87.古の恋物語③。おとなとこども。
「という訳で先生になってあげるね!」
「………なんだ、アンタ?」
海岸の洞窟、そこに居たのは少しくたびれた男、エサルカだ。そこで少女、コルネリアは初めて対面した。
髪は同じ金色だったが、エサルカのそれは黄土色に近く、瞳は海より薄い空の色だった。
人間であれば、若々しい青年。エルフであれば、成人前、そのような見た目だ。
「いい?まずは音程ね?君のは外れてる、というかもう別の道に行っちゃってるの!」
「歌の話か?いや、なんで、エルフのアンタがここに……」
「と言う訳で、お手本を聞きなさい!」
「いや、話しを……」
コルネリアは歌う。
それは何か疑問を投げ掛けようとしたエサルカを沈黙させ、元の歌を思い出させた。
エサルカは、思い出す。
隠れ住んだ住所を去る前に歌った歌を。
母の晩年、母にねだられ自分が歌った歌を。
歳を取らぬ自分が、母と共に村から追放された夜に聞いた歌を。
自分たちを魔物から護り、死んだ父の夜に母の嗚咽混じりに歌った歌を。
勇ましい父が、獲物を狩った後に、母に恭しく捧げながら歌った歌を。
そして、日だまりの中、父と母の旋律に混じって歌った歌を。
気付けば、涙が溢れていた。
音が外れていたのは、きっとあの歌を追い求めていたからだ。
そう、気付いた。
コルネリアの歌にエサルカは自分の旋律を重ねる。
コルネリアは一瞬驚くも、関心したようにそれを受け入れた。
やがて、歌は終わる。
「うんうん、練習熱心で関心関心!『人間』ってあんまり時間無いんでしょ?だったら、すぐに上達して遺灰を収めて、次のこと始めないともったいないよ!………あれ、泣いてるの?」
コルネリアは、目を抑えた男を覗き込む。
涙、成人したエルフはあまり感情を表に出さない。少なくともこの国では。
人間は泣き虫、コルネリアはそう記憶した。
「……俺は、人間でもエルフでもない……」
「そうなの!?」
「こう見えて、すでに80歳を超えている……」
「え?見た目通りだけど…?」
「…………ややこしいな」
その後、お互いの常識のすりあわせをした。
「半分エルフ半分人間くん!」
「長いだろ…」
「じゃ、ハーフエルフくんね!半分、私と同じ!」
「そうか、俺は、ハーフエルフになるのか…」
エサルカは、ずっと自分を何か定義出来ずにいた。母と同じ人間でもなく。父と同じエルフでもない。
自問自答の問いかけは、やがて、自分は何者でもない、という自己否定に繋がっていた。
それが、今日、一つの答えを得たのだ。
「………俺は、ハーフエルフのエサルカだ。お嬢さんの名前を聞いてもいいか?」
「ぶー!お嬢さんじゃないもん!私は、エルフのコルネリア!こう見えて50歳なんだからね!すぐに身長も伸びるもん!」
エルフは100歳までが成長期である。
その後は魔力の高いもの程長生きをする。平均1000年。エルフの始祖王は、2000年生きたとも伝えられている。
ちなみに、コルネリアの身長はこれ以上伸びなかった。
「ありがとう、コルネリア。………おかげで、父と母にまた会えた…。そして、やっと、父と母から自分を受け取った気がする……。コルネリアの歌は凄いな…」
エサルカは笑みを浮かべている。だだ、その瞳の端から、再び涙が零れた。
それは真摯なお礼であり、素直な賞賛だった。儀礼的な礼や、美辞麗句を尽くした賞賛はこれまでに何度も受け取っていた。
なのに、なぜか、それらのなによりも、コルネリアの心を掴んだ。
「ふ、ふーん!凄いでしょ!……まぁ、エサルカくんも筋がいいみたいだし、また明日来てあげるからね!じゃあね!」
「……ああ、嬉しいよ。また明日、コルネリア」
彼の柔らかな微笑みから慌てて目を反らして、少女は駆ける。
早くなる鼓動をその駆け足のせいにして、火照る頬を夕日のせいにして。
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「ね?似てると思わない?二人の出会いの日と」
二つあるベッドの片方に座ったまま、コルネリアは楽しげに語る。対面に座るのは俺達だ。
「まぁ、確かに?……年齢は10倍差がくらいあるけどね」
「それにしても、身長も変わって無いらしいけど、性格変わってなくないか?」
いい話なのだが、それにしてもマイペースだ。しかも、話を聞かずに自分のペースに巻き込むのは天才的だと思う。
「えー、わたし、大人になったよ?ほら?」
ローブの下で、何かを持ち上げたようだった。ゆさ、っとナニカが揺れた。
首を横にやる。今日だけで、首の筋を痛めるかもしれない。
「持ち上げるのを止めなさい!」
「はーい」
なんとも、気の抜けた返事だった。目を反らしていたのに、布きれ音は聞こえた。
「夜も更けたわね。ちなみに宿屋の主人に聞いたけど、今日は商隊で部屋は一杯みたいよ。………泊まっていく?」
「うん!お世話になります!」
遠慮がないな。まぁ、いいか。
「大丈夫、心配しないで、遮音結界も遮光結界も寝ながらでも使えるし、部屋の隅で寝るね?だから、その、ごゆっくり、ね?」
むふふ、そんな擬音が付きそうな笑みで俺達を見つめるコルネリアさん。
「……何の心配だ、何の」
「え?人間って常に発情期って…」
「それ以上言ったら、ローブの上からロープで縛るわ」
あわや簀巻き状態の危機に、コルネリアさんは口を抑えた。ナデシコの本気の目を見たからだろう。
結局、ナデシコとコルネリアさんが一緒のベッド、俺は一人で寝ることにした。
「わー、子供と一緒に寝るなんて、末っ子の90歳の誕生日の夜以来…!ナデシコちゃん!ナデナデしてあげよっか?」
コルネリアさんは謎の感動をしていた。寝る直前なのにテンションも高い。
「子供扱いは………まぁ、仕方ないけど、大人しく寝なさいよね?」
これではどちらが大人か分からない。
「…………すぴー」
「……早くね?」
「……めっちゃ子供体温よ?」
「…………むにゃ」
「……感触はむにっ、って感じだけどね」
「……ノーコメント」
あっという間に寝たコルネリアさんに配慮して、小声で会話をする。
結局、コルネリアさんの家や、どういう経緯で夜中に潜水していたのか、分からない事ばかりだ。
だが、悪い人じゃない気がする。
それはもちろん歌のこともあるが、それ以上にあの過去を語る穏やかな表情に魅せられていた、のかも知れない。
「……おやすみ、ヤマト」
「……おやすみ、ナデシコ」
「…………すぴー」
部屋に三つの寝息が重なるまで、あまり時間は掛からなかった。




