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穂條さんは何事もなかったようにスマホをズボンのポケットに入れた。どうやら、何も訊くなということらしい。だったら私も、怖いので何も訊かないことにする。
「えっと、穂條さん、ダンスのグループって、もう決まった?」
「訊かないの⁉」
「……え」
穂條さんは凄い剣幕で私に近づくと、泣きそうな声で言った。
「訊いてよ! 何してたのって! 何も訊かれないのが1番恥ずかしいでしょ⁉」
訊いて良かったんだ。私も、人の黒歴史を突つく趣味はないんだけど。
「じゃあ、えっと、何してたの?」
「それは、ほら、えーと……」
穂條さんは声を小さくして、頬を赤らめてもじもじし始める。いや訊いて良かったんちゃうんかい。穂條さんはこほんと咳ばらいをすると、
「ところで、一条さんはグループ決まったの?」
と露骨に話題を逸らした。あ、私が言えることじゃないけど、穂條さんってたぶんめんどくさい人だ。
「私は……その、まだ、決まってなくて」
「そうなんだー。実は私もなんだよね。もうしょうがないから1人で踊ろうかなーみたいな?」
「えっ」
え、1人で踊るの? そんな覚悟ある人なんていたの? あ、でも穂條さんはいろんなオーデションに参加してきたと聞く。人前で踊るなんて慣れているだろうし、素人と踊るより1人で踊った方が見栄え的にも精神的にも楽なのかもしれない。
「あ、う……」
「一条さんは? 友達とか、いないの?」
「うぅっ⁉」
「あ、あぁっ、ごめんごめん! 違う違う違うの! 友達、別のグループにいっちゃったのかなーって、そういう意味で! ほら、グループとか班決めとか、人間関係が一番トラブりやすいじゃん⁉」
穂條さんは慌ててそう言うが、同じクラスなのだから私に友達がいないことくらいバレているだろう。突然のパンチが見事、私の胸にクリティカルヒットした。胸を押さえて呻く私を見た穂條さんは、あわあわあばばと口を開いたり閉じたりする。
「だ、大丈夫だよ! 私も友達なんかいないし! それに、高校で作った友達なんてどうせ大学生になったら離れるんだから! だって、小学生の頃の友達なんて、今じゃほとんど連絡とらないでしょ? 友達いないなんて、そんなデメリットじゃないって!」
「い、言わないで……。友達いないって、連呼、しないで……」
「あ、ごめん……」
穂條さんが下を向く。気まずい沈黙が流れること20秒。
「さ、災難だったね、体育でまさかダンスするなんて」
穂條さんが、苦笑を浮かべて言った。
「一条さん、ダンス好きじゃないってこの前聞いたから。可哀想だなーと……あっ、煽ってるわけじゃないよ⁉」
「あ、あぁ、うん」
煽りには聞こえなかったけど、私を傷つけないように気にしてくれている。
──同い年なんだからさ、そんなに怖がらないでよ。別に私、普通の人間だし。何もしないし。
ふと、先週の会話を思い出す。ダンス部の体験入部から帰る時、エントランスで穂條さんが言ったこと。あの時の穂條さんは確かにちょっと怖い雰囲気があったけど、同い年の普通の人間という当たり前の事実を改めて認識した瞬間、少しだけ、息がしやすくなった。
「あ、あのさ」
普通の人間、とどんなに言い聞かせても緊張はしてしまう。震える声で、私は何とか言った。
「い、一緒の、グループ、で、踊らない?」
おかしい文章になったがまぁ良いだろう。いちいち気にしていたら病む。ちゃんと言いたいことを言えただけで、自分を褒めてあげるべきだ。
穂條さんの表情に、特に変化は見られない。おかしい質問をしたわけではないから、驚きも戸惑いもない。だが、すぐに寂しそうな笑みに変わった。
「……ごめん。私は1人で踊るよ」
私の勇気が粉々に打ち砕かれてしまった。想定していなかったわけではないが、いざ断られると目頭が熱くなってくる。そんなに、と呆れる人もいるだろうが、私のメンタルは貧弱なのだ。
「あ……1人で、踊りたいんだね」
「うーん、1人が良いっていうわけではなくてさ。一条さんを巻き込みたくないってだけ」
「えっ?」
私と同じグループが嫌、というわけではなかったらしい。穂條さんは「ほんとにごめんね」と、謝ってから続けた。
「私がカラスタ出てたっていうのは、知ってるでしょ?」
知っているので、私は小さく頷く。穂條さんは「やっぱり」と言い、
「うん、私の自意識過剰でも何でもなくて、やっぱり皆知ってるんだよね。だから私、皆の前で踊ったらきっと、注目浴びちゃうと思うんだよ。ただの妄想だって言われちゃうかもしれないけど、私のダンス技術がどうであれ、スマホで動画撮ったりして面白おかしく拡散する人とか、いると思う」
ダンスの授業のみ、スマホの持ち込みはオッケーとなっている。スマホがないと曲は流せないし、多くの人が「友達のダンスを撮りたい」と松浦先生に要望を出したことから、スマホを持ち込んで動画を撮っていても怒られる心配はない。
「一条さんってたぶん、目立つの好きじゃないでしょ? ダンスも好きじゃないみたいだし。だから、ごめん。一条さんとは踊れないかな」
目立つのは、嫌だ。穂條さんを映すスマホに、私が映ってしまうのも嫌だ。その動画を拡散されて被害に遭うのも、穂條さんのダンスについていけず、私が見劣りしてしまうのも嫌だ。
でも。
「私、穂條さんが言うように、目立つの好きじゃない」
「うん、そうでしょ? だから──」
でも、それ以上に嫌なことがある。
「でも、穂條さんがグループ作ってくれないって言うなら私、1人で踊ることになるの」
「……ん?」
「私、友達いないからっ」
「あっ……」
言わないでおいてあげたのに、と言いたげな、悲痛な息が穂條さんの唇から漏れる。なんだ、さっきは友達なんて必要ないと言ってくれたのに。
「友達いないから、穂條さんが断るなら1人で踊るしかなくなるの! 皆もうグループ決まってて、私が1人で踊るとか、絶対笑いものになるでしょ⁉」
1人発表会だけは回避したい。私は土下座する勢いで、穂條さんに説得を試みる。
「1人で笑いものになるより、仲間がいた方がまだ安心できるの! 私だけじゃないっていう事実だけでその日のご飯が美味しくなるの! どうせ私1人でも目立つんだから、穂條さんと踊って注目度を2等分したいの! だからっ……だから、二人で笑いものになろうよぉ」
泣きそうになりながらお願いすると、穂條さんは、
「い、嫌なお願いだなぁ……」
と顔を引きつらせた。
だけど、穂條さんはぷっと吹き出すと、何が面白かったのか、「ははっ、あははっ」と笑い出す。
「……うん、それもそうだね」
そうして、皮を一枚剥いだような表情で、強く頷いてくれた。
「良いよ。一緒に笑われよっか」
悪役令嬢ものの主人公が破滅フラグを折った時、きっとこんな気分になるのだろう。安心が顔に出ていたのか、穂條さんがまたふっと笑う。
「そんなに私と踊りたかったの?」
「えっ? あぁいや踊りたかったというか、もう穂條さんしか残ってなかったから本当に助かったというか……」
「残ってなかったって、人を在庫品みたいに……」
「い、いやいやいや! き、清瀬さんも誘おうと思ってたんだけど、清瀬さんはちゃんと売れてたから、在庫品は私と穂條さんだから、うん、穂條さんだけじゃないよ!」
「まず在庫品って例えを否定してよ。……はぁ、てか、清瀬さんは売れたんだ。なんか癪」
「え?」
「いや、何でもないよ」
穂條さんが歩き出し、私も急いで後に続く。体育館に戻る廊下には、ほんの少しだけ陽が差していた。




