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パンっと、松浦先生は手を叩いた。
「今日から皆さんには、創作ダンスをしてもらいます!」
どうやら平成24年度から必修になったらしい。体力テストも前回で全て終わり、今日からはバスケや卓球なんかに入るのだろうと勝手に思い込んでいただけに、私は松浦先生の言葉を素直に受け取ることはできなかった。
「本当はバスケとか卓球とかやるつもりだったんですが、あなた達がね、どうしてもダンスをやりたいというので仕方なく、今やっておくことにしました!」
仕方なく、の部分を強調しながら松浦先生は前列で体育座りをしている女子生徒3人を見る。同じクラスの高橋さんと間宮さんと風浦さんだ。3人は「イェーイ」とガッツポーズをしたりハイタッチをしたりする。3人だけではなく、他の生徒も楽しみっぽい笑みを浮かべて友達と「ペア組もう」とか言い始めている。
「では、そうですね、6人までのグループを作って、曲は自由に決めてください。まぁ勇気があったら、1人で踊ってもらっても構いません! その場合はね、追加点を与えましょう」
1人で踊る、という松浦先生の発言に、何人かが「いやそんな人いる?」と反応を示し、クスクス笑う。頭が、痛い。足を抱える手が震え、誤魔化すように力を籠める。
高校生になって3週間。桜が散り始めるこの時期から、私は既に退学の2文字を頭に浮かべていた。
あちこちで、スマホから音楽が流れている。J-PopやK-Pop、アニソン、ボカロ、Vtuberのキャラソン、JAZZ、おふざけを意識したのだろうCMソング……etc。入学してまだ3週間、と考えていた私は甘かった。私以外の生徒にとっては、まだではなくもうなのだ。好きな音楽や趣味、共通の部活などで交友の線を結び、今みたいなグループ活動の際に困らないよう、とっくに皆、自分の居場所を手に入れている。自分で作った人もいれば、誰かが作ったところに入れてもらった人もいるだろう。
「……あの、もし良かったらグループ、入れてくれない? 私1人で、それに、その曲好きだから、良かったらなんだけど」
と、そう言ったのは私ではない。今、現在進行形で高校生活の居場所をゲットしようとしている……名前は何だったっけ。入学したばかりだから覚えていない。けど、クラスではあまり目立つタイプではなかった気がする。彼女はJ-Popグループの輪に入る許可を得たようで、「よろしくね」と安堵した笑みを浮かべている。
良いなぁ、私もどこかに入れてもらおうかなぁ……いや、入れてもらうしか道はないんだけど。それか、ダンスの授業回だけ全部欠席するという手段がある。体育がある日は欠席するか、体育の時だけ保健室へ逃げるか……でも、流石に怪しんだ先生から職員室まで呼び出しをくらうかもしれない。それに、高校は義務教育じゃないのだから、ワンチャン進級が危うい。
欠席の線は諦めて、大人しくそれぞれのグループに目を配る。あーあ、誰か話しかけてくれないかなぁ。
というか、まだグループが決まっていないのは私だけなのだろうか。案外、5組にはぼっちの生徒が多いのだから、ぼっち同士でグループを作れば良いのでは?
私は、私以外のぼっちを探す。具体的な名を挙げるなら、清瀬美波さんと穂條李珠さんだ。清瀬さんは、ぼっちはぼっちでも孤高のぼっちという感じ。160センチはありそうな身長とすらりとした体形は雑誌で見るモデルより綺麗で、顔もスタイルに負けず絵に描いたようなきりっとした瞳が特徴的な美人だ。どこかの神話に出てくる女神のような気品あふれるオーラが眩しく、はっきりと物を言う性格であるため少し近寄りがたい。でも、1人を好む清瀬さんだって、1人でダンスをしたいとは思っていないはず……!
「清瀬さんって、本当に顔ちっちゃいよねぇ」
声のした方を見ると、清瀬さんが隣のクラスの人達に囲まれて、その美貌を観察されていた。
「洗顔とか何使ってるの? 化粧水は? パックは? ねぇ、今度一緒にコスメ見に行かない? あ、それとも通販とかで買ってるタイプ?」
そのグループは明るそうで、清瀬さん以外の人は皆バチバチにメイクをしている。校則違反だけど気にしていなさそうなので、たぶん相当明るい人達なのだろう。もしかして清瀬さん、無理矢理グループに引き込まれた? でも清瀬さんの性格なら、嫌なら嫌ってはっきり断れそうだけど。
「洗顔はビュオレのニキビ予防、チューブタイプを使っているわ。化粧水は、目印で買ったオールインワンの美容液ジェル。肌のケアはそれだけよ」
清瀬さんが公爵貴族のような雰囲気で言うと、グループ外からも人が集まり、驚愕の声が上がる。
「うっそー⁉ え、普通の洗顔とオールインワンの化粧水1本⁉ 嘘、絶対嘘!」
「良かったらだけど、前髪あげてもらって良い? ……嘘、ニキビ1つないんだけど。ねぇ、日焼け止めは塗ってるよね? 肌めっちゃ白いし……」
質問に、清瀬さんは静かに首を横に振る。
「日焼け止めは、毎年体育祭がある日か丸1日出かける日くらいしか塗らないから、1年に2、3回程度ね。それに、私は普段外に出ないから」
清瀬さんがボカロPであるという話が出たのはつい最近だ。それもあってか、普段外に出ずネットで活動している人間、しかも容姿端麗ときたもんだから、周囲から「何それかっこいい」と尊敬の声が溢れる。
な、なんかよく解らないけど、めっちゃ周りと上手くやれてるじゃん。会話ポンポン返せるし、堂々としてるし、憧れられてるし……。そうだ、清瀬さんって別に陰キャじゃなかった。入学式の時もボカロPであることがバレた時も、思い返してみれば多くの人が清瀬さんに話しかけてたし。清瀬さんの素っ気ない態度に辟易した人たちが話しかけなくなっただけで、清瀬さんと話したがる人にとっては体育のグループ作りなんて絶好の機会だし。そうだ、私が誘って良い相手じゃなかった。
清瀬さんから目を逸らし、私は次のぼっち候補を探す。穂條さんだ。
穂條さんとは、一度だけ話したことがある。先週、ダンス部の体験入部に行った際、穂條さんも体験入部としてやって来たのだ。穂條さんは、風の噂で聞いたところ元アイドル志望だったらしい。中学生の時にアイドル養成所に通っており、去年はColorful*Starsオーディションという有名なアイドルオーディション番組にも出演していたのだとか。
アイドル志望者だったこともあって、穂條さんも清瀬さんに負けない美貌を持っている。清瀬さんはTHE・美人な顔立ちだが、穂條さんはきりっとした眉とぱっちりした瞳、シャープな骨格が特徴的で、美人と可愛いを両方兼ね備えている感じだ。清瀬さんと同じく、私が穂條さんの隣に並ぶのは月の隣にスッポンが並ぶようなものだけど、1人で踊ることになるより随分マシだ。それに穂條さんは、清瀬さんと比べると幾分か話しやすい雰囲気がある。この前はちょっと気まずい関係になりかけたけど、ちゃんと和解したし。たぶん、大丈夫。
しかし、穂條さんの姿が見当たらない。どこかのグループに入っているのかと視線を巡らせるも、穂條さんは何処にもいなかった。そもそも、体育館にいないのだ。
あれ? 穂條さんって今日、欠席だったっけ。いや、朝見かけた気がする。てことは早退? あぁ、誰かに訊きたいけど訊ける相手が誰もいない。
そうこうしている間にも既に踊り始めるグループが出て来て、本当に私の居場所はなくなりつつあった。どうしようどうしよう、と変な汗をかき始める。
「一条さん、どうしたの?」
「えっ、あ……」
いつの間にか、私の真横に松浦先生が来ていた。これはもしや、「誰かー、一条さんをグループに入れてあげてー」コースなのでは。
「グループ、まだ決まってないの?」
「あ、う……」
もしかしなくてもそうだ。どうしようどうしようどうしよう。無理に入れられるとしたら6人に達していないグループのところだろう。万が一にでも、高橋さんと間宮さんと風浦さんの3人グループに入れられることになったら……。
「ぐ、グループ、決まってます」
どうせいずれバレる嘘なのに、咄嗟に口をついて出てしまった。
「あらそうなの? 誰と? 一条さん1人に見えるけど」
「あー、今トイレに行ってるみたいでー。待ってるんですー……」
「なんだ、そうだったの。じゃあ、後でその子と先生のところに報告に来てね」
「えっ、ほ、報告⁉ 何の報告、ですか……?」
「何って、グループの。グループに誰が入ってるか氏名と、後グループ名も、ここに書いてもらうことになってるの」
松浦先生が見せてくれたのは、下線付きのA4用紙だった。
・ARS! (1517高橋葵 1521風浦羅菜 1523間宮星愛)
・HaRuKa (1505小野寺春 1506神北瑠琉 1530利木十架)
等々、こんな感じで既に幾つかのグループが記載されている。
「あ、それとも一条さん、先に書いちゃう?」
「えっ⁉」
松浦先生が用紙を私に差し出してきた。私は受け取らず、変な声を上げてしまう。
「でもっ、まだグループの子来てないです、し」
「別に良いわよ。だってもう決まってるんでしょ? 先に書いちゃって?」
もしかして、バレてる? 私が嘘を吐いてるって見抜いて、嘘なら嘘と言えと、揺さぶりをかけている……? どうしよう、正直に吐いた方が楽になれるような気もするけど。
「……すみません、あの」
「どうしたの?」
このまま嘘を吐いたって、後になって困るのは目に見えている。体育を欠席し続けていれば進級に関わる問題になってしまうし、例えどこのグループに入れられることになっても、いつまでも嫌なことから目を逸らし続けているわけにはいかない……!
「あー……。私あの子の漢字解らないから、また後で書きに行きますー……」
そう、これは逃げではない。保留だ。一旦保留することによって、自分の力でどこかのグループに入れてもらうチャンスに恵まれるのだ。やっぱり自分でどうにかする方が、成長に繋がるもんね!
「そう? じゃあ、後でお願いね」
松浦先生はあっさり引き下がった。私は安堵し、改めてわいわいしているグループに目を向ける。が、やはりどこも曲や振り付けを考え始めており、既にグループ決めの段階は終了していた。ここでじっとしていても仕方がない。やっぱり穂條さんを探そうと、私は静かに体育館を出る。
ひんやりとした人気のない廊下を歩き、階段を降りる。エントランスに出るも、穂條さんの姿は見当たらない。
「ほ、穂條さーん……」
いくら人気がなくとも学校で大きな声を出す勇気はなく、小さな声で名前を呼んでみる。が、反応なんてあるわけもなく、私は息を吐いた。
体育館に戻ろうか、いや戻ったところで何をすれば良いというのだ。グループなんて決まってないし、誰も私を誘ってくれないし、私からも声を掛けられないし。……どうして、私から声を掛けられないのだろう。恥ずかしいとか勇気がいるとか、そんなのは皆一緒で、それでも、私と違って皆は一歩踏み出して、自分からいろんな人に話しかけている。
どうして皆にできることが、私にはできないんだろう。
「……もう、嫌になっちゃったなぁ」
階段付近で立ち止まり、独り言ちる。このまま逃げ出して、家に帰ってしまおうか。そう考えるも、そんな勇気もないのでエントランスをさ迷う。すると、
「それでさ、サッカー部に入ったは良いもののマネージャーが……」
「あー、彼氏いたのか。でも運動部のマネージャーってだいたいそうだよぁ」
エントランスのドアが開いて、男子生徒が2人入って来た。名前は忘れたけど、同じクラスの人達だ。男子は外で授業をしていたはずだが……。
「あーあ、スマホ返して来いとかマジ怠いわ。つか、貴重品持って行けって言うくせにスマホ駄目とか意味解んねぇ」
「たぶん、教室に置いていくのが正解なんだろうな。今のご時世、スマホと財布はいつでも自分の手元にないと危ないのに」
「だよな、腹立つわあの眼鏡」
2人に見つからないよう階段を一気に駆け上がると、踊り場から様子を窺う。2人が更衣室の方へ行ったのを見届けてから、私は階段を降りて男子更衣室とは反対方向に進む。女子トイレを見つけたので、入ろうとした時だった。
『Listen to me music! リス? じゃなくてLizu! 無名のカナリ―イエロー担当、Lizuです! よろしくね!』
きゅるん、なんて擬音語が付いてそうな明るい声音に、私の足がぴたりと止まる。聞いてはいけないものを聞いてしまったような、後1歩踏み込めば赤いレーザーに引っかかって警報機が作動するんじゃないか、そんな危険信号が脳から足に送られた。
「……うーん、やっぱちょっと意味解んないなぁ。リッスンの語気を強くして、リッスントゥ……でも、そんなに変わらないよなぁ。リスじゃなくてって、いらない気もするし。でもそれならリッスントゥミーもいらないし」
トイレの洗面所で、女の子が1人ぶつぶつと呟いている。私はここにいてはいけないと判断し、すぐ体育館に戻ろうと踵を返し……たのだが。
ピカピカに磨かれた床のおかげで、キュッと爽快な足音が響いた。
「誰っ⁉」
スパイに作戦会議を聞かれていたことに気が付いたような迫真の声で、女の子がこちらを振り向く。
「……って、一条さん?」
恐る恐る振り返ると、驚いた顔で私を見る穂條さんと目が合った。
驚きたいのは、私の方だった。




