63.ある人物の来訪
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時は、ヤマトとナデシコが去った後のアーテナイ邸。
アーテナイは、食料庫にて、つまみを探していた。
二人と別れた後、朝酒をして夜まで昼寝を決めるつもりだった。
今日は、咎める物も居ない。
昨日、酒で潰れた親衛隊の面々、シェーヌを含む文官連中。
今頃、夢の中のはずだ。
「確か、コンソメスープだったかい?アレには……コレだね」
腸詰め、ソーセージを出した。少し残ったスープで茹でていただくつもりだ。
期待に胸を膨らませて、食料庫から調理場へ。
「…おはよう。アーテナイ。…久しぶりだね」
残りのコンソメスープを皿にとって、優雅に飲んでいるのは一人のエルフ。
アーテナイに比べれば小さいが、長身細身の女性。
白金のような金髪が波を打ち、光を反射し燐光を纏っているようだ。
髪色と同じ長いまつげ、気だるげな垂れ目は翠の色。
旅装に身を包んだ、そのエルフの名は…
「ユディット!?なんでアンタが…!?」
七天将星、緑のユディット。
曰く、魔法の知識・技術に関しては世界一。
曰く、都市整備等の戦後の世界を救った人物。
曰く、アーテナイよりマイペース。
「…閉山祭のオークションは、興味深い素材が出品されるからね。…今回は特に、直前に出品された『魔物になりかけ』という珍しい品も出ていた。…有難く、研究材料にさせてもらうよ」
スプーンすら止めずに、ユディットは淡々と告げる。
「いや、アタシの家に居ることを聞いてるんだよ!?というか、そのスープは…!」
「…うん、とても、いいね。…持ち帰り分はないのかい?」
「無いよ!てか、アタシのだ!!」
「…そうか、残念だ。…では、一つ借り、としておこう」
鞄から、容器を取り出したユディットは、残りのスープを注ぐ。
「なにやってんだい?」
「…研究しようと思ってね。…ちなみにこれは、長期保存を可能とした保温容器。…生活魔法、『抗菌』の研究過程で生まれてね。…なかなかの名作だ。……制作予算に目を瞑れば」
「ほんとに何やってんだか……いや、ちょっと待ちな。アンタが料理の研究?何の冗談だい?」
アーテナイの印象の中のユディットにとって食事とは、口に入ればなんでもいい、栄養補給目的以上の行為で無かった筈だ。
「…………美味しい物を、一緒に食べたい人が……出来たんだ………」
その頬が、若干、赤くなる。
「……………………………本当に、ユディットか、アンタ」
アーテナイは自分の目を疑った。感じる魔力はユディット本人。
なのに眼の前の、まるで恋する乙女は誰だと。
「…本人だとも」
その頬には、すでに赤みがない。まるで何事も無かったようだ。
「まあ、いいか。アンタの考えが読めないのは、今日に始まった話じゃ無いしね。……いや、違う!何しに来たんだって、質問に答えて無いよ!」
「…ここに来たのは、キミの顔を見るため、とでも言おうかな?」
流し目のユディットは微笑む。男女関係なく、ときめかせる魔性の笑みだ。
「気味の悪いこと言ってんじゃないよ」
アーテナイは苦い顔だ。外なら唾でも吐いていたかもしれない。
「…冗談だ。…貸しを作りに来たのだが、スープで帳消しでいいさ」
一枚の紙をテーブルに置く、まるでスープの代金のように。
「一応、聞いておくけど、どうやって、いつ入ったんだい?」
アーテナイは、対面に腰掛ける。身長差で見下す形になるのだが、ユディットは意にも介さない。
「…魔力は隠蔽して、タイミングは『彼ら』を見送った後、かな?…流石に驚いたよ、『彼ら』を撫でるキミは…とても楽しそうだった、からね…」
ユディットは微笑む。それは、自然な笑みで、先ほどの流し目より、よほど魅力的だ。
「フン!…そうだ。アイツらのことで、アンタに一つ頼みたいことが…」
「…いいとも」
「内容くらい聞いたらどうだい」
「…『彼ら』に、魔法を教える、かな?」
「まさか、昨日から屋敷に居たなんて言わないだろうね?」
「…簡単な事だよ。…『彼ら』の魔力、今はその本来の一割程度かな、使えているのは…。…人の才能をもったいないと思ったのは、久しぶりだ。…ここでキミに潜在魔力と顕在魔力の講義をしてもいいのだけど、聞くかい?」
「分かってることを、聞くんじゃ無いよ。……まぁ、魔法の教授だけじゃ無いが、後はアイツらがアンタと上手く交渉するだろうさ」
「…『彼ら』を信頼しているんだね。…本当に驚かせられる。…この件は貸し借りに含めなくていいよ。……ワタシもか『彼ら』に興味がでた」
「研究対象、なんて言ったらブッ飛ばすよ?」
「…長年の友人の、新たな『仲間』に対する興味さ」
「…………」
「…種族、寿命を越えた関係など、よくある話さ。…照れなくていいとも」
「照れちゃいないよ!!」
赤い顔のアーテナイは、机を叩くが、ユディットは食器を冷静に持ち上げるのみだ。
「…『彼ら』には推薦状でも、持たせたまえ。…キミの推薦状があれば、周囲も贔屓だとは、思わないさ。…少なくとも向こう半年は、王都とその周辺にはいる。……そろそろ、帰るよ」
自身が使った食器をきっちり洗って、ユディットは、食堂の出口へ向かう。
「そうかい。気を付けて帰りな」
「…ワタシの心配をしている、のか?」
「まさか。アンタがやらかす事に対する心配に決まってるだろ?『ラケル』はアタシの縄張りだって、忘れるんじゃないよ?」
「…全く、ワタシほどの平和主義者は、居ないというのに」
肩をすくめるユディット。アーテナイは、疑わしい目でそれを見る。
「…では、ワタシも自分の縄張りに、『王都魔法学園』に帰るとしよう。…頑張りたまえ、アーテナイ」
そう言うと、風のように去って行った。残されたのは、紙が一枚。
「ん?頑張れ?…訳が分からないが、アイツの思考を考えるだけ無駄さね。どれどれ……」
嘆息と共に、紙を手に取る。そこに達筆な文字で書かれていたのは…
【 鉱山方面に魔力の異常あり。魔物の可能性:大。推奨:Aランク以上の冒険者パーティーによる調査。記:ユディット 】
「先に言え!!あのバカ!!」
こうして、親衛隊、文官達は文字通り、叩き起こされることになった。
街の最高戦力、アーテナイは自分の判断で馬車も待たず、鉱山へひた走る。
あくまで、待機鉱員の緊急避難のつもりだったが、念のため武器も持って。
それが、見知った『彼ら』、ヤマトとナデシコとの共闘になるとも知らずに。




