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合言葉は、村人A「旅立ち編」  作者: 白雪 四葉
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9/12

恋する貴族は、好敵手

千年前の勇者は、実は傍若無人キャラでした…


Q:今回のお仲間候補者はどんな感じ?


A:ナルシストでナンパ大好きなキザ貴族


 魔界の剣、またの名をミスティックブレイド。




 人間界の勇者ロベリオの魂を吸収した、非常に強力な次元の鍵となる剣。





 まさに今、俺の手の中で動いているんですよね!それ。





 頼むから、少しは大人しくしてくれよ…ロベリオ!!








「ふいー…千年ぶりのシャバの空気は美味いぜ!千年も鍵の代わりで同じ姿勢とかやってらんね、肩が凝ったわー」





 フヨフヨ浮遊しながらロベリオは千年の苦労を語る。




 …所でシャバって何?千年前の勇者の言葉はイマイチ意味不明。






 肩が凝る姿勢とか、そんな愚痴を延々と今は魔界の剣その物たるロベリオは語るのだが…どう見ても肩は無い。





 そこで俺は、小声で思わずポロリと本音を漏らした。

 





「剣の姿で肩も無いんじゃ…」

「あぁん!?何か言ったか!」

「いえ、別に何も?地獄耳め」




 どうでも良いことに、剣になった今でもロベリオの耳は地獄耳らしい。




 ……うん、本当にどうでもいい情報だったわ。







 境界から外へ出てきた俺達は、四世界の中で一番魔界に近くロベリオやリリエルの故郷でもある人間界を、まずは踏破する最初の世界に選択。



 旅立ちに備えて各々用意した資金や備品を持ち寄ると、近くの町でランチを取りつつ忘れ物や今後の長旅に必要な物が無いか再確認することにした。

 




 ちなみに俺の故郷、名も無き村は魔界の辺境と呼ばれる切り立った崖っぷち近くの山奥に存在している。





 つまり俺は魔界生まれの人間、と実に微妙な立ち位置であり、人間でありながら人間界のことをよく知らない田舎者であるが仕方ないことと流して欲しい。






 俺は厚切りベーコン入りのサンドイッチ、リリエルは揚げ立て柔らか唐揚げメインのプレート、オレインさんはヘルシーな野菜メインのコースをそれぞれ頼んで食事を楽しむ。

 






 ちなみにヴェルグは一人、メイド達に無理矢理持たされたらしい愛情…愛憎?入りのお弁当を黙々と食べていた。




 俺達に向けているその背中には、哀愁が漂っている。





 こんな時まで律儀を貫かなくても良いと思うんだ、俺…





 正直、何が入っているかも怪しいお弁当なんて捨てればいいのに…とはさすがに言えず俺は見て見ぬふりをした。






 ごめん、ヴェルグ…俺はお前に対する優しさよりも、美味しいランチを選ぶ非情な男だ。





 色気よりも食い気、俺の場合は優しさよりも食い気?






 今まで既成事実を得ようと画策したメイド達に、精力剤やら惚れ薬やら…一服盛られたことなんて数知れず。





 それでも捨てられないヴェルグはある意味で漢、簡単に言えば度を越したお人好しと言える。

 たまにヴェルグが本当に魔界最強なのかと疑いたくなるのはこんな時。




 後でトイレに付き合ってやろう…密かに腹を下すだろうと未来予測をした俺は、自分は美味しいサンドイッチを頬張りながら痛ましいヴェルグの背中を見ていた。








「所でヴェルグ、アタシ達の最終的な目的って何なの?」




 食後のデザートに選んだフルーツパフェを、リリエルは女の子らしくちまちま食べ進めながらヴェルグに問いかける。




 可愛らしくスプーンを手にする姿は、可愛らしいメイド服に身を包んだリリエルを更に女の子らしく見せてくれるのか町の男達は彼女に視線が釘付け。




 まぁリリエルの過激な内面を知らない男はイチコロだろうなと頬杖をつきながら、俺は失礼なことを考えていた。






 ちなみに言うまでもなくオレインさんはいつも通り、いつでもどこでもセクシーなお姉様なので町の男達はイチコロ。




 目はハートになっている上、ヨダレが出てる奴もいた。




 男として、俺もその気持ちは痛いほど分かるけどね…





 俺も彼女特有のフェロモンに慣れるまでは苦労した。





 ヴェルグはあまりその手のことに興味がないのか、はたまた気にならないのか苦労した形跡はない。

 メイド達に囲まれて長いから、女性に対して免疫が付いているのかもな。





 オレインさんは何を食べても飲んでいても、やっぱりエロいことを想像させるくらいセクシーなのでいつも目のやり場に困る。




 俺はチョコレートパフェを食べながら、食後の野菜入りバニラアイスをスプーンから舐めとるように食べ進めるオレインさんを盗み見し「今日もエロいな、グッジョブ!」と内心で彼女を褒め称えた。




 だけど彼女の使い魔、黒猫クローバの純粋な瞳が彼女の足下から俺に向けられて妙な罪悪感を覚えて俯く羽目に。



 

 ごめんよクローバ…俺も一応、正常な男子なんです!



 セクシーなお姉様には憧れる年頃なんで許して下さい。






 ようやく怪しいお弁当を処理したヴェルグは、食後に選んだアールグレイで一息つく。

 町の女達は子供じみた俺には見向きもせず、魔界貴族の優良株ヴェルグ一人に目を向けてうっとりしていたっけ。




 

 どうせ俺はイケメンでも大人の男でも無いですよ…




 そんな俺の様子にロベリオは気付くとケタケタ笑う。





 俺と同じ顔してるくせに、本当にモテたのかな?



 色々と気になることは多いけど、まずはテーブルに広げられた千年前の地図に俺は目を向けることにした。






「これを見てくれ。千年前の地図なのだが…まずはロベリオの足跡を追う。我々は魔界の代表として魔王様の信頼を得ているパーティー、故に失敗は許されん。レミリオを勇者として四世界を巡り、分かたれた世界の思想を統一する。その為には、時に障害になると思われる他の勇者達に遅れを取らぬだけの功績に加え、あらゆる民に王から神まで幅広い支持率が必要だな」





 まずは勇者として支持率を得て、四世界の代表による千年に一度の四世界会議に出席する権利を得る。





 そして、今回こそ成功させることが目的らしい。

 




 ちなみに千年前の四世界会議は見事に代表達の意見が合わず、勇者として出席できた者も大戦の影響により一人もおらず仕舞いで失敗のまま終わったらしい。








「千年前の悲劇を二度と繰り返さぬ為。再び必要になると言われていた勇者、女神アシュタルテが預言した通りロベリオは別の形ではあるが千年後の今確かに現れた。そして今が頃合いと魔王様はお考えになり、俺もそれに同意。ロベリオに生き写しのレミリオを魔王様が見つけ出し、魔界の勇者として育てた訳だが…」





 創世の女神アシュタルテは当時のロベリオのことを高く評価し、彼の魂を受け継ぐ勇者が千年後に現れることを予言されていたそうだ。





 実際は魂を受け継ぐどころか、全く同じ顔の別人…俺が生まれてきちゃったんだけどね。





 当のロベリオ本人はと言えば、魔界の剣その物になっている訳なので…転生出来ないのも仕方ない話だ。







 この四大世界の総称「エルファレーデ」には、種族の違う者達が住む四つの世界が存在する。





 人間界、魔界、天空界、地底界の四世界が主な世界。





 他にも様々な叡智の源たる異界や妖精達の隠れ住む妖精界、様々な獣人達が暮らしている獣人界など。



 


 目には見えずとも、確かに存在する世界はある。





 女神アシュタルテが創造したと言われる清浄なる大地の上に成り立つこの世界は、時間の流れがとても緩やかで空気も清浄な為、寿命の短い人間ですら平均二百歳は生きることが出来る不思議世界だ。





 長命な天使や悪魔、魔族はどれだけ生きるのか想像もつかない。

 だからこの世界に生きる者は、不老不死に興味がない。




 生まれながらにして与えられる恩恵に感謝し、神に愛されていることを実感できるからだと言われている。







「うっわ、古っ!あぁ…気付けばアタシも千年以上の大御所なのね、時は残酷だわ。この世界は時の流れが半分とはいえ、やっぱり嫌ね…」




 ボロボロの地図に目を向けたリリエルは、それを己と重ね合わせて一人さめざめと嘆いた。




 別に長生きしていることを嘆く必要はないのにな。




 俺はリリエルの嘆く意味がよく分からず、首を傾げると隣にいたヴェルグに話し掛けた。






「なぁなぁ?大御所って…あぁいう使い方をするっけ?」

「言うな、女心は複雑だからな…」

「成る程、ババア扱いされたくない訳か!あっはっ、ぐふぉ!?」




 大笑いしようと腹を抱えた瞬間、俺の左頬に誰かの握りこぶしがめり込んで笑いを止める。




 オマケに完全に油断していた俺は、その突然すぎる横槍によってぶっ飛されてロベリオにまた笑われた。






 握りこぶしもそのままに、地べたに座り込んだ俺を上から威圧的な視線で睨み付けて来る見知らぬ派手な若い男。





 だけど知らぬは俺とオレインさんのみ、リリエルとヴェルグはどうやら知り合いなのか頭を抱えて目を伏せた。







「そこの貧弱な君!麗しのリリエル君に向かってババアとは何事だ!今すぐに訂正したまえ、熟女…とな!!」




 どこの誰だか知らないが、派手で目に痛いほどギラギラした服装のお前の方がよっぽど失礼だろうが!




 どうやら俺に向けられている、宣戦布告を意味するらしいそのポーズがまた痛々しい。





 妙なポーズはやめて欲しい……魔王様と丸被りだから。





 熟女って何だよ熟女って。

 




 俺の本音を完全に無視した奴は、完全に自己陶酔。





 自分、正しいことをした!そんな風に考えていることが俺ですら見て取れる。





 自分で自分に酔えるとか、幸せな奴だな……頭が。







「出たわね、またアレが」

「出たな、懲りない男だ」




 リリエルとヴェルグは知り合いらしい派手男に呆れた視線を送りながら、困惑気味に俺の対応を待っている。




 知り合いなら二人から話しかけて欲しいのに。




 どうにも声をかけたがらない二人に痺れを切らし、俺はとうとう仕方なく派手男に向けて抗議の声を上げた。







「誰だよ!いきなり殴るとか酷いだろ!それにババアとは言ってないだろ、本人には!!」

「ちょっと!聞こえているわよ!?」

「馬鹿者が…お前はいつも一言多い」




 しまった、と思っても時すでに遅し。




 俺にババア扱いされたリリエルは、恐ろしい形相で逃げ回る俺を追いかけてくるから恐怖以外の何者でもない。




 その手にした馬鹿デカイ戦斧がギラリと光り、俺に目掛けて降り下ろされる瞬間を想像して本気で青ざめる。






 ぎゃいぎゃい騒ぎまくる俺達を見て仕方ないと思ったのか、俺の代わりに成り行きを見守っていたオレインさんが至極冷静に派手男に話し掛けてくれた。





 最初からオレインさんに任せておけば良かった…








「空気を読まない貴族さん、教えてあげる。貴方は精一杯のフォローしているつもりなのでしょうけれど逆効果よ」

「何と!?そういう君は初めて見るご婦人だね!美しい」

「どうも。でもその言葉は言われ慣れてるの。それに貴方はリリエルちゃんがお目当てだったのではなくて?」



 

 冷静沈着な態度を崩さないまま、オレインさんは特徴的な喋り方をする派手男と会話を続ける。




 男からの賛美とも受け取れる誉め言葉に見向きもせず、大人の態度を貫ける彼女は頼りになると改めて尊敬した。

 


 

 オレインさんからの問い掛けに、ようやく思い出したと言わんばかりの勢いで派手男はリリエルの傍へ近付くと、両手を握って彼女の瞳を熱く見つめる。





 …何だか分からないけど、ちょっとイラッとした。






「リリエル君、我が愛しの君!逢いたかったよ、ずっと」

「キグルス…ヴェルグを倒す為の修行は、どうしたの?」

「あぁ、アレか!愛しの君が我が永遠の好敵手、ヴェルグ君に連れて行かれると噂に聞いて、引き上げてきた次第さ!君と私は、いつか結ばれる定め。花と蝶のようにね」




 見た目だけでも鬱陶しいのに、中身まで鬱陶しいとなるとこれは付き合うのに苦労するなと俺は面倒臭くなる。




 言葉もキザだし、見た目もキザな派手男…キグルスはヴェルグの永遠の好敵手と抜かしたが。




 

 何だか納得行かず、俺は困惑気味に沈黙したままのヴェルグに話し掛けた。







「えー…アレがヴェルグの永遠の好敵手?俺、ショック」

「絶対に違うが、奴はいつか俺を倒すとしつこくてな…」

「そっか、ヴェルグは実力者だから狙われて大変だな?俺はお前の実力信じてるけど、くれぐれも気を付けてくれよ…俺、お前に何かあったら嫌だから」

「む…そうだな。世の中、何が起こるか分からんからな…一応、礼は言っておくぞレミリオ」




 俺に正式な名前が与えられてから、ヴェルグは以前にも増して優しくなった気がする。




 俺の頭を撫でながら、自然と交わされる視線に何だか胸が温かくなって泣きたくなった。

 




 今までは「お前」としか呼んで貰えなかった俺だから、余計にそう思うのかもしれない。




 そこでフヨフヨ浮遊しながら俺達の間に割って入ったロベリオは、俺達の様子に何か思う所があるのかクルクル回りながらヴェルグに話し掛けた。

 





「うひゃー男にモテモテだな、すげーぜヴェルグ!しっかし、いつの間に俺様以外の友達作ったんだよ?コミュ障なくせによーぎゃははは!」

「黙れロベリオ、へし折るぞ?」

「イヤンそこはやめて!エッチ」

「……こんなアホの為に、俺は千年も何を後悔していたのか。一生の不覚だ」




 ギリリと音を立ててヴェルグが剣の柄を掴むと、何だか怪しい声を上げてロベリオはくねくねフニャフニャ剣先を曲げる。




 当然、ヴェルグは掴むことを諦めてあっさり手離すと過去には親友と呼んだ筈の友の気持ち悪さに青ざめた。





 こんなアホな声を出す剣が、俺の憧れの千年前の勇者…





 ちょっと泣きたくなった。








 

 今や第二の故郷とも我が家とも言える魔王様のお膝元、魔王城。

 悠々とランチを楽しんでいた筈の俺達、魔界代表パーティーは何故かまたこの場所へ逆戻り。





 既に旅立った筈の俺達をまた見掛けた魔王様は、不思議そうに首を傾げると、キグルスも含めて大所帯になって来た俺達の向かう先について答えを求めてきた。



 




「おや?まだ旅立っておらんのか、そっちは闘技場ぞ」



 

 歴代の魔王様達は血湧き肉踊る闘争を楽しみ、よく闘技場を開放して強者を集めていたらしいが、実はカリス魔王様の代になってからはそれが無いとか。





 今の魔王様はどちらかと言えば穏健派、闘争よりはのんびりまったり皆と幸せに過ごしたい御方で俺にも優しい。





 闘技場は魔族だけではなく、過去には望まない魔物同士を争わせてその生死を賭けに集めた収入金でまた強者を集めるなんてことは日常茶飯事。





 かなり非道で外道な真似を歴代の魔王様達は、平然と行っていたらしい。





 魔族は闘争こそ生きる糧、戦わざる者生きるべからず。






 ほんの数千年前までそんな恐ろしい日常こそが、この魔王城での当たり前だった。


 



 それを変えたのは他の誰でもない、今の魔王様。

 強者は側近一人、他の魔物達は自由にさせている。





 だから魔王様は皆を守る為に、自分が強くなければと密かに鍛えていらっしゃるのだけどその方法は秘密。

 




 側近のヴェルグには教えているのかも知れないけど。





 魔王様からの問い掛けに、ヴェルグは答えにくそうに視線を反らしながら答えた。







「その闘技場に用があるのです、魔王様」

「己の力を誇示せず、がお前の信条であろ?珍しいこともあるな」

「いえ、これは不可抗力と申しますか」

「意味が分からぬ。犬よ、説明せい!」




 名前を貰えたのに未だ犬扱いされる俺、レミリオ。


 



 ……もしや魔王様の中では俺、永遠の犬なのか?






 ちょっと複雑な気持ちになりながら、俺は事の顛末を簡単にだけど魔王様に説明して差し上げた。

 リリエルとオレインさんも俺に便乗して会話に加わる。







「ヴェルグがキザ貴族に決闘申し込まれたんです」

「アタシを賭けてね!勝手に引き受けないでよ!」

「いいじゃない、男に奪い合われるのはいい女の証よ?私も昔はやんちゃしたわ」




 どっ、どど、どんなことしてたんですか!?そこの所を是非詳しく!!鼻血が出そうな妄想に取りつかれた俺は、ちょっと目が血走って危ない人と呼ばれる寸前のお顔。




 本音は色々と聞きたい、でもヘタレだから聞けない。




 くっ…こんな時こそ必要なのは、何にも負けない真の勇気!勇者の本領発揮するべきではないだろうか!?






 わー……俺の勇気の使い所、超薄っぺらい。





 我ながら自己嫌悪。







 俺に比べてヴェルグは凄いな。




 お人好しだけど締める所はきちんと締めるし、こんな俺の意見にも耳を貸してくれる。





 俺、今更だけど余計なことを言っちゃったのかな?









「…なぁヴェルグ、一回くらい相手してやったら?」




 キザ貴族もといキグルスから、リリエルを賭けての決闘を申し込まれたヴェルグは面倒なのか聞く耳持たずで完全に無視する方向性。




 その気持ちは痛いほどよく分かる。




 あの勘違い貴族をまともに正面から相手すると、間違いなく胃が痛くなりそうだからな…うん。





 だけどいつまでも、面倒だからと奴から逃げ続けても何も変わらないと思ったので進言したら…えらく嫌そうな顔で、ヴェルグに睨まれた。






 あ…この顔、何かデジャヴ。

 




 確か俺がまだ執事見習いだった頃、あまりに手際が悪いので呆れられた時の顔と同じだ……思い出したらまた凹んだ。






「冗談はやめろ。お前は俺に、闘技場で馬鹿どもの見世物になれと言うのか!?」

「そうじゃない、一回でも大勢の前で痛い思いすれば懲りるだろってこと!だってヴェルグは絶対に負けないだろ?ケチョンケチョンのこてんぱんにしてやれよ!な?」

「お前……結構、腹黒だな。ロベリオに似てきたぞ」




 俺相手にヴェルグが本気を出すことはあり得ない。




 理由は「弱い者いじめをする趣味はない」だとか。

 




 弱くて悪かったな、どうせ俺はお前みたいに剣で林檎の皮剥きとか彫刻彫りとか完璧に出来ないよ。

 つか剣を何に使ってるんだヴェルグ……たまによく分からない優等生特有の真面目さが痛々しい。




 それが出来て初めて剣を扱う者としては一人前、俺の剣の師匠たるヴェルグにはそう教わったけど。




 …絶対、何か違う気がするんだよね!?





 そんな達人級の真似が出来るなら、そもそも騎士じゃなくて職人になるべきじゃね?





 器用貧乏ここに極まれりって思う…でも、ヴェルグの剣の腕前は確かだ。

 




 だってこの三年の間、魔王様の暗殺に来た刺客を一撃で倒してたもんなー…俺の目の前で、それも何度も。




 その度に俺は、ヴェルグのこと尊敬の眼差しで見てた。






 だから俺はあまり気乗りしない様子のヴェルグの両手を取ると、正面から上目遣いで話し掛けた。





 誰だよ、上目遣いあざといな!とか言ってる奴は。





 わざとじゃない、身長差があるからどうしても上目遣いになるんだよ…大体、男相手にわざとらしく上目遣いして何が面白いんだ?





 ヴェルグには色々と揃い過ぎているから、羨む気持ちすら無くなるよ……背は高く、顔も綺麗、足も長い、オマケに頭も声も良い、しかも金持ち貴族様で死角なしともなれば。




 …そりゃメイド達じゃなくても騒ぐよな?女は誰でも。

 





 完璧過ぎる俺の御主人様は、だけど不器用なので俺が後押ししてやらないとダメな時がある。





 きっとそれは、今。


 





「酷いな、ヴェルグの腕を信じてるから言えるんだぞ?」

「それは…そう、なのか?」

「そうだよ!俺に格好良い所見せてくれよ、御主人様?」

「格好良い所、か…全くお前は俺を振り回す天才だレミリオ」



 

 苦笑混じりに俺の頭を撫でると、ヴェルグは返事待ちの間に町のお嬢さん達をナンパしていたキグルスに決闘を了承する旨を伝えた。




 何してんだ、そこのキザ貴族……俺は呆れ半分、ナンパ成功による羨ましさ半分で複雑な気持ちになりながら二人のやり取りを見つめる。




 ちなみにキグルスいわく「これはナンパ等と言う低俗な物ではなく、ひとときの出会いを大切にする私だからこその云々」だとか。

 




 ナンパじゃねぇか!どう見ても、とは思っているけど言えないヘタレですが何か?

 黙ってさえいれば、確かに奴もイケメンではある…何だよもう!魔族の美形度、半端ねぇ。







 

 魔王城へは頻繁に訪れていた俺も、実は今日が闘技場には初めて足を踏み入れた日になる。




 

 今の魔王様は闘争を好まない、故に闘技場は開放されず閉鎖されたままだったからだ。






 三年前、まだ無力だった頃の俺はそれを知らずに闘技場と言う単語一つで恐怖を味わった訳だが。





 閉鎖されていることを知った上で、俺に闘技場で闘わせると告げたヴェルグは相当に意地が悪いと思うけど、全てロベリオの為にやったことだと思えば仕方ない。





 俺はまんまとヴェルグの巧妙な演技に乗せられて勇者になった訳だ…まぁ今は、俺に変われる切っ掛けを与えてくれたことに逆に感謝しているけれど。






 しばらく利用されずとも綺麗に整備されて、掃除もされているのはエルトリア家のメイドや魔王様の手配した職人による管理の賜物らしい。





 いつか悪い意味ではなく、何かに役立てる日が来るのではないか?そんな魔王様の優しい願いが込められている…少なくとも俺はそう感じた。









 お互いに対峙し、剣を構える白と黒のコントラスト。




 漆黒の鎧を纏うヴェルグ、一方で白銀の鎧のキグルス。




 青みがかった黒髪のヴェルグに銀髪が美しいキグルス。





 二人の違いはその性格だけではなく、見た目や剣の構え方まで全て正反対だった。







「さて、ヴェルグ君…ようやく魔界最強と呼ばれるまでに成長した君と戦える時が来たね、私の心は悦びに打ち震えているよ!そして麗しのリリエル君を我が妻に!お邪魔虫のロベリオ君も消えた今がチャンスだ、ふははは!」

「下らない御託はいい、さっさと来いキグルス」




 魔界貴族の中でもトップクラスのイケメン当主二人。




 長年の因縁も含めた注目のこの一戦、魔王様の呼び掛けによりこの地帯の住人はこぞって観戦に来た。





 しかも若い女の子がほとんどなのは、俺の気のせいか?






 その魔王様は御自身専用玉座型の特別席に俺を招くと、いつの間に用意したのか沢山のお菓子や飲み物など俺に見せて何やら得意顔。




 専用カートで闘技場内を廻りながら、先程の品を売り歩く売り子として自分と一緒に働くよう俺に命じる。





 俺、勇者じゃなくて今度は売り子ですか?魔王様…




 うわー…自ら売り子する魔王様、何か輝いて見える!フレンドリー過ぎる!そんな魔王様が好きですけど。





 さすがカリスマ、自由人!ある意味、ロベリオ以上にフリーダムだな…一番の部下であるヴェルグの応援よりも、売り子を優先するんだな?魔王様…





 ちょっとヴェルグが不憫じゃね?








 

 俺はと言えば、既に始まっているヴェルグとキグルスの騎士対決を観戦したいが為、比較的頭が良い人型の魔物達を召喚して代わりに売り子して貰うという荒業に出た。




 しかも魔王様の為、と言えば魔物達は絶対に断らない。





 それは何故か?魔物達は、本当の意味での自由を与えてくれる今の魔王様に感謝しているから。

 闘技場が開放されていた頃、何度も何度も死にかけてはギリギリで生き残った旧世代の魔物達は特にその思いが強い。





 皆が皆、今の魔王様のことが大切で、大好きなのだ。 





 だから刺客がこの城に入り込んだ暁には、魔物達は全力で潰しにかかる。




 命令されたからではなく、自らの意思で魔王様を守る。

 統一された魔物達、皆の意思は何よりも強い絆であり魔王様だからこその求心力が為せる業。




 俺も、色々あったけど魔王様に選ばれたことで開けた世界は確かにある。






 売り子でイキイキしている今のお姿は微妙だけどね…


 



 しかもいつの間にかクレア様まで売り子してる!?

 契約者だからって天使にまで売り子させるなよ魔王様…





 と言いつつ、クレア様のスマイルゼロリーロ欲しさに三人分の飲み物とお菓子を買ってしまう俺がいる。




 あぁっ!!クレア様、その笑顔が眩しすぎます!!




 あ、言い忘れたけどこの世界のお金の単位はリーロと言うんだ。







 観客席にいたリリエルやオレインさんの下へ戻ると、周囲はやっぱり気のせいではなく女性ばかりで男はほとんどいなかった。

 




 黄色い歓声がそこかしこに飛び交い、俺はあまりの煩さに両手で耳を塞ぐ羽目に。

 本当は俺も、ヴェルグに声援を送りたかったけど何だか周囲の女の子達に圧倒されて萎縮してしまった。







「キャー!ヴェルグ様、素敵!」

「キグルス様、頑張って!!」




 剣同士がぶつかり合うことで発生する独特の金属音が、闘技場内に響き渡る。

 ヴェルグの魔剣とキグルスの白銀の剣が、火花を散らしながら何度も交差してぶつかり合う。




 正直に言えば、二人とも達人級の腕前なのでにわか勇者の俺では全部の動きを把握できないのが悔しい所だ。




 達人級と言えば、ロベリオも実はかなりの腕前だったとヴェルグが誉めていたっけ。





 …今の欲望に忠実なあの姿だと想像もつかないな。


 



 「見た目で人を判断するべからず」とはよく言うが。


 


 キザ貴族…キグルスは、今の今まで俺が見てきたお粗末な刺客達とは雲泥の差の強さ。





 何せ剣筋が速過ぎていつ動作に入っているのかも分からないほど、流麗で滑らかな剣さばきを披露して俺を驚かせてくれている。

 





 いるよね…能力は高いのに、何か色々と残念な奴。


 


 幸い、今のキグルスは黙して剣を振るっているのでその残念さが見受けられない。

 



 認めるのは癪だが完璧なイケメンって奴だ。



 

 となれば、観客席がえらいことになるのは目に見える。





 俺達はお互いに熱狂的なファンを持つ、二人の人気の凄さって奴を肌で感じて何だか場違いな気がしていた。







「うわ、凄い歓声…女ばっかり!イケメンって得だな」

「ヴェルグが魔界最強って言われる黒騎士だから、キグルスは二番扱いされて長いのよね」

「まぁ…それは面白そうね?お互い、本気を出すかしら」




 目の前で繰り広げられる剣劇は、苛烈さを増して観客席のボルテージも上がる一方。




 冷静さを欠くことなく、例えるならキグルスの水の様な剣を風の如くいなすヴェルグは観客席で声援を送るお嬢さん達の憧れの的。




 魔界で魔王様の側近であり最強の黒騎士と呼ばれる、ヴェルグ=エルトリアの名前を知らない者はいないと言われている。




 俺は改めて自分の置かれた立場を思い、その幸運に感謝した。






「美しくない…全くもって美しくないよ、君は!ヴェロニア魔導騎士学院において、首席で卒業した君!それから私の愛した女性全ての心を奪い去っていた君!それから…」




 何だか道化じみた大袈裟なポーズでキグルスはヴェルグを指差すと、心の中に積もりに積もったらしい因縁の原因とも言うべき過去の一方的な鬱憤をぶちまける。




 案の定と言うか、ヴェルグに冷めた目で見られていたが本人は気にしないのかスッキリした顔でまた剣を構えた。





 だからお前は黙っていれば!イケメンなんだよ?黙っていれば、ね……喋ると本当に残念な奴だと俺は呆れた。




 気持ちは分からなくないけど、ヴェルグに対抗しようと考える時点で間違いだ。




 だってヴェルグは俺の御主人様、家族、保護者、勇者の盾…一人で何役もこなす器用な男!間違いなくキグルスには無理だと俺は思うな。





 

 それまでロベリオは俺の膝の上で静かに観戦していたけど、キグルスの愚痴を耳にすると大きなため息をつく。




 げんなりとした様子で剣先を湾曲させると、周囲を気にしているのか俺にだけ聞こえるような小声で話し掛けてきた。






「おい!全部単なる恨み言じゃねぇか、うぜぇアイツ」

「仕方ないよ、アレが全世界の男の本音だ……ロベリオ」

「何を一人で勝手に納得してんだ、このクソボケナスが…ヴェルグがどうして面倒な奴の決闘、今回に限って引き受けたのか分かんねぇのか?」

「え、リリエルの為だろ?」




 俺が後押ししたとはいえ、原因はリリエルを巡る男同士の決闘なのだ。




 当然、仲間としてこれから先の旅には、絶対に必要になるリリエルを守る為に仕方なく了承したと考える。





 だけど俺の答えにロベリオは呆れたと言わんばかりにフニャッとすると、今度は俺の耳元で怒声混じりに告げた。






「ぶぁか!テメーの為だろ?戦いにおける真髄って奴を、今からヴェルグが見せてくれるぜ。アイツは本当に強いんだ、自分から仕掛けることはしねぇがな?それが騎士の誇りなんだとよ」

「へー…そうなんだ?俺、ヴェルグの本気って今まで見たことないからよく分からないや」

「のほほんとしやがって…テメーはこれまで、ヴェルグの何を見て来たんだよ!あぁん!?」




 何で俺、ロベリオに怒られたんだ?それに俺の為?




 そんな筈が無いのになぁ…と思うけど、もしもそれが本当ならちょっと嬉しい。





 俺を含めた三人とロベリオは、固唾を飲んで試合の成り行きを見守る。

 ヴェルグが負ける筈は無いのに、さっきから妙な赤信号が俺の中で点滅している様な感覚を覚えて落ち着かない。




 この危険に対する警戒心は、何を意味するんだろう?







「さすがだな、キグルス…剣の速さが以前とは比べ物にならん。修行したと言っていたが、独学なら大した物だぞ」

「ふふっ、君に誉められるのは複雑だけど素直に受け止めておくよ。でも…正直、驚いたよ。くくっ、まさか人間嫌いの君がねぇ…?」

「…どういう意味だ、何だその気持ち悪い笑いは!俺に何か言いたいことがあるならさっさと言え!」




 剣を交えながらも続けられる、二人だけの会話。




 だけど僅かな苛立ちを引き出して、それで有利になるほどヴェルグは弱い相手じゃない。




 それが分かっていて尚も話を焦らすのは、いつも一番になれず二番手に甘んじるしかない気持ちをよく知る者だから。




 過去に煮え湯を飲まされ続けたキグルスなりの、優等生ヴェルグへの意趣返しと言える。





 何故なら一番しか知らない者は、二番以上になれない者の痛みが分からないから。




 珍しいヴェルグの苛立ちを、キグルスは愉悦に浸りながら軽くあしらう。




 会話の内容を知らない俺達はヴェルグの剣筋が急に乱れたことを心配し、まるでいつもと逆の光景に二人をよく知るリリエルは不思議そうに首を傾げていた。






「じゃあ言うよ。それ…さっき、私が殴り飛ばした貧弱君が身に付けていたと思ったのだけどね?どうして今は君が持っているのか、不思議で仕方ないよ…説明してくれるかい?」 




 ニヤリと嫌味な笑いを浮かべたキグルスの問い掛けに、ふと視線を己の首元へ落とせば普段はある筈の無い物が架けられていてヴェルグは返す言葉を失う。

 



 まさか俺がお守りの代わりに、とヴェルグに渡したクレア様のペンダントがからかわれる要素になるとは思いもよらず。




 

 ヴェルグは試合前に交わした俺とのやり取りを思い返しながら、ペンダントを握り締めて目を閉じた。

 









「なぁヴェルグ、これ!お前に貸してあげるよ」




 試合前の僅かな時間。待合室で魔剣を手に精神統一していたヴェルグの首元に、俺は借りてきた椅子の上に立つとクレア様のペンダントを架けてあげた。

 



 イメージトレーニングでもしていたのか、それまで閉じていた目を薄く開けると俺の姿を確認し、ヴェルグは首元のペンダントを不思議そうに見つめて問い掛ける。






「これはクレア様からお前が頂いた大事な物では?」

「頂いた、と言うよりは借りてるつもりなんだよね」

「では、返すつもりなのか?」

「返すよ。俺には高価過ぎるし、それにクレア様が持ってこそ素敵に見えるしね?でもお守りとしては抜群だから、キグルスに立ち向かうお前に持っていて欲しい。俺の代わりに、お前のこと守ってくれるようにお願いしたから!」




 正直、今の俺がヴェルグの為に何かしてやれることなんてほとんどない。

 だけど、だからこその苦肉の策って言うか…余計なお世話をしてやりたくて俺なりに一生懸命考えた結果がこれ。




 魔王様と並んで万能なヴェルグは人の手を必要とせず、屋敷でもメイド達や執事に必要以上の何かをさせることはまず無い。




 親の代から続く世襲制により、そのまま雇っているだけなのだと本音を漏らして俺を驚かせたのは皆に秘密。




 余計な人員はいらないので解雇したいが、それは親の代から仕える者達に不義理ではないか?そう考えて実行出来ずにいるんだとか。






 あれ?でも…俺はずっと世話係を命じられて、この三年間ほとんど毎日一緒にいたのにな。




 お陰で俺とヴェルグしか知らない秘密も出来て、ちょっとは近付けたかな?まるで「家族みたいで嬉しい」って勘違いして口に出したこともある。





 物心ついた時からクソジジイ…もとい村長と二人暮らしの俺は、両親の顔はおろか兄弟すらいないからヴェルグのことを御主人様である前に、年の離れた兄貴みたいな存在…家族みたいだと勝手に思い込んでいた。




 

 そう…あくまでも、俺の勝手な独り善がりだ。





 だからあの深紅の瞳を潤ませて、ヴェルグが椅子の上に立ったままの俺を胸の中に抱き寄せた時は本当に驚いた。






「う、ヴェルグ?」

「家族は…人間は、良い物だな」

「今頃分かったのか?御主人様」




 俺は勝手な独り善がりから、ヴェルグも認めてくれる家族になれたのだと思うと嬉しさに涙が出た。




 …泣きながら笑うとは器用な奴だな。




 そんな皮肉を言いながら、ヴェルグもほんの少し涙を浮かべていたことに俺は気付かない振りをする。

 俺の御主人様は素直じゃないからきっと涙を認めない。



 傍にいることで見えて来た、不器用なヴェルグの内面を俺は尊重した。






 

 千年前の戦いで、ヴェルグは唯一認めた人間…ロベリオを失った悲しみに浸る間もなく戦場の最前線に立たされ、魔界を人間界の侵略から守る為に仕方なくとはいえ、多くの人間を返り討ちにしたことを未だに後悔している。




 だから最初は人間である俺にも壁を作っていたし、どこか遠慮がちな部分があるのは仕方ないことだ、奴は不器用な男だからな…と魔王様にも言われてもどかしい思いをした。



 

 

 でも今は…いや、今だから言える。




 確かにヴェルグは非情な一面を持つ魔王様の側近、だけど本当はお人好しで世話焼きな一面も持つ優しい奴だ。




 俺は人間だけど魔族も魔王様もヴェルグも恨まない、むしろ大切に思う。

 いつかこの気持ちが四世界の人々全てに理解されるといい、その時こそ世界は優しさで満たされる。




 お互いを分かり合うことに、遅いなんてことは決して無いのだから。

 俺が魔王様やヴェルグ、魔物達と分かり合えた様に。





 キグルスからの意味深な問い掛けに、ヴェルグは小さくため息をつくと剣を構え直して凛とした姿勢で答えた。






「俺は別に己が変わったとは思っていない。魔王様の敵となる者は俺の敵だ。故に、今はまだ人間全てを受け入れるつもりはない。勘違いされては困る」

「へぇ?では、あの貧弱君は君の特別と言う訳だ。何故かと尋ねても?」

「今の俺はアイツの家族であり、保護者だ。勇者として全ての事を成すまでは、守り抜くと誓った。それだけだ」




 ロベリオに生き写しの俺は、ヴェルグにとって辛い思い出を掘り起こすファクターの様な物。




 それでも俺を理解しようと傍にいることを許し、分かり合おうと努力してくれる気持ちが嬉しくてありがたい。




 

 だけど同じ魔界貴族でも、分かり合うという概念を持たないキグルスにとっての人間は、単なる無知で非力な侵略者でしかない。





 だから自分の知る過去のヴェルグ…孤高と呼ぶに相応しい黒騎士の姿を期待していた奴は、あまりの変わり様に失望とも軽蔑とも言うべき感情を覚えると、その感情を隠すことなく嘲笑した。






「あっ、は、ふはは!おかしい、実に可笑しすぎるよ!君は本当にあの魔界最強と呼ばれたヴェルグ=エルトリアかい?たった三年の間に君に何が起こったんだろうね?」

「まぁ…貴族の誇りとやらを第一に考える貴様には分からんさ。俺だってアイツの前では戸惑ってばかりだからな…でも、それでいいのだと今は思える。人間も悪くはない」



 

 真っ直ぐ視線を反らさず見つめ返すヴェルグに、根負けしたのかキグルスの方が先に視線を反らす。


 

 

 二人の会話を知らない俺達は、剣を振る手を止めた二人に目を向けて、何かあったのかと心配する。



 

 だけど何やら考えていたらしいキグルスは、反らした筈の視線をヴェルグに戻すと今までで一番の笑顔を浮かべてとんでもないことを提案した。

 





「成る程ね?じゃあ君の特別、私が刈り取ってあげよう」

「何?キグルス!貴様、何を」

「君には私に相応しい好敵手でいて貰わねば困るのだよ」




 キグルスが白銀の剣を天にかざすと、周囲の空気が一変して息苦しい程の気圧を帯びた荒波の様な風が巻き上がる。




 例えるのなら竜巻の目の中心に、キグルスは悠然と立ちながら呪文を唱え始めた。




 今までのキグルスをよく知るヴェルグは、紡ぐ筈の無い呪文を唱え始めた因縁の相手にはさすがに驚愕の声を上げる。

 修行の成果を今こそ見せるべく、キグルスはヴェルグに向かい合うと天にかざしていた剣をまた構え直した。





「純粋なる白き剣よ!我が声に応えて来たれ、我が敵を討ち滅ぼせ」

「白魔術だと!?」

「そうさ、君に対抗する為に転職したのだよ!君と同じ土台では、どうあがいても勝ち目はない。だが、これならどうかな?」



 

 キグルスが構え直した剣の切っ先は、迷うことなく俺に向けられていて、俺は何故こちらに向けてあるのかその意味すら分からず二人のやり取りを遠くから眺めていた。




 まさかキグルスの抱える怒りの矛先が俺自身に向けられているだなんて、その時の俺には想像もできなかったからだ。







「さぁヴェルグ君…下らない家族ごっこはもう終わりだよ?本来の、非情な君に戻って私を楽しませておくれ!我が敵を貫け、純粋なる白き剣よ!!」

「やめろキグルス!逃げろ、レミリオ!!」




 だけどヴェルグの制止も聞かず、容赦なく俺目掛けて放たれた白魔術の刃はしかし俺には届くことなく消滅した。




 何故なら俺の膝の上で観戦していたロベリオが、空中から降り注ぐ白魔術の刃に向かって飛び出すと全て吸収したからだ。





 実はそれまで魔界の剣の隠された機能に、魔法や魔術を吸収する便利な物があったことを俺を含めて皆が知らなかったことは言うまでもない。






「くーっ!効いた…おい!危ねぇじゃねぇか、いきなり何しやがる!このキザ野郎!ぶち殺すぞ!!」

「完全に悪役の台詞だなロベリオ」

「うっせー馬鹿!テメーどこまでお気楽なんだよ!俺様がいなきゃ、確実に殺られてたぞ?」

「え?だって今のは偶然じゃ?」




 のほほんとした俺の態度には、さすがのロベリオも呆れがちに言葉を返す。




 何故かは分からないが、ヴェルグに向けられる筈の白魔術の刃は俺に向けられていたらしい。

 



 

 俺に届くことなく消滅した白魔術の刃、それに気付いたキグルスは舌打ちすると忌々しげにこちらに向けた捨て台詞を吐く。




 …どこの悪役だよ。






「ちっ!魔術を吸収する剣とは卑怯な…それでも魔界の勇者なのかい?恥を知りたまえ!」

「騙し討ちするテメーに言われたくねぇよ!おい、お前も何か言え!」

「え?えっ、と……ヴェルグ?」




 騙し討ちだとキグルスに抗議するロベリオ、だけど俺はそれよりも先程から黙り込んで俯いたままのヴェルグの様子が気になって、思わず話しかける。


 



 遠くの観客席にいる俺の言葉がヴェルグに届く訳がないのに、何故だかその時は不思議と俺の声が聞こえているかの様に、ヴェルグはそこでようやく顔を上げると腹を抱えて高笑いを始めたから驚いた。






「ふっ、ははっ…あっはははは!!」

「ひっ!?急に何だね、驚かせないでくれたまえヴェルグ君!壊れたのかね、君?」

「黙れキグルス、元々壊れた貴様にだけは言われたくない。まさかこの俺が、本気で焦る日が来るとはな…そうか。これが情と呼ばれる物なのか…実の親にさえ感じたことのない奇妙な感情だ。本当に、お前は俺を振り回す天才だレミリオ」




 そこで一瞬、俺と視線を合わせたかと思えばヴェルグは俺の無事を確認してほっとしたのか小さくため息をついて瞳を閉じる。



 そして再び瞼を開けた時、ヴェルグの瞳は俺が今まで見たことのない憎しみによる炎の様な色合いをしていたから、俺を不安にさせたことは言うまでもない。





 俺はいてもたってもいられず、観客席から立ち上がるとヴェルグとキグルスの立つメインステージまでの道のりを慌てて駆け出す。





 はっきりとしたことは分からないまでも、このまま二人の成り行きを黙って見ていたら取り返しのつかないことになる…そんな気がした。







「だが、キグルス…貴様は犯してはならぬことをした。よって、俺の本気を出させるに値する対価としては充分だ。貴様の思い通りになって、さぞ嬉しかろう?」

「え、え?」

「そんなに本来の俺が見たいのなら見せてやる、死を持って償え…愚か者」



 

 そこで今まで手にしていた魔剣を鞘に戻すと、ヴェルグは両腕を伸ばして何やら呪文らしき言葉を唱え始めた。




 するとたちまち辺りには魔界の深淵に封じられた暗黒の闇、普通の人間には扱える筈の無い圧倒的な力が蔓延し始め、俺はようやくヴェルグが魔界最強と呼ばれる本当の意味を理解する。





 …今まで散々なことを言ってマジでごめん。







 ヴェルグの視線の先には青ざめたキグルスがいて、これは本当にヤバイことになることを俺は確信した。





 だけどその時、俺よりもずっと付き合いの長いリリエルは俺以上に事態の危険性を感じ取ると、周囲に一度避難を呼び掛け玉座型の観戦席に鎮座していた魔王様の元へ避難を呼び掛け闘技場内をを駆け回る。




 オレインさんは事態の急展開にいまいち付いて行けないのか、クローバを抱えて首を傾げていた。







「まずいわ…ヴェルグの奴、千年前のアレをまたやるつもり!?総員待避!!みんな早くここから逃げて!じゃないと魂ごと吸い取られるわよ!魔王様、ご指示を!」

「うむ。皆の者、急ぎ待避せよ!!クレアは我と共に!」

「あらあら、何だか穏やかじゃないわねぇ?ねぇクローバちゃん」

「フニャーン?」



 

 闘技場から魔王様の指示に従い観客全てが外へと避難を始める中、俺は闘技場の控え室前を通り過ぎてメインステージまであと少しの所まで辿り着く。




 俺の周囲にまで及ぶ広範囲の暗黒の闇は濃い霧となって、まるで俺を飲み込む様に身体にまとわりつく感じが恐怖を煽る。





 冷たい空気に肌を撫でられ、闇に飲まれそうになりながら俺はとにかくヴェルグを止めることだけを考えて走り続けた。







「幾億の魂、幾億の月日、幾億の灯火、幾億の屍、古の大地より我が盟約に応えて来たれ!魔界の深淵よりもなお暗き者…非業の死を遂げて尚、気高き魂を受け継ぐ我が同胞よ!今ここに、始祖ヴェルグの名において顕現を許可する」




 あっという間に闘技場内を暗黒の闇が支配し、メインステージに立つ二人の騎士の姿もおぼろげに、ヴェルグの紡ぐ呪文だけが鮮やかな光となって浮かび上がる。

 



 ステージの下まで何とか来た俺は、闇の中でもはっきりと見える深紅の瞳にどう訴えかけるか考えるけど何も良い言葉が思い付かない。

 



 

 その間にも二人の騎士のやり取りは続いている。

 





「ちょ、ちょちょ、ちょっとヴェルグ君!?待ちたまえ、君!それはもしかしなくとも、魔界の禁忌とされる暗黒の闇を用いた召喚術では!?君にそれを扱える能力があったとは聞いていないよ!?」

「あぁ…知らぬのも無理はない。これを使うのは貴様で二度目だからな。千年前の大戦時、魔界を蹂躙しようと乗り込んできた愚かな人間どもを全て飲み込んだのが始祖と盟約を交わした我が同胞ダークネスリッチだ。それが何か?貴様、俺の本気を見たいのだろう?今更、白騎士様は怖じ気付いたか……無様だな。せめて苦しまずに逝かせてやるから有り難く思え」




 いつも以上に怖い表情を浮かべたヴェルグの背後には、いよいよ闇が形を成そうと巨大な何かがうごめいて、目の前に立つ敵へと今にも襲い掛からんとしている。





 何だアレ、気色悪っ!!と、思わず叫びそうになった俺は、慌てて口を両手でふさぐと今も巨大化を続けるそれに目を向ける。





 うごめく闇が一つに収縮されて、巨大な何かに変化しようとする様は、まるで俺の友達であるスライムが集合体で巨大化する時の動きとそっくり。





 なので俺の中でヴェルグの完成前の召喚術は、黒スライム(仮)と命名したが、本人に言えば怒られるかしばかれるのは必至なので黙っていようと思った。







「そうか…古代魔族語でヴェルグは覇王、エルトリアは理想郷を意味するが。しかし、それ故に始祖は強大でありながら孤独でもあったのだな…今ならそれが分かる」




 まるで背後に立つ俺が見えているかの様に、ヴェルグは独り言とも語りかけているとも取れる自嘲気味な声色で呟く。




 あまり他人との繋がりを好まないヴェルグは昔から一人でいることが多く、だからこそロベリオにはボッチでコミュ障扱いされていた訳だが。





 三年もの長い間、ずっと傍にいた俺から見れば強すぎる力やふとしたことで傷付けることが怖くて一緒にいられない、ヴェルグの本音はそこにあると思った。

 

 



 魔王様もヴェルグも、魔界で支配者の資格を持てるほどの権力者は基本的に他人に優しすぎる…敵相手ならともかく。

 




 俺から見れば、その優しさこそが身を滅ぼすと思うけど今の魔界は嫌いじゃない。

 俺は魔王様やヴェルグ、命を懸けたロベリオの為にも魔界の勇者であることを誇りに思う。







「力に溺れてはならぬ、魔族とは気高き存在である。父の言葉だ。俺は今まで親心を誤解していたのかもしれん…臆病者と蔑んでいた父の教えを今になって理解するとは皮肉だな」

「ヴェルグ、さっきの呪文みたいなのは?」

「心配には及ばない。召喚が完成する前に詠唱を止めたから何も起こらんよ。その証拠に闇も消え去っているだろう?とはいえ、目の前の気絶している馬鹿には良い薬になっただろう…どこにも怪我はないか?俺のせいでお前を巻き込んですまない」

「大丈夫だよ…ロベリオが守ってくれたから。俺よりヴェルグは大丈夫か?ペンダントの効果はあった?」




 そこで振り返るとヴェルグは少しはにかみがちに、俺の傍へ来ると首元にクレア様のペンダントをかけ直してくれる。





 そうだな…効果は抜群だったよ、ありがとう。





 そう一言告げたヴェルグの目元は照れているのか赤くなっていて、それに気付いた俺は何だか同じように照れてしまった。

 




 素直にお礼なんて言われたこと、今まであったかな?近付く距離感に、俺は戸惑いつつも嬉しさの方が勝って自然と笑顔になっていた。










「やっとお目覚めかぁ?いつまで寝てんだよ、このキザ野郎」




 ロベリオがようやく気絶から回復したらしいキグルスの周囲をぐるぐると、その表情を窺う様に浮遊する。




 明らかにロベリオは怒っている様子で、ふるふる震えたかと思えばぐにゃぐにゃ剣先を曲げたり伸びたり器用に形を変えている。




 

 見ていて何だか面白い、と思ったことは内緒だ。






「テメーはこのロベリオ様に刃を向けた、つまりはコイツに仇を為す存在って訳だ?なぁヴェルグ、レミリオにとって悪い芽は…早めに摘み取っておけよ」

「ひっ!?け、剣が喋った!呪いの剣とは不可解な!」

「うっせー黙れ馬鹿貴族、テメーの方がよっぽど呪われてるわ」




 確かに芝居じみた口調に目立つ容姿、いちいち反応が大げさな所など…キグルスは基本的にあまり感情を表に出さないヴェルグとは真逆のタイプだ。




 ミスティックブレイド改め喋る剣のロベリオが呪われている、と形容する気持ちも分からなくはない。

 




 分からなくはないけど、ヴェルグとロベリオ…憤る二人の間に挟まれて所在なさげに項垂れている、そんな白騎士のキグルスが哀れに見えてしまった俺は、助けたい…そんな感情に突き動かされ、彼の前に立つと二人の説得に入る。


 




 キグルスは直感だけど、基本的に悪い奴じゃないと思うんだ…ちょっとウザいだけで。









「あ、あのさ?ちょっと待って欲しいんだけど…」

「何だよ貧弱、言いたいことがあんならさっさと言え」





 苛立ちを隠さず俺にそのままぶつけてくるロベリオ…千年前の元勇者の迫力に一瞬、怯むも俺は負けじと言葉を返す。




 だってここで俺が諦めたら恐らく、キグルスはこのまま魔王様の下に連れて行かれて裁かれる。

 どう考えても良い結果は、彼にとって訪れないだろう。




 最悪、爵位や家の降格…あるいは没収されることまで発展するかもしれない。





 それだけヴェルグの権力やロベリオの影響力は、魔界では絶大なのだと俺は身を持って知っている。

 二人の機嫌を損ねたキグルスを背に庇いながら、俺は必死に説得を続けた。







「誰にでも魔が差すことや、間違いってあると思う。俺だって間違えるかもしれないし、その時は皆が止めて欲しい。だからキグルスがやったこと、今回だけは許してやろう?なぁヴェルグ」

「お前は命を狙われたのだぞ!?それでも許すと?」

「たった一人の過ちを許せずに、勇者なんて名乗れないと思う。違う?俺が甘いのかな…でもヴェルグには俺の理解者になって欲しい。だってお前は俺の家族なんだから!」




 ヴェルグが基本的に俺に甘いことを、俺は最近になってようやく気付いた。





 家族を大切にしたい、その思いの強さは俺に付け入る隙を与えるほどだ。





 もしかすると、自分の傍に置いた者には非情になりきれない性格なのかな。

 今は不仲になってずっと遠征中の父親へ、手紙と一緒に仕送りしていることも知っている。





 素直じゃないから俺の前で、そんな素振りは見せないけど。







 俺の必死の説得にヴェルグとロベリオは何やら二人で話し合いを始め、ようやく結論が出たかと思えば。






 俺に感動のあまり、背後から抱き付くキグルスの腕が首を思いっきり絞めたからたまらない。







「う、うう…すまなかった!貧弱君、いや!レミリオ君」

「ぐえっ!?苦しい、って」

「私は君を誤解していたよ!魔王様の選ばれた人間と聞いて、色眼鏡で見ていた己が恥ずかしい!さすがは勇者だ!何という器の広さ。感動したよ!これからは心を入れ換えて君を守る盾となろう!君のことは心の友と呼ばせて貰うよ、永遠の友情を誓おう!」

「なっ!?」




 これがキザ貴族改め勘違い貴族が誕生した瞬間だ。





 何を勘違いしたのか、キグルスは俺を永遠の心の友に勝手に認定。




 落ち着きを取り戻したヴェルグだったが、また俺を巡ってキグルスと妙な口喧嘩を始めたから怖くて近付けず。





 さすがにあの白黒騎士、二人の間に入る勇気はなく俺は呆れた様にも見えるロベリオの傍で成り行きを見守ることにした。








「静かになったと思って戻ってみたら……何なのアレ?」




 ちらほらと闘技場内へと戻ってくる観客達は、未だに白熱する戦いを続ける白黒騎士の行く末を見守る。





 …ただし、今度は戦いとは言っても口喧嘩だけど。







 

「ふざけるな貴様!コイツの盾は俺一人で充分だ、心の友だと?馴れ馴れしい!それに誰が仲間にすると言った?勝手な解釈は迷惑だ、さっさと消えろ!」

「ヴェルグ君、うるさいよ?君ね、ちょっと出来るからって上から目線は頂けないなぁ…それに私は生涯の心の友と決めたレミリオ君にお願いしているのだよ、外野は引っ込んでいたまえ!」

「あの、二人とも…」

「聞いてねぇな全く」




 どうしたら良いのか分からず、オロオロするばかりの俺と呆れた様子のロベリオを横目にヴェルグとキグルスの戦いは激化する一方。


 

 


 二人とも、神聖な筈の闘技場で一体何やってんだ…





 民を引き連れて戻られた魔王様は冷ややかな視線を向けて来るし、クレア様はあらまぁ奥さんのポーズで物珍しそうに目を丸くしている。





 リリエルはやれやれと頭を抱え、オレインさんは飽きたのかクローバに猫じゃらしを与えて遊んでいた。





 あぁもう俺、恥ずかしすぎてこの場から消えたい…だけど俺の本音を理解しようともしない白黒騎士は右手をキグルス、左手をヴェルグが掴んで離さない。





 完全に逃げ場を塞がれた俺は、流されるがままに右から左へと散々お互いに引っ張られて腕がもげるまで一歩手前のお人形状態。







「だから…それをやめろと言っている!俺は絶対に認めんぞ!貴様、キグルス!その手を離せ、汚らわしい!」

「ふん!嫌だね、私は決めたのだよ!絶対に彼の仲間となり、勇者の盾となる最高の栄誉を得るとね!君こそいい加減離れないかヴェルグ君、保護者面は正直痛いよ?キモいのだよ君!もっ、もしかしてこっちなのかい!?だから未だにボッチなのか!成る程。道理で学院でもモテモテのくせに、女性からの愛の告白をすげなく断りまくっていた訳だ!この変態が」

「こっち?なぁロベリオ、こっちって?」

「あー…お前は知らなくていいことだよ、うん。つかヴェルグ…その気があったのかよ。尻には気を付けろよレミリオ」




 こっち、と曖昧な表現でヴェルグを罵倒したキグルスはようやく手を離して貰えたことで安堵していた俺を腕の中に引き寄せると思いっきり抱き締める。




 するといきなり涙を浮かべ、まるで何かに同情する様な表情を浮かべて俺を見つめたから思わずドキリとした。


 




 唐突に近付く距離感に怯えながら気付いたが、キグルスの瞳は魔族のそれとは違う独特の色合い。





 銀色の美しく長い髪に加え、黄金色の瞳と整った容姿に見とれた俺は逃げることも忘れてそのまま固まる。





 突然のことで固まる俺に気付く筈もなく、がっつり頬擦りして来たかと思えば、今度は涙ながらにヴェルグを睨み付けてキグルスは俺を離そうとしなかった。






「おお可哀想なレミリオ君!保護者面した変態に狙われているのだね?君の貞操は、心の友であるこの私が守ってあげるから安心したまえ!」

「違う!!俺は普通に女が…好きでもないが、変態では」

「リリエル君やオレイン君のような、麗しの君を見ても反応しない君はもはや変態以外の何者でもないね!汚らわしい」

「けっ…女と見れば誰でも声をかける貴様こそ汚らわしいだろうが!とにかく俺は認めん!行くぞレミリオ」




 俺を離そうとしないキグルスを無理矢理べりっと音が聞こえそうな勢いで引き剥がすと、ヴェルグは怒りも冷めやらぬといった風体で困惑する俺の手を引いて歩き出す。




 背後からキグルスの引き留める声が聞こえるのに、ヴェルグは無視して俺を連れたまま闘技場の外へ出ると先程の街まで馬車を使って戻った。

 




 

 何をするのかと思えば、苛立ちをあらわにしながらも今後仲間になるキグルスが必要とするであろう旅の必需品を買い足し、嫌々なのだと俺に分かる様に深々とため息をつくから俺は笑いを堪えるのに苦労した。

 





 素直じゃないけど、やっぱりヴェルグは優しい。


 



 だけどヴェルグ…キグルスとは上手に付き合っていけるのかな?俺は今後の旅に更なる不安と期待を抱きながら、目の前を歩くヴェルグの大きな背中を追って駆け出した。








「何なのよもう、アタシを賭けにしたことはすっかり忘れてる訳?まさかレミリオに負けるとか、女として傷付くんだけど…」

「うふふ、まぁまぁリリエルちゃん?良いじゃない…黒魔術に長けた黒騎士のヴェルグさんに、白魔術に長けた白騎士のキグルスさん。そして二人を手玉に取る勇者のレミリオ君、とっても先が思いやられて楽しいわ」

「意外と悪趣味なんですね、レイさん…アタシは胃が痛いです。ヴェルグにそっちの気があるとか知りたくなかったわ」

「人生はね、楽しんだ者勝ちよ?貴女も楽しみなさいな…まぁ趣味趣向は人それぞれよね、私は今後の楽しみが増えたけど」





 一方その頃、闘技場では取り残されたリリエルやオレインさんが思い思いのことを口走っていたらしい。





 魔王様はと言えば、折角集めた民を楽しませようとご自身が得意なバイオリンを披露。

 いつの間にやら練習させていたらしい厳つい魔物達と、それぞれの楽器を奏でながら魔物楽団を結成。







 さすがは自由人、やることが半端なく自由だ…






 だけど俺とヴェルグのみが見逃した即興の魔物楽団による演奏会は、大好評の内に幕を閉じたらしいからちょっと残念。


 

 




 ちなみに俺がこれを知ったのは、後に訪れた魔王城でのことだった。














誓ってヴェルグとレミリオの関係性はボーイズラブじゃないですよ?でも、雰囲気的にそんな部分がチラッとだけあるのでカテゴリには入れておきました(笑)期待させたら申し訳ない、のかな?


キグルスの元ネタはキグナス(翼)です、だから白騎士。濃いキャラ大好き…お馬鹿なキャラも。

次回はようやく最後の仲間候補者のお話です。

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