84.湖畔の月。不審者出没注意。
「……わぁ…見て、月が二つ……」
「ああ……」
泉に着いた俺達は、その光景に圧倒された。
泉の周囲に街灯はない、泉の周りには木々が生い茂り、湖面に波風は立たない。
そこに写るのは、夜空だ。月と星が頭上と、足下に広がっている。
「………ヤマト」
繋いだ腕が、より引き寄せられた。体重が預けられる。だが、預けられたものは、それだけじゃないらしい。
ナデシコを見る、月明かりに照らされた、その瞳に写っているのは、今、俺だけだ。
「…ナデシコ」
正面に向き直る。ナデシコの肩に手を置けば、一瞬力が入った後に、ゆっくりと力が抜けた。
ナデシコの腕が俺に伸ばされた、その時だった。
―――ザッパァ!
「よし!今日も潜水息止め新記録!絶好調!………あれ?どちら様?」
水面が割れ、金髪赤眼の水塗れの女性が飛び出した。不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「いや、それは…」「こっちの台詞なんですけど…!!」
俺達は、慌てて離れた。俺は気まずそうに、ナデシコは不機嫌にその不審者へ声を掛ける。
「え?…わたしはねぇ…へくち!」
岸までやってきたその、女性は答えようとしたが、随分と可愛いくしゃみを一つ。
近くまでやってきて気付いたが、その耳が尖っていた。つまり、エルフか。
「……とりあえず、上がれば?ほら…手、貸すから」
ナデシコも、向こうがこの泉に先に居たからか、不機嫌を抑えていた。
エルフの年齢は見分けられないが、顔立ちを人間換算すると俺達と同世代か?
少女と女性の間で、かなりの美人だ。言動さえ普通なら、妖精と間違えて居たかもしれない。
「うん!ありがとう。よいしょっと」
その声はまるで少女のようだった。声が高いというより、甘い声だ。アニメ声、などとテレビがないこの世界でそれは通じないだろうが。
ナデシコに引き上げれ、その身体があらわになる。
「うぉ!?」
思わず声が出た、水着だ。黒のビギニ。あったのか、こちらの世界に。
……実は、声を上げてしまったのは、その事についてじゃない。
水の中から引き上げれたそのエルフが、小さいのに大きかったのだ。何を言ってるのかって?
身長は140cm台だろう、小学生並みだ。しかし、その胸が……グラビアアイドル顔負けだったのだ、いや実際顔くらいあるかも知れない。いや、言い過ぎか、しかしスイカ並みと評する他ない。
実在したのか、うお…でっか…。
「……ヤマト…?」
深淵からの呼び声が聞こえた。
「向こうを向いてます!!」
違うのだ。重力に魂を引かれたわけではない、これまでにないものに注目してしまう生命の悲しい性なのだ。許してほしいのだ。
「あ、別にこれ、下着じゃないよ、少年くん。海洋都市の流行服!水も弾くし便利なんだよ!…へくち!」
「いいから、身体を拭いて服を着なさい!荷物は!?」
「あっち!…でも、身体を拭くより、こっちのが楽ちんだよ!」
これまで、その少女から魔力を殆ど感じなかった。というか、夜の泉で魔力を感じなかったので、二人きりと思ったのだ。だが、急に魔力を感じた。その魔力は二つの色。思わず視線を送る。
「『ファイヤ』からの『ウインド』で~、温風!」
右手に炎を灯したとおもったら、左手でそれを経由して身体に送っている。
そんな魔法は、聞いたことが無い。
まだ、魔法は基礎程度の知識だが、魔力の特性を決める属性は一度の発動で一つのはずだ。
右手と左手で同時に別の絵を描く、というレベルではない。
片手で彫刻を彫りながら、もう片方の手で料理を作る、そんなレベルの話だ。力加減が、方法が違うのだ。
加えて、修行を積んで、魔力探知にも自信が出てきた俺達が、完全に感知できないほどの魔力制御の精度を息を止めながらやってみせた。
「ねぇ、あなた……もしかして『緑のユディット』?」
ナデシコは、俺と同じ答えにたどり着いた。
思い返せば、アーテナイとの出会い、それは突然だったが、確かな実力者だとすぐに分かった。
丁度、今回のように。
「え?違うけど?」
違ったわ。
「改めて、こんばんは。少年くん、少女ちゃん。わたしはコルネリア!よろしくね?」
ローブを羽織ったエルフの少女、改めコルネリアは丁寧な挨拶をした。
髪は乾かし、その金髪を二つ結び、ツインテールにしている。
でも、このローブの下、水着なんだよなぁ……。
なんだこの、童顔巨乳金髪赤目黒ビギニローブツインテエルフ。属性過多にも程がある。
「ああ、俺はヤマトだ。コルネリアさん」
年下に見えるが、エルフのことだ。きっと少年、少女呼びから年上なのだろう。
「私はナデシコよ。さっきは、いきなり勘違いして悪かったわね…」
ナデシコは疲れている。なんなら、戦闘直後より。
「うんうん。大丈夫よん。わたしも人間さんが同じに見える時もあるし、若く見られるのは大歓迎!」
少なくとも500歳超えかよ、コルネリアさん。
どこまで属性を伸ばすつもりだ。コールドゲーム級の点数だ。
「それにわたしの方こそ、ごめんなさい…。恋人たちの時間を邪魔しちゃうなんて、すっごく反省……」
先ほどからの元気な様子から一転、しょんぼりとしてしまったコルネリアさん。
その様子に、逆にこちらの罪悪感が湧く。
「いいのよ。そっちが先に居たところに、こっちが来たんだから」
「ああ、気にしないでくれ。こちらこそ邪魔したな」
二人でフォローすれば、コルネリアさんの表情は、ぱぁっと明るくした。
「じゃ!二人の馴れ初めなんか聞かせてくれる?わたし恋物語って大好き!」
「「調子乗るな」」
「ケチー!!」
なんとも落ち着きのない、人間視点から見た高齢者だった。




