村人Aは、エースのA
天使とお知り合いになれたけど、その代わり命の危機に陥る村人Aの明日はどっちだ!?
Q:え、何で魔王のお城に天使がいるの?
A:そこ、突っ込まずにスルー推奨。
幻想的な場所で、幻想的な天使に出逢ったこの奇跡。
俺の人生にとってもしかすると今が最高潮なのかも。
おい、まさかこのあとは落ちるのみとか無いよな!?
冷静に考えてみると、ここって魔王城の中なんだよね!
何で天使。何で美少女?俺には荷が重すぎる、単なる村人と天使とかどんな格差だよ!
ああぁ…お願いですから!そんなに無垢な瞳で見つめないでくれませんか?
ちょっと前にバニーガールの妄想してよだれ垂らしていた俺としては、何だかすごくいたたまれない!
うわー罪の意識がっ!卑猥な妄想してごめんなさい!
許してください天使様っ!
いや、この時点で俺と彼女はまだ一言も喋ってないんだけどね!心の葛藤って言うか、口下手ここに極まれりって言うか。
シャイな俺ってキュートだよね、もう天使もイチコロって感じ!?いやーあはは、参ったなぁもう照れちゃうー!
…まずい、混乱しすぎて我ながら何を言いたいのか意味不明になってきた。
小首を傾げて顔を覗き込まれて、俺はまた言葉を失う。
声が声にならないことって、本当にあるんだな。
「あの…?」
「うっ、え」
「上?あ…はい、確かに私は天空界に住む天空人です。魔王様は天使と呼んで下さいます。部下の方々もとても親切で、私を守って下さるお優しい御方ばかりです」
え?マジで優しいのか、アレで?
俺なんて素でペット扱いなんですけど!
部下も優しいって、一体どこが!?俺なんて捨ててこいって目の前で言われたぞ!
村人と天使の格差は思ったよりでかいなぁ…泣くぞ。
「貴方様の、お名前をお聞かせ願えませんか?私はクレアチス、クレアとお呼び下さい」
「く、クレア?あの…」
「はい、何でしょう?」
あぁもう!笑顔が可愛い、仕草が可愛い、いちいち可愛いよクレア様!俺の心臓、いつまでもつかな?
既にドキドキでやばいんだけど、心拍数。
限界突破したら死ぬぞ俺…
「俺には名前らしい名前って、無いんだよ。村人A、ヤジロベエのロベ、とかさ。モブキャラだから」
「モブキャラ?よく分かりませんが、ではロベ様とお呼びしますね」
「俺に様はいらないよ、クレアには様って付けた方が良いのかもしれないけど」
「私にも様はいりません、クレアとお呼び下さいロベ様」
ダメだこの子。
真面目すぎて村人の俺にすら敬語だよ!!
何か恐れ多いって言うか、でもやっぱり可愛いなぁ…
あんまり近くで見つめられると、勘違いしそうになる。
無意識なんだろうけど、俺が単なるモブキャラじゃなくて悪い男だったら押し倒されちゃうぞ?
すーはー…う~ん、天使は吐息すら甘く感じられそう。
くふふ…実際は、花の香りが強すぎてさっぱり分からなかったけどね!
ヤバい。今の俺、完全に変態と同じ思考だった…クレア様、勝手な妄想してごめんなさい。
何かもう!この子の今後がすげー心配になってきた。
これ…恋と言うよりかは妹を見守る兄の心境じゃね?
可愛いは正義って言うけど、確かにクレア様を見ていると分かる気がするな。
何でもいいから力になってあげたい、守ってあげたいってそう思わせる何かがクレア様にはあるんだ。
だけど、どうやらその願いは叶いそうもない。
魔王様の側近…中ボスのアイツが俺を探しに来て、驚くクレア様と俺の間に割って入ったからだ。
「おい、そこの駄犬…貴様、勝手に城をうろついた挙げ句に恐れ多くもクレア様にちょっかいをかけるとは。いい度胸だな!即刻、処刑してくれる」
ちょっかいなんてかけてないよ!所詮はモブキャラ。主役級の美少女天使様に声をかけるなんて、できるはずも…あ、やべ、やっていたわ。
俺のあり得ないラッキーも、命運もここまでかな?
でも、まぁ…ちょっとでもあり得ないはずの夢を見られたのだから良いか。
既に生殺与奪は握られていることを覚悟していた俺は、大した言い訳もせずに捕縛されて魔王様の元へ連行…されると思っていた。
クレア様が、中ボスを引き止めるまでは。
「お待ち下さい、ヴェルグ様!ロベ様をどうするおつもりですか?」
「駄犬に様はいりません、クレア様。貴女様は、何も心配せずここでお仲間のお迎えをお待ち下さい。結界に守られた聖域、勇者ですら簡単に足を踏み入れられないこの場所で」
「ですが、ロベ様はすんなりと入って来ましたよ?これをどう説明します、駄犬などではありません。訂正して下さい」
「それは…きっと結界に綻びが生じてたまたま入って来られただけですよ、ただの村人に結界を超える力はありません」
中ボス、もとい黒騎士ヴェルグの手を掴んで離そうとしないクレア様は何故か必死だ。
もしかすると、俺がこれから遭遇するかもしれない未来を憂いてくれているのかな?
やっぱり天使だな、見た目だけじゃなくて本当の意味で優しいよなぁ…俺なんて、ただの村人Aなのに。
村の皆にすら見捨てられた存在感で、逆に気にかけてもらうことが申し訳ないのに。
だけど本当は、嬉しい。
今まで自分の存在を、強く認めてくれる誰かがいた試しがない俺にとってクレア様はまさに一筋の光だ。
今ならモブキャラを卒業して、ちょっとはマシな存在に生まれ変われるような、そんな希望に満ちた夢を見られそうな気がする。
他でもないクレア様が、俺を認めてくれる内はきっと。
「ですから!ロベ様が、その勇者をも超える存在であるとは考えられませんか?ここに来られた事が何よりの証拠です」
そこで勇者と村人を比較に出す辺り、世間知らずだ…無茶ぶりも大概にしろ、と言わんばかりのヴェルグの冷たい視線がマジで痛い!
もう視線だけで射殺されそうな勢いなんですけど。
俺を一心に信じてくれる、クレア様の優しい視線もかなり痛い。
会ったばかりの男をそんな簡単に信じたらダメだよ?悪い男に騙されちゃうよ、嬉しいけど!
「お優しいクレア様…この駄犬に情をかけても良いことなど一つもありませんよ?」
「私は信じます!きっとロベ様こそが、ロベリオに続く私の待ち望んでいた本当の勇者であると。村人Aは、エースのAです!どうか魔王様にもそうお伝え下さい!!」
「え、えーと?クレア、様…さっきから一体、何の話をして」
「黙れ。駄犬に聞かせる話はない」
クレア様に話を聞こうとしても、ヴェルグが邪魔して取り付く島もない。
何だよ、本人に確認も取らずに話を進めないでくれ。
ロベリオって誰?地味にロベかぶりしてるんですけど。
それに俺は村人Aでモブキャラなので、どうあっても勇者じゃないしなれる筈もない。
村人AはただのAだよ?エースって解釈、無茶だから!
イケメン勇者枠は既に埋まっちゃってるんですよね…
確か村の噂で聞いた人間界の勇者は金髪碧眼の、完璧な王子様タイプだって聞いたぞ?
それに比べて俺は黒髪だし!瞳は翡翠色だし!そもそも王子様じゃなくて村人だし?正式な名前すらねぇし。
うはっ!清々しいほど勇者に勝る要素が一つもねぇ…うん、マジで勝てる気しねぇ。
だって俺、モブキャラだもん!
めっちゃ器の小さい男でごめんなさいクレア様。
そりゃあ俺だって、可愛い女の子は大好きだし!可憐なクレア様に頼られるのは、男として悪い気はしないさ。
でもね?人間には、元々の器って悲しい縛りと言うか制約が存在する訳。
どれだけ頑張ってもすぐに勇者になれるほど、俺のスペックは高くないんだよね!むしろ底辺…無いに等しい。
だけど一人で落胆する俺を、クレア様は慰めの言葉と同時に両手を取ってまた見つめて来るんだ。
どこまで優しい子、いや、天使なんだろうな?天空人って誰でもこんな感じなのか?うん、マジ天使。
何度見ても、綺麗な空色の瞳に吸い込まれそうになる。この子が望むなら、たとえどんな無茶な願いでも叶えてあげたくなるよ。
こんな俺に少しでも、その可能性があるのなら。
「どうか心を強くお持ち下さい。世界中の誰もが、たとえ貴方様本人が自身の可能性を信じられなくても、私は信じます。何よりも信じる心が奇跡を形作り、人を成長させるのですから。これをお持ち下さい。貴方様に、天のご加護がありますように…私はいつも貴方様のお傍におります」
花咲き誇る庭園の真ん中で、ヴェルグに連行される俺を今にも泣きそうな顔で見送ってくれたクレア様。
俺はその時の彼女の表情が忘れられずに胸を痛めた。
彼女が今まで身に付けていた首飾りは、俺の首に収まって僅かな温もりを与えてくれる。
それに少しだけ勇気をもらうと、無言で俺をどこかへ連れて行くつもりらしい黒騎士ヴェルグに恐る恐る話しかけた。
「あ、あの…俺はこれからどうなるんですか?」
「犬は犬らしく、魔王様のご慈悲にすがっていればよい物を…クレア様の存在を知ってしまった以上、貴様を生かしておく訳にはいかん」
「……え?」
嘘だろコイツ、まさかの本気なのか!?つか顔が怖いよ!
おいおい…いくら黒騎士だからって、腹まで黒くなくても宜しくてよ?なんて口に出したら問答無用で殺されるのかな?あはは!
俺の馬鹿!あはは、じゃねぇだろ!追い詰められると現実逃避する悪い癖を、つい発動しちまった。
いきなり訪れた死の危険に、冷や汗が全身から吹き出て止まらず握った手のひらは冷えて感覚を失う。
だけど本気も本気、殺気がみなぎっている様子の黒騎士様は俺の愛想笑いにも微動だにしない。
腰に差したご立派な剣の鞘に、手をかけて今にも俺を斬り殺すつもりだと意思表示している。
俺はその時、全身から血の気が引く音を初めて聞いた。
本当に殺される…奴が本気で来たら今の俺に防ぐ手立てはない。
情けない話、恐怖心から泣きそうになって慌てて堪えるとヴェルグは初めて俺に譲歩する姿勢を見せた。
「まぁ、俺も鬼じゃない…よって、最後の選択肢くらいは貴様に委ねてやる。選べ」
「え、選ぶって……何を!?」
あぁもう!さっきからドキドキ嫌な鼓動が耳障りだ。
クレア様と話していた時のドキドキと違う、不安と焦燥から来る心臓の音がますます俺を追い詰める。
最後の選択肢って、一体何を選ばされるんだ?
おかげで冷や汗が止まらないんですけど!手汗、脇汗、ありとあらゆる穴から嫌な汗が…村で畑仕事した後よりも汗だくなんじゃね?あ、汗臭くなってないだろうな!?
蛇に睨まれた蛙の如く、身動きすら取れない強い恐怖。
それに輪をかけて無表情のヴェルグが怖すぎて、ちょっとチビりそうとか我ながら無様すぎて涙も出ない。
「ここで俺に斬り殺されて苦しまずに逝くか、それとも生き残る可能性に賭けて闘技場を戦い抜くか?魔族は力ある者に礼を尽くす。魔王様の側近たるこの俺を納得させるだけの、功績を残せるのならクレア様の事は不問にしてやらなくもない。どうだ?」
うおぉい!何ですとー!?今のは俺の聞き間違いか?
どれを選んでもバッドエンドしかないって、それは選択肢と言えないだろ!
ルート選択どこで間違った俺!
クレア様?まさかクレア様は地雷だったのか?回避できないバッドエンドのフラグを立てちまったのか俺!?
お花畑なだけに秘密の花園ってか?じゃあ村人の俺に見つかりそうにない場所に隠しておけよ!
少し前まで可憐な天使とお知り合いになれてラッキー!とか有頂天になっていたのにな…あっという間に天から地獄!
今の世の中、本気で村人に優しくねぇなぁオイ。
「そ、それってどっちを選んでも死亡フラグだろ!?こんな初っぱなから、しかも村人の俺に闘技場とかどんな無茶ぶりなんだよ!!」
「嫌ならここで楽にしてやるが」
「滅相もございません!!はりきって闘技場に参ります」
あ、ああ…俺の馬鹿!何で引き受けちゃったかな。
だけどヴェルグが、奴の目が本気だと分かるから俺は引き返せなくなった。
よく分からないけどクレア様の事は、隠したい何かがあるんだな?
両手両足を一緒に出して、ギクシャク歩く俺をヴェルグは生温い目で見つめると小さく溜め息を一つこぼした。
完全に呆れてますと言わんばかりの奴の態度に、俺は泣きたくなったけど我慢する。
どうせ死ぬ運命なら、せめて男として情けない涙なんて見せられない。
最後まで下らない意地を張るって言うか、抗ってやる!
キッと強く目の前のヴェルグを睨むと、命の覚悟を決める俺。
…やべー我ながら格好良いかも!?
でも装備は布の服とひのきの棒、後はさっきクレア様に貰ったペンダントだけなんだよね!
キャー素敵!レベル段違いの相手に挑むとか、命知らずみたい!つか命知らずだよね…お願いします、斬り殺さないで。
「俺を睨んでも、魔族の掟は変わらんぞ?」
「うるさいな!お前みたいな出来た奴に、モブキャラだからって全て受け流すことしかできない、介入を許されない嘆きが分かってたまるか!俺は村人Aで、名前すら無いんだ」
「ほう…貴様は名が欲しいのか?」
「欲しいよ!ちゃんとした生きる意味も、名前も、ただ流されるだけじゃなくて、本当の痛みを受け入れるだけの運命も!!俺はどんな辛い運命だって乗り越えて見せる!」
こんな俺だって、夢見た事はある。
変わらない毎日、普遍だからこその安寧。
だけど、世界に置いて行かれているようでたまらなく虚しくなることもあった。
ただの村人がそんな風に考えること自体、間違ってるんじゃないか?だからいつも見て見ぬ振りをしてきた。
だけど出会っちゃったからもう無理だ。
何も見ない、言わない、感じないただのモブキャラには戻りたくないよ。
俺の存在を認めて信じてくれる人に、天使に報いる者になりたいんだ。
村人Aじゃない自分、クレア様が信じると言ってくれた存在に生まれ変わりたい。
「よくぞ言った。それを本気で言っているのなら、我等魔族の一員として貴様を…いや、お前を迎え入れよう」
「えっ、何で急に!?」
「俺はお前の覚悟が知りたかった。魔王様のお心と共に俺はクレア様の望みを叶える者であるが故、慎重にならざるを得ない。千年前の、悲劇を二度と繰り返さない為に」
今まで鉄壁の仮面を保ってきた黒騎士ヴェルグがそこで初めて笑顔を見せた。
俺は呆然として、またアホ面を晒すしかない。
何だよ…悔しくなるくらい、やっぱりすっげーイケメンだなコイツ。
中ボスどころか大ボスじゃね?俺を落とすとかやるな!
俺の中で、怖いだけの存在だったヴェルグの株がかなり上がった瞬間だった。
「よ、良かった!ヴェルグは、絶対に俺を殺すつもりだと思ってた…」
「はっ…たかが村人一人、斬り殺して何になる?違うかロベリオ」
「ん?ロベリオって、誰?」
「お前のことだ。これから村人A、お前には千年前の大戦における魔族の英雄になって貰う。否は認めん」
…はい?魔族の英雄って何!?
つか今まで歴代の勇者にロベリオなんて名前の奴は、いたのか?
おかしいな…聞いた試しが無いけど。
村に残された英雄録、勇者録にもそんな名前の奴はいなかった気がする。
でもクレア様もロベリオって名前の奴に、聞き覚えがあるような感じだったからな。
むしろ親しげって言うか、完全に信頼している相手の名前って感じだったような?
…何だろう、この気持ち。
助かって安心した筈なのに、胸の中がモヤモヤする。
俺は俺である、それは変わらない筈だ。
なのに、俺が生き残る為に必要なのは他の誰かに成り代わること。
それを知った途端に少しでも厭わしく思う俺の思いは、我が儘でしかない。
村人Aは、エースのA。
クレア様が残してくれた苦し紛れの戯言だけど、俺は嬉しかったから。
…ここから始めよう、俺の本当の運命を決める日々を。
ロベリオの代役に選ばれたロベ被りの村人Aですが、後に彼にもちゃんとした名前ができますのでご安心下さい。
次はロベリオとヴェルグの過去話を含めたお話。




