三百十六話
罠だったかもしれない。そう考えてもマードックにはここで踏み込まないと言う選択肢は無かった。
コレを逃せばこうして首都に侵入できる機会など今後二度と訪れ無いと感じたから。
「お前たち、散れ。潜伏しろ。その後は勝手に動け。私の命令を待つ必要は無い。自身の判断で何が最善かを考えて実行するんだ。纏まっている所を勇者や、まして剣聖などに見つかれば恐らくは全滅だ。少しでも長く人族への妨害に努めるんだ。・・・ここから逃げたければ逃げても良い。私は何も言わん。」
逃亡の許可、これはマードックの慈悲などでは無い。
部下たちが逃げればソレはソレ、囮として使う心算でいるからだ。
部下たちには密かにマードックがマーキングを施していた。魔法で。バレずに。
ソレを利用して逃亡を図った者の動きを捉えたらすぐにその事を人族にリークしてそちらに戦力の流れを向かわせる計画だ。
そこから兵力の薄くなった場所へと入り込むと言った流れを考えていた。あわよくば城内への侵入、そしてそこに居るであろう聖女の暗殺。もしくは国王の命を狩る。
余りにも杜撰で見通しの悪い計画だが、これも今の魔族の数で考えれば仕方が無い事だった。
できうる事なら一発逆転、そこにマードックは自身の命を賭ける心算でいる。今の魔族の数では綿密な計画など立てられる現状では無い。
あくまでもマードックは魔王さえ生存してくれていたら、それで良いのだ。
必要であれば自身の命すらも利用する。魔王の生存の為に。
今のマードックには魔王の「中身」がどうでも良くなっていた。
最初の頃はずっと「以前の魔王」では無い事をどうしてなのかと考え続けていた事もある。
しかしソレが人族との闘争が始まる頃にはそんな事に割ける思考の余裕も無くなっていった。
そんな時間を経て結局、ここまで魔族が追い詰められている現状ではもう後には引けない。
魔族の方へと天秤を傾け、人族との戦力的釣り合いを水平に戻すには?
人族の重大人物の排除、それしか方法は無かった。魔王の中身どころの話は無い。
マードックはそこに自身の命を賭けるしか他にやり方が思い浮かばなかった。
(勇者にも、剣聖にも挑んだ所で歯が立たんどころか、鎧袖一触にされるだけだ。ならば、聖女、或いは、国王、どちらも難しいが。・・・狙うならそこしかあるまい)
できうる事なら人族の士気を致命的なまでに落とす様な、派手な殺害が望ましい。それこそ王国民全てに絶望を植え付ける様な。
そう考えつつもマードックは先ず首都の騒ぎの大元が何なのかを調べる為にその元凶が居るのであろう場所を探して走り出した。
この騒ぎを利用できるのならばしない手は無い。そう考えての事だったが、なかなかその元凶の場所へと辿り着く事が出来ずにイラつきを内心に溜め始める。
が、直ぐに今の状態を冷静に分析し始める。
(何処もかしこも空振り?・・・この感覚、この不安、この不気味さ、覚えがあるぞ!勇者だ。神の加護だな!)
確信、マードックはここで瞬時に判断を下す。
(元凶には勇者が関わっている。そして、このまま私が走り回っても恐らくは「力」に阻まれて辿り着く事は困難か。ならば)
マードックは即座に決断し、走る方向を城へと向けた。




