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二百八十一話

「勇者が接近して来た場合は散開だ。決して真面に対応するな。」


その様な命令がマードックからされるが、部下の一人、副官と言われる立場の者はコレに反発していた。


「人族を嬲り殺しにできなかったんですぜ?勇者が近づいて来ているって言うのなら、ソレにくっ付いて来ている羽虫共くらいはやっちまっても良いでしょうが。」


王国の首都への襲撃は失敗に終わっている。その不満が魔族たちに影響を与えていた。


それはもちろんマードック以外の全部に。


(こいつら、勇者も剣聖の事も舐めている。あの惨事を忘れた訳ではあるまいに。今や勇者の力は我々が束になっても足元にも及ばないというのに)


剣聖が一人で手練れの魔族たちを殲滅した事はまだ記憶に新しいハズなのに、その事をすっかりと忘れている魔族たち。


マードックは部下として扱っている魔族たちの頭の悪さ、無謀、蛮勇具合に頭を抱える始末になっていた。


アレからかなりの時が経って勇者の攻略したダンジョンの数は膨大と言って良いモノとなっている。


ソレを思えば今の勇者の力量がどれ程に膨れ上がったのかは想像するに恐ろしいモノだと、マードックは理解していた。


「私の言葉に従わねばここで全員が死ぬ。断言できる。ああ、これは只の勘だが、勇者がこの場所に来るのは時間の問題だろうな。」


「はぁ?何を言っているんです?この隠れ家に勇者が?まさか。」


「お前はまだ勇者の持つ神の加護を甘く見ているのか・・・まあ、しょうがないな。部隊編成をやり直す。お前の意見に賛同する者たちと、私の命令に従う者たちで二手に分かれる。それで構わないな?」


マードックは現状とその未来を正確に見通していた。


しかしこれを幾ら説明した所で感情、或いは魔族と言う存在に刻み込まれた「呪い」とでも言える習性がソレを呑み込んだりはしないのだ。


だから説得をマードックはせずに自分の意に従う者だけを残す方向に切り替えた。


「ったく、マードック様は何でそこまで臆病風に吹かれたんで?まあ良いですよ。もう好い加減にこんな状況はじれったくてしょうがなかったんでね。自由にやりますよ。」


これまでに人族と魔族で争われて来た長い歴史を、その結末を、この副官も知っているはずだった、充分以上に理解していたはずだった。


けれども結果はコレ。それは無意味だったのだとマードックはここで悟る。


こうして人員の再編成が行われてマードックの元に残ったのはたったの五名だった。


首都への攻撃時には魔族を集められるだけ集め、そこで一斉攻撃となっていたのだが。


これは聖女の魔道具の作り出した結界に完璧に阻まれて作戦失敗、撤退させられている。


フラストレーションが溜まってのこの様な隠れ潜む事態を多くの魔族が認めてはいなかったのはどうしようも無い事であった。


(大幅に戦力が落ちる、などと言った域を超えるな・・・これ以上を止めておく事は、私の力では無理か。魔王様の号令なら何とか出来るハズだったのだが)


何とかここまで持ち堪えて来た、そんな感想をマードックは持つ。コレに「しかし」と繋げる。


(ここで勇者に戦力の九割九分が殲滅されるだろうな。生き延びる為には勇者がここに来る前に逃げ出してしまう事だ。迎え撃とうなどと言った考えは只の自殺だ)


殺されると分かっていて勇者に立ち向かう。いや、ここに残る者たちは分かっていない奴等なのだと考えなおすマードックは宣言する。


「撤退だ。もっと森の奥地へと逃げ込むぞ。王都の方面からより一層に遠ざかる方向で行く。」


この決断に因ってマードックは命拾いをする事になった。

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