二百九十二話
勇者は困惑していた。目の前の存在に。
最初は魔族と言う報告を受けていたのだが、しかしいざ実物を見てみればどうだ。
「こいつから魔族では無い別の何かを感じる・・・こいつが魔王か。だが、違和感が酷い。どうなっているんだ?」
勇者の神の加護は伊達では無い。早くも問題の存在が、受けた報告とは全く次元の異なるモノだと看破していた。
だがハッキリとした答えに辿り着く所までは行かず。そんな疑問を浮かべて動かない間も破壊活動は続けられていて。
「勇者様!どうなされたのですか!?早くあの「魔族」を!」
衛兵隊長がこの場に戻って来て動かずに居る勇者を急かす。壊され続ける家々に視線を向けながら。しかし。
(こいつの正体もしっかりと把握できていないのに迂闊に攻撃などできない。剣聖殿は何故この場に居ないんだ?)
普段の勇者なら即座に攻撃を仕掛けていたのだろうが、今は違う。
(神の加護の反応がおかしい。目の前のソレに強く反応するのに、力が微妙に湧いてこない)
簡単に行ってしまえば、それは「ヤル気」。
今も問題の存在は破壊行動を続けていて止まる様子は無い。勇者が直ぐそこに居ると言うのに。
視線を向ける事も無くひたすらに建物を壊し続けるだけ。
勇者はここで側に居た衛兵隊長に問いかける。
「剣聖殿は来ないのか?今は何処に?」
「何処に居るのか分かりません!今はそれよりもヤツを止める事が先決です!勇者様は何故ヤツに攻撃をせずに居るのですか?我々では悔しい事ですが傷一つ付ける事も出来ませんでした。止められるのは勇者様しかいないのです。このままではこの場が全て更地にされてしまいます。ヤツを早く止めてください。」
衛兵隊長は正論を述べる。今はそれ所では無いと。剣聖を気にしている場合じゃ無いと。
だがそれは衛兵隊長としての立場、視点から見ての正論であり、勇者が持つ視野から見た「正論」では無かった。
「奴はおかしい。もっと慎重に正体を見極めてからだ。その為には剣聖殿の協力が必要と判断した。この騒ぎに駆け付けぬ御人では無い。もう少し待つ。幸いにも奴はこちらに向かってこない。こっちの事を把握している様子にも関わらずだ。こちらに一瞥もせずに建物の破壊だけを一心不乱だ。待つ。剣聖殿が来るのを。」
その様な判断をした勇者に対して衛兵隊長は僅かに眉根を顰める。
本当にこの人物が勇者なのかと。コレが勇者なのかと。薄情過ぎると。
怯え逃げ惑っていた国民の姿をつい今先程までずっと目にしていた衛兵隊長は、この勇者の考えにホンの僅かではあるが反感を覚えてしまった。
力が有る癖に国を守る気は無いのか、民を守る気は無いのか、と。
しかし勇者はこの衛兵隊長の変化に気付かない。いや、気付けと言う方がきっとおかしいのだろう。
勇者の見ている景色は何処から切り取っても「魔王討滅」。
国を守る、民を守る、などと言った事に対して勇者は些細な事として認識している。
勇者にとって民、国、そんな事より大事なのは「魔王確殺」なのだから。
だから、この思いのズレが最終的に何を自身に齎すのかなど、勇者に気付けるはずも無かった。




