21・天寿
何十年か、愛鷹と春のふたりの生活が続いた。
1年に一回ほど志乃が帰ってきたり、春が志乃の子供に会いに
出かけたけれど、ほとんどふたりの生活だった。
畑を耕し、炭を焼き、猟をして、村の人と物々交換をする
静かで平和な日々だった。
*
ある日、夕食に春は赤飯を炊いた。
「どうしたの? お祝いでもあった?」
「愛鷹がうちの子になって20年のお祝いよ」
言葉が出なかった。
目の前の春は年を取ってすっかり老人だったが、昔のように嬉しそうにほほ笑む。
「あ…。ありがとう…母さん…」
最後が蚊の鳴くような小さな声になったのは、照れくさくて、恥ずかしくて
言っていいのか迷ったから。
春は瞳を潤ませて「いっぱい食べて」とだけ言った。
*
「愛鷹、今までありがとう…」
赤飯を炊いた日から、さらに年月が経ったある日のこと。
自宅の部屋で横になって愛鷹の手を取った春の声は弱々しく、
人生の幕が下りるのを予感させた。
「俺こそ、感謝してもしきれないほど良くしてもらったよ。
ありがとう。 春母さん」
「あなたは自慢の息子だわ」
*
やがて春は夫と慎太郎のところへ逝った。
天寿を全うして亡くなるのは、寂しい気もするが、悲しくはなかった。
*
「凄いわ、愛鷹! なんていい眺め」
春の葬儀が終わって、志乃より背が伸びて高校生くらいになった愛鷹は
約束通り志乃を抱いて空を飛んだ。
「兄ちゃんも、こんな風景を見たのかしら?」
「飛行機はもっと高く飛んだよ」
「そっか」
しばらく無言で眼下の景色を見た志乃は
「わたしも、もっと年をとったら愛鷹より先にいなくなるわ。
すでに、すっかりおばちゃんだし。愛鷹が寂しくなったらどうしよう。
わたしの家族はアヤカシなんて伝説だって言うの。
…いっそ村に連れてきちゃおうかしら」
「見世物はごめんだな」
「そうよねー」
「それに心配しなくても、ここには仲間がいる。それより志乃は天寿を全うしろ」
「うん。頑張る。 そうだ、もしもわたしが生きているうちに、
家族の誰かに比十の能力が出たら、そのときはアヤカシの話をするわ」
*
そのまま志乃を抱えてバス停まで飛んで、そして別れたのが
元気な志乃を見る最後になった。
*
愛鷹が志乃たちと暮らした家の手入れをしながら
炭焼き小屋の近くに小屋を建てて暮らしはじめた頃、
街と村を行き来していた村人が志乃の入院を教えてくれた。
「会いに行けよ」
戸隠に背中を押されて、愛鷹は志乃の入院先に向かい最後の別れを惜しんだ。
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次回、最終話です。よろしくお願いいたします。




