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二百八十九話

 魔王が出た、その意味を直ぐに理解できた者は少ない。


 首都の真ん中で突然にその様な叫びがこだましたのだから、これはしょうがない事だ。


 聖女様ブームが、その熱がまだ冷め止まぬ様な状況だったのだ。


 その事実を受け入れられ無いのは当然の事であった。


 誰もが誰もキョトンとした顔になって周囲を見渡す。誰もが誰もそんな馬鹿な事は有り得ないと、そんな表情で鼻で笑って周りの者たちの顔を見て同意を得る。


 そんな空気に激しく、そして慌てた様な声で「上だ!」と何処からともなく響けば、そんな顔を、同意をしていた全員が上を見るけれども。


 上空には小さい黒い点が見えるだけでソレが本当に魔王かどうかなど分からない訳で。


 ソレでもその青空に見える黒い点が気になって上空に視線を向け続ける者たちはずっとソレが何かを理解しようとして目を凝らし始める。


 その黒い点が段々と大きくなり始め、そしてその輪郭がハッキリとし始めてソレが何かを早くも理解し始めた者はこう叫ぶのだ。


「魔族だ!」


 そう、魔王では無く、魔族だと判断する。


 背中には真っ黒な何の動物の物か分からぬ羽が生えており、巨体で、頭には角が存在し、その体色は人族とは掛け離れて黒い。


 その輪郭が段々と大きく張り始めて良く見えて来ると一般市民でも分かる程の、その体から滲み出ている魔力量を感じて市民はパニックに陥る。


 が、ソレもホンの最初、始めの間だけ。そこからは「聖女様がこの国を守ってくださる」そんな言葉が町中に広がり始めるのだ。


 それは愚かとしか言い様の無い物だった。自分たちは守られている、死ぬはずが無い、そんな期待を聖女へと掛けたものだった。


 しかしその様な期待は、死と言う強大な力には本来無力だ。


 聖女様が居るから、そんな「良い訳」はそれこそ今の状況に対して使うには余りにも根拠の薄い自信、過信。


 それに気付け無い者たちは遅れる。避難する、そんな大事な事を頭の中に思い浮かべるには実際に被害をその目にしなければならなかった。


 その「魔族」が地上に降り立った時にソレは起きた。


 民家の屋根に墜落、その家の中には人は誰も住んではいない空き家だったが、やっとその轟音で国民たちは僅かずつ不安を滲ませ始める。


「なあ?ここに居て大丈夫か?いや、聖女様を疑う訳じゃ無い。きっとさっきの奴だって聖女様の御力でこの国から追っ払ってくれるだろうけど。」

「あ、あぁ・・・いや、勇者様も城に居るって話しだったろ?直ぐに駆け付けてやっつけてくれるはずだ。俺たちはその武勇伝を見学してりゃ良いのさ。」

「そ、そうだよな?あんなの勇者様の一撃ですぐにやられちまうんだ。逃げる必要なんてねぇさ。」

「いざとなれば聖女様も居るんだ。俺たちは安全だって事だろ?だけど、まあ、もうちょっと離れて居ようぜ?もしかしたら戦闘の邪魔になるかもしれねーしよ?」

「だ、誰かしら衛兵を呼びに行った、よな?なら、避難誘導があったらい、移動しようぜ?勝手にあっちこっち分かれて逃げ回っちゃ迷惑だろうから、さ。」

「・・・なあ?本当に大丈夫だよな?大丈夫、だよな?うん、大丈夫だきっと。これまでだって何とかして来たんだろ?勇者様だけじゃ無く今は聖女様も居るんだ。なんて事は無い、よな?」


 不安と期待が入り混じった空気を文字通りに吹き飛ばす爆発が起きたのはそのすぐ後。


 民衆が「魔族」と決め付けたその存在が墜落した家が跡形も無く吹っ飛んだ。

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