64.その暗がりの観測者
そして時は、魔物と化した『グレートアースリザード』討伐直後に戻る。
アーテナイは休んでいる二人を見て、より正確には戻った髪の色や、その魔力を感じて安心した。
(二人の魔力、ユディットの言葉を借りるなら、平時が1割。アタシとの喧嘩で使った魔力の同調状態が2割。……だとしたら、さっきの状態は…6割ってとこかい。全く…大した伸びしろだよ……)
潜在魔力、その人物に意識、無意識に関わらず持つ魔力。
顕在魔力、その人物が実際に使ってる、使える魔力。
この世界において、本来、魔力を自覚したときの顕在魔力は5割程度だ。
鍛錬による魔力量増加と共に、潜在魔力を解放していくのが、常識。
二人のあの姿は、急成長でも、外的要因による魔力増加でもない。
二人が元々持っていた力が、解放されたものに過ぎない。
アーテナイは、それを察した。
つまり、逆の事も考えられる。
外的要因によるリミッター、枷が二人にはある、のかも知れない。
あくまで可能性だが、成長と解放が進み、枷が消えたとき。
並び立つ物のない、『最強』が誕生する。
魔石を回収し終えたアーテナイは、仰向けに倒れた二人に近づく、その手が繋がれているのを見て、思わず力が抜けた。
「あ、アーテナイだ」
「どうよ?俺達はなかなかやるだろ?」
「ハン!ま、二人合わせて、アタシの背中を任せられるくらいかね」
二人は、生意気で無邪気な子供、いや迷子だ。
いずれ、戦いも、魔物も居ない世界に帰る。
並び立つ最強、例えそうなっても、二人なら道を違える事など無いのだろう。
アーテナイはそう結論付けて、二人を担いだ。
「三日連続!?」
「アーテナイ、俺達立てるって、今日は!」
「遠慮してんじゃないっての、それに今日はこれからが忙しくなるよ。なんせ前代未聞の事態の山盛りだ。証人を確保しないとねぇ」
「「…え~」」
「晩飯は豪華にするから、頑張んな」
「まぁ、だったら、いいか」
「お昼も付けてよね」
「あいよ」
緊急事態の後とも思えない、緩い空気が満ちていた。
抱えられる事に慣れた二人に、抱えることに慣れた一人、そこに合流するのは、それを羨む少女に、焦るその母親。
一同はまだ知らない。
戦いで出来たクレーターや、アーテナイが作った腕の形をした岩が、新名物になることを。
アーテナイは、まだ知らない。
いずれ、自身がヤマトとナデシコの背を守る者になることを。
そして、一同はおろか、後に現場を確認、検証する者すら気付かなかったことが一つ。
魔石の一欠片が、地中に潜り、消えたその事実。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いずこかの暗がり。
誰も居ない真っ暗なそこで、蝶ネクタイに紳士帽をした猫、猫型獣人が一人。
眺めるのは、一欠片の魔石と一枚の紙。
【 魔物化実験終了。今後の期待値:低。推奨:精査の為、成果物の一部回収。追記:時期については任意とする 】
「ああ、全く。使い走りのくたびれ損。……とも言えませんや」
鞄にしまいながら、思い出すのは、暗がりに迷い込んだ二人の人間。
「浮雲を散らす『空』を裂く刃、『鳥』の様に舞う翼。いやはやお見事、お見事。拍手喝采、大団円」
手を打ち合わせるが、肉球は音を立てない、暗がりに響くのはその鳴き声のみ。
「占いなんざ、的外れ、下手の横好きの門外漢。天気も髭に聞く、あっしでございますが、どうにも今回ばかりは的中と相成りました、っと」
楽しげだ。二人から受け取った、中硬貨、それを弄ぶ。
「ああ、それにしても、厄介な方までいらっしゃるのは、祭りの常。そろそろ店じまい、と参りましょう。やれやれ、耳が伸びるなら、横より縦の方がいい」
自身の頭に手をやり、耳を軽く掻くように動かす。
敏感なその感覚は、一人のエルフを捉えていた。自分がいる場所まで特定されると思わないが、名残でも感じ取られても迷惑だ。
「それではあっしはこの辺で、『闇営業』はここまで、といたします。……ああ、いい言葉だ」
黒い猫が、暗がり向かって歩いていく。闇に溶けていくようにその背はすぐに見えなくなった。
そう、誰に見えなくなった。
「……気のせい、か」
街の出口に向かって行く、ユディットがほのかに感じた気配につい、立ち止まる。
それは、すでに感じなくなっている。
自称、何事もフラットに見るユディットの個人的に嫌悪する数少ない対象。
他者からの望まぬ魔力の干渉を受けた者の特有の、魔力の淀み。
『奴隷契約魔法』を行使されたもののそれを、数百年ぶりに感じた。
この都市にも、かつては犯罪奴隷がいた。採掘を強制された人の列。苦い記憶だ。
「お!エルフのお嬢さん!お綺麗だね!ウチの豆はどうだい!?」
「酒はどうだい!?旨いよ!」
「肉はどうだい!?お安くしとくよ!」
その苦い記録も感じた気配も、午後になってすっかり回復したドワーフや出店の人間、そこに並ぶ獣人達の喧噪に消えた。
「…先を急ぐ、皆は、祭りを楽しんでくれ」
本人的には、リップサービスのつもりだ。
様々な種族が交流するこの場を好ましく思っている。
例えば、王都の祭りで同じ台詞を言えば大盛り上がり間違いなしだ。
満足げにその場を去った。
ラケルにも当然、ユディットの功績は伝わっている。
しかし、その人物が祭りに来ている、という発想には至らない。
「え?お、おう……」
「声かけちゃ、まずかったかね?」
「エルフの歳は分からない。とんでもない年上だったかもしれないな…」
つまり、ノリの悪い、横柄なエルフと見られていた。
幸い事に、本人は気付かなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




