78.暴走を止める。『欲しい』は止まらない。
今日は、聖龍歴500年5の月1日。場所は、貨物車両の屋根部分。時刻は昼前、といったところだろうか。
「「…………」」
俺達の間にあったのは、沈黙。
別に狩人試験で問いかけがあった訳ではない。
ナデシコの顔は見えない。両手で顔を覆っているからだ。でも、その真っ赤な耳まではカバー出来ていない。
その左手の人差し指に輝くのは銀色の指輪。俺も似たようなものを付けている。
それは、この世界で交わした約束の証。
特に示し合わせた訳でもないのに、お互いに用意したその似たような指輪は、互いの誕生日プレゼントでもあり、2時間程前に互いに交換したのだ。
その時、なぜか、どちらが相手をドキドキさせられるか、みたいなノリになってしまった。
結果だけ言えば、その勝負でナデシコは暴走し、俺は押し倒されたのだ。
何があったのか?いや、それは……まぁ、いいだろう。
熱に浮かされたような時間の中だった。鼻腔と肺にまだ甘い空気が残っている気がする。
「あの、ナデシコ……」
「!」
なんとか声を掛けたが、鋼鉄歯車で見つかったような時のような反応だった。つまり酷い動揺。いや、そもそも隠れてないだろ。
そして、そんな時に貨物車両は停止した。
「おーい、お二人さん!午後からは客車に乗ってくれよー!」
「ああ、分かった!」
貨物車両の御者から声を掛けられた。俺はそれに返事を返す。
この車両はラケルから王都への商隊、ラケルからの輸出品の数々と客車がを運んでいる。
動力は大型トカゲの『アースリザード』。この世界の大地を駆けるものだ。
「……じゃ、私、先に行くから…!」
「え?あ、ナデシコ…!?」
ナデシコは、貨物車両から飛びりてしまった。流石の身体能力、動揺していても鮮やかなスーパーヒーロー着地だ。……膝を地面に付ける必要あったか?
結局、その後ものらりくらりと躱されて、いつの間にか客車に乗り込んでいた。
昼ご飯もお互いろくに食べられず、客車に乗ってからもナデシコは書き物をしていて、話しかけるなオーラ全開だった。
対面に、おばあさんも居たので、強引に話しかけられず、ナデシコを捕まえたのは、その夜だった。
「捕まえたぞ。ナデシコ」
「……残念だったわね。私は偽物よ」
「いや、そんな事言う奴、この世界で一人だから」
今は、宿場町の宿の二人部屋だ。夜は視界不良の為、移動はしない。
客車を申し込む時に説明を熱心に聞いて居たのは、むしろナデシコのはずだったし、一緒の部屋も二人で選んだ。
だから、どうしてもこのタイミングで、二人きりになると分かっていたと思うのだが。
「……なぁ、朝の事だけど……」
「………なによ。悪かったって思ってるわよ?でも仕方ないじゃない?こっちはこっちに来てからの初めての夜から、この感触知っちゃったんだから……ずっと我慢して……最後にシタのも一ヶ月くらい前だったし……」
ナデシコは、自分の唇に指を当てながら、真っ赤になって俯き、視線を彷徨わせる。
「……普段、一緒に居るときは『楽しい』が勝ってるけど……時々、『欲しい』が勝っちゃうの……」
宿屋のベッドに座って、涙目でこちらを見上げている。それこそ、反則だ。
身体の芯が熱くなるような感覚がある。
『欲しい』……ああ、確かに、この感覚に名前を付けるなら、そうだろう。
「……ナデシコ、実は、俺も我慢してるって言ったら信じてくれるか?」
ベッドの前に跪いて、ナデシコを見上げる。
「…知ってるわ。…夜、先に私が寝たとき、ヤマトってば、私の髪、撫でてるでしょ?」
「………バレてたか…」
「分かるわよ…」
「じゃあ、その次の日、髪を結んでないのって……」
「……それくらい、いつでもいい、って意味よ…」
ナデシコの髪を梳く、その感覚はなんとも心地がいい。でも、我慢しないと、一晩中でも続けてしまいそうになる。
そして、それを知られることは、なんだか凄く気恥ずかしい。
今も、許されるならそれこそ顔を隠してしまいたい。
でも、目をそらすと、どこかに逃げてしまいそうだ。ナデシコがではない、今二人の間にあるこの感情が、だ。
「なぁ、ナデシコ。お互い、少しだけ『我慢』止めないか?」
「え?………その、いいの?」
「二人きりの、時は、な?」
「………少しだけよ?」
「そうだな…」
「じゃあ……」
「ああ…」
俺は荷物を置いて、同じベッドに腰掛けた。ナデシコも荷物を足下に置いた。
「まずはやりたい事のリスト化ね」
「事柄、期間、頻度くらいか?」
「…後は、特記事項も作っておきましょうか」
「そうだな」
俺達は、紙を取り出すとお互いにリストの作成を始めた。
「スマホが懐かしいわね」
「PCもあれば、画面共通で作業出来るんだがな」
仕方ない。アナログで我慢しよう。
俺達には、『翻訳』の他にも、いわゆるチートアイテムを持っている。
それが、『取り寄せバックパック』。
俺達の所有物で鞄から取り出せるものを、こちらの世界に持って来れるのだ。
いくつかの制限もあるが、その一つが電子機器の持ち込み不可というものだったりする。
なので、異世界でも変わらずシャープペンやボールペンが使える。
「…手を繋ぐのは、毎日で一回以上で……」
「……髪を撫でるのは、寝る前、っと………」
お互いにペンを動かすのは、さながら勉強会だった。
「頭使うとお腹すくわね」
「昼間食べ損ねた弁当食おうか」
「そうね」
俺達は、宿場町の探索などもせず、この一室で一晩を明かしたのだった。




