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葉月家は、私にとって第二の実家みたいな存在だった。一応インターフォンを鳴らすものの、ドアホンから『美波ちゃんでしょ? 上がって良いわよ』と声がすれば扉を開けて中に入る。勝手にスリッパを借りて、我が物顔で廊下を進む。リビングのドアを開けると、棒アイスを持った奏がソファに座っていた。奏は私の方に顔を向けると、人好きのする笑みを浮かべる。
「美波ちゃん、やっほー」
暇をしているなら出迎えてくれても良いだろうに、なんてことは今更言わない。
私は奏の隣に座る。奏はソファから立ち上がるとキッチンへ消え、戻ってくると私に棒アイスを渡した。奏と同じ、ソーダ味だった。
「いらないわよ。まだ5月だし」
「もう5月、だよ。5月なんてほとんど夏みたいなものなんだから」
「そんなこと言って、奏は冬だろうとアイスを食べているでしょう」
「えへへ、おこたで食べるアイスほど尊いものはないよ」
小さく笑うと奏も笑う。私はせっかく持ってきてくれたのだからアイスを受け取る。包装紙を取って、口の中にアイスを突っ込む。
「そういえば美波ちゃん、送った歌詞、読んでくれた?」
じんわりとした冷たさが、口内に溶ける。歯を立てるにはまだ適切な温度ではないため、じっとりと、舐める。
「……読んだわ。良い歌詞だった」
「ほんと? じゃ、メロディーよろしくね。今度こそ、良い曲にしようね」
「今度こそ?」
首を傾げると、奏は曖昧に笑った。
「だってこの前のコメント……久しぶりにきてるなって思って見たら、ほら、アンチだったし」
「あぁ……あれね。でもアンチがきたということは、知名度が上がってきた証拠よ。それに、誰に何を言われようと、私たちが全力で作った曲だもの。良い曲じゃないわけがないわ」
「あはは、それは確かに」
甘い味の中に、苦みが広がる。奏は、知らなくて良いことだ。アンチの正体なんて、知ったところでどうなるわけでもないし。
奏には、関係ないことだし。
「あ、そうだ美波ちゃん。今日はちょっとした重大発表があってね」
「ちょっとした重大発表って何よ。矛盾してるわ」
ツッコミを入れながら、話題が逸れたことに安堵する。「えーとね」と焦らす奏に、「何よ」とわざとらしく気になるポーズをとって促すと、奏は「実は……」と口を大きく開いた。
「私、夏休み明けに転校するんだ」
私はアイスに歯を立てて、停止した。歯茎に小さな刺激が染みわたっていく。
「……転校?」
「うんっ、碧天高校……美波ちゃんと同じ学校だよ!」
冷たい。まだ舐めるしかできそうにないアイスを、一旦口から離した。
「……そう。嬉しいわ」
「だよねだよねっ! 私も今から凄く楽しみ!」
そう、まだ5月、春だ。窓の隙間から吹き込む風に、身体が小さく震えた。それに加えて、アイスも食べているからだろう。
酷く、寒い。




