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合言葉は、村人A「旅立ち編」  作者: 白雪 四葉
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10/12

天使の祈り、魔獣の親愛

最後のお仲間発掘、また境界へレッツゴー


Q:女の子?男の子?


A:見た目が誰かさんにそっくりな大天使※


※実は最初の「千年前~」で既にネタバレ有。

 キザ貴族もとい白騎士キグルスが仲間になって、ますますギクシャクする魔界代表パーティー。




 ちなみにヴェルグとキグルスは水と油、いつも睨み合ってる。





 最近は俺を守る盾ポジションと、俺の貞操を守る盾ポジションを巡って二人は口喧嘩が絶えない。






 …所で俺の貞操は誰から守るのか?意味不明。



 襲われそうな相手なんて見当たらないけどな?





 よくは知らないが、ロベリオは「知らない方が身の為」の一点張りなので追究しないことにする。









 …今現在のパーティーを紹介するとこんな感じ?







 俺、一応…勇者レミリオに黒騎士ヴェルグと白騎士キグルス、戦斧使いリリエルに魔法使いオレインさん。




 難点は攻撃に特化してるけど、その反面で回復系が白魔術を使えるキグルスのみであることか。

 



 ヴェルグとオレインさんは敵のHPを吸い取って自分を回復出来る、えげつない黒魔法と黒魔術が使えるらしい…しかし、それは個人のみ有効な物なのでノーカウント。







 うわー前途多難、不安だらけの出陣です魔王様。





 うーん…俺が勇者とか、未だに信じられない。





 でもヴェルグや魔王様は、本気で俺をロベリオの代役と考えてくれている。






 何て言うか恐れ多い上に光栄だけど、ちゃんと勇者らしく振る舞えるか心配だなぁ…






 ついでに言うと英雄なんて器じゃないよね!だって三年前まで単なるモブキャラで名無しの村人だったのに、一体この差は何だ…





 そりゃあね?今まで生きてきて剣も持ったことが無い村人にある程度の剣の稽古だけつけて、いきなり魔王様と魔界最強の黒騎士の容赦ない攻撃が始まったかと思えば、いつ終わるとも分からないほど急激なレベルアップをさせられたとか?

 




 魔王様秘蔵の「どれだけ大きなダメージ=オーバーキルを受けてもHPゼロにならない呪いの首輪、ただし回数制限あり」を知らぬ間に付けられて、HPがゼロになる寸前になるとクレア様の回復魔法で全回復させられた上に、続けざまに稽古と言う名の鬼畜な所業を毎日受けさせられたこちらとしては?





 英雄とまでは行かなくても、頑張ったで賞くらいは貰っても良いと思うんだよね!我ながらよく逃げ出さなかったと誉めてあげたいわ、マジで。





 まぁ本音は逃げ出せば後でヴェルグのお説教が怖いことと、クレア様の前で良い格好したかっただけと言うショボい理由なんだけどね…正直、期待に応えられるか不安だ。








 いや、クレア様にも期待されている…筈の俺に迷う暇はない!








 …当のロベリオ本人には全く認められていないけどな。










「へー…じゃあキグルスの家も、ヴェルグと同じで名門貴族なのか。凄いな!格好良い!」




 魔王城を後にしてキグルスを含めた俺達一行は、キグルスが統治しているグランドール領内でも、キグルスの生家がある大きな街へ足を向けることにした。

 

 



 一応、まだ若い領主として優秀なキグルスは領民達に愛されている様だ。





 どこを歩いてもキグルスへの感謝や笑顔ばかりで俺達は正直、驚いた。





 特にヴェルグは信じられない物を見たといった風体だ。

 





 俺に手放しで誉められたキグルスは、さも当然とばかりに前髪をかき上げると、ふっと小さな微笑を浮かべて綺麗な流し目で俺を見た。





 おふっ!こいつは何て見事なコンボ技だ…大概の女の子はイチコロじゃね?イケメンを自覚していて最大限に活用してんなー等と一連の動作に感心する俺と冷ややかな態度の仲間達には、どうにも温度差が感じられて余りある。

 




 まぁまぁ皆、キグルスは悪い奴じゃないよ?ちょっとウザいだけで悪気はないし、せめて俺達だけでも寛大な心で受け入れてあげようよ…





 キグルスは、とりあえずノリの良さだけなら基本的に冗談が通用しないヴェルグには勝ると思う。





 

 俺はキグルスの性格、嫌いじゃない…だって乗せられ易いってことは、御し易いってことでもあるから付き合うのは難しくないだろ?なんて、お調子者の俺に言われるのは不本意だろうけど。






 誇らしげに自らの家を語るキグルスを横目に、俺はそんな失礼なことを考えていた。







「ふふん、当然さ!我がグランドール家は代々続く魔界の名士。ヴェルグ君の家だけが名門と思われては困るね!」

「別に俺はそんな物、望んでいないがな…受け継いだからには責任を持って、使用人やメイドに至るまで守るべき者を守る。それが当主たる者の務めだ」

「ヴェルグは真面目で偉いな!そういう所、尊敬する」

「それからお前も俺の守るべき大切な存在だ…レミリオ」





 そこで周りの目も気にせず、ヴェルグが俺の頬を優しく撫でると俺以外の三人と剣は何故か青ざめた。




 ヴェルグにとっては他意はなく、俺と過ごした間に身に付いた癖の様な物なのだが…キグルスは元よりロベリオにリリエルやオレインさんは、まるで見てはいけない物を見た様な反応でひそひそ話を始める。






「う、うわー…アレってナチュラルホ、げふん!!」

「うふふ、よく止めたわねリリエルちゃん?偉いわ」

「一度でも言ったら終わりな気がします、色々と!」

「そうね?秘めてこそ恋愛は成立す、ごほんっ!!」




 何だか知らないがキグルスは俺を背に庇うと、ヴェルグに小声で「この変態」とまた喧嘩を売って、グランエリスと大層な名が付いているらしい先祖代々の聖剣を構えた。





 グランドール家に伝わる聖剣「グランエリス」は、貴重な伝説的鉱石オリハルコン製で当主のキグルスのみが扱える特別な物だ。





 確か古代魔族語でグランエリスは「遥か彼方」って意味だったかな?グランが遥かなる、エリスが彼方の筈だから。





 ちなみに古代魔族語でキグルスは白き翼、ドールは大地であるから「遥かなる大地の白き翼」がキグルスの名前の意味合いとなる。







 それにしても、本当に何で仲良く出来ないのかな…過去に因縁があるとはいえ、仲間になったからには仲良くしろよそこの白黒騎士。






 …は?原因は俺のせい?何で。









 一方その頃。







 魔王城の隠れた聖域では、クレア様と魔王様の暇潰しもとい聖なる戦いが今日も静かに行われていた。





 やっぱり今日も例に漏れず、クレア様の優勢は揺るがないらしい。





 ちなみに今日は、人間界で人気のチェスとやらに二人は興じている。





 クレア様は、ロベリオいわく凄腕げーまー?らしく負けた所を見たことがないとか。







 …今更ながら、魔王様を不憫に思ってしまった。







「あら?何でしょう、この悪寒は…レミリオ様の身に何か良からぬことが起こる前兆?私、心配です魔王様」

「あー…うむ。心配いらぬ、大丈夫だ!多分な…尻以外」

「多分ですか……尻?一体、何の話です?はい、チェックメイトですよ魔王様?」

「あぁっ!?その手、待っ…てはくれぬよな、クレア?」




 綺麗な笑顔で魔王様のお願いを一蹴する、麗しのクレア様を魔王城の誰が責められるだろう?




 ヴェルグの代わりに配属された、新黒騎士のグレアムは我関せずの様子で魔王様の傍に控えている。






 どうやら勝負事に関しては主にもシビアな様だ。






 ヴェルグはその辺、無駄に気遣うから気苦労が耐えないんだな…ゲームしてもわざと負けてあげたりね。











 キグルスの旅支度と旅立ちの挨拶を兼ね、キグルスの生家へ招かれた俺達一行。





 ヴェルグの生家であるエルトリアの屋敷に負けず劣らずの豪邸を誇るグランドール家は、やはりキグルスが言うだけのことはある。

 




 当主であるキグルスの手配は迅速且つ無駄がなく、俺は改めて彼の領主としての力量や采配を尊敬した。





 執事にメイド、庭職人からコックに至るまでよく教育されていることが分かるほど無駄がなく、それでいてキグルスへの敬愛とも言うべき主従関係が出来上がっているから本当に感心するしかない。





 その点だけで言えば、ヴェルグは完璧主義者の割にちょっと俺を含めた使用人には甘い傾向が目立つせいか…ここまで完璧な統一性は保てていない気がした。

 




 そもそもエルトリア家のメイド達は私語が多かったが、グランドール家はどうだ!メイド達は静かに佇み、キグルスの言わんとすることを先読みして動く。





 これこそが完璧な主従関係か…やはり人は見た目で判断すべきでないと思った俺はキグルスを見直した。







「キグルス様、旅支度と今宵の食事から全て整いまして御座います」

「うむ、御苦労だったね。さすがはメイド長、やることが早い…私は優秀な者達を傍に持てて実に幸せだ」

「その様なお言葉、勿体無き幸せに御座います…我が至高の主様」




 メイド長と呼ばれた魔族の女性は、眼鏡と艶やかな黒髪を後ろで三つ編みに結い上げた髪型が知的さを思わせる素敵な人で、落ち着いた大人の雰囲気が漂う真紅の瞳の美女だった。




 セクシーな魅力のオレインさんとは真逆のタイプで、かっちりとした印象の真面目なタイプと言える。





 畜生…こんな人がエルトリア家のメイド長だったら俺も少しはやる気が出たのに!ヴェルグ、今からでもキグルスに頼んで交換して貰えよ!とは言えやしないけど、でも羨ましいぜキグルス。






 何せエルトリア家のメイド長は怖い老女だからな…ベテラン過ぎだろ、そろそろ引退しろよ。






 俺なんて何回、指導用の棒で叩かれたか分からないほどメイド長は恐怖の対象なんだ。







 せっかくの食事時、とりあえず嫌な記憶には蓋をしておくことにする。






 おもてなしに用意された豪華な食事に大満足して、カップに注がれるミルクティーのこぽこぽと独特な音と香りが耳と鼻に心地良い。





 用意された食後のデザートも、グランドール領でしか取れないグランベリーと呼ばれる珍しい品種の果実を使ったケーキで俺は目を輝かせた。





 そんな俺の様子に気付いたメイド長、ハミルさんは何だか優しい目で俺を見つめると「お代わり自由ですよ」と小声で耳元に囁いてくれたから、俺は遠慮なくお代わりして後でヴェルグに「はしたない」と怒られた。





 もう旅立ちした後なんだから、少しくらい羽目外させてくれても良いだろ!ケーキの三個や四個くらいでガタガタ言うなよ、尻の穴の小さい男だな!等とは口が裂けても言えませんが、何か?







 キグルスとメイド、執事に全ての使用人による完璧なおもてなしを受けた俺達一行は、一夜を夢の様に豪華な食事と趣味の良い調度品が飾られた、来客専用の綺麗に整えられた部屋で過ごした。






 ああ!もう少し泊まって行きたいほど、半端なく居心地が良かったよグランドール家…俺がもう一度、執事になるなら就職先はここが良い!なんて、散々世話になったヴェルグには言えないけどな。











「聞けロベリオ、我々はお前の足跡を追うことにした。つまり」





 翌朝。




 グランドール家を後にした俺達一行は、ハミルさんが持たせてくれたランチボックスをお昼の楽しみに、とりあえずのんびりとした足取りでグランドール領を出る。





 当然、領主のキグルスが共にいることで関所は顔パスの俺達。





 やっぱり人には優しくしておくべきだなと、改めて俺はキグルスを仲間にした選択を我ながら誉め称えたくなった。







 千年前の地図を手に、ヴェルグがロベリオに次の行き先を指示する様に目で促す。





 すると何を勘違いしたのか、ロベリオはくねくねしながらとんでもないことを口走った。

 





「じゃあ何だ?つまりの次は…俺様に平伏す気になったっつーことを言いてぇ訳か、ヴェルグ?」

「何故そうなる!!話が飛躍し過ぎだろう」

「だってよー要は、俺様に教えを請いたい訳だろ?だったらどうぞ教えて下さい、格好良いロベリオ様!キャー素敵、イケてる!くらいは言って貰わねぇと等価交換にならね…キャー!イヤンそこはやめて…っておいコラ!俺様に言わせてどうすんだよ!!」




 ギリギリと音を立てて剣の柄を握りしめるヴェルグに抗議すると、ロベリオはするりと手の中から抜け出して今度はフニャッと剣先を湾曲させる。



 


 呆れ果てる俺達の中で、唯一ロベリオに近付いたリリエルはそこでヴェルグに続いて剣の柄をぎゅっと握りしめると、怒った様子で片手を腰に当てながらロベリオの説得に入った。






「ロベリオ義兄様!いい加減にして。真面目にアタシ達の手伝いをしてよね?」

「はんっ!うっせー貧乳。言っておくが、今の俺様はフリーダムなんだぜ?今なら空だって飛べ…キャー!やめて目が回っちゃうー!おええぇ!フルスイングー!?意識も飛んじゃう、イヤー!?やめて止めてキャー」

「馬鹿だ……何やってんだ、そこの義兄妹」




 呆れる俺にも気付かず、リリエルは義兄の暴言に傷付いたのか…ぐるぐると物凄い勢いでロベリオを振り回す。




 まるで竜巻でも起こせそうな凄い回し方だ、と他人事の俺はギャーギャーとわめき散らす義兄妹の会話を見守る。





 今の暴走気味なリリエルを止めるのは、さすがに無理だと判断した結果だ…俺もまだ命は惜しいからな。






「お義兄様、酷い!ずっと一途に愛してたのに!もう男なんて信じないんだから!馬鹿ぁ」

「馬鹿はテメーだ!さっさと離せリリエル!俺様はな、乳の無い女は守備範囲外なんだ。だが安心しろ。ツルペタでロリっ娘属性は変態に大人気…ぐふぁ!!そ、その怪力で地面に叩き付けんじゃねぇ!鼻血が出たらどうすんだ!」

「出ねぇよ」




 地面にめり込む勢いでリリエルの怪力に叩き付けられたロベリオは、あの姿で鼻血が出るとあり得ない抗議をしたのでとりあえず速攻で突っ込んでおく。





 剣の姿で未だに妙な人間性を感じさせるロベリオ。





 憎めない人間性とでも言うのか、ロベリオが千年前の勇者として皆に愛された事実が俺はようやく理解できた様な気がした。







「そう言えば…俺様が剣に身を捧げたあの場所だけどよ」

「境界のことか?」

「そうだ。あの人間界と魔界の境界だ。どうも俺様以外の何かが、もっと奥の場所に封印されてるっぽかったぜ?千年前のあの時も魔獣ベヒモスが、先の道を封鎖してたからな」




 そこで珍しく真面目な口調のロベリオが言うには、事前に魔界の剣の祭壇を下調べに行った際、見かけた魔物の存在が気にかかるらしく俺に教えてくれた。




 ちなみに問い掛けた張本人のヴェルグに教えなかったのは、それなりにロベリオも怒ったヴェルグのことは怖いからと見た。





 だったら最初から素直に協力すれば良いのに…悪戯好きと言うか、ひねくれ者と言うか。




 

 俺は千年前の地図を手に、ロベリオを睨み付けていたヴェルグに問い掛けた。






「魔獣ベヒモス?それって強いのか、ヴェルグ?」

「あぁ…魔界の中でも高位の魔物だ。だが、変だな…」

「何が?」

「ベヒモスは本来、魔界の広い野にいる魔物達のまとめ役でね。ここにいる筈のない魔物だ。それが何故そんな場所にいるのか?絶対に何かあるね、貴重品?それとも…」




 ヴェルグの返事を待たず横槍の形で代わりにキグルスが答えると、ヴェルグの眉間の皺はますます深くなっていつも怖い顔が更に怖くなる。




 俺は何故だか分からないけど、お互いに腹黒い微笑みを浮かべた白黒騎士の間に散る火花が怖くて、つい早口でキグルスに答えた。





「分からないなら行ってみればいいんじゃないか?」

「そうだね!さすがレミリオ君!さぁ行こうすぐ行こう」

「おい、どさくさ紛れに肩を抱くな!離せ、馬鹿者」

「うるさいよヴェルグ君!過保護でキモいのだよ君」



 

 また恒例の口喧嘩が始まり、俺はその場から逃げたいのに二人の大人げない騎士に捕まって逃げられず項垂れた。




 こうなるともう俺の言葉などヴェルグもキグルスも聞いてはおらず、俺は人形の如く二人の間で振り回されるのみだ。




 他の仲間達と言えば…リリエルは呆れて助ける気配無し、ロベリオはケタケタ面白がって笑うだけでオレインさんは本心を悟らせない笑顔で受け流すのみ。






 …ちょっと俺の扱い、酷くね?






「ヴェルグとキグルスは本当に仲が悪いわね…レミリオが間に入ると余計に?」

「うふふ、少年勇者を巡る白黒騎士の戦い…実に見苦しくて面白さ倍増ね、もっとやりなさい」

「お姉ちゃんは分かってるなー!面白けりゃ何でもいい、俺様も賛成だね!リリエル、お前も楽しめよ?所詮は他人事だしな、ぎゃははは!」

「ロベリオ義兄様……アタシ、そろそろ千年の恋も冷めてきたんだけど」








 境界へ入る前にまずは腹ごしらえをすることに決めた俺達は、境界に近い場所にある草原でランチボックスを広げて中身を確認。





 様々な具のサンドイッチと魔界鳥のロースト、厚切りのフライドポテトにサクサクのスコーン、朝採り野菜のサラダなど豪華なお昼に大満足して俺達は一息つく。




 いつでも高級な紅茶を持ち合わせているオレインさんは、食後のティータイムに甘くて爽やかな花の香りが何だかほっとさせてくれる、癒しの効果があるらしい特別な紅茶を皆に振る舞ってくれた。




 

 ちなみにこの花の紅茶はたった一杯でもかなりの額になるらしく、普通の魔族が稼げるリーロの範囲を逸脱しているとか。





 貴重な魔界のとある花を原料にしていて、希少価値がとても高いそうだ…高給取りか金持ち以外には縁の無い代物だな!







 あ、俺を取り合って今も喧嘩してる二人も金持ち貴族だったな…今度、ヴェルグかキグルスにお願いしてオレインさんに専売して貰おう。





 だってこんなに美味い紅茶が世に出回ったら…絶対にその希少価値が高い花は乱獲されるに決まってる!それはダメだ、自然は大切に!資源も大切にね?





 




 

 俺がロベリオを引き抜いた時以来、訪れていなかった人間界と魔界の境界。

 





 まさかもう一度ここへ訪れることになるとは思わなかったけれど、千年前のロベリオは一体どんな思いで訪れたのだろうかと考えて…俺は少し胸が痛んだ。





 今でこそこんな姿ではあるが、ロベリオは確かに人間界の勇者で今の俺なんて足下にも及ばない存在だった筈だ。






 

 千年前、勇者としてどの様な旅をしたのか。





 どんな出会いと別れを経験したのか。






 色々と先輩であるロベリオに問い掛けてみたいけど…それは今のロベリオにとって、もしかしなくてもあまり聞かれたくない話だと思った俺は開きかけた口をまた閉じる。





 そんなことをしている内に、境界の奥深くまで歩みを進めれば辺り一帯は焦土と化し、焼け焦げた匂いが立ち込める。





 更に先を進めば白い羽根と共に白骨が大量に落ちていて、その異様な光景に思わず俺は息を飲んだ。

 






 明らかにこの場で何者かによる激しい戦いがあったことが、まだ勇者としては素人同然の俺ですら見て取れたのだから他の皆が気付かない訳もなく。






 俺達一行は辺りを警戒しながら静かに気配を探りつつ、一歩一歩ゆっくりとした動作で歩みを進め、そしてついにその原因と分かる存在の声を確かに聞いた。










「ヒュー…ヒュー…」





 境界の空洞に反響して奥から聞こえてくる音は、段々と近付いてもうすぐそこまで迫る。





 俺は少しだけ魔物の声や存在に詳しいせいか、以前にも同じ様な音を聞いていたせいで恐怖心は大分薄れたが、リリエルや他の仲間達は不思議そうに耳を澄ませて音を聞いていた。






「な、何なの?この風切音みたいなの…奥の方から聞こえてくるみたい」

「違う」

「え?」

「これは大きな魔物の吐き出す息が、潰された肺から喉に引っ掛かって出る音だ…間違いなく苦しんでる。怪我してるんだ」




 魔王城でも大きな魔物はたくさん居たけど、それに勝るとも劣らないほど大きく立派な魔物がそこにいた。





 ロベリオが千年前に見かけた時からそこに佇んで、先を封鎖していたと言われている魔獣ベヒモス。





 怖そうな牙や鋭い爪、黒光りする巨体…一見すれば単に恐ろしい形相とも言える。





 だけど小さくくりっとした瞳が可愛い魔物だなぁと、ベヒモスに対する俺の第一印象はそうだった。








「ハァハァ…また来たのか、懲りもせず。今度は人間?いや魔族?悪魔、多種多様な顔ぶれじゃな…グフッ!!」




 恐らく魔物の言語を理解できる俺以外には、単に魔物が唸っている様にしか聞こえないだろう言葉。




 先程の俺の予想通り、ベヒモスは身体中傷だらけの上に肺を一つ潰され、息も絶え絶えに吐血しながらもそこから動こうとしない。





 口端や身体中の傷口から流れ出ている血が、地面に染み込んで黒々とその場を染め上げて実に痛々しい。

 




 傷口の数やその手口から推測するに、何かしらの集団に襲われたと見て間違いないだろう。





 それでもそこから動かないベヒモスには、絶対に譲れない信念の様な強い意志を感じた俺は怖さも忘れて話し掛けていた。







「あの…傷、大丈夫か?」

「ふん!人間に心配されるほど落ちぶれては…ゴフゥ!」

「まずは怪我を治すのが先だな…来て下さいクレア様!友達ナンバー90番!」




 俺の魔物の友達はスライムやオーガ、ワイバーンにリリムやサキュバス、用途は様々なぬるぬる触手自慢から勇猛な竜や賢い人型まで幅広く網羅している。




 だけどクレア様は魔物じゃないし、魔物の皆と同じ様に番号付けるのも失礼かと思ったんだけど…クレア様本人が「むしろ付けて欲しい!」と目を輝かせてお願いされたので、仕方なく付けさせて頂きました。







 初めてのクレア様召喚に、俺はドキドキしながらそのお姿が降臨されるのを傷だらけのベヒモスの傍で待つ。




 

 すると手の中に握りしめたクレア様のペンダントはまばゆい光を放ち、いつもと同じ様に問題なく召喚出来たので俺は内心ほっとした。

 





 魔物以外を召喚したのは初めての試みだったから、もしも呼び出せなかったら回復量は光魔法より少なくても、白魔術が使えるキグルスにお願いするしかないとまで考えていたほどだ。







「レミリオ様、お呼び頂き光栄です」

「突然、こんな所にお呼び出ししてすみませんクレア様。早速で申し訳ありませんが、このベヒモスを治して頂けませんか?」

「はい、喜んで」

「ヌゥ!?天使が、魔物を癒すのか?あり得ん…それではまるで」




 その先の言葉を飲み込むと、ベヒモスは回復呪文を唱えて笑顔を浮かべるクレア様の顔を不思議そうに見つめる。




 魔物と天使は昔から狩る者と狩られる対象、それ以外の関係なんて存在しなかったから、ベヒモスはクレア様の行動が不思議で仕方なかったのだろう。





 だけど人間も天使も、悪魔も魔族も色々な奴がいるんだってことをベヒモスにも分かって貰えたら嬉しいな。





 …分かり合うことに、遅いなんてことは決して無いのだから。








「助けて貰ってすまんな…しかし、人間のくせにおかしな奴だ。魔物の声が分かるのか?ワシはベヒモス、魔界の野を守る者。今は故あってここにおる、お前達のことが知りたい」 




 クレア様のお陰で傷も完治し、すっかり元気を取り戻したベヒモスはまるで人間と同じ様に腕を組むと、あぐらをかいて俺に尋ねてきた。




 むふーっと大きく息を吐くその姿が人間で言う所の頑固親父みたいで、俺は何だか仕草が面白いなとこっそり笑顔を浮かべた。





 人間みたいな魔物がいてもおかしくないよな?だってロベリオみたいな剣がいるんだからさ。








「と、そう言う訳で調べに来たんだ。ここで一体、何があったのか教えて欲しい」




 こう言う場合は下手な嘘をついて、警戒心を持たせるのは逆効果だ。

 



 俺は仲間達の了解を得た上で、ベヒモスに何も隠さず正直にこれまでの経緯を話し始める。





 その中にはロベリオのことも含まれていたけど、ロベリオは何も言わず黙って話を聞いてくれた。

 




 珍しそうに俺や仲間達、それから元人間のロベリオに目を向けたベヒモスはそこで小さく唸ると納得してくれたのか、今度は俺の問い掛けに答えてくれる。







「ヌゥ……まぁ、良かろう。お前さん達なら、フレアチスも許してくれるかのう」

「フレアチス?」

「千年前の天空界の勇者じゃ。そしてワシの命の恩人よ。天地・人魔大戦の折、押し寄せた人間界の帝国騎士にやられて死にかけていたワシをな?さっきの天使と同じ様に癒してくれて…こんなワシ相手に友達になろう、とまで言ってくれてのう。いやはや、あの時は本当に嬉しかったわい」




 俺がずっと気になっていた、千年前の大戦における四人の勇者達…その内の一人の名前がまさかここで出てくるとは思わず、俺は嬉しそうに語るベヒモスの話に身を乗り出して耳を傾けた。




 俺は当時の人間界の勇者がロベリオであることは知っているが、残りの三人については全くその素性も名前も知らない。





 だが、とりあえず天空界の勇者がフレアチスと言う名前らしいことだけは理解した。





 魔界の勇者の情報は、当事者だった魔王様やヴェルグに問い掛ければすぐに分かることなのだが…何だか問い掛けるのはまずい気がして俺は一度も問い掛けたことがない。





 そもそも元は人間界の勇者だったロベリオが魔界の英雄として受け入れられている事実を考える限り、魔界の勇者の話は禁句の様な気がするのだ。




 千年経った今でも魔界に戻らない…それは送り出した魔王様に対する裏切りとも取れる行為と言える。

 

 


 あるいは戻らないのではなく、戻れない何かしらの理由があるのか既に亡くなっているのか…安否を知らせる意味でも一度は戻るべきだろう。




 何故ならたとえ次元の扉が閉じた状態であっても、勇者だけは自身の世界に愛され認められた特別な存在であるが故に、いつでも自由に自らが生まれた世界の扉のみだが開けることが出来る筈だからだ。






 取り残された天使達が血眼になってフレアチスを探す理由も、実はここにあるのかもしれない。





 一度でも勇者として次元の扉を制する権利を得た者は、死ぬまでその権利を奪われることはないからだ。







「フレアチスはな?天使の中でも数少ない、大天使の称号を持つ天才なんじゃと。まぁワシから見れば、人の良い優しい普通の子じゃよ。あのことさえなければ、な…」




 そこで小さな瞳を閉じると、ぶふーっとため息の様な大きく深い息をベヒモスは吐き出す。




 やっぱりどこか人間じみていて魔物に見えない、なんて言ったら高位の魔物であるベヒモスに悪いかな?





 まだ続くと思われるベヒモスの話に、俺と仲間達は静かに耳を傾けた。






「地底人、悪魔の勇者レオルド…そのかけがえのない友一人の命を救う為に、天空界の神と呼ばれる父の命令でフレアチスは取引として千人以上の悪魔を葬ったんじゃ」

「そんなことが…」

「魔物のワシや、虫も殺せないほど心優しい天使がそんなことをすればどうなる?当然、心が壊れてしまってなぁ」

「じゃあ……もしかして、ベヒモスがこの場所を守り続ける理由は」




 ロベリオ、フレアチス、続けざまに明かされる千年前の勇者達の名前は俺の興味を惹き付けて止まない。




 そしてフレアチスが大罪を犯してまで守ったのが、話に聞いたことのある大戦の火種を作った地底界の勇者レオルド。






 二人の間にどんな出会いがあったのかは知らないけど、フレアチスとレオルドは勇者同士であることや種族の壁も乗り越えて親友になった。 





 だけど二人には、お互いに傷付け合うことになる悲しい運命が待ち受ける。





 友情と使命感の狭間で悩み続けたレオルドは、最後には地底界の勇者として天空界へ降り立ち、女王ヘルレインに命じられた天空界侵略と天空人…天使の虐殺を遂行し、捕らえられて天空界の刑務所に入れられた。 





 天空界の父と呼ばれる天空神ディオンは、地底界侵略と地底人…悪魔の虐殺をひたすら拒んでいたフレアチスに「友の命を救いたければお前もそれだけの成果を示せ、まずは手始めに千人葬って来い」と無慈悲な命令を下したらしい。




 

 ベヒモスが語る話によれば、魔物も助けるほど優しすぎる天使であるフレアチスは誰かを傷付けることを酷く恐れ、それは地底人にも同じであったから…矛盾しているとはいえ、泣いて許しを請いながら千人の対象者を殺したそうだ。





 レオルド一人の命と千人の命…どちらも変わりなく重いことは言うまでもないが、フレアチスはレオルドが処刑されることに、とても耐えられなかったのだろうと悲しげにも見えるベヒモスは語った。











「ねぇベヒモスちゃん?あのね…最後にお願いがあるんだ」





 そして、これはそれから少し時間が経ったとある場所で、ベヒモスが覚えているフレアチスとの最後の会話の記憶。

 






 地底界から逃げる様に魔界の森に身を隠したフレアチスは天空界へは戻らず、人間達に制圧されつつあった魔界の野から避難していたベヒモスに話し掛ける。





 また人間達に傷つけられ、怪我をしていたベヒモスの傷を光魔法で癒すとフレアチスは疲れた表情を浮かべて目を閉じた。






「何じゃ?縁起でもない、最後なんて若いもんが言うもんじゃないわい!ワシもお前さんも、まだ負けてなどおらん!!お前さんはワシよりもずっと強い勇者じゃろ」

「うん、そうだね…ごめんね?だけど本当にこれで最後なんだ。ベヒモスちゃんとは、もう会えなくなる」

「ヌゥ?どういう意味じゃ」

「僕、もう天空界の言いなりにはなりたくない…だから僕は僕自身を封印する、永遠に」




 訝しげに見つめてくるベヒモスと視線を合わせると、フレアチスは続ける言葉を探すとしばらく沈黙して小さく息をつく。




 まるで何もかも諦めた、全てに疲れてしまったと言いたげにフレアチスは一筋の涙をこぼした。






「天使は光の神に愛される存在であるが故に、他の種族よりも魂が転生しやすい。だから、死んでもきっと僕の魂は父に回収されてまた勇者にされる可能性が高い。僕はレオルドの為に大罪人になったことを後悔はしていない、だけど同じ様に僕の魂は許されるべきじゃないことも理解している。いつか地底人達の怒りによって裁かれる日が来ることも」




 こうなったのは全て自分のせいだとでも言わんばかりに、フレアチスは途切れぬ涙を落とす。




 その姿に憤るベヒモスは、フレアチスの視線に合わせて大きな身体を折り曲げると、ふひーっと大きな鼻息を出して怒りをあらわに話し続けた。






「フレアチス…お前さんは優し過ぎる、そのレオルドとて天使の虐殺を犯した大罪人であろうが!何故お前さんだけが裁かれねばならん?何故お前さんはそいつを庇う、貧乏クジも良い所ではないか!」

「そうなのかな?だけどレオルドは友達…ううん、親友だ。レオルドはね、初めて肩書きじゃない僕自身を見つけてくれた大切な人なんだ。出来ることなら、次は胸を張って何のしがらみも無く会いたい。だからベヒモスちゃん…二度と過ちを犯すことが出来ない様、僕を隠して欲しい。誰にも見つからない、どこかへ」

 



 だけどフレアチスの望みとは裏腹に、レオルドは生き長らえてこそいるものの、今もまだ解放されず天空界の刑務所に囚われの身でいるらしい。




 彼の傍には常に、天空界の死神と呼ばれ恐れられている天使であり修道女でもある謎の執行者が監視しているから、レオルドは勝手に死ぬことも許されない。






 自らを封印し、この世の全てから自身を隔離したフレアチスと、生き続けながらも永遠に自由の無いレオルド。






 二人の勇者の辿った道は、まるで千年前の大戦の罪を如実に表している様で俺は胸が痛くなった。








「自らの力と罪を重ねることへの恐れから、目覚めを望まぬフレアチス…しかし奴等は、天空界の馬鹿どもはそれを許さず最高の手駒であるフレアチスを探しておった。ずっと長い間、ワシは見つからぬように願った」




 ベヒモスが隠し場所に選んだ人間界と魔界の境界は、ロベリオが最後の場所として選ぶくらいには魔族も人間も訪れることが無い。




 何故なら本来は魔界の剣が核となり、弱い魔族や人間などは足を踏み入れることが出来ないほど強い結界が張られている筈だからだ。




 

 今は魔王様のお力が強く結界が破られる心配もないので問題ないが、本来は魔界の剣が失われたことで次元の扉が開かれた今の状態は非常に危険なのである。






 うーん…魔王様って、やっぱり凄い御方?でも俺よりあやとり下手だし、クレア様の良いカモだしな。






 やべっ、話が脱線した…ベヒモスの真面目な話に戻ろう。







「天空界への道は閉ざされておるが、中には千年前のあの時に取り残された者もいてな?そいつ等は言われておるのさ」

「何て?」

「フレアチスを見つけて連れて来れば、天使の階級を上げると同時に天空界への帰還を可能にするとな。要は撒き餌じゃよ」

「フレアチスが可哀想過ぎる、だからさっき連れ戻しに来た天使達と戦って守ったんだね?」 




 俺の問いかけにベヒモスは大きく頷くと、嘆き悲しんでいるのが分かる様な唸り声を上げた。





 やっぱりこの先にはフレアチスがいて、さっきの大ケガは連れ戻しにやって来た天使達…千年前に取り残された天空人がベヒモスに負わせた傷だったのだ。

 




 どう言うことだよ、これは…仲間が仲間を売ることで故郷に帰ろうとして、魔物がそれを阻止しようと傷を負ってまで、紡いだ友情と絆の為に戦ってる。

 

 




 どちらに非があるのか、俺には一目瞭然だった。







「だが、ワシの力だけではもう隠し通すのも守るのも…」

「無理だよなぁ?老いぼれ魔獣」

「ヌゥ!?懲りもせずにまた戻って来おったか!愚か者め」

「天使である我等に逆らうそっちの方が、よっぽど愚か者だろうが!」




 天使は基本的に魔法や知識に長けた種族であるが故に、魔物の言葉も解読できるらしく戻ってきた奴等はベヒモスと会話が成り立っていた。




 いや、問題はそこじゃなくて…誰にでも、魔物にも優しいクレア様やフレアチスに比べると、明らかに高圧的と言うか偉そうと言うか?





 天空界に住む天空人は天使と呼ばれ、人間達の崇拝の対象で…だから自分は偉いと勘違いしてる奴等もいるのだと悟った俺は、ベヒモスの援護に回ることを決めると腹立たしい目の前の勘違い野郎共に自ら喧嘩を売ってやった。





 そんなことをして大丈夫かって?平気だって!いざとなれば、強くて頼りになる怖い仲間達がいるし!俺はまぁ…オマケ程度の貢献度にはなれるかな?はは…






 …実に不甲斐ない勇者で皆、マジすまねっス。







「帰れ!お前等なんかにフレアチスは渡さない!天使のくせに、仲間を売るのかよ!」

「黙れ、たかが人間の分際で誇り高い天使に逆らうのか?」

「どこが誇り高いんだよ!こっちのベヒモスの方がよっぽど誇り高い!大切な友達を守るのに、魔物も天使も関係ない!!」

「お、お前さん……グスッ」




 そんな俺の啖呵にベヒモスは感動したのか、小さな瞳を潤ませると涙をポロポロこぼしながら鼻をすする。


 


 まるで人間と同じ様に喜怒哀楽を示すベヒモス。


 



 俺は千年前のフレアチスが「友達になろう」と言った気持ちが分かった様な気がした。






 …こうなると、何としてでも守ってやりたくなるのが人の情って奴だろ?






「ヴェルグ、キグルス!俺と一緒にベヒモスを守りつつ、攻撃してくれ。多勢に無勢だけど、反撃の機会を待つ!」

「分かった…お前と魔獣を守り抜く」

「任せたまえ!完璧で華麗に援護するよ」




 圧倒的に数で劣る俺達を見る奴等は馬鹿にしていることが分かる嫌な笑いを浮かべたが、この不利な状況を補えるほど実力はこちらの方が上の筈だと俺は瞬時に見抜く。





 これでも一応、死と隣り合わせの厳しい訓練を受けた魔界の勇者だ。

 




 それなりに人の…天使でもどの程度の実力があるかくらいは分かる。





 ヴェルグとキグルスはそれぞれの剣を構えると、俺の右側にヴェルグが立ち、左側にキグルスが立って両側から俺を守る体制に入る。






 次の指示は背後の安全確保に援護の魔法…頼れるセクシーな魔法使いオレインさんの出番だ。






「オレインさんも!魔法で援護して」

「レイちゃん、でしょ?まぁ、今は許してあげる。こんなに沢山の天使とやり合うなんて、ゾクゾクしちゃうわ…石像が何体できるか楽しみね?売り物になるかしら」

「ほ、程々にお願いします…ロベリオ、行くぞ!俺に力を貸してくれ!俺、どうしてもフレアチスとベヒモスを守りたいんだ!」

「仕方ねぇな、やってやるか!行くぞ貧弱、しっかりと俺様に付いて来いよ!!唱えろレミリオ、プロテクション…硬化開始、とな。それで俺様は、他のどの剣にも負けない力をお前の為に発揮できる!」





 今でもきっと、ロベリオは俺が自分の後釜になったことを認めてはいない。



  

 今の俺と当時のロベリオの間には、まだまだ埋められないほどの実力の差がある筈だからだ。





 それでも俺の思いを尊重した上で「自分はお前の剣として役立ってやる」と言いたげに意思表示してくれたことが、本当に嬉しかったから素直にロベリオの教えてくれた言葉を唱えた。

 





「プロテクション…硬化開始!」

「よーし、来た来た来たぁ!!」

「凄い…明らかに輝きが違う!そうか、いつもは体が軟化しているんだね?だから蹴っても踏んでも痛くない訳だなロベリオ」

「それもどうなんだよ…俺様の扱い、酷くね?泣くぞ」




 輝く光がゆっくりと剣の切っ先まで包み込み、ロベリオは魔界の剣としてようやく本領発揮の機会を得た。




 戦いの役に立てることには悦びを感じているらしく、やはりそこは元勇者の品格なのだろう。





 俺にどう動けば良いのか、どう立ち回るのかを身を持って教えてくれる。

 




 その結果として俺とロベリオ、ヴェルグにキグルスの三人組は容赦なくばったばったと敵を薙ぎ倒した。

 





 ですが…安心して下さい、峰打ちですよ!勇者とは誇り高くあれ!それが今の優しい魔王様の望み。






 いくら敵とはいえ、簡単に傷付けることを由としてはいけないのだ。







 …だって後々、勇者査定に響くからね!!






 え、本音はそれかって?はっはっは、当然じゃないですか!何の為に俺達が旅立ったと思ってんの?世界平和を叶える為でしょ、建前と本音は別料金っスよ?









 そう言えば今更だけど、俺が援護をお願いしたオレインさんはどうしていたのかと言えば…






 遠距離から黒魔法で援護してくれたり、たまに倒れて動けなくなった敵を気まぐれに石化させては、見た目で値踏みしているのか「あら…天使って想像より美しくない?これじゃ売り物にならないわね、くすっ」とか怖いことを平気でやっていたけど俺達は当然、見ていない振りをしたね!






 アレはアカン奴や、見てはならない…怖すぎる!!





 俺、悪夢で見そう…うふふと楽しげに笑いながら容赦なく天使達を石化させていく、あの美しくも恐ろしい後ろ姿を。

 





 美女の笑顔がこれほど恐ろしいと感じたのは初めてですわ、まさに美しい薔薇には刺がある?







 いつもは完全特攻型のリリエルも、今日ばかりは珍しくどう動くべきか俺の指示を待っていたっけ。





 千年前の旅では、義兄で勇者のロベリオから指示を待っていた義妹のリリエルは、千年後の今は元村人の俺からの指示を待っている。






 成る程…基本的に真面目なんだな、リリエルは。







「ちょっとレミリオ、アタシはどうすればいいの!?」

「リリエルはベヒモスと一緒に、フレアチスを傍で守ってやってくれ!多分、この先で眠ってる筈なんだ!先に行って探して来て」

「分かったわ!でも、アンタも後から来てよね?怪我なんてしたら許さないから!」

「大丈夫だよ、皆がいてくれる。それからロベリオも!」




 誇らしげにも見えるロベリオを手に、俺はまた後続の天使達を相手に慣れない境界の地を駆け抜ける。





 ちなみに今更の話ではあるが、ヴェルグは魔剣の使い手でキグルスは聖剣の使い手である。

 




 ヴェルグの魔剣の名前は「ヴェルグエルト」…自分の名前をつけるとか、初代はどんだけ目立ちたがりなんだとかロベリオにからかわれてぶち切れていたっけな…素材はこれもまた伝説的鉱石ダークマター製。






 魔剣の名前…意味は確か「理想の覇王」だった筈だ。






 古代魔族語でヴェルグは覇王、エルトは理想でリアは故郷だからヴェルグの名前は「覇王の理想郷」と言う意味合いになる。





 ふーむ…キグルスといいヴェルグといい、魔界貴族ってのは名前に意味合いを持つのが好きなんだな。








 そうやって俺達が天使の軍勢と度重なる戦いを繰り広げていた頃、先を走るベヒモスとリリエルはようやく境界の奥深くに隠されていた、フレアチスの成れの果てがある場所まで辿り着いていた。








「ヌゥ…あの坊やは、いい子じゃな?竜の娘さんも仲間なのかの?」

「え、何?」

「そうか…ワシの言葉は分からんよなぁ。フレアチスや坊やと話して、ワシもすっかり忘れていたな。フハハ!」

「何?どこか痛いの?」




 がさごそと音を立てながら、ベヒモスが沢山の葉っぱの山の中に隠していたフレアチスの本体を引っ張り出す。





 自分自身を封印する…千年前にフレアチスが言っていた通り、その身体は透明な水晶体の中に閉じ込められてまるで一つの美術品の様にそこに在った。






 瞳を閉じて何も映さない人形の様なフレアチスに語りかけるベヒモスは、まるで親の様な親愛の情を感じさせるほどに優しい。



 



 残念なことに魔物の言語が分からないリリエルにはそれが、単に魔獣がグルルと唸っている様にしか聞こえないのだけれど。






「フレアチスや、よぉく見てみい。こんな別嬪さんが、お前さんを守りに来てくれたぞい?男冥利に尽きるのう」

「これがフレアチス…この顔、どこかで見た気が」

「何じゃ?どうかしたかい?」

「うーん…思い出せない、って羽音!?逃げて!」




 背後から近付く羽音に気付いたリリエルは、即座に巨大な戦斧…恐らく怪力の彼女にしか扱えない代物を魔装具の中から取り出すと、ベヒモスがいた場所に目掛けて飛んできた火の玉を弾き返した。





 魔法が使えないのは彼女も俺と一緒だが、それなりの魔法耐性は持ち合わせている。





 何故なら彼女には、ロベリオ同様に特別な神の力と言うべき聖なる竜の血が入っているからだ。






 まさか一人だけ取り逃していたとは誤算だったけど…俺達の強さを目の当たりにした天使の一人が、勝てないと判断したのか俺が先行させたリリエルとベヒモスの後をつけていたらしい。







 彼等にとっては、やっと見つけた故郷への道標…今は次元の扉も閉ざされた天空界へ帰る為の、最後の手段とも言えるフレアチスを見つけ出す邪魔をする俺達は許されざる者。






 目覚めないフレアチスと彼の友であるベヒモスを一人で守るリリエルは、どうしても守りに精一杯で圧倒的に不利な状況。






 それでもどうにか天使の怒りを受け流しながら、リリエルは反撃の機会を待ち続ける。






 このままフレアチスを奪われ、ベヒモスを殺されるのは真の勇者の義妹たる彼女のプライドが許さない。







「な、ん何だよ…お前等は!あと少しで、天空界へ帰れそうだったのに!!何で邪魔するんだよ!?」

「こ、コイツ…逆上して目がヤバイんだけど!ベヒモス、ちゃんと隠れてなさいよね?じゃないとアタシ、後でレミリオに怒られちゃうんだから!」

「お、お嬢ちゃん…!!」




 荒れ狂う天使の怒りそのままに攻撃魔法の雨が降り注ぐ中で、ベヒモスを岩壁に隠して逃げ場の無いフレアチスの水晶体の前で仁王立ちしたリリエルは、己の相棒と呼ぶべき戦斧だけを頼りに防戦一方。





 俺との約束を守る為、フレアチスとベヒモスを守り通すリリエルはどこまでも真面目で不器用。





 無防備なフレアチスを庇いながら彼に目掛けて放たれる魔法を弾きすぎて、段々と痺れてくる腕に無茶を強いながら、リリエルは後続の俺達が早く追い付いてくれることだけを願っていた。









 



 一方その頃。







「あらかた片付いたな!でもヴェルグ、やっぱりお前って強いんだなー…改めて尊敬した」




 俺にとっては三年前に勃発したリリエルとの一戦を含めなければ、これが初めての実戦。





 しかも天使がその相手になるとは思わなかったけど…どうにか激闘を勝ち抜いた俺はようやくロベリオを手の中から解放し、額の汗を拭いながら一息つく。





 だけどヴェルグとキグルスは涼しい顔で汗一つかいてはおらず、二人とも同時に自らの剣に付いた汚れを振り払い様で鞘に戻す一連の動作が、あまりにも手慣れて板に付いていた物だから俺は言葉を失った。





 更にオレインさんに至っては、魔法使いでか弱い女性の筈なのに未だ余裕で、石化させた天使の値踏みに夢中な様子…彼女も先程の戦闘における疲れなど、微塵も感じさせない笑顔で俺を見たから正直、立場が無い。





 何かもう…俺がこの強者揃いの魔界代表パーティーの勇者で本当に良いのかなぁ、魔王様?







 だって……明らかにこの中で俺が最弱ですよね!!

 





 まぁその分、皆の心配がいらないのはありがたいことだけど?自分の心配だけしてろってことね、はは…






 うう、本当に不甲斐ない勇者でマジすまねっス…







「心配して損したかも?でも良かった、皆が無事で…安心した」

「お前が心配するようなことは何もない。俺は決して負けないからな、お前を守る役目は誰にもやらんつもりだ」

「ヴェルグ…ありがとう」

「礼などいらん…俺がそうしたいだけだ」




 初めての実戦でよくやったな、と付け加えてヴェルグが頭を撫でながら誉めてくれたけど…何だか皆に頼りきりだった俺は、素直に喜ぶのも違う気がして愛想笑いで誤魔化した。





 …だって本当に、皆さん強過ぎですから!?





 そりゃあヴェルグは千年前の大戦にも名を残しているし、キグルスもヴェルグの影に隠れがちだけど本当はかなりの強さだし、オレインさんも魔法使い達の間では有名人なグリュエさんの唯一の弟子だからね!







 だけどそこで皆に引け目を感じて一歩引いてしまった俺を和ませる様な、キグルスの絶妙な割り込みがありがたかった。






 まだパーティー新入りのキグルスにとっては、長年一緒に暮らしていた俺とヴェルグの仲の良さって言うか…自然と近くなる距離間が気に入らないだけなのだろうけれど。

 






「何だね!?この妙な空気は!私だって精一杯、サポートしたんだけどね!!とりあえず離れたまえ!」




 俺とヴェルグの間に割り込んだキグルスは、ぐいっと容赦なく俺達を引き離すと眉間にシワを寄せて難しい顔をする。





 がしっと俺の両肩を掴むと、まるで何かを咎める様な視線を俺に向けてキグルスは大げさなほど深いため息をつく。





 そこで何故そんな視線を俺に向けるのだろうかと、小首を傾げてキグルスの黄金の瞳を見つめながら苦笑混じりに言葉を返した。

 





「あ、あはは…ごめん、キグルスも強かったよ?」

「レミリオ君!そこで何故、疑問系なのだね!?」

「気のせいだよ?ね、ヴェルグ?」

「あぁそうだ。貴様の被害妄想だ」




 元々仲の悪いヴェルグとキグルスは、俺が間に入ることで更にその関係は悪化の一途を辿っている。





 どちらも優等生で魔界貴族同士の知り合いなのだから、もう少し仲良くしても良いと俺は思うのだけれど…また俺を挟んで睨み合いを始めた白黒騎士に、俺はどうすべきか頭を悩ませた。





 片方を立てれば片方が立たず、かと言って無視する訳にも行かず…先に行かせたリリエルのことが気掛かりな俺が、こんなことをしている場合じゃないぞと口に出すべきか悩んでいた時。





 白黒騎士二人の様子に怪しい雲行きを感じ取ってくれたらしいオレインさんが、俺の気持ちを代弁してくれたから彼女の気遣いに心から感謝した。






「ねぇ…所でそろそろ、噂のフレアチスさんの顔を見に行かない?きっと今頃は、リリエルちゃんとベヒモスが待ちくたびれているわよ」

「そうだね、行こう。わ、キグルス!?」



 

 突然の行動に困惑気味な俺の手を取ると、先導する様にキグルスは先を歩き出す。




 やっぱり未だヴェルグには妙な対抗心があるらしく、キグルスは自分こそが俺の心の友だと仕切りにアピールしてくる。





 その様子は先程まで極めて冷静冷徹に、激しい戦闘を終えた白騎士の高貴な姿とはまるでかけ離れていたから俺は思わず笑ってしまった。

 




 俺はキグルスのこと、ロベリオとはまた違った感じの面白い奴だと思うけどな?ヴェルグは気に入らないのか苛立ちを含めた苦い顔で俺達を見ていたっけ。






「君とヴェルグ君ばかりズルいではないか!私も君の心の友として!君を完璧にエスコートしようとも。レミリオ君!さぁしっかりと私の手を握って歩くのだよ?」

「あ、ありがとう?でも平地なんだけど」

「何を張り合っているの……ますますそっちの気がある人みたいに見えるわよ?貴方達三人」

「やめろ、あの馬鹿と一緒にするな!」




 さも一緒にされるのは心外だとばかりにヴェルグが嫌な顔をするも、オレインさんは相変わらず読めない笑顔で受け流すのみ。





 うーん、大人の女性の考えることはいまいち子供の俺には分からん。






 と言うよりも、普段は優しいけど怒ると怖いオレインさんに至っては分からないことだらけだな!謎だらけ、ミステリアス?だからこそ魅力的なのか…奥が深いぜ、大人の女性。










 一方その頃、こちらはまだ大人の女性には程遠いリリエルの戦況。

 







 執拗にフレアチスばかりを狙い続ける天使に痺れを切らし、ずっと我慢していたリリエルもとうとう苦情を投げ掛ける。

 




 基本的に短気なリリエルにしては、今までよく我慢していたなと俺は誉めてあげたい。






「くっ…!卑怯じゃない!動けないフレアチスを狙うなんて…アンタ、それでも仲間なの!?」

「さすがに馬鹿みたいな怪力のお前とまともにやる気はないんでな!守る方が不利になる、当然のことだ!フレアチスが仲間?やめてくれよ。そいつは化け物さ!俺達とはそもそもの造りが違う、特別な存在でディオン様に愛される大天使様なんだからな…良い思いをした分、せめて最期くらいは俺達一般兵の役に立ってから死んで欲しいね!」




 あまりにも天使の身勝手な言い分に、リリエルも怒りを隠せずその表情を歪める。




 どうも仲間内からは、嫉妬と羨望の眼差しで見られることが多かったフレアチスは本人が悪い訳ではないのに無駄な敵が多い様だ。

 




 同じく天使のクレア様は天空界でどうだったのか?





 それは俺以上に、彼女と旅したロベリオは気になる事だろうな。








 とにかく俺達が追い付いてくるまでは、時間稼ぎをしなければならないリリエル。





 彼女は気持ちだけは絶対に負けない、と自分に言い聞かせて戦斧を手に持ち直すと、また攻撃の手を緩めない天使に向き合った。






「最低だわ…自ら封印したフレアチスの本心も知らないくせに!アンタのは単なる逆恨みじゃない!ベヒモス…絶対に来ちゃダメよ!アンタは隠れてなさい、こんな馬鹿に殺させる訳には行かないわ。竜の娘をなめないでよね!」

「お嬢ちゃん…あ、あぁ、フレアチスや。ワシは一体どうすれば」




 それまではリリエルの指示に従い、岩壁の影に隠れて戦況をハラハラしながら見守っていたベヒモス。





 手の痺れが頂点に達した隙を突かれて武器を弾かれてしまい、とうとう追い詰められたリリエルの後ろ姿を目の当たりにして、老いた魔獣は嘆きの声を上げる。





 このままでは目覚めないままのフレアチスはおろか、勇敢なあの娘も殺されてしまう!





 そんなベヒモスの嘆きの声を理解できる天使は、ニヤリと腹黒い笑みを浮かべるとフレアチスの前までやって来る。





 ジリジリと後ずさりしながら、視線だけは天使を射殺す勢いのリリエルは、最後までフレアチスの水晶体の傍を離れようとせず丸腰で両手を広げながらフレアチスを庇い続けた。







「さぁ追いつめたぞ?散々コケにしてくれた礼はたっぷりとしないとなぁ?」




 境界とは常に大気中に魔力が溢れ続ける吹き溜まりの様な場所。


   


 初めてここに訪れた時、俺が感じた息苦しさの原因はこれのせい。






 それはエレメンタルエナジー…略してエメルと呼ばれ、魔法や魔術に利用する力の源となる。




 

 つまり、先程から天使がいくら魔法を使用しても平気なのはここに理由がある訳だ。

 大気中のエメルを使って自然回復するから、魔法や魔術が使い放題ってことか…






 俺とリリエルの様な魔法と魔術、どちらも使えない者にとっては不利な場所でしかない。






 人間や魔族、天使と悪魔のどの種族にも必ず体内にMP(エメルポイント)が存在し、その器と元々の素養によって魔法が使えるかが決まる。





 まぁ残念なことに、人間の中で使える奴は稀だとか?生まれた時に、体内に魔力の器が造られない方が多いからだ。


 



 逆に天使や悪魔、魔力に長けた魔族には魔力の器が体内に造られない方が珍しいとか。





 フレアチスの水晶体の前で両手を広げて庇うリリエルの前に、隠れていたベヒモスは我慢できずに躍り出ると、近付いてくる天使に背を向けながら懇願した。

 






「ちょ、何で出てくるのよ!アンタは守るって、レミリオと約束したんだから!」

「こんな老いぼれの命で良ければくれてやるわい!その代わり、フレアチスとこのお嬢ちゃんだけは…」




 フレアチスとリリエルを守る盾になるべく、二人を包み込む様に大きな壁となったベヒモスが、怒りを隠さず苛立ちをあらわにした表情を浮かべる天使の前に立ちはだかる。

 




 それまで散々リリエルに邪魔されて怒りも頂点に達していた天使は、ベヒモスの懇願も聞く耳持たずで手には天使特有の武器と呼べる刃をぎらつかせると、恐怖に戦くベヒモスとリリエルにゆっくりとした動作で近付いた。

 






「そんなもん、もうどうでもいい…俺一人で天空界へ帰れる筈がない。鬱憤晴らしさせて貰おうか?」





 さぁお前等、どうやって痛め付けてやろうか?まずはそっちの生意気な女からだ…散々邪魔しやがって!




 

 そこで歪んだ笑みを浮かべた天使が疲弊したリリエルに向かって、いよいよ刃を降り下ろそうと邪魔なベヒモスの巨体を弾き飛ばした時。






 それまで全く反応を見せなかった水晶体の中のフレアチスがカッと力強く瞳を見開き、そのまま水晶を壊して中から飛び出して来たかと思えば。





 続けざまリリエルに降り下ろされた刃を軽々と素手で受け止めながら、もう片方の手でベヒモスの傷を癒すと言う離れ業をいとも容易くやってのけたから驚き以外の何物でもない。






 大天使で彼等より格上の存在であるフレアチスの目覚めにより、形勢逆転と言うべき流れがこちらに訪れた瞬間だった。







「なっ!?ふ、フレアチス…!!」

「ふぁ…どれだけ時間が経っても、君達は変わらないんだね?少しは良くなるんじゃないかって、ちょっとでも期待した僕が馬鹿みたいに思える」




 まだ眠たげなあくびを一つ漏らしながら、フレアチスは呆然と自分を見つめていたリリエルに向かって綺麗な笑顔で応える。





 本当に死んだ様な姿で今までそこに在ったのが、まるで嘘みたいだと思ったリリエルは、目をぱちぱちと何度もしばたたかせて状況を把握することに努めた。




 

 ベヒモスはようやく目覚めたフレアチスの勇姿と呼べる姿に、感動のあまりまた大粒の涙をこぼして大きな唸り声を上げた。





 その大きな唸り声が境界の空洞にこだまし、後続の俺達を驚かせて足早にさせたのだから、結果として良かったのかもしれない。







「大天使フレアチスがその名において命じる。光の森より生まれし精霊、汝、深き者、慈しむ者、守りし者。光の彼方より来たりて我が声を聞き届けたまえ…」

「おい、フレアチス?じ、冗談だろ!俺達は同じ天使同士、仲間じゃないか!」

「大丈夫、殺したりしないよ?君…それだけの価値もないからね。だけど可愛い女の子と僕の大切な友達をいじめて楽しむなんて…やっぱり許せない。だから死なない程度に痛いお仕置きをするね、否は認めない。抗っても良いよ?君が僕に勝てるならね…でもその時は、君の命は無い物と思え。今の僕は、珍しく本気で怒っているから」




 千年ぶりに目覚めた天空界の勇者は、優しげな顔立ちの大きな瞳の中に珍しい怒りの感情を込めて、今度は自分が恐怖に戦く羽目になった天使に向けて手をかざす。





 光の精霊カーバンクルは、俺もよくお世話になる回復や防御などの補助系を担う光魔法の守護精霊で、とても従順且つ愛らしい姿が特徴的な小動物系だ。





 白くてフワフワモコモコの毛並みが罪な奴だな。





 対になる闇の精霊ルナティックは、主に攻撃系を担う闇魔法の守護精霊で黒くてフワフワモコモコの毛並みだとか?ただし、こちらはツンデレな性格の天の邪鬼だそうな。




 

 まぁでも…大概、可愛ければ何でも許されるよね!俺も許しちゃうと思うんだよね、多分?







「純粋なる白き剣よ!我が声に応えて来たれ、我が敵を貫け!光の精霊カーバンクル召喚、輝ける光の剣となりて敵を討て!!」

「融合魔法!?」

「うん…光の精霊と白魔術の融合魔法、僕にしか使えない秘技って言うのかな?これなら光耐性のある天使の君にも効くでしょ?だってお仕置きだもん、痛くして当然だよね。殺されないだけありがたく思ってね」

「うわあぁ!?畜生!何でいつもお前ばかり…不公平だ!父に愛されてるからっていい気になるなよフレアチス」




 右手で光の精霊カーバンクルを召喚し、左手で白魔術の剣を造り出すと、フレアチスは両方を重ね合わせた融合魔法を披露する。




 逃げ場の無い天使目掛けて融合魔法「光の剣」を容赦なく放つと、その場に崩れ落ちた知り合いを無視してフレアチスは呆然とその様子を見ていたリリエルやようやく追い付いた俺達の下へ人懐こい笑顔を浮かべながらやって来た。





 先程まで元仲間の筈の天使に、怒りの裁きを下した大天使と同一人物とはとても思えないほど、フレアチスの笑顔は心を安らげてくれる物だったから…俺は正直、憧れとも尊敬とも言える敬愛の情を初対面のフレアチスに抱いた。







「連続魔法の上に融合技とは…驚いたな」

「何でそんなに驚くの?僕、やっぱり変かな?」

「変じゃないです、格好良いです!」

「君はロベリオちゃん?でも、ちょっと違うね?」




 驚きを言葉にするヴェルグとのほほんとした柔らかい笑みを浮かべるフレアチス、今更ながら先程の見事な融合魔法に興奮気味な俺は、まさしく千年の時を越えて過去のロベリオ以外の勇者と対面を果たした。





 だけど何て言うか…さ、さっきまでの神々しさ?威厳?大天使を語るに値する空気感みたいな物が…すっかり抜け落ちて、ふわふわでゆるゆるな天使その物になっておられますよ?

 






 マジでこの人……噂の悪魔千人殺したフレアチス?







「ベヒモスちゃんと一緒に僕を守ってくれてありがとう。えっと…君の名前、教えて欲しいな?」 




 だけど当然、俺のそんな疑問に答えを返すこともなくフレアチスは呆然としたままのリリエルの傍へ近付くと、ことさら優しげな笑顔で話し掛ける。




 明らかにさっきの俺達よりもリリエルにだけ特別、どう見ても好意が感じ取れる対応で俺は目が点になった。





 まるで女の子をナンパする時のキグルスみたいな完璧過ぎる笑顔に、もしやこの勇者もロベリオみたいに伝説と本物は違うってタイプなのかと嫌な予感にひたすら焦る。





 ま、まさかな…どうか俺の勘違いでありますように!こればかりはさすがに祈るしかない。







「え、アタシ!?」

「うん…君の名前、知りたいな」

「アタシはリリエル、だけど…」

   



 おずおずと遠慮がちに名前を口にするリリエルは、知らない男から見れば可愛い普通の女の子だ。




 まぁ…実際は全然普通の女の子じゃないし、可愛いは可愛いけど怒らせたら一貫の終わりだからな。




 何せリリエルには聖なる母であり神の竜…ロードオブマリアが付いており、常に目を光らせているらしいから彼女に何かあれば神の天罰が下される訳だ。





 うわあ…じゃあさっきの天使、フレアチスが罰を与えなかったらどうなっていたのか恐ろしい所だな。






「そう…リリエルちゃんって言うんだね?初めまして、僕の名前はフレアチス。さっきは僕の知り合いが見苦しい所を見せてごめんね?天使が全員、あんな欲望に満ちた輩ばかりだとは思わないで欲しいな」

「大丈夫、アタシこれでも人を…天使も見る目はあるつもりよ?それにフレアチス、アンタって千年前の天使の勇者なんでしょ?さっきのとは格が違うわよ」

「僕は勇者なんて立派な者じゃないよ…僕なんかより妹のクレアチスの方が、ずっと立派な勇者かもしれない」

「クレアチス?って、あー!アンタの顔、どこかで見た気がしてたのよね…何なの、今更クレアの兄とかあり得ないわ。塞がりかけた傷口に塩を塗られてる気分…」




 驚きの新事実発覚。





 天空界の勇者フレアチスは、天空界の導き手クレア様の兄だった。




 ロベリオに片想いして長いリリエルにとっては、それはあまり嬉しくない情報だ。





 嬉しそうな笑顔のフレアチスと、クレア様の兄である事実に衝撃を受けて何とも複雑そうな表情を浮かべたリリエル。





 二人の微妙な温度差にいても立ってもいられず、俺はつい口を挟んでリリエルへの助け船を出すことに。






「フレアチス…じゃないフレアチス様はクレア様の、お兄さんですか?俺はレミリオ、元村人Aで今は一応勇者です」

「フレアでいいよ、初めましてレミリオちゃん。うん、双子のね?」

「道理でそっくりな訳だな…初めましてフレアチス様、俺は魔王様配下の黒騎士ヴェルグ=エルトリアと申します」

「こんにちは、初めましてヴェルグちゃん。顔を合わせて話をするのは、多分これが初めてだよね?でも僕、クレアと心が繋がっているから君達のことも初対面に思えないんだ」




 どうやらフレアチスの元々の性格は、俺様なロベリオとは違う様でとりあえずひと安心。




 見た目そのままに優しい性格らしいフレアチスは、俺やヴェルグの横槍とも言うべき問い掛けにも嫌な顔をせずに答えてくれたから妙に安心した。




 

 ここでリリエルとの会話を邪魔すんなとばかりに性格が豹変されていたら、俺はきっと彼を信じることが出来なかったかもしれない。

 



 


 初対面でロベリオの時には、理想像をぶち壊されると言うべき酷い目に遭わされたからトラウマなのだ。








「皆、クレアのことを守ってくれてありがとう。それから僕を守ってくれてありがとう、ずっと大変な役目を負わせてごめんね?ベヒモスちゃん」




 俺やリリエルは元より、ヴェルグとキグルスにオレインさん…最後は今もうるうると瞳を潤ませて、自分の元気に喋る様子を見ていたベヒモスへ、フレアチスは深い感謝の気持ちをその言葉と老いた魔獣を抱き締めることで示した。


 


 ベヒモスもフレアチスを抱き潰さない様に、恐々と力の加減を考えながらの優しい抱擁でフレアチスの真心に応える。





 その抱き締め合う姿はまるで本当の孫と爺の様にも見えて、俺達は邪魔をするのが忍びなくて声をかけることもできず、しばらく天使と魔獣の千年ぶりの邂逅を見守っていた。






「ほんに無事で良かったのう…だが、ワシはもうこの通りの老いぼれ魔獣。お前さんを守ったのは、ワシではないぞ?」

「そんなことないよ?ベヒモスちゃんが守ってくれたから皆と出会えたんだよ。僕、これからもずっと君の友達でいさせて貰ってもいい?」

「うっ、ぐすん!グルル…当たり前じゃよ、ワシはずっとフレアチスの味方じゃ。何があっても友達でいるわい!」

「ありがとう…嬉しい。次こそ僕、道を間違えないよ…所で今は何年になってるの?」   




 男ではあるが、可愛らしく小首を傾げたフレアチスがリリエルに尋ねる…いや、何だか恐れ多いのでここから先はクレア様同様に彼のこともフレア様と呼ぶことにしよう。

 




 目覚めて間もないフレア様に、問い掛けられたリリエルはざっくりと千年前の戦争から今までの歴史を説明した。





 フレア様が自らを封印してからもう千年も経っていることや、千年前の四世界会議が失敗に終わったこと…そして今は、新たな世代の四世界の勇者達がパーティーを立ち上げてしのぎを削っていることなど。





 相変わらずのんびりとした空気を漂わせながら、フレア様は興味深そうにリリエルの話を聞いていた。








「わぁ…僕が封印されていた間に、そんなことになっていたんだ。じゃあ、この剣が勇者のロベリオちゃんなの?凄いね、格好良いな」




 リリエルの説明の中にはロベリオが魔界の剣と同化した経緯も含まれていたから、フレア様はふよふよ浮いていたロベリオの前に歩み寄ると世にも珍しい姿を嬉しそうに見つめた。




 え、今のロベリオが格好良いって?マジですか…ちょっと理解に苦しむ俺を横目に、誉められたロベリオは有頂天になってくるくるフレア様の周りを廻る。






 俺以上にお調子者で分かり易い奴だ……ロベリオ。







「よく分かってんじゃねぇかフレアチス!そう、俺様は格好良い!この艶やかなフォルム、切れ味抜群だぜ!」

「じゃあこの果物、切ってくれる?」

「任せろ、お安い御用だ!あ、それ!ってうおぉい!?テメー俺様に何させてんだコラ、体が果汁でベタベタな上に爽やかな香りまでするじゃねぇか!ちょっと可愛いからって許すと思ったら大間違い…」

「ごめんね?僕、千年ぶりで嬉しくて…怒らないで?」




 どこから取り出したのか、柑橘類の果実を手にしたフレア様がロベリオに向けてそれを放り投げると、剣の条件反射なのか見事なほどの切れ味でカットして見せる。




 果汁で体が汚れると怒るロベリオ…だが、クレア様と双子のフレア様は妹そっくりなその顔で、悪気はないのだと言いたげな悪びれない笑顔を浮かべた。





 ロベリオはクレア様を思い出したのか、その笑顔にしばらく沈黙すると今度は赤くなってふにゃふにゃした。





 おいおい、何で剣が赤くなるんだよ…器用だな!?






「し、仕方ねぇな!特別に許してやる。そ…その代わり俺様にキスし…へぶっ!?」

「ねぇロベリオ義兄様?今、フレアチスに何をさせようとしてたの、何を…気持ち悪いからやめてよね!」

「うわぁ、凄いね…ロベリオちゃんが地面にめり込んでるよ?リリエルちゃんは、可愛いのにとっても強いんだね。僕ね?君のこと、好き」

「は?」




 そこでふざけたことを抜かした義兄に苛立ったのか、リリエルは物凄い形相でロベリオを掴むと続けざま地面に叩き付けて踏みつけた。




 ニーソックスの似合う可愛いメイド姿にも似合わず、怪力の義妹に容赦なく踏みつけられたロベリオは地面にめり込み、じたばた彼女の足下でもがいている。




 だけど当然、目覚めたばかりのフレア様から恐らく初めて聞くと思われるほど、直球過ぎる愛の告白をされて混乱していたリリエルは気付く筈もなく。





 リリエルは真っ赤な顔でその場に固まり、ロベリオはそのまましばらく踏みつけられていた…天罰だな。







「とっても勇敢で、優しくて、可愛くて、だから、好き」




 信じられないとばかりに訝しげな顔をするリリエルの様子に、フレア様は信じて欲しいと言いたげなはにかんだ笑顔で更なる愛の告白を続ける。




 

 うーん、実に羨ましい…あんな風に、真っ直ぐ告白されたら嬉しいだろうな?それとも困るのだろうか。





 これまではロベリオの為だけに生きてきたリリエルは、男に免疫がなく経験も乏しいらしく…ひたすら顔を赤くして困惑していた。





 告白なんてされたのは初めてだったらしい…まぁ俺もされたこと無いけどね!ヘタレだから、今後する予定も未定である筈が無いけど。







「アンタね…何でそんなにストレートなのよ!こ、こっちが照れるじゃない!わざとなの?恋愛経験が乏しいアタシをからかってるんでしょ、そうじゃなきゃ初対面でそんなこと言える筈がないわ」

「どうして?僕、嘘はつかないよ?君のこと、大好き」

「何度も言うなぁ!恥ずかしい奴ね、天使って皆が皆こうなの!?」

「どうかな?それに僕、好きって女の子に言ったのは初めてだからよく分からないよ」




 初めてであれだけ直球な愛の告白が出来るとか!




 すげーな、さすが大天使…つか勇者は女好きって理論は本当だな!ロベリオ、アリオス、続いてフレア様?





 じゃあいずれ俺もそうなるってこと?確かに最初の頃は、絶世の美女で罪な女の代表格なオレインさんには散々惑わされたけど…絶世の美少女と呼ぶべき天使のクレア様にも。





 あー…いずれじゃなくて、最初からそうでした。




 だって俺は男の子だもん、それが普通だよね!?

 






「ちょおっと待ちたまえ!!君達、私を置き去りにして何を盛り上がっているんだい?それに目覚めたばかりのそこの君!!」




 自然と見つめ合う形になっていたリリエルとフレア様、二人の間にキグルスは素早く割り込むと面白くないのか、美形のくせにもったいないほど顔を歪めた。




 あまり表情を崩さないヴェルグとは違い、本音や本心が駄々漏れなキグルスは見ていて面白い。





 キョトンと目を丸くするフレア様に向けて、ビシッと人差し指で指差すキグルス…こらこら、人を指差しちゃいけないんだぞ?そういや、俺との初対面の時にも指差してたっけな…





 続いて両手を腰に当てながら海老反りして、魔王様顔負けの凄すぎる笑い方を披露してくれるのだから、本当にキグルスってお馬鹿と言うか面白い奴だ。





 ハミルさん他、グランドール家の優秀過ぎる皆様はキグルスの今の姿を見たらどう思うだろうな…え、余計なお世話?はい、そうですね!すんません。







「我が愛しのリリエル君に近付かないでくれないか?君と私では好感度も知り合いとしての長さも違いすぎて、正直勝負にもならないね!フハハ!ハーッハハハ!!」

「なぁヴェルグ…キグルスがまるで魔王様みたいな笑い方してる」

「あぁ…アレは相当、テンパってる時の笑い方だ。学院にいた時も何度か見たな」




 以前、キグルスが言っていたヴェロニア魔導騎士学院…魔界におけるエリート?金持ちかよっぽど能力が高くないと通うことすら難しい、魔界最難関の学院。




 魔法都市ヴェロニア…エルトリア家が治めるエルトリア領内における魔界最大の都市。




 そりゃ領主のヴェルグがモテるのは当たり前だろ、キグルスが悪い訳じゃないと思うけどな…俺はフレア様に対抗心を燃やす、不器用なキグルスの後ろ姿を遠くに見つめる。





 ヴェルグといいフレア様といい…キグルスの恋敵になる奴は、どうしてこうもエリートばっかなのかね?





 何だか俺、キグルスが不憫になってきたな……






「えっと…君は、誰?何か、全体的にキラキラって言うよりギラギラしてて目に痛い」

「どういう意味だね!失敬な!?」

「だって、そう思うんだから仕方ないよね?リリエルちゃんも、そう思わない?」

「まぁ確かにね……ってフレアチス!?」




 するとリリエルをお姫様抱っこして空へ舞い上がると、フレア様は呆然としたままのキグルスや俺達に背を向けて飛び立ってしまわれた。




 成る程…恐らく突っ掛かってくるキグルスと喋るのが面倒だから、無視してリリエルだけ連れ出しちゃう作戦ってことだな?





 さすがは千年前の勇者…やることが大胆且つ効率的だな!俺も可愛い女の子をお姫様抱っこで拐ってみたい…まぁヘタレだからそんな勇気は無いけどね!!







「一緒に行こう?僕、君のことをもっと一杯知りたいな」




 爽やかな笑顔でお姫様抱っこなんて反則技をいとも容易く実行したフレア様と、そんな元勇者に愛の告白は元より普段はなかなかして貰えない女の子扱いで優しくされたリリエルは、珍しく赤い顔で大人しくしていた。

 




 どうやら相変わらず困惑している様だが、女の子として悪い気はしていない様子だ。





 そりゃあね?あのリリエルに愛の告白するとか、まず有り得ないから!だって命がいくつあっても足りな…げふん!すんません、何でもありません!!






「あらあら、恋のライバルがまた増えて大変ね?キグルスさん、頑張って」

「むむ、天使の勇者とは卑怯な!しかし残念だったね!そんな肩書きだけでリリエル君はなびいたりしないよ、フレア君!!」

「いいからさっさと追えよ、フレアとリリエルを二人きりにしていいのか?他人の不幸ほど面白い物はないぜ、ぎゃははは!」




 他人事だと楽しんでいる様子のオレインさんとロベリオ、遠ざかる二人を必死になって追い掛けるキグルス…やっぱり俺、キグルスが不憫に思えてきた。





 だってあのフレア様が恋敵とか…勝ち目無くね?




 いや、キグルスだって相当な色男なんだけどね?

 




 そこでまた来た道を戻る皆を追い掛けようと遠くに視線をやれば、後ろで俺達の様子を見守っていたベヒモスが小さく唸って俺に話しかけてきたから、俺は隣にいたヴェルグと一緒にベヒモスの傍へ歩み寄ると二人で向き合った。

 






「フレアチスのことを宜しく頼むの、魔界の勇者さんと黒騎士さんや。アレはとても繊細で傷付きやすい…ワシは心配なんじゃ」



 

 友達と言うよりかは孫を見る様な慈愛に満ちた瞳で、ベヒモスは遠ざかるフレア様の姿を愛しそうに見つめる。

 

 


 やっと目覚めたフレア様とすぐに離ればなれは辛いけど、それ以上に嬉しそうな笑顔を浮かべた彼の様子が見れて嬉しかったから平気だとベヒモスは語る。

 




 ようやく長年の責務から解放され、魔界の広い野原へ戻ることが出来ると安堵したベヒモスは、俺とヴェルグにお辞儀をして感謝の意を示した。





 俺はこのままこのベヒモスとお別れするのは何だか寂しくて、無理を承知でお願いしてみることにした。







「大丈夫、俺達はフレア様のこと大切にする!それで」

「うぬ?何かワシに言いたいことがある顔しとるの?」

「もし良ければ、俺の友達にもなって貰えないかな?」

「ヌゥ…そうじゃな、坊やには助けて貰ったからの。えぇじゃろ、ただし!あと少しレベルを上げてからの話じゃな。ワシはこれでも魔界の野を守る者、レベルも高くなければの?フホホ!まぁ仮契約はしておくわい、早く強くなりなされ」





 グルルと小さく唸り声を上げると、ベヒモスは俺とヴェルグにもう一度お辞儀をして、俺達より先にその場から歩き出す。





 ズシンズシンと大きな足音を空洞に響かせながら大地を踏みしめ、境界を後にして外の世界へ一人で帰って行く老いた魔獣。







 俺はそんな魔獣の遠ざかる後ろ姿を見つめながら、魔物にも心はあるんだと言うことを改めて感じ、自らの持つ不思議な能力を誇らしく思った。

 






 後はもう少しレベルアップして、早くあの老いた魔獣を迎えに行こう…


 






 フレア様との絆を何より大切にして、孫の様に彼のことを思うベヒモスの存在を、俺はヴェルグと一緒に歩きながら大切にしたいと心から願った。















お爺ちゃんと孫の様な種族違いの関係ですね、こんな形の親愛があっても良いかなと。ある意味、本当の親より情が深いのかも…後は親友のレオルド。彼もまた現在の生き残り組なので後に出てくる可能性大です、後々。


次回はかなり急展開でちょっとあり得ないことが起こりますが、実はカテゴリを見ればネタバレしているかも…

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