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体育館に戻ると、松浦先生が小走りで近づいて来た。
「穂條さん、一条さん! 授業を抜け出してどこ行ってたの?」
私は「あ、そのぅ……」と口をもごもごさせてしまうが、穂條さんはあっけらかんと、
「トイレ行ってました」
本当はサボってたくせに、一切悪びれずにそう言った。トイレに行っていたことは事実なので、私もうんうんと頷いておく。松浦先生は「そう」と呟くだけに留め、追及してはこなかった。
その代わり、1枚の用紙を私に差し出す。
「じゃあこれ、お願いね」
「え、何ですかこれ」
穂條さんが疑問を投げると、松浦先生は「何って」と母親のような微笑みを浮かべ、
「グループの一覧表。ここにグループ名と氏名を書いてって、一条さんから聞いてない?」
「一条さん?」
穂條さんが私に目を向けてくる。私がさっと目を逸らすと、視界の端で穂條さんの目が細められたのが判った。
「それにしても少しびっくりしたわ、一条さんのダンス相手が穂條さんだったなんて。2人が一緒にいるところってあんまり見なかったから、仲が良いの知らなくって。やっぱり入学してまだ間もないから、人間関係だってこれからどんどん、広く深くなっていくわよねぇ」
「穂條さんと組むって決めてたなら、言ってくれれば良かったのに。一条さん、隠すみたいな態度だったから心配しちゃったわよ」と松浦先生が私に向かってカラカラ笑うと、穂條さんの眉がぴくりと動く。
「一条さん、もしかしてまた──」
「ち、ちがっ、誤解だから! ほんと、今回はそんなつもりなくてっ」
ダンス部の先輩たちから勧誘を受けていた時、あまりにもしつこかったために元アイドル志望者だったらしいからという理由で穂條さんを売った前科がある私だが、今回は違う。
「だ、だって、1人でいたら先生にグループ決まってないの? みたいなこと訊かれて、適当なところに放り込まれるのも嫌だったから、決まってますって嘘吐くしかないでしょ? 穂條さんと一緒のグループです、とまでは言ってない。グループは決まってますって言っただけだから、セーフでしょ?」
「でも、私とグループ組むつもりで、私を探してトイレに来たんだよね……? それって、もし私が他の誰かとグループ組んでたら、一条さんはどうするつもりだったの?」
「そ、その時はまぁ、穂條さんとその誰かさんのグループに入れてもらおうかなぁと──」
「つまり、最初から私をあてにして松浦先生に嘘吐いたってこと?」
「で、でも結果的に同じグループになったわけだし、松浦先生に吐いた嘘も嘘じゃなくなったわけだし? 万事解決万々歳ってことで!」
「まぁ確かに、万事解決だから良いっちゃ良いけど……なんか釈然としないな」
「嘘が何ですって?」
視線をずらすと、すぐそこに松浦先生の顔があった。体育の先生ということもあってか、私のママと同じくらいの年齢なのに骨格が細く皺も少ない、若々しい顔つきだ。
私が「あ、えと」と口をもごもごさせていると、穂條さんが「あははは」、と乾いた笑みを落としながら言った。
「四月馬鹿の話をしてたんです。近々引っ越すからあんたが受かった高校には行かせられないって嘘を親に吐かれたっていう……なかなか鬼畜ですよねー」
息をするような嘘に文章だけだと騙されそうだが、少し棒読みなので演技にはあまり向いていない。あと、松浦先生の話と全く関係ない話をしていたことになるので、私と穂條さんが失礼な人になってしまった。
松浦先生は暫し目を細めていたが、「まぁ良いわ」と用紙を再び私達の前に突き出した。
「これ、書いて出してね。私は他のグループを見て回って来るから」
松浦先生も暇ではないようで、私に用紙とペンを渡すと、背を向けてさっさと行ってしまう。
「えー、グループ名ってなに……」
私の用紙を覗き込んだ穂條さんが、箇条書きのグループ名を見て無気力な息を吐いた。
「ARS! ってなに……あぁ、葵と羅菜と星愛か。HaRuKaも頭文字を取ってる感じなんだ。ふーん、みんな上手いこと考えるね。私たちはどうする? 一条さんって下の名前、沙希、だっけ。合ってる?」
「う、うん。合ってる」
私の名前なんて入学初日の自己紹介でしか知る機会なんてなかっただろうに、よく覚えているものだ。私なんて、同じクラスでも目立つタイプの人の名前しか覚えてないのに。あ、でも、穂條さんの下の名前は私も覚えていた。穂條さんっていう存在自体が学校で有名だし、廊下から5組を覗く生徒がよく「あ、穂條李珠ちゃんだ」と穂條さんを指さして言っているから。
「じゃあ、李珠と沙希でRiSaとか?」
穂條さんが、周りの空気に合わせたグループ名を提案してくれる。穂條さんばかりに考えさせるのも申し訳ないので、私は用紙のグループ名一覧表を見つつ、口を挟む。
「でも、RiSaはもうあるみたいだよ。被っちゃうのは良くないよね?」
「え、どこのグループ? あー、望月さんのところかぁ。全然許してくれそうだけど、外野が煩そうだなぁ」
「外野?」
「うん」
穂條さんは一旦言葉を切ると、周囲をキョロキョロと見渡してから小声で、
「高橋さんのところ。空気読めって陰で絶対言われる」
「そ、そうなんだ……」
高橋さん達のグループにあまり良い印象はないけど、穂條さんは私以上に苦い思いを抱えていそうだった。好きか嫌いかは判らないけど、苦手であることに間違いはないだろう。
「じゃあ、SaRi? や、でも意味解んないか」
穂條さんが自分の案を自分でボツにする。それを言うとさっきのRiSaも意味が解るかと言われればよく解らないのだが、口には出さなかった。
「伸ばす? サリー、とか」
「あー、なんか英語の教科書に出てくる名前みたい」
穂條さんのツッコミに、リサも名前っぽかったじゃんと言いたかったが口には出さない。
「サリーかぁ。悪くはないけど、意味訊かれたら怠くない? リサはあったんで、サリって反対にして、でもサリはなんか違うような気がしたので伸ばしてサリーにしましたって。いちいち説明するのも怠いし、RiSaのグループには気を遣わせちゃったなみたいなこと思われそうで、それも怠い」
怠い怠いと口にする穂條さんに、それもそうかと頷きながら別の案を考える。
「じゃあ、意味なんて訊かなくても一目で解るような名前が良いってこと、だよね?」
「そうそう! 穂條李珠と一条沙希のグループですってのが、一目で解る感じのやつ!」
RiSaもサリーも使えないとなると、なかなか難しい注文だ。穂條李珠と一条沙希、ほじょうりずといちじょうさき、ほじょう、りずといちじょう、さき、ほじょうといちじょう……、
「あっ、苗字は?」
「苗字?」
私の提案に穂條さんは首を傾げる。私は、用紙に案を書いてみた。
「条條、コンビ……」
穂條さんが文字を読み、眉を顰める。
「うーん、なんか違うような気がする。良い線では、あるけど」
「あー、コンビは確かに、ダサいかなぁ」
「あぁ、そっか」
穂條さんが「ペン貸して」と言うので、ペンを渡す。穂條さんは〝コンビ〟の部分に二重線を引くと、改めてグループ名を書く。
「チーム条條……」
文字を読み上げると、穂條さんがキラキラの瞳でうんと頷く。
「うん、コンビよりこっちの方が良いかも」
「でしょ? いやぁ、これぞ合作って感じだよね! うん、これでいこう!」
チーム条條の横に、穂條さんが(1522 穂條李珠)と書き、私も(1501 一条沙希)と書き足す。用紙はこれで完成したので、これを松浦先生に渡したところで、時間的に今日の体育は終わりとなった。




