18・帰郷
8月。 台風の季節だった。
京都を飛び立ったのはいいけれど、大雨でなかなか前へ進めない。
無人の神社の祠や農家の物置で雨宿りをさせてもらった。
通っていた小学校に着いたのは、京を立って2日目のことだった。
*
講堂で剣の稽古をしていた雪丸が手を止めて耳を動かした。
聞き覚えのある羽音がする。
「先生、今日はこれでおしまいにします」
礼をして、外へ走り出た雪丸の目の前へ愛鷹が舞い降りた。
「愛鷹―っ 今までどうしてたんだ?無事でよかった。
春さんは必ず帰って来るって言ってたけれど村の皆は心配してた」
「ごめん…。いろいろあった」
疲労困ぱいで頭が回らない愛鷹を背負って、雪丸は歩き出した。
「え…歩ける…」
「その様子じゃ飛ぶのも安定しないし、歩くのだってやっとだろ?
この方が速い。走ってもいいか?」
「うん…ありがとう」
村への道を雪丸は愛鷹を背負って走り抜ける。
*
「春さーん」
薪割りをしていた春が雪丸の声に顔を上げて、背中の愛鷹に気が付いて
「愛鷹ー!」と、草履が脱げるのも気にせずに走り寄った。
雪丸は急いで愛鷹を下ろして、その背中を押して進ませて
去って行った。
「愛鷹…。お帰り愛鷹。良く帰ってきてくれたね」
春は涙声で愛鷹を抱きしめた。
「愛鷹ぁ。わあああん」
春の声に志乃もやってきて、しがみついた。
「慎太郎が…」
やっと言葉にした愛鷹に、春は冷静に答えた。
「知ってる。あの子、会いに来た。愛鷹が生きているから、帰ってくるから
迎えてやってくれって。 わたしらだって比十の末裔よ。
最期に会って、ちゃんとお別れしたわ」
「兄ちゃん、人形ありがとうって言ってた。 届けてくれてありがと。
でも…でもさ、やっぱり帰ってきて…羊羹持って帰ってきてほし…
ううん。羊羹いらないから、帰ってきて…」
「うぐ…えぐぐ…」
声にならない声を出して、志乃は正座した自分の膝に顔を埋めた。
愛鷹がそっと髪をなでると、我慢できずに大泣きした。
志乃の背中をさすると、志乃は愛鷹にしがみついて
「生きてて良かったねー」と泣きながら言った。
帰ってきてよかった。愛鷹は心からそう思った。
*
「目をなくしたんだってね。慎太郎が言ってたわ」
「独眼竜で強そう?」
「そうね。うん、そうだわ」
「着物をボロボロにしてしまった。ごめんなさい」
「また縫えばいいわ。眼帯も新しくしようね」
『母さん』って呼んだら、きっと喜ぶ。
慎太郎の言葉が頭をよぎる。
そうだな。わかってるよ。 でも、急にはさ…。
*
数日後、静かな村でやっと落ち着いて
愛鷹はそれまでのことを話し始めた。
基地のこと。慎太郎と飛行機の中で話したこと。
飛行機が突っ込んでいったこと。
沖縄の洞窟のこと。 助けられたこと。 慎太郎が来たこと。
不二と宝永のこと。 京都の鞍馬と華菜のこと。
春と志乃はしんみりと、時折「うんうん」と興味深く聞いていた。
この時、愛鷹は「特攻隊」を初めて知った。
日の本の民族は時として、とんでもない戦い方をする。
命より名誉とか意地が先に立つことがある。
それがなんとなくわかる愛鷹だった。
かつて侍がそうしたように、一部の戦闘をする烏天狗や狐族や鬼族も
似たようなところがあるから。
けれど華菜の話をしたときは、思いっきりからかわれて
三人で久しぶりに笑った。
*
「愛鷹のケガを治したのは不二…霊峰に住む比十ね。
すごいお方に会ったのね」
「うん…。死んでいた俺を生き返らせたって聞いた」
「日本中を旅して、病気やケガをしたアヤカシを助けているそうよ。
立派なお方だわ」
「そうか…」
「えっへっへ」と悪戯っぽく笑う不二の顔が浮かんだ。
確かに行いは立派だが…。
いつかまた会う事があるかもしれない。と思う愛鷹だった。
*
そして、戦が終わった。
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