は荒々しく、それでいて誰かを呑み込んでしまえるほどの威力はない。激しい感情を表には出さず心の内に秘めているような、そんな感じ。
上履きに履き替え、廊下を歩き、階段を上りながら考える。どうして、穂條さんは私に挨拶をしてきたのだろうか。正直、私と穂條さんの関係は最悪と言っても過言ではない、ただのクラスメイトとは言い難い複雑な事情を孕んでおり、穂條さんはきっと私のことが嫌いだし、私も穂條さんのことをあまり好ましく思っていない。
挨拶をされることは、別に良い。ここが何かしらの会社であれば、知らない人だろうが嫌いな人だろうが社会の常識として挨拶はしておくべきものだし。……そう、私は挨拶をされたことに、動揺しているわけではない。声を掛けられただけで動揺するほど、私は穂條さん相手に緊張しない。であるならば、あの大きな波は何だったのだろう。
考えても答えは出ないまま、教室に着いた。後ろ戸から入ると、前の方で穂條さんと一条さんが談笑している様子が目に映った。私には関係ないことなのに、穂條さんを目で追ってしまう。モザイクが掛かった他の人とは違い、穂條さんだけ鮮明に、色が付いていたから。
あの色を、私は知っている。私の親友も持っていた、自分の色だ。
「最近、穂條さんと一条さん仲良いよね」
「ね、どうしたんだろ。一条さんってあんなふうに笑うんだ」
「ほんと、前髪切ったみたいだけど。やっぱ可愛いよね」
2人の様子を眺める数人の女子がそんなふうに話している。勿論、会話に加わるなんてことはせず、私は自分の席に座った。




