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Sky’s  作者: 白咲実空
#2.夕影
13/23

5

 私は家に帰ったら即行で部屋着に着替える人間だ。そうして学校の課題もせず、YouTubeや録画したアニメを見ながらゴロゴロするのが常なのだが、今日はパーカーとショートパンツを着用してすぐ、自室の勉強机に向かった。勿論、勉強ではない。

 穂條(ほじょう)さんと体育のダンス発表で踊る曲を選ぶのだ。勉強のするしないは自分にしか迷惑が掛からないが、これはしないと穂條さんに迷惑が掛かってしまう。穂條さんとは次回の体育の時に、お互い持ち寄った選曲を聴いてみようという話になっている。私はルーズリーフを一枚とペンを一本、スマホを準備する。

 スマホから音楽を探す。YouTubeで取り敢えず、流行の曲と検索をかけてみた。J-PopやK-Pop、ボカロやアニメソングなど、様々なジャンルの曲がぶわっと並ぶ。

 1曲だいたい4分程度。フルで聴いている暇はないので1番だけ聴いてみる。手始めに、1番上にあったJ-Popをタップする。男性の色っぽい歌声が耳にねっとりと絡みつく。コメント欄を見る感じ、今期ドラマの主題歌らしい。

 穂條さんはドラマや映画を見るのだろうか。見そう、と偏見だけでこの曲をリストに載せるのは早計な気がする。それにこの曲、あんまりダンス向けじゃないし。

 次だ次、と他の曲を片っ端から再生してみた。どれも良い曲だとは思うけど、穂條さんが好きかどうかは解らない。だって私、穂條さんのこと何も知らないし。知っていることと言えば、元アイドル志望だったってことくらいで……。

「あ、そうか。アイドル……」

 アイドル MVと検索を掛けてみた。男性アイドルと女性アイドルのMVが再びぶわっと並ぶ。穂條さんはアイドルが好きなだけじゃなくてアイドルになりたいと思ったのだから、たぶん好きなのは女性アイドルの方、だろう。

 男性アイドルだったらママが詳しいのでお勧めを訊きにいけるのだが、女性アイドル博士は一条家にいない。取り敢えず、1番上にあった女性アイドルのMVを再生してみる。

 メリーゴーランドの前で、私服っぽい衣装を着たアイドルが踊っている。MVを見る感じ、彼氏と遊園地デートをしているという設定らしい。好きとか可愛いって言ってとか、甘い歌詞がふんだんに盛り込まれており頭がふわふわしてくる。MVと全く関係ないけど、何故かぺろぺろキャンディーが頭に浮かんだ。ポップなメロディーだからだろうか。

 私がMVを見ながらうんうん唸っていると、部屋のドアがノックされ、私が返事をする前に(いつき)が入って来た。帰って来たばかりなのか、制服を着ている。

「うわ、沙希(さき)がアイドルの曲聴いてる」

「別に良いでしょ。で、何の用?」

 樹は私のスマホを横目に、押し入れを開けた。

「絵の具取りに来たんだよ。明日の美術で使うから」

「あっそ。私の持って行かないでよ」

「持って行くかよ」

 樹が絵の具を探す間、私は次に再生するMVを探す。だが、スクロールする度に出てくるサムネイルがどれも違う種類のものばかりで、小悪魔系やら純愛系やら、どれを選べば良いのか解らなくなってきた。適当に選ぼうにも、上から順番に見ていったら時間が掛かる。曲の雰囲気はもうどうでも良いから、簡単すぎず難しすぎない、2人で踊るのに丁度良い感じのダンスを踊っているアイドルを探す。けれども、アイドル ダンスで検索すると難しめのダンスばかりで、アイドル ダンス 簡単と検索すると、TikTokで見るような手をぱらぱらさせているやつしか出てこない。違うんだってば、もっとこう、全体が映ってて簡単かつ難しい、完璧に踊れそうな、皆の前で踊っても笑われなさそうなやつを探してるんだってば。

「ねぇ樹、樹ってアイドル好き?」

 樹は私の方に一瞬だけ顔を向けると、再び押し入れに顔を突っ込んだ。

「詳しいわけないだろ。俺が好きなのはバンド」

「でもさ、私よりは詳しいんじゃない? ほら、周りにアイドル好きの友達いるってこの前言ってたじゃん」

「あー、まぁ、お勧めされたやつを聴くことはあるけど。後は、給食で流れてきたりとか」

「それそれ! 最近流行ってるアイドルソング、なんか知らない?」

 樹は首を捻り、暫し考えてくれる。そして、「あ」と思いついた顔で言った。

「なんか、BlooMe(ブルーミ―)の何とかって曲が流行ってるらしい」

 BlooMe……そういえば、朝のニュース番組で見たような気がする。最近デビューしたアイドルグループで、ライブチケットがすぐに完売する人気アイドルグループとかなんとか。メンバーの顔は1人も覚えていないけど、私でも聞いたことがあるレベルなら、結構人気のあるグループなのだろう。

「で、肝心の何とかって曲名を教えてよ」

 樹はため息を吐くと、絵の具セットを手に押し入れを閉めた。

「知らねーよ。何とかは何とかだよ。まだデビューして間もないから、そんなに曲出てないみたいだし、すぐ見つかるんじゃねーの?」

 知らんけど、と頼りない語尾を付けて、樹は部屋を出て行った。なんだあいつと心の中で舌打ちして、私はBlooMeと検索する。

 BlooMeのデビュー曲らしい、『オンリーアイドル』という曲が出て来た。再生回数は現時点で500万を超えており、いいねもコメント数も今まで見てきたMVより遥かに多い。

 タイトルにアイドルと付いているのでてっきりアイドル応援歌のような、コール&レスポンスが多いオタク向けの曲かと思っていたのだが、聴いてみると全然違った。メンバーカラーなのだろうワンピースを纏った5人の少女が、春風のような声で歌い、優雅に踊っている。一見簡単そうに見えるダンスだが、くるくる回る度に軽やかに広がるスカートの舞い、5人全員が同じ角度で手を上げ、同じタイミングで踏み出す足、一切無駄のない均整のとれた美しいポージング……バレリーナのようなダンスに、知らぬ間に口が空いたまま見惚れてしまっていた。

「……これ、かなりレベル高い、よね」

 私が求めているのは、簡単かつ難しい、頑張ればミスなく完璧に踊れそうなダンスだ。これはちょっと、私が求めるレベルにはそぐわない。

 でも、踊ってみたい。

 できるかできないかを重要視すべきなのに、やってみたいという欲求に逆らうことができず、私は選曲リストの用紙にBlooMe『オンリーアイドル』とペンを走らせた。


          *


 2回目のダンス授業が始まった。私と穂條さんは目立たないよう、体育館の端っこで向かい合っていた、のだけど。

「なんか、目立ってない?」

 私が気のせいであってくれと願いながら問うと、穂條さんは「目立ってるね」と難しい顔で即答した。

他のグループの人達が、ちらちらと私たちのことを見ている。ただ見られているだけだが、皆の言わんとすることはなんとなく察した。

「意外だって思われてるんだろうね。私と一条さんがグループ組むの」

 穂條さんも同じように察していたらしく、小さなため息を吐くと壁の方に身体を向けた。私も、視線から逃れるために壁を見る。壁を見ながら、2人でこそこそ……って、逆に怪しくない? もっと注目集めちゃうんじゃ……。

「ま、気にしてもしょうがないし。私たちは私たちで、まずは曲を決めよっか。どんなのが良いか、いくつか考えてくれた?」

「う、うん」

 穂條さんは視線について完全無視を決め込むことにしたようで、ズボンのポケットからリスト表らしき4つ折りの紙を取り出す。私もリスト表を出すと、穂條さんは笑みを浮かべた。

「じゃ、まずは私から。選んだ曲は5曲ね。2曲はJ-Popで、後はK-Popとロックバンド、アイドルソングが1曲ずつ。知らない曲もあると思うけど、取り敢えず聴いてもらって良い?」

 穂條さんがスマホから音楽を流す。穂條さんの懸念は杞憂に終わり、どれも私の知っている曲だった。映画の主題歌とかTikTokで流行ってるらしいとか、穂條さんの説明にふむふむと頷きながら、「聴いたことはあるよ」、「良い曲だね」と薄い感想を言う。

「どれが一番良かった?」

 穂條さんが音楽を止め、そう訊いてくる。

「穂條さんはやっぱり……アイドルの曲で踊りたいの?」

 訊ねかえすと、穂條さんは目を瞬かせて「え、なんで?」と逆に訊いてきた。

「だ、だって、穂條さんアイドル好きでしょ? だからこの曲、推してるのかなーって」

 穂條さんは「あぁ、そういうこと」と納得して、首を横に振った。

「いや、これは普通にショートで踊ってみたがよく流れてるから選んだだけ。私に変な気遣わないで良いから、一条さんの好きなやつ教えてよ」

「じゃあ……ヤルシカの『秋泥棒(あきどろぼう)』」

「おっけー」

 穂條さんが、リスト表の『秋泥棒』に、ペンで丸を付ける。そして、「じゃあ次、一条さんの番ね」とペンの先を私に向けた。私は安心と緊張から頬が熱くなってくるのを感じながら、「うん」と頷く。

「あれ、一条さん自信ありげ?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……。私もアイドルソング候補に挙げてて、でも穂條さんが嫌がったらどうしようと思って」

「嫌がるってなんで?」

「アイドル、もう好きじゃないかもしれないし」

「だから、気なんて遣わなくて良いって。もし嫌がったとしてもそのくらいで怒ってたら、昼休みにアイドルの曲が流れた瞬間、放送部に突撃してるやばい奴になってるから」

「そ、そうだよね。なんかごめん」

「全然、謝ることじゃないし。じゃあ、聴かせて?」

「うん、じゃあまず、1曲目から……」

 良かった。穂條さんが優しい人で。もしかして、穂條さんがアイドルソングを候補に入れてた理由も、アイドルの話をしても問題ないよって遠回しに教えてくれてたのかも。

 アイドルソングを候補に入れたと言ったので早速、BlooMeの『オンリーアイドル』をYouTubeの高評価動画から選ぶ。5秒経った広告をスキップすると、BlooMeの『オンリーアイドル』が、始まった。

「……え?」

「あ、穂條さんも知ってる? 最近デビューしたばっかりのアイドルなんだけど……」

 穂條さんは私のスマホを覗き込んで、5人のアイドルをじっと見つめる。

「アイドルって可愛いだけじゃなくて、何て言うか、綺麗、だよね。透明感っていうの? 歌声とかダンスとか雰囲気とか、透き通ってるなって感じて……穂條さん?」

 穂條さんは画面を見つめたまま、ピクリとも表情を動かさない。さっきまでの軽やかな笑みは何処へやら、今は無表情で唇を真一文字に結んでいる。

 否。無表情の中に、僅かな悲傷が滲んでいるように見えた。

「穂條さん……?」

「一条さんはこの、アイドル……知ってるの?」

 何の変哲もない質問なのに、何故だろう。私の返答ひとつで私と穂條さんを繋ぐ糸が途切れてしまうんじゃないか、今後の人生に関わる重要な岐路に立たされているのではないか。そんな気がする。やや震える唇を動かして、できるだけ平静を努めて言う。

「知ってるけど、知らなかったって言った方が正しいかな」

「知らなかった? どういうこと?」

 隠すようなことじゃない。ただの世間話だ。頭では解っていながらも、慎重に言葉を選ぶ。間違えてはいけない、と私の勘が叫んでいる。

「BlooMeの存在は有名だから知ってたんだけど、顔も名前も、昨日このMVで初めて知ったんだ。曲も、『オンリーアイドル』はサビの部分だけニュースとかで聴いたことあったけど、ちゃんと全部聴いたのは昨日が初めてで。だから、ファンかって言われたらまだ、よく解らないんだけど……。あっ、私がこれをリストに入れた理由は、穂條さんと同じ。有名だし、よく踊ってみた動画がショートで流れてくるからっていう、理由で……」

 暑い。のに、寒い。単語を繋ぐ機能がぐちゃぐちゃに絡まって、口の中がカラカラに乾く。変な汗が額に滲んだ。

「そっか……なんだ」

 穂條さんの表情が少しだけ明るさを取り戻す。緊張が解れた私も、心の中で安堵の息を吐いた。

「じゃあ、次は?」

「えっ?」

 かと思えば、再び緊張が全身を走る。ぐるぐるしてきた頭に、穂條さんの柔らかな声が届く。

「次だよ次。2番目に選んだ曲、聴かせて? 早く決めないと、時間なくなっちゃうし」

「あ、あぁ、うん。そうだよね」

 半分ほど聴いた『オンリーアイドル』を停止し、次の候補を流すべく動画を切り替える。

「あっ、これ知ってる。けっこう好きなんだよね」

「そ、そうなんだ」

 穂條さんが笑いかけてくれるが、私はその顔を直視することができなかった。何故ならその笑みは、無理に貼り付けられたもののように感じたから。

 ……雑音が、聞こえた。

 音楽じゃない、穂條さんの笑みとは、違う種類の笑い声。嘲笑、とでも言おうか。

 汗が、頬を伝って顎から落ちる。心臓が、嫌な音をたてて騒いだ。

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