17・鞍馬山
「父さま、烏天狗の男の子落ちてる」
街道を野菜が入った籠を抱えて歩いていた、モンペ姿の烏天狗の少女が、
かわいらしい羽根をパタパタさせて父を呼んだ。
「烏天狗?お仲間さんか。華菜、先に帰って母さまに布団敷いてって
伝えといてや」
「はーい」
少女は山に向かって飛び立った。
「おーい、坊や。生きとるか?…息、してはるな」
羽根も身体もびしょびしょの愛鷹を抱えて、男は華菜の後に続いた。
*
愛鷹が目覚めたのは、その翌日だった。
「ここは…?」
「あ、起きた 起きた。父さま、男の子起きた」
華菜が部屋を覗いて、父を呼びに行った。
*
「わたしの名は鞍馬や。さっきの子は娘の華菜。あんたは?」
「愛鷹と申します。…助けていただいたようで、ありがとうございました」
愛鷹は布団から出て、手をついて礼を言った。
「ほう、愛鷹山の愛鷹殿か。よろしゅうな。なんであそこに倒れとった?」
愛鷹は今までの出来事を話した。
「そうか。大変やったな。それにしても比十族の不二殿と宝永殿か。
わたしも会うてみたかった」
「父さま、母さまが食事ができましたって」
「ああ、愛鷹に運んでくれるかい?」
「はーい」
華菜はいそいそと働いた。
同い年くらいの烏天狗と会うのは初めてで、嬉しかったのだ。
*
「…なんだか、俺は助けてもらってばかりで…情けない」
茶碗を見つめたまま、愛鷹はかなり落ち込んでいた。
「子供が助けてもろうて、何が問題やの?」
華菜の母が愛鷹の顔を覗き込んで、
「大人になったら、誰かを助けたらええねん」と
ほほ笑んだ。
*
「愛鷹、知ってる?この奥に魔王殿ってあるんや。
魔王は違う星から来たんやって。もしかしたらアヤカシの先祖かもな」
華菜は山を案内してくれた。
さりげなく右に立って、愛鷹が見えない部分を補っているようだった。
「この先が貴船神社。 夜は人間があまり来なくてとってもいいよ。
狐さんとか狸さんの一族が遊びに来はる」
「狐族に狸族…。」
愛鷹は村の雪丸たちを思い出していた。
だが、帰りにくい。どんな顔をして帰ったらいい?
慎太郎は、もう帰らないのに。
*
烏天狗・鞍馬は剣の達人でもあったので、愛鷹は剣術も習った。
隻眼なので見えない右にどうしてもスキができる。
さすがにこの状態は父からも継いでいないので、戸惑っていたのだが
それを補うために集中して、気配を感じる訓練をひと月と数日かけてしてくれた。
「だいぶええな。さすがに基本ができとる」
「ありがとうございます。…もしかして、源義経に剣術を教えてました?」
「ああ、遮那王やな。それ先代…いや先々代だっけか?
ともかく、いくらなんでもわたしはそこまで長生きしとらんで」
*
「愛鷹ー。うちの相手もしてや」
華菜が両手に短剣を持って、斬りかかってくる。
「ちょっ…。それ真剣。待ってまって。危ないから」
華菜といい不二といい、どうしてこう、アヤカシの女性陣は強気なんだろう。
そう思いながらも、愛鷹は華菜の攻撃をすべてよけた。
「おお、お見事。愛鷹に継がせた者も手練れだったようだ」
鞍馬は笑って、愛鷹に「婿にこないか?」と冗談か本気かわからない事を
言ってきた。
「遠慮しておきます」
「なんで? うち、かわいいやん?」
華菜が不満そうに頬をふくらませる。
「まだ…子供なもので。…それに、やはり帰らないと」
「大きな爆弾が広島と長崎に落とされたそうや。
気を付けて行きなさい。
それと、よければ修行に来たらええ。鍛えてあげよう」
「ありがとうございます」
*
華菜の母はおにぎりの弁当を作って、愛鷹に持たせてくれた。
「信州のやうと村か。アヤカシと末裔の村だって、噂には聞いとるよ。
明日には村に着くやろうけど気をつけてな」
「はい。お世話になりました。ありがとうございました」
「つまんなーい」
華菜は最後まで不貞腐れていたが、最後は飛び去る愛鷹の後ろ姿に
「また来て」と、手を振った。
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