73.誓うは再会、このすばらしい人達と
今日は、聖龍歴500年5の月1日。
今日までに、俺達もずいぶんこちらの常識を身に付けた。日付も今ではすぐ思い浮かぶ。
場所は、ラケルの門。時刻は朝にも関わらず、アメリアちゃん一家も、アーテナイにシェーヌ、『双杖』の二人まで来てくれた。
出発の時間までは、余裕はある。
装備は、駆け出し冒険者といった軽装だが、その一つ一つが、ドワーフ職人からの誕生日プレゼント、という名目で貰った一生物の一品だ。
特に、アーテナイがくれた足甲と手甲は、値段の付けれないものらしい。
「道中気を付けるのじゃぞ?」
「二人とも、忘れ物はないかい?」
「…お弁当、食べてね?」
アレクさん、カレブさん、シャーロットさんは、どこか不安げだ。
「大丈夫!荷物は全部入れたし、私に掛かればお弁当も朝飯前よ!」
「いや、朝飯はもう食べただろが……。俺も、ナデシコも荷物の点検はやった、それから」
「「本当に、お世話になりました!」」
三人に頭を下げる。衣食住どれも、本当にお世話になった。
根無し草だった俺達が、この街に留まれたのは、この大人達のお陰だった。
顔を上げた時、三人の笑顔があった。
「…学園、行くんですって?せいぜい気を付けなさい。面倒臭い貴族に目を付けられないようにね。……大丈夫、規格外なアンタ達には、二つの世界くらいで丁度いいに決まってるもの」
「…困ったな、リニーが素直だ。……二人とも、旅の無事を祈ってるよ」
二人とも優雅な礼をする。恐らく、冒険者の作法ではない。最大の敬意を持って、送りだそうとしてくれているのだろう。
「当たり前よ!ガンくれる奴が居たらきっちり黙らせるわ!」
「しっかり止める。安心してくれ」
「いつか、二人の家にも遊びに行くから」
「「覚悟してろ!」」
俺達は、いつかの闘技場の控え室のように拳を突き出す。
『双杖』の二人は、苦笑して、冒険者が仲間を称えるように、その拳に自分の拳を当てた。
「お二人は、知識、作業能力もとても優秀です。生活や行き場に困ったら、いつでもラケルで雇用しますよ」
「しみったれたこと言うんじゃないよ、シェーヌ!……いいかい、何かあったらアタシを呼びな。どこでも駆けつけるさ」
シェーヌは、背中を叩かれていた。ちょっと身体が浮いたが、大丈夫だろうか?
アーテナイは俺達の前に来て頭に手を伸ばそうとしたが、途中で止めて、俺達を抱きしめた。
「早く行っちまいな!そんで、また会おう!今度の勝負はアタシが勝つ!分かったかい!この、生意気でクソガキな勇気ある我が友よ!」
力強い抱擁だった。耳元の声は大きく、魂まで揺さぶられるようで、なにがあっても忘れられそうにない。
「上等よ!参った、って言わせて見なさい!また会いましょう!この…!……この!」
ナデシコは、なかなか言葉が出ない。言葉に詰まってしまうようだった。
「行ってくる!そして、また会おう!喧嘩っぱやい、お節介焼きで、強くて、優しい我が友!」
「……私たちの、大好きなアーテナイ…!」
俺たちにとって、アーテナイは英雄か。と問われれば、それはきっと違う。
友だ。友達だ。恩人だけど喧嘩友達で、強いのに不安を抱えた親友。
ずっと助けてくれてるのに、いつかは助けたいと思ってしまう、この世界での友達。
抱擁が解れた。お互いの目は潤んでいたが、にやりと笑い、それぞれが額を突き合わせる。
痛みより、残ったものがそこにあった。
「………………おにーちゃん、おねーちゃん。………ぽんちゃん、かえすね」
「アメリアちゃん?」
「その、どうして…?」
道中は元気だったのに、立ち止まってからはシャーロットさんの後ろに隠れていた。
後ろから出てきたと思ったら、その手には、昨日贈った『ぽんちゃん4世』。
昨日は飛び上がらんばかりに喜んで、ずっと手に抱えたままだったもの。
今は、それで顔を隠している。
「さよなら、いらない!!ずっと!うちに居て!!」
アメリアちゃんは、頭のいい子だ。度胸もあれば、器も大きい。
昨日、今日は泣かない、とアメリアちゃんから約束した。
でも、小さな子供だった。
潤んだ瞳で、俺たちを睨む。
その涙の防波堤は、昨日の約束。
そのぬいぐるみは、別れの象徴。
シャーロットさんが駆け寄ろうとする。それを俺達は、目線で止めた。
ある意味、熊より、アーテナイより、巨大魔物より、ずっと強敵だ。
でも、絶対に逃げずに、立ち向かい、向かいあわなければならない。
俺たちは、二人でアメリアちゃんを抱きしめた。
「……アメリアちゃん、さよならじゃ、ないわ」
「うそつき!!」
「嘘じゃない。嘘にさせない。…また会える、絶対」
「…きょうのおひるは?きょうのよるは?」
「それは、さすがに間に合わないわね。…だけどね、次会うときは、もっと、もーっと!楽しいことしましょう!たくさん!すごくたくさんよ?」
「………やくそくする?」
「約束するよ。それに、ナデシコはツバサがあるし、俺はかけっこ、めちゃくちゃ得意なんだぜ?ピンチの時にはすぐに駆け付けるさ」
「…わすれない?」
「忘れないわ。…そうだ、アメリアちゃん。これ、預けるわ」
「…これ、おねーちゃんの……」
三人の抱擁を解き、ナデシコは赤いリボンを差し出す。
「大切なリボンよ。とっても大事なもの。だから、預かってくれる?次、会ったとき、返してね?」
ナデシコは、アメリアちゃんにリボンを結んだ。
側頭部に結んだ長いリボンは、アメリアちゃんの視界にも入る。
その表情は、笑みに変わる。目が細められたときに、一粒の涙が落ちた。
「うん!またね!ヤマトおにーちゃん!ナデシコおねーちゃん!」
思い出の中に、それと重なる笑顔あった。そして、思い出した。
俺はかつて、あのリボンを追って、森の中を走っていた。
泣いている子の、『その背を追う』、その時に。
「ええ!絶対!また会いましょうね!」
「ああ、また会おうな!」
「……もう、一回、いい?」
アメリアちゃんは、手を広げた。上目遣いで、何かをねだるように。
「「もちろん!」」
再び、アメリアちゃんを抱きしめる。
出発の時間ギリギリまで、その抱擁は解かれることはなかった。




