68.女神の御許で誓う
「私達はそれぞれ、王都の貴族と商家の末っ子。もちろん、私が商家ね」
リニーは語り出した。
「王都では未だに貴族だの、王家だの気にする家が多いのよ。
特にベンの家なんて、息子の嫁は貴族以外認めないなんて公言してる、ってわけ。
ま、王都を出る選択も、もちろんあったけど、何も悪いことしてないのに逃げるなんてシャクじゃない?
だから、Aランク冒険者を目指してるのよ。
王都では、Aランク冒険者に生涯居住と有事の際の招集に応えることを条件に、騎士爵、一番位の低い一代限りの貴族の位を貰えるの。家禄、給料も出るしね。
アーテナイ様への願いは、一刻も早いAランク昇級への助力。
これが私達の願いだったってわけ」
語り終えたリニーにベンは何も言葉を続けない。ただ、にこやかに笑うだけだ。俺達になら、伝えても構わない、そう思ってくれたのだろうか。
うすうす察しが付いていたが、やはり二人は恋人同士であるらしい。それも、若干のロミジュリ要素を持った。
「なるほどね。よく分かったわ。………ちなみにこの状況について一言貰える?」
「たかーい!」
「うん、良かったわね、アメリアちゃん」
俺達は現在、大通りを移動している。アーテナイに抱えられて。周囲の目線も慣れたものだ。
陣形は、アーテナイの両腕に俺達、肩にアメリアちゃん。その後ろ続くのは、『双杖』二人だ。
「ハハッ!いい気味だわ!」
「……早くAランクになりなさいよ、リニー。その時、ボコボコにしてあげるから」
嘘をついた。未だに恥ずかしい。ナデシコも今日、スパッツでなくてはもっと抵抗しただろう。
「ヤマト、妙にこの状況に慣れてない?」
「ああ、4日連続4回目だ」
「一体……いや、いいや。聞いてるだけで疲れそう…」
舐めるなよ、ベン。思い出すだけ疲れるぞ。
「さて、着いたよ。……悪いね、急な話で」
「いえ!拙僧もこのラケルの一員!アーテナイ様のお役に立てるなら恐悦至極!どうぞ、当協会をお使いくだされ!」
俺達は、地面に下ろされた。着地も慣れたものだ。
そして、協会らしいその建物と、もう一人に人物を見上げることになる。
出発する前、アーテナイは誰かに伝言を頼んでいた。
伝言の相手はどうやら、この協会の人だったらしい。
身長180越えの筋骨隆々の大男、白い服装に禿頭、それからデカい声。種族は、多分人間だ。
神父か坊主なのだろうが、プロレスラーと言われた方が納得いく。
協会の人間までパワフルなのか、ラケル。
「一体、なんなの?アーテナイ?」
「そろそろ、説明が欲しいのだが…」
「するんだろう?例の約束ってやつさ」
もしかして、毎年の結婚の約束の話か?
「あのね、『こっち』じゃ、そういう約束は女神様に聞き届けてもらうの」
「そうそう。そして、その時は女神様以外には二人きりなのが伝統、ってわけさ。……毎年やってるのは、流石に凄く珍しいけどね」
『双杖』の二人は、にこやか、というより、にやにやに近い笑みだ。
「拙僧!お若い二人の邪魔は誰にもさせませんぞ!」
「いってきな。女神様が待ってるよ。作法なんかないから、思う存分やってきな」
「いってらっしゃい!おにーちゃん!おねーちゃん!」
全員から、協会に押し込まれた。扉は締まる。俺達は、顔を見合わせる。
「……どうする、ヤマト…」
「いや、それは……」
自然と声が小さくなった。
幼い頃からの、二人の間の口約束。それが急に神聖な儀式になるようで、身体は緊張する。
その時、教会の奥から陽光が伸びた。俺達は導かれるようにその光の先を追う。
協会に飾られた像、それは日の光を背に受け照らされた、有翼の目を閉じた白い女神像。
口元には微笑み、それは愛しい子を見守るような柔らかなものだ。自然と、身体の緊張が解れた。
俺達は信心深い方ではない。クリスマスも初詣もやるような、ごく平凡な日本人。
だから、この世界の神様を否定する気にはならない。
背には、先ほど背中を押したお節介共の感触も残ってる。少しだけ、その勇気を借りることにする。
「…せっかくの第一歩だ。俺にリードさせてもらえるか?ナデシコ」
「…!……うん、よきに計らいなさい、ヤマト…」
俺達にとって、それは始まりの一歩目の台詞。その言葉と同時に、ナデシコに手を差し出す。
その手は繋がれる。もう、合図は要らない。共に一歩を踏み出した。
「未だにね、もしかして夢じゃないの?……なんて思っちゃうのよね」
「確かにな。昨日なんて俺の髪の毛は桜色で、ナデシコは白だ」
「全く、現実離れもいい加減にしろってのよ」
一歩一歩、歩いて行く、このラケルでの祭りを振り帰るようだった。後戻りはしない。
「色んな人に会ったな。みんな面白くて、いい人達だったと思う」
「そうね。喧嘩もしたし、説教ももらったけど……。ありがとう、が一番大きいかもね」
「……何より、ナデシコが居た」
「……ずっと、ヤマト居たから、一人じゃなかった」
気付けば、女神の眼の前だ。この女神の名前も、この世界の名前もしらない。
魔物は悪辣で、魔法の使い方、常識、俺達自身の事さえも、未だに分からないことだらけだ。
「……俺からで、いいか?」
「……しょうが無いわね。…17歳の時は私よ?」
それでも、手の温かさに勇気を貰える。きっと大丈夫、なんて根拠なく思わせてくれる。
ずっと一緒に歩きたい。いつか、歩みを止め、休む時には一緒に居たい。
「異撫椎子さん。愛してます。大人になったら俺と結婚してください」
「はい、喜んで、朱谷纏さん。でも、私の方が愛してます」
あまりにお似合いの台詞に笑みが零れる。その笑みはお互いが浮かべていた。
そして、二人が近づき、瞳の色や瞳孔の形さえ見える距離、先に目を閉じたのはどちらだったか。
背中に回した手は、早まる鼓動を互いに伝える。
そして、重なった。それは鼓動、唇、心、その全て。
二度目は涙の味はしない、幸せで身体が満たされる感覚があった。
女神はそれを静かに見届けた。




